大義名分



「……眠い」
ゆらゆらと覚束ない足で、ジンは廊下を歩いていた。
既に深夜と言える時刻の為、統制機構内部は静まり返っている。最低限の見張りは残っているだろうが、ジンの執務室周辺には人の気配どころか明かりさえ殆ど点いていなかった。
窓から差し込む月明かりでぼんやり浮かぶ冷たい廊下を、ジンはのろのろと歩く。
普段の精彩を著しく欠いているのは、つい先程まで膨大な魔道書の処理をしていたからだった。ただの書類整理なら他の者も手伝えただろうが、魔道書の状態点検と制御の再構築は、限られた衛士や研究者にしか出来ない。術式適性が高いジンが駆り出されたのは必然とも言えた。
それが普通の仕事量であったなら、支障なくこなして無事に終わっていただろう。しかし何をそんなに急いでいるのか、上層部からは一週間以内に完了せよとの通達があった。御蔭で、ここ三日間ろくに眠っていない。図書館、と皮肉られるだけあって、魔道書の数は半端ではなかった。
流石に体が怠く、今日くらい横になって寝ようとジンは執務室の扉を押し開く。ベッドはないが、来客用のソファがあるので少し拝借させてもらうことにした。
「……はぁ…ッ…」
入室して早々、ジンは雪崩込むようにソファへ横になった。止まった途端に疲労がどっと押し寄せる。
気怠さに逆らわないままだらりとソファへ伸び、ジンは瞼を閉じた。真夜中ということで幾らか肌寒い、このまま寝てしまうのは良くないと頭の片隅では思うのだが、意思に反して体はぴくりとも動かなくなっていた。重石を載せられたかのように、ソファに張り付いてしまう。
もはや眠気に抗う気力さえ残っていなかったジンは、ぐったりと突っ伏したまま急速に眠りへと落ちて行った。




真っ暗な意識の中で再生される、懐かしい光景。それは自分の中で唯一、温度を持った思い出だった。
しかし同時に、否応なく罪の意識を刺激される。どうしてあんな程度のことで嫉妬したのだろう。サヤが大事な妹であることは、自分も変わらなかったはずなのに。
子供は残酷だ。建前や理性というものが備わっていないが故に、ストレートな行動に出る。周りがどう思うかなど、考えない。
その日も、体が弱いサヤに兄が付き添って行ったことに、ジンは腹を立てていた。
田舎で暮らしている為、都会と違って水や火の確保は一からやらなければならない。
みんなで生活する以上は、大なり小なり家事手伝いをするのが当たり前だったのだが、サヤは女の子で体が弱かった。一日分の水を川から運んでくるだけでも重労働だったのだ。
それを手伝う為に、兄が付き添って行ってしまった。だからジンは一人で枝集めをしている。
ジンも兄と同じように、サヤを構ってやれば寂しいと思わなくて済んだのだろうか。とはいえ、一つの仕事を三人でやっていては効率が悪いのも確かだ。お前は燃やせそうな枝を拾ってこい、と兄に言われれば反論の余地はなかった。
ジンは仕方なく、黙って枝を拾い集める。大抵の子供は言い付け通りやりつつも、他の楽しいことを見付けて気が逸れるものだが、根が真面目なジンはただただ枝を拾いながら地面を見て歩き続けていた。
「……ッわ!?」
探すことに没頭していたせいだろう。知らぬ間に教会から遠く離れていたジンは、何かにぶつかって小さく悲鳴をあげた。
少しよろけながらも、ジンは慌てて顔を上げる。見上げた先には、目にも鮮やかな常磐緑の髪と輝く琥珀色の瞳。
細く釣り上がったその眼とかち合った瞬間、ジンはパッと表情を明るくした。
「あ、ユウキ!」
「よぉ、チビスケ。前見て歩かねぇと、蹴っ飛ばしちまうぞ?」
嬉しくて自分より幾つか年上の少年を呼ぶと、やや物騒な挨拶が返ってきた。しかし粗暴な言動の割りには情のこもった人だと、ジンは知っている。その証拠に、少年はさっそくジンの頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「相変わらず優等生ちゃんだなァ、テメェは。延々、枝なんか集めて……よくやるぜ」
