アイス日和






「いや~…今日は暑いですねェ」
「そうだな。貴様が視界に入るだけで、体感温度が2℃上昇する」
「うわぁ、ヒドイですよ少佐」
お決まりの昼食時間に、ハザマとジンは街中を歩いていた。少し後ろにノエルもとてとてとついて歩いていたが、二人の視界に入れて貰えていない。
仲がいいのか悪いのか判断に迷うような会話をする上司2名の様子を黙って窺っていたノエルだが、今のは確かにジンに同意見だと思った。
今日は、照りつける太陽が初夏を思わせるほど暑い。半袖で街を歩く人が大半の中、ハザマの黒いフォーマルスーツはどうしても目立っていた。暑苦しいという意味で。
流石に暑いと口にしているだけに、スーツの上着は脱いで手に持っているが、ネクタイもきっちり締まったハザマの姿は見ているとこちらも暑く感じる。視界に入れたくないというジンの言葉も尤もだ。
「でも、ラッキーですね。少佐の周りは涼しくて、ホント助かります」
わざとらしくパタパタと手で扇ぎながら、ハザマは笑ってジンの腰に下げられた刀に視線を向けた。任務時以外は執務室に立て掛けてあるだけのアークエネミーなのだが、ジンは外が暑いと分かって持ってきたらしい。お陰で抜刀していなくても、ジンの周囲はひんやりしていた。
クーラー代わりにしているようなハザマの発言にジンは一瞬片眉を上げたが、自分自身もその為に携えていると自覚しているようで、特に反論はなかった。ジンの服装も一見軽装に見えるが、ユキアネサを使うために防寒機能を備えているので、恐らく見た目より暑いはずだ。
このメンバーでは一番涼しい格好であるノエルは、それでも暑いなぁと思いながらギラギラ照り付ける太陽を見上げた。
「おや、やっぱりこんな気温だからですかね。アイスが売られてますよ」
不意にハザマがそう言って、楽しそうにケーキ屋の前を指差す。見ると、パステルカラーに塗られたワゴンを出して、店員がアイスクリームの販売をしていた。いつもは見掛けないので、臨時だろう。
「買いますか? 少佐、甘いもの好きでしょう」
「これから食事だ、デザートが先でどうする」
勧めるハザマに見向きもせず、ジンは歩を早めた。今日の昼食はジンの紹介なので、先導ついでに無駄話の多いハザマを引き離すつもりらしい。
しかし甘党であることに対して反論はなかったので、ノエルは「へー」と思わず明るい声をあげた。
「少佐、甘いもの好きなんですね。なんか可愛い……」
「ヴァーミリオン少尉」
思ったことをそのまま口に出した途端、ジンの硬質な声に遮られる。外に出てから初めてこちらに顔を向けられた気がするが、その表情は極寒を思わせる冷徹なものだった。
「命が惜しくないとは、随分と勇ましい覚悟だ。今度、危険区域へ行ってもらおう」
「……ぇえええッ!? いや、そ、そんなつもりじゃ……!」
どうやら、可愛いという表現が禁句だったらしい。
うわーマズイ、怒らせたと思いながらノエルがフォローを求めてハザマの方をちらりと見たのだが、彼はむしろ嬉しそうにニタニタと笑ってこちらを見ていた。非常に感じが悪い。
「……では、食事のあとにでも買いに行きますか?」
「だから、別にいらんと言ってる」
一応話を反らせてくれたハザマだが、ジンには一刀両断されて終わった。もう甘味系の話自体、してほしくなさそうな雰囲気を醸し出している。ただでさえジンには仕官学校の頃から良く思われていないノエルとしては、余計な話をして機嫌を損ねさせるのは賢明と言えなかった。
なのでノエルは黙っていたのだが、妙に饒舌なところのあるハザマは黙らなかった。
「少佐なら、カキ氷とかは簡単に作れそうですねェ~」
ユキアネサの性能を思い出してか、ハザマがそんなこと言う。確かに、アイスクリームは無理でも(材料さえ揃えば可能な気もするが)、カキ氷はすぐに作り出せそうだ。なにしろ必要なのは水だけ。
しかしそんなことの為に、冷酷で有名なジンが刀を奮うとはとても思えない。案の定、ジンはまた馬鹿なことを言い始めたとばかりに、半眼になった。
「……そうだな。シロップが貴様の血でいいなら、カキ氷くらい今すぐ作ってやるが?」
「え。…ハハ…やだなぁ、冗談ですよ冗談!」
鋭く細められた碧眼に睨まれ、瞬時にハザマの笑顔が凍る。言わんこっちゃない。
しかしこの人、所属部隊も階級も違うのに、なんでまたジンに纏わり付いているのだろうかと今更ながら不思議に思う。普通、これだけ冷たい対応ばかりされたら心が挫けるものだが……。(事実、自分は既にバキバキに折れている)
性格的にも全く噛み合っていなので、間違ってジンの逆鱗に触れやしないかと、ノエルがハラハラしながら見守っていた矢先のことだった。
ハザマは不意に良いことでも思い付いたようにぽんと手を打ち、嬉しそうにジンへ笑いかけた。
「ああ! でも、少佐の練乳がけなら食べてもい――」
「吹雪」
「ぎょぇへえッ!?」
何か言いかけたところで、ハザマがいきなり空中に吹っ飛んだ。軽そうな体のせいだろうか、照り付ける太陽に重なるほど高度を上げてしまう。
一瞬何が起こったのか分からず、ノエルはその様子を呆然と見ることしか出来なかったのだが、黒っぽい姿がぼてっと遠くに落ちるのを見てから我に返った。
「ハ、ハザマさん!?」
気が付けば、ジンの周辺が冷気を纏っており、氷の結晶が降っていた。どうやらハザマは、ジンの居合の餌食になったようだ。
安否を確かめようとノエルはすぐに身を乗り出したのだが、殺気を帯びた気配に呼び止められてしまった。
「少尉、それはゴミだ。捨て置け」
「……ぅええっ!?」
「さあ、早く行くぞ。ランチタイムは混むんだ、無駄に待たされたくはないだろう」
それだけ言い放つと、ジンは戸惑うノエルを置いて歩き出してしまう。足早に遠ざかる上司と、ぴくぴくと蠢いている黒い物体とを交互に見遣り、ノエルは混乱したのだが――結局ジンの後を追うことにした。
一応直属の上司だし! これ以上怒らせたら、こっちにもとばっちり来そうだし! なんて、言い訳を胸中で叫びながら小走りになるノエルの背後から、「イイ度胸じゃねぇーか、クソガキ共……」と低く呟く声が聞こえた気がしたが、気のせいだ。……うん、たぶん。
遅いぞと厳しい声を掛けながらも、仕官学校の頃よりは幾分落ち着いた雰囲気を纏って振り返るジンに駆け寄り、ノエルは暑さか悪寒のせいか分からない汗を拭った。









昼にあった茶番など、夜にはとっくに忘れていた。そんなことをいちいち覚えている程、暇でもない。
しかし今日は本当に暑いなと思いながら、ジンはコートや袖の装飾を外し、襦袢とタイツだけの姿で仕事を続けていた。日が落ちても暑さを感じるということが、本格的に夏の到来を感じさせる。
ノエルの出した、報告書とは程遠い物体に眉間に皺を寄せながら書き直し作業をしていたジンは、軽快なノックに顔を上げた。
「キサラギ少佐、少し休憩しませんか?」
執事よろしくトレーを持って現れたハザマは、いつもの胡散臭い笑顔でそんなことを言った。
既に定時は越えており、殆どの者が帰宅している。帰ったものと思っていたので、ハザマの登場は意外だった。
しかも、手に持つトレーが目を引く。一体どこから持ってきたのか分からないが、ハザマの格好だとあまり違和感がないのが不思議だ。
来客用のものを借りてきたのだろうかと考えているうちに、ハザマが目の前まで来ていた。
「……何の用だ」
「遅くまで御苦労様です。気分転換に甘いものなんて、如何でしょう?」
ジンが眉をひそめて見上げると、ハザマはマジシャンのようにわざとらしい仕種でトレーから皿を差し出す。コツンとデスクの上に置かれたのは、ガラス皿に盛られたアイスクリームだった。