呆れと感心をないまぜにして少年はそう言うが、ジンは黙々と何かをすること自体に苦はない。それよりも寂しかった気持ちが、少年に会えたことで喜びに変わったことが何よりも嬉しかった。
少し前に知り合ったこの少年は『ユウキ』と名乗った。最初は不可解な行動や乱暴な言葉遣いに敬遠していたが、根は悪い人ではないと分かってからジンからよく話し掛けるようになったのだ。
とはいえ、ユウキは決まって教会から遠く離れた場所にしか現れない。なんでもユウキ曰く、これ以上そちら側に行けない、のだそうだ。両親に行っては駄目だと言われているのだと、ジンは勝手に解釈していた。
「ユウキ、今日は散歩?」
「ん? まぁ、そんな感じかねー。チビは、お手伝い中か」
「うん。……ごめんね」
ちゃんとお手伝いを終わらせないと、怒られちゃう。
折角ユウキと会えたのに話が出来ないのだと、ジンは項垂れる。この頃はとにかく真面目で融通が利かず、サボろうという考えがなかった。
そんなジンを見下ろし、ユウキは鼻で笑った。
「別にテメェなんかとお喋りしたくて、こんなとこ来たわけじゃねぇんだけどな~、俺様」
大仰に肩を竦めて、ユウキは口元を釣り上げた。嘲るようなその口調に、ジンは一瞬表情をなくす。……そうだった、この人は気まぐれで相手をしてくれるんだった。
兄にもシスターにも相手にしてもらえない自分が、何を思い上がったことを言っているのだろう。
なんとなく胸に鈍痛が走ったような気がして、ジンは抱えていた枝の束を抱きしめた。
「ごめんね……」
ぽつりと呟くように、ジンは謝る。言いながらぎこちなく頭を下げると、腕の間から枝が何本か滑り落ちた。
慌ててそれに手を伸ばすが、抱えていた他の枝もこぼれ落ちていってしまう。ジンは少し、顔を歪めた。
「……チッ」
頭上から、忌ま忌ましそうに舌打ちが降ってくる。それにジンが強張るのと同時に、大きな手が伸びてきた。むぎゅっと両頬を挟み込まれ、ジンは驚く。
「冗~談だっつーのー! イチイチ泣いてんじゃねぇよ、うっとうしィ奴だなぁ~ッ」
「……!」
力任せに顔を上げさせられ、間近でユウキと眼が合った。屈んで覗き込むその顔の近さにびっくりするのと同時に、鋭い金色の眼が少し困惑の色を帯びていることに気付く。
いつもの嘲りを含んだ表情ではなく、微かに眉をひそめたユウキにジンはつぶらな瞳を瞬いた。
「僕、泣いてないよ……?」
「泣きそうな顔じゃねーかっ。ッたく、メンドくせぇ奴だな」
「……ごめんなさい」
「だーかーらーッ、謝んなっての!」
苛々したように言い放つユウキに、ジンはまた…ごめんなさいと呟いて視線を落とした。それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
そんな堂々巡りなジンの様子にユウキは大袈裟に溜め息をついてから、こちらの頭を抱え込むように腕を回してきた。縋るような、包み込むようなその抱擁に、ジンは思わず残っていた枝を全部取り落とす。
「んな顔すンじゃねぇーよ……。テメェが一人の時は一緒に居てやるっつったろ」
「……うん」
ぽんぽんと背中を軽く叩き、ユウキが困ったようにそう言うのが、耳元で聞こえた。
大きな腕に抱き込まれてユウキの表情は窺えないが、温かい体温に安堵する。そういえばこんな風に抱きしめられたのは、あまりなかった気がする。
何故か無性に嬉しくなって、ジンは精一杯腕を伸ばしてユウキを抱き締めた。








「…ュウ…、キ……」
吐息混じりに呟かれたその言葉に、ハザマは片眉を跳ね上げた。眠るジンに近付いた時にちょうど聞こえたそれに、内心動揺してしまう。
丸二日掛かりの潜入調査を終えて統制機構に戻ってきたハザマは、休息もそこそこに師団長の執務室へ足を向けていた。仕事に出掛ける前に見たジンが、魔道書の整理に一日中駆り出されて顔色が良くなかったのを覚えていたからだ。
案の定、疲れ果ててソファで倒れ込むジンを発見したのだが、まさか再び彼からその名前を聞くとは思わなかった。気配にも気付かず昏々と眠るジンの単なる寝言とはいえ、それはハザマにとって重大な意味を持つ。
消したはずの、テルミに関する記憶がジンの中に残っている。あるいは脳が思い出そうと、夢に現れている。
完全に消し切れていなかったのか。ハザマは困った事態だと思うと同時に、微かに安堵していた。あの頃の記憶は曖昧にしたはずだが、ユウキと呟いたジンの表情は僅かに微笑んでいて、感じた気持ちは消えていないのかもしれないと思ったからだ。
封印も満足に解けていない、体を動かすだけでもかなりの力を消費する。そんな状況下で苛立っていたテルミに、幼いジンは一時の楽しい時間を与えてくれたのは確かだった。あの共有した時間を、ジンも楽しんでくれていたならいいと思う。
しかし、ここでテルミに関することを思い出されても厄介だ。さて、どうやって上手く記憶を操作しようか。
一番簡単なのは、幼少の頃の記憶を丸ごと消してしまうことだとは分かっている。しかしそれをするとあの日の惨劇も忘れることになり、ジンの考え方を根本から覆しかねなかった。
本当は気弱で真面目なジンが、キサラギ家の次期当主、師団長という位置に収まっているのは罪悪感からだった。兄とシスターを死に追いやり、妹を拉致する手伝いをしたことを常に悔いている。もしもそれらをすべて忘れたなら、ジンは居る理由がないと見て統制機構から出て行きかねないだろう。それは上層部にとってもハザマにとっても困ることだった。
手間は掛かるが、テルミの姿形だけ記憶をぼかすしかないか、とハザマは息をつく。テルミの存在ごと消して、あの悲劇をジン一人が行ったことにする方法もあるのだが……流石に気が引けた。あまり重しを載せ過ぎても、ジンの精神が耐えられないかもしれない。
そんな甘い考えで躊躇う自分に気付き、ハザマは苦笑する。やはりなんだかんだで、自分はこの青年を気に入っているようだ。
とりあえずもう一度記憶の消去をしておこうと思い、ハザマがジンの頭に手を翳した瞬間だった。
「ん…、……ッ!?」
長い睫毛を震わせて、ジンが眼を覚ます。おや、と思う間もなく、ジンは驚いたように体を跳ね起こして飛び退いてしまった。足を縺れさせながらもソファから離れ、ジンが警戒するようにキッとこちらを睨みつける。
まるで猫のような俊敏さで離れたその様に感心するも、何だが面白くてつい笑いが込み上げた。触れられずに終わった右手をわきわきと動かしながら、ハザマはジンの方を見てニッコリ笑いかける。
「おはようございます、キサラギ少佐。…と言っても、真夜中ですけれど」
「……何の用だ、ハザマ大尉」
こちらの一挙一動を注意深く見ながら、ジンが固い口調で問う。冗談に付き合う気はないと言わんばかりの態度だが、流石に寝起きということもあってよく見るとジンの視線はまだ虚ろだ。ぐらつく体を奮い立たせるように、全身に力が入っているのが見て取れる。
あくまで虚勢を張るジンに、ハザマはちょいちょいと手招きした。
「お仕事、お疲れ様でした。どうぞ私のことは気にせず、ソファでお休み下さい」
「……だから、なんで貴様がいる」
「心配だったので様子を見に来たんですよ。あ、眠れないなら膝枕しましょうか?」
「い……いらん! ふざけるのも大概にしろッ」
一応そこそこ真面目に提案してみたのだが、お気に召さなかったらしく一蹴された。見えない毛を逆立てるジンに、ハザマはやれやれと溜め息をつく。眠っていてもらえれば簡単に済んだものを……。
ゆらりと立ち上がり、ハザマは徐にジンへと近付いた。
「ねェ~少佐。この前の約束、覚えてます?」
「……何だ。約束?」