「これは……」
「昼間に見かけたアイスです。どうぞ召し上がれ」
執事のように笑ってそう言うハザマに、ジンは驚きの眼差しを向ける。
実は少し、食べられなくて心残りだったアイスクリームだ。昼間は、見た目に反して甘党なジンをからかうハザマに苛立っていたのだが、予想外にも気を回してくれたのだろうか。
一瞬ジンはそんな呑気なことを考えかけて――思い切り顔をしかめた。
この胡散臭い男が、果たして純粋な親切心でこんなことをするだろうか? 今までの経験から、何か裏があると考えるべきではないか。
「……一体なにを企んでいる?」
途端に疑いの眼差しを浮かべたジンに、ハザマは嫌ですね、そんな怖い顔しないでくださいよとヘラヘラ笑いながら言った。
「ちょー…っとお願いを聞いて頂ければ嬉しいかなァ、なんて」
「断る」
おねだりするように首を傾げて笑ったハザマだが、やはり何か思惑あってのことだったようだ。いくら笑顔を浮かべていても、その下に狡猾な顔があることをジンは既に知っている。
載せられるものかと、ジンはアイスクリームの皿を押しやった。
「……いらん。帰れ、大尉」
「あれー? 本当にいらないんですかァ?」
眉間に皺を寄せて唸るジンに、ハザマは妙に癇に障る声で聞き返して来る。
しつこく食い下がるようならユキアネサで斬り捨ててやろうかと思いながらジンはハザマを睨みつけたのだが、意外にもハザマはあっさり引き下がった。細長い指がガラス皿を取り上げ、勿体ないですね~とわざとらしく呟く。
「折角少佐の為に買ってきたんですが……いらないなら仕方ありませんねぇ、私が貰いましょう」
「……あ」
そう言って、ハザマは皿に添えられていたスプーンを持ってアイスを一口掬い、ぱくりと食べてしまった。予想外の行動に、思わず非難じみた声が出る。
「うん……、これはなかなか。新作の夏みかん味、さっぱりしていますが、ベースのミルクアイスが濃厚で美味しいですよ」
新作だったのか、そのアイス。
呑気に感想を述べるハザマを、ジンは殺気立った眼で見つめた。
あまり食べ物に執着はない方なのだが、お気に入りの店の菓子は別だ。ましてや、新作なんて。あそこは特に良い牛乳を使っているから、美味しいに決まっている。
しかし、いらないと言った手前、やっぱり欲しいとは言えなかった。目の前でこれみよがしにアイスを食べるハザマを、ただ睨んでいることしか出来ない。
「あれぇ? そんな怖い顔しないでくださいよ。いらないって言ったのは少佐の方でしょう?」
「……」
やけに長い舌でスプーンをぺろりと舐め、ハザマが嫌みったらしくそんなことを言った。相変わらず紳士面で中身がねじくれている。
こんな男に躍らされるのも非常に業腹で無視したいところだが、運の悪いことに明日の朝一から各階層都市へ見回りに出掛けなければならない。四日間はここを空けるので、それまでお気に入りのケーキ屋へはいく機会がない。
ジンは重苦しい溜め息を吐き、引き出しから財布を出した。
「……いくらだ。買い取る」
「うっわ、なんでそんな面白くない方向に考えちゃうんですか」
そんなの、つまらないでしょと非難の声をあげるハザマに、やはりこいつ始めから寄越す気などなかったな…と、ジンはこめかみをヒクつかせた。人の弱みに付け込んで、本当ろくでもない。
翡翠の眼を怒らせるジンに、ハザマは全く堪えた様子もなく、にこにこ笑いながらアイスを掬ったスプーンを近付けてきた。
「可愛くお願いしてくれたら、幾らでもあげますよ? 少佐」
「……貴様、頭が沸いているのか」
屈んでスプーンを差し出すハザマに、ジンは冷めた眼を向ける。どう見てもその体勢は、所謂恋人同士がやる、はいアーンとかいうやつに該当していた。
誰が死んでもやるか、そんなこと。
恥ずかしげもなく要求するハザマの神経さえ疑うジンの眉間には、深く皺が刻まれた。