壁際のデスクに逃げたジンは、近付くハザマを睨みつけながらも怪訝そうに聞き返してくる。心当たりがないといった様子に、ハザマは忘れてしまうなんて酷いですよ~などとわざとらしく非難しながらにじり寄った。
「あなたにとって役立つ情報なら、報酬を支払うっていう件です」
「! あれは…ッ、貴様が勝手に言い出したことだろう!? 大体僕は、貴様から何も情報を受け取ってない!」
「嘘はいけませんねェ~。少佐は既に、私から情報を貰ってるでしょう?」
一体何のことだと叫びながら、ジンがデスクを挟んで遠ざかろうとした。しかしハザマは一気に距離を詰めて、細い腕を掴み上げる。
しまったと顔を歪めるジンが抗う前に、やや乱暴に壁へと押し付けた。自分の体を密着させて暴れかける体を封じ、ハザマは捕まえた獲物に顔を寄せる。
「この前のランチ、美味しかったでしょう?」
「放せ…ッ! 一体何の話を……!」
「とっておきの店、紹介しましたよねって話です。役立つ情報に、変わりはないはずですがァー?」
「な……っ、屁理屈だ、そんなもの!」
先日の昼食の話を持ち出されたのが意外だったのだろう、ジンは憤慨した様子で叫ぶ。まあ確かに、情報料を強請るようなレベルではないことは自覚している。
ただ、ハザマは口実が欲しかっただけだ。ジンに近付いて、触れる為の。
「じゃあ今度は、美味しいスイーツの店にお連れしますよ。だから、お願い聞いてもらえます?」
「馬鹿なッ、聞くわけな……っ!」
「少佐の体、少し触らせて下さい。大丈夫、痛くはしませんから♪」
もがく体を抑え込み、ハザマは了承の言葉も待たずにジンの顎を掬い上げた。そして煩い唇に長い舌を這わす。
濡れた感触と、ハザマの行動に驚いたらしいジンが、信じられないとばかりに目を瞠った。やや鋭い大きな眼が丸く見開かれている様に、案外ウブなのかもしれないと思う。
一瞬硬直した隙を逃さず、ハザマはジンの両手を纏めて頭上に縫い付けた。そして空いた右手を下腹部にひたりと当てる。
「ハザ、マ……ッ!?」
体勢が不利になったことに焦ってジンがこちらを睨み付けるが、もう遅い。ハザマは強張る唇に口付けながら、右手で服の裾を割り開く。氷剣から身を守る為に着用している、黒タイツの上から局部に触れると、ジンがくぐもった悲鳴を上げた。
しかしそうした過剰反応は逆効果。声を上げようと唇が緩んだ瞬間を見計らい、ハザマは舌を捩じ込んで、縮こまった可愛らしい舌を絡め取ってしまう。自分より高い体温のそれを強く吸い上げ、ぬるぬると舌の根を擽ると、密着したジンの体が震えた。
「…ッ、ぅ……んっ」
少し甘さの混じった呻きが零れる。眉根を寄せ、苦痛の表情だがうっすらと頬が紅かった。怒りより羞恥が勝っているのだろう、壁を背負った状況下で体が逃げ腰だ。
拘束から逃れようと腕が暴れるが、寄り掛かるように力を込めて抑え込む。口腔を蹂躙しながら間近でジンの眼を覗き込むと、潤んだエメラルドグリーンの瞳がこちらを睨み付けていた。
ああ、そんな嗜虐心を煽る顔をしないでくださいよ。もっと虐めたくなるでしょう?
ハザマはニタリと笑いながら、口を閉じようと躍起になるジンに舌を絡ませ、局部を揉みしだき始めた。壁とハザマに挟まれた細い体が、びくりと大袈裟に跳ね上がる。
「ふッ、ぅう!? んく…ッ、む…ぅ!」
腰をよじって逃れようとするのを無視して、タイツ越しに形を確かめるように指を絡めた。わざとゆっくりと擦り上げ、閉じる内股にも長い指を這わせる。
「ッく、ハァ…っ!!」
下半身の刺激に耐えかね、ジンが振り切るように顔を背けた。折角ノってきたディープキスを拒まれてハザマは残念に思うが、ハァハァと肩で息をしながらこちらを睨みつけるジンの口元からはしたなく唾液が垂れているのを見つけて、口角を上げる。
「貴、様…ッ! こんな、ことして……っ何のつもりだ!」
「何って、少佐が可愛いかったので、つい。欲を言えば、もっと色々したいんですけれどねェ~」
「ぁッ…! はっ、放せ馬鹿! 変…なところを、触るなッ」
思い切り睨んで叫んでくるジンに笑いながら、ハザマは少し固さが増したものを弄り回す。タイツの下に着用している下着も肌に沿うようなタイプなのか、形がはっきりと浮かび上がっていてこちらとしてもやり易い。
掌全体で下から擦り上げ、先端を爪先でえぐると、ジンは唇を噛み締めて顔を逸らせた。長い横髪で顔が隠れて見えないが、耳元が紅く染まっているのが見える。
晒け出された首筋に、ハザマは顔を埋めて舌を這わせた。
「ッ…く、……やめ…ろ…!」
「ふふ、何故です? 気持ちイイでしょう?」
膨らむ下肢をくにくにと弄りながら耳に唇を押し当てて囁くと、ジンの肩が跳ね上がる。どうやら耳が弱いようだ。どうしました?と更に息を吹き込んでやると、ジンの背が弓なりに反った。












一瞬の恍惚とした表情の後、我に返ったようにキッとこちらを睨み上げるジンの眼は、既に潤んでいて威嚇の意味を成さない。抵抗は示していても、体の方は快楽に弱いのだろう。僅かに赤い舌を覗かせて息を乱すジンに、ハザマは再び唇を寄せた。
「…はッ…、んん……」
じわじわと追い詰めるような愛撫に耐え切れなくなってきたのか、今度のキスは甘受する。角度を深くして咥内をまさぐり、尖らせた舌先で歯列をなぞると、喉を鳴らして艶のある呻きが洩れた。
反撃を防ぐ為に抑えているジンの両腕も力が入らなくなってきているようで、下肢への刺激に時折震えるくらいの動きしか見せなくなった。嫌がるように眉をひそめてはいるものの、頬を染めてキスを受け入れるジンに内心ほくそ笑みながら、ハザマはタイツの中で固く主張しているものを急速に扱き上げた。
「ぁ…ッ…ふ、…ぅ」
柔らかい袋を揉み込み、反り返る裏筋を指先でなぞり上げてやると、腰が痙攣したように震える。布越しの愛撫でこの感度なら、直接口に含んで吸い上げてやった時にはどんなイイ声で鳴いてくれるのだろうかと、今から興奮して止まない。
ただ、今回は残っている気力を削ぎ落とすことが目的で、そこまでする必要はなかった。勿体ないが、次の機会に取っておこう。ハザマはそう思いながら、ジンの溜まった熱を解放するべく扱く速度を早めた。
「くッぁ、ぁ…ぁあッ…!」
もう下肢は湿り気を帯びていて、弄り回す度にねちねちと微かに水音が響く。
膝が震え始めたジンを体全体で壁に縫い止め、ハザマは局部を揺するように刺激しながら唇を貪った。唾液を絡ませて舌を吸い上げ、一旦放してから再び口腔へ侵入する。痛みもなくねっとりと甘く繰り返す口付けに、ジンは舌の根が痺れたのか、まともに言葉も発せなくなっていた。
湿った濃密な吐息が、至近距離で混じり合う。どちらのものともつかない唾液が糸を引いた。
「…ッ…ふ、ぁあ――ッ!」
追い上げる動きに耐え切れず、ジンが体を強張らせて達する。タイツの中で精液が吐き出され、濡れた感触を伝えた。
ピンと強張ったしなやかな肢体が暫く痙攣したように震え、一気に脱力していく。ハザマは戒めていた両腕を解き、膝を折って座り込みそうになったジンの体を掬い上げた。力の抜けた体を抱き寄せ、目尻に溜まった涙を舐め上げてやる。
「さァ……お眠りなさい」
虚ろな瞳を向けたジンを覗き込み、ハザマはそう囁いて頭を撫でた。いつも糸のように細い眼を微かに開き、琥珀色の視線でジンを搦め捕る。
力の抜けたジンは抵抗することも出来ず、言葉通りにゆっくりと瞼を閉じていった。仕事の疲れが蓄積していたこともあって、容易く術式にかかってくれたようだ。
ハザマは眠りに落ちたジンの体を横抱きにして、ソファへと移動した。
「さて、少し名残惜しいですが……今暫くは忘れておいて貰いましょうかね」
暗闇の中で金色の瞳を輝かせ、ハザマはニタリと笑った。








目覚めた時、頭はスッキリしていた。しかし何か、大切にしていたものが消えたような、微かな喪失感を抱いた。
ここは何処だ。今は何時?