「そんな顔したら、折角の美男子が台無しじゃないですか」
「僕がどんな顔をしようが、貴様には関係ない」
心にもない世辞を言われても、嬉しくもなんともない。大体、見た目などどうでもいい。
いい加減苛立ちも最高潮に達してきて、ジンは溜め息を吐きながら財布を引き出しにしまった。茶々を入れに来ただけの男など相手にしていても無駄だ。
もう無視して止まっていた作業に戻ろうとペンを握り直したジンを見て、ハザマが強情ですねェと呟いて差し出していたスプーンを自分の口に運ぶ。
そして徐にこちらへ手を伸ばし、ジンの小さい顎を掬い上げた。
「……んんっ!?」
無理矢理上に向かされたと思ったら、唐突に唇を合わせられた。抵抗する間もなく、深い角度で舌を入れられてしまう。
開かされた口から、とろりと半溶けのアイスが流し込まれ、ジンの体が跳ね上がった。ひんやりした食感とミルクの香りが口の中に広がる。
甘い、けれど濃厚で美味しい。
喉奥に滑り込んでくるアイスの味に頬が緩みかけたところで、ハザマの手が顎を撫で、首筋を滑っていった。ぞくりと、背筋に悪寒が走る。
「んぅ……っ、ん…!」
確かに食べたいとは思っていたが、何故口移しだ。嫌がらせか、この男。
一瞬甘い味にほだされかけたが、こんな状況は決して許してない。アイスも大方なくなったというのに、まだ舌を絡めて吸い付いてくるハザマを、ジンは至近距離で睨みつけた。
しかし細い眼から僅かに覗く琥珀の瞳と視線が合い、それが楽しげに輝くのを見て怯んでしまう。どうにもこの眼が苦手でならない。
タイツ生地の上から鎖骨をなぞるハザマの手を払い除けようと手首を押さえるが、更に深く舌の根に絡み付かれ、体に震えが走ってしまう。
「んっく、ふぁ……ッ」
「……美味しいですか? 少佐」
ちゅぷっと濡れた音を立てて、やっと唇を解放したハザマが、にこにこと笑いながらそんなことを聞いた。
慣れないディープキスに息を乱すジンは、なかなか文句も発せられない。この男のキスはいつも執拗で、どう対応していいのか分からなかった。
溢れた甘い唾液が顎を伝う感触に、ジンは慌てて真下にある書きかけの報告書をわきに除ける。以前に書庫で抱かれた時、後始末にうんざりしたのを鮮明に覚えていたからだ。
この勢いだとデスクの上を目茶苦茶にされそうだと一抹の不安を抱いたからの行動だったが、そんな思考に至った自分にも遅れて幻滅する。何を予測してしまっているんだ、自分は。
「もう一口、どうですか?」
「ハザマ大尉! いい加減やめ……んぐッ!」
怒鳴り付けようと口を開いた瞬間、いきなり指を突っ込まれた。甘い味が舌の上に広がるのを感じ、アイスを掬ってから入れられたのだと分かる。
ジンは抗議するように、節張った指に軽く噛み付いた。黒い帽子と髪に半ば隠れたハザマの細い眉が、片方跳ね上がる。
「おやおや、お行儀が悪いですよ、しょーさ」
……貴様がそれを言うな。
胸中で罵りながら、ジンは翡翠の眼を鋭く細めて、口元を三日月にして笑うハザマを睨む。無理矢理キスして、指を突っ込んでおいて、その言い分は何だ。
力を入れてキッと歯を立ててやると、ハザマが堪えた様子もなく痛いですよと呟いた。このまま食いちぎってやろうかと一瞬考えるが、そこまでするのも大人気ないような気もして、眉を寄せるだけに終わった。
「ねぇ、少佐」
ゆっくりと指を引き抜きながら、ハザマが低く囁くように呼び掛ける。舌からぬるりと出ていった長い指には溶けたアイスと唾液が絡まり、糸を引いていた。
その濡れた指でジンの下唇をなぞりながら、ハザマが細い眼でこちらを覗き込む。琥珀の瞳は、熱を孕んで鈍く輝いていた。
ぞくりと、項に痺れが走る。
「また、抱かせてくれませんか?」
「……何を、言って」
「貴方がいいんです。貴方を抱きたいんです……キサラギ少佐」
熱っぽい吐息と共に、そんな甘ったるい言葉が耳に吹き込まれた。まるで恋人同士の睦言のように。
そんな、端から見れば真剣と見て取れるであろうハザマの誘いを、ジンは無表情のまま見つめた。
……好きでもない相手に、よくそんなことが言えるものだ。どうせ焦がれた振りをするのは、何か裏があるのだろうが。
内心の呆れは口に出さぬまま、ジンは勝手にしろとだけ返し、伸びてくる手を見つめ返した。










好きだとか、愛してるだとか、貴方だけだとか。
そういう言葉をこの青年の前で口にするのはもうやめておこうと、ハザマは思った。流石に馬鹿ではない彼は、その偽りの言葉を聞く度に表情を冷めさせていく。
確かに、形だけ堕とすのには手っ取り早い。貴方を抱きたいんですと言えば、今まで散々抵抗していたくせに簡単に大人しくなった。多少の戸惑いや羞恥は見せても、こちらの行動を本気で阻もうとはしない。白い柔肌に触れても、怒らない。
だが、好きにすればいいとばかりに妥協と諦念の思いが見え隠れするジンの表情は、やはり興が削がれた。難攻不落を自分の手で落とすなら楽しいが、罠だと分かって飛び込んでくる相手は正直面白みに欠ける。
自分の手で、自分の好きな色に染めるのが楽しいのだ。意に沿うように動くだけの相手なんて、つまらない。
……まあ、それでもこの少佐殿は体の具合がいいから良しとするが。
そんなことを思いながら、ハザマは二度目に味わうジンの中を堪能していた。
細い腰を抑えてゆるく揺さぶれば、端正な顔が頬を染めたまま歯を食い縛る。その快感に耐える表情が逆にそそるのだということを、本人は自覚していないのだろう。
本来はジンが座っているべき椅子に腰掛け、ハザマは膝に乗せた上司の鎖骨にキスを贈った。男の上で跨がる体勢を取らされているジンは、どこに手を置いていいのか分からない様子で、片手でこちらを突き放すように押さえながら視線をさ迷わせている。
前のようにタイツを破られるのは困ると主張したジンは、潔く裸になってくれたが、やはり恥ずかしさはあるようで、眉を寄せながらこちらを見下ろす顔が紅潮していた。
「そんなに顔を赤くして……可愛いですねェ」
「…っく、…ぅるさッ…アァ!」
からかうように褒めたハザマは、怒りと羞恥で憤慨するジンの胸に吸い付き、嬌声をあげさせる。硬くしこった頂を舐め上げると、僅かに塩気があった。前回はさほど汗をかかなかったジンだが、今日は気温が高いせいか汗を滲ませているようだ。
しなやかな腰を抱き寄せて緩く突き上げながら、ハザマは遠ざかろうと身をよじるジンの胸に、鬱血の痕を刻んだ。
「気持ちいいですねぇ~、少佐の中」
「な…ッ、ふざ、け…っ」
「ホントですよ? 凄くイイ」
にっこり笑って、鼻先を触れさせながらそう告げると、ジンが瞠目して視線をさ迷わせた。
どうやら好きだと言われるより、面と向かって褒められる方がジンには慣れないことらしい。戸惑うジンを見つめながら軽くキスをすると、いつもは鋭い視線を送る翡翠の眼が逃げるように横へ逸らされた。
体を直接繋げるよりずっと、明け透けな称賛の方が効果的なようだ。嘘を見抜けるだけに、本音での感想は心を揺さ振られるらしい。
湿った白い肌に舌を這わせながら、今度から褒め殺ししてみようか、などとハザマは戯れに考えた。一度では堕とし切れなかったが、時間をかけて可愛がれば従順なダッチワイフくらいにはなるかもしれない。
時間はまだまだある。じっくり教え込めばいい。
「しょーさ? ちゃんと掴まっててくださいね」
熱い息を吐くジンの細い手を取り、ハザマはそれを肩へと回させる。面白がってこんな体勢を取ったが、そろそろ本格的に突き上げたくなってきた。
まだ慣れるほどではないだろうが、2度目ということでジンも力の抜き方が多少分かってきたらしく、ハザマの陰茎を締め付ける蕾は程よく収縮を繰り返している。やはり具合がいいと思いながら、ハザマは逃げ腰のジンを引き寄せて強く揺さ振り始めた。