ハッと眼を覚ましたジンは、視線を巡らせる。いつもの執務室は窓からの光で、少し明るくなっていた。昼……ではない、朝方だろうか? そういえば何故、社員寮ではなく執務室で自分は横になっているのだ。
次々浮かぶ疑問に眉を寄せたジンは、ふと傍らの気配に気付く。影を差している存在を辿るように視線を上げると、白いYシャツに包まれた広い背中があった。
「お目覚めですか? キサラギ少佐」
「……ハザマ、大尉……?」
肩越しに振り返り、ハザマがこちらを見下ろして微笑む。ジンは一瞬状況が呑み込めずに眼を瞬いたが、ふと昨夜の出来事が脳裏をよぎって顔を引き攣らせた。
そうだ、眠っていたところに突然現れたハザマに、散々好き勝手されたんだった。
よりによってこんな胡散臭い奴にみっともない姿を見せてしまったのだと自覚すると同時に、ふつふつと怒りが湧き上がる。へらへら笑うハザマを睨み付けながら、ジンは無言で手を掲げた。
「……え、ちょっと……少佐?」
術式が展開される気配に気付き、ハザマは少し焦った様に口元を引き攣らせる。しかしジンは冷めた表情のまま、氷剣ユキアネサを召喚した。
冷気を纏うそれを握り締め、ジンはうつ伏せから上体を起こす。
「死ね」
「ひィッ!? ちょ、何するんですか!」
首を狙って抜刀したのだが、紙一重でハザマに避けられた。当たらなかったことに本気で舌打ちすると、ハザマが逃げるように後退りする。相変わらずの糸目だが、流石に危険を感じてか眉根を寄せて情けない表情をしていた。
「危ないじゃないですかっ。洒落にならないですよォ~」
「大丈夫だ、冗談のつもりはない。大人しく殺されろ!」
「や、やめてくださいって! それ、当たったら死んじゃいます!」
氷漬けにしてやろうとフロストバイトを乱発するが、悲鳴を上げながらもハザマにすべて避けられてしまう。
なかなか当たらないことに苛々してきたジンは、もう直接突き刺してやろうかと殺気を放ちながら踏み込んだ。しかしハザマが「あ」と声をあげてこちらの足元を見てきたので、怪訝に思って動きを止める。
「汚れた黒タイツ、勝手に洗っちゃいましたので、あんまり派手に動かれると見えちゃいますよ?」
「……は?」
何の話だと問おうとして同じく視線を落としたジンは、思わず硬直した。
短い着物の裾から、あられもなく生足が出ていたのだ。男にしては体毛が薄いジンの足は産毛程度しか生えておらず、引き締まっていると云えども眩しいくらいに白い。余計に痛々しく映るその露出具合に、ジンは蒼褪めた。
なんとなく身が軽いような気はしていたが、こんな中途半端な格好をしていたとは……!
ジンは慌ててしゃがみ込み、長いコートの裾を引っ張って太腿を隠した。羞恥に顔が熱くなるのを自覚しながらジンがハザマを睨み上げると、ハザマは先程とは打って変わって愉快そうに笑っている。
くそ…っ、完全に弄ばれてる……!
あまりに腹立たしくて、ジンは思い切り殺意のこもった眼でハザマを射抜いた。視線に気付いて、ハザマはしまったとばかりに笑顔を凍らせ、そそくさと出入り口へと逃げていってしまう。
「まだ出勤時間には余裕がありますし、どうぞそれまでゆっくり休んでくださ~い」
「あとで覚えていろ、貴様ッ! 許さんからな!」
こんな格好では追うことも出来ず、ジンは間延びした捨て台詞に怒鳴り返すことしか出来なかった。ひらひらと手を振って扉の向こうへ消えていく痩身に、ハラワタが煮え繰り返る思いだった。
屈辱的だ……!
歯軋りしそうな勢いで顔をしかめながらも、自分が簡単に囚われてしまったことにも落ち度はあると思い直し、自己嫌悪のため息をつく。
こんな格好では更に気が重く成り兼ねない、さっさと着替えようと立ち上がったジンは、肩から滑り落ちかける何かに気付いた。何だろうかと手をやると、馴染みのない触り心地のものが触れる。
「……!」
それは黒いスーツの上着だった。見覚えのあるそれと、出て行ったハザマがYシャツとベストだけの姿だったことが、その瞬間つながった。
それが意味するところにジンは頬が緩みかけ――慌てて顔をしかめた。
気遣いな訳がない。気まぐれか、マナーだと思ったからか、そんなところだろう。本当にこちらに気を遣っているなら、あんなことを強引にしたりしないじゃないか。
ブツブツと胸中で文句を言いながら、ジンは肩に掛かった上着を剥ぎ取る。
スーツをべろんと目の前に広げ、ここにはいない本人の代わりに睨み付けてから、ジンはそれをハンガーに掛けた。





END




暫くしてから、脱がされて後処理された事実に気付いて悶絶するジン(笑)。