途端にきゅっと締まる中と、爪を立てて体を強張らせるジン。明かりを落とした中でもはっきりと浮かび上がる白い肢体が、奥深くへ突き込む度にビクンとのけ反る。
「っ…く、…ふ……んぅ、ッん!」
ハザマのシャツの襟にシワを刻みながら、ジンが下唇を噛み締めて喘ぐ。殺し切れずに鼻から漏れた声は、普段の冷徹な彼からはあまり想像出来ない、甘い響きを持っていた。ジンの方も、後ろで快感を拾えるようになってきたのだろう。
膝の上で踊る体に眼を細め、ハザマは興奮気味に唇を舐めた。体は好きにさせても、感覚までは流されまいと抗っているジンが面白くて仕方がない。苦虫を噛み潰したような顔で頬を染めている様が、嗜虐心を煽った。
だが、ハザマは無茶苦茶に虐げたい欲望を抑えて、あくまでも快感のみでジンを追い詰めていく。まずは気持ちいいことだけを教え込んで、依存するように仕向けたい。
腰と膝を上げる度に椅子が軋んだ音を立てるが、構わずハザマはジンの中を探るように何度も突いた。
「ふ…ッく…、ぁひゃっ!?  ぁ、な……んんッくぅ、ぁあ!」
ジンの表情をじっと見ながら突き上げていたハザマは、如実に反応を変えたジンにニヤリと口元を歪める。前立腺に当たったのだろう。
きゅうきゅう締め付けて波打つ内部に痺れるような心地良さを感じながら、ハザマは徐に引き締まった腰を掴んで引き上げた。強い快感にまだ戸惑っていたジンが、一体何をするんだと怪訝な表情を浮かべるが、ハザマは構わずさっき反応があった箇所に固い先端を当てた。
そして反り返った陰茎を擦り付けるように、一気に細腰を引き落とす。
「――ぁあああッ!」
悲鳴に近い嬌声をあげ、ジンの背が弓なりに反った。
そそり立った側面にごりごり擦られる感触に、相当な快感を感じたのだろう。食いちぎらんばかりに引き絞る内部に、ハザマも思わず呻く。
ハザマの持ち物はあまり太くはないが、結構な長さがある。普通の膣ならば納まり切らずに子宮を叩く羽目になるのだが、直腸の場合はすべてを押し込んでも、熱い肉壁が包み込んでくれる。
しかしそれで穿たれる方は、堪ったものではないらしい。ぎりぎりまで引き上げて叩き落とし、また勢いよく引き上げてと、弱い部分を集中的に攻め続けること十数回で、早くもジンの潤んだ翡翠の眼は焦点が定まらなくなってきた。引き締まった腹筋に触れるほど反り返ったジンのものからは、その快感の度合いを示すようにだらだらと蜜が溢れている。
「ハァッ、ん! ぅく…やぁっ、んんー…ッ!」
「あはっ。気持ちいい、ですか? しょーさ?」
歯を食いしばり、目尻に涙を溜めながら殺しきれない喘ぎを漏らすジンに、ハザマは口角を上げた。元々アナルセックスは締まりの良さで嵌まる者が少なくないが、この搾られ方はかなりヤミツキになるかもしれないとハザマは思う。荒い息を吐きながらジンの鎖骨をなぞるように舐めると、細い体がぶるりと震えて抱き着いてきた。
膝の上という不安定さで縋れるものが目の前のハザマしかなかったのだろうが、蹂躙している張本人に両腕を回して抱き着く様が、なんとも矛盾していていじらしい。快感に酔った表情を見せたくないらしく、肩口に顔を伏せてしまったのは残念だが、艶めいた声と吐息が左耳からはっきり聞こえてくるのでゾクゾクする。
揺れ動く腰を抱き寄せて、ハザマも快感のままに突き上げ続けた。濡れそぼった熱い塊が擦り付けるように腹部に当たるので、それにも指を絡めてやると、ジンが一層高い声で鳴く。
あーあ、一張羅が台無しだ……なんてスーツやシャツの心配をしつつも、行為を止める気にはなれず、細腰を引き寄せながら攻め立てた。
「ひぐっ、ぁ、あああ…――ッ!」
掠れた甘い悲鳴があがり、ジンの体が強張る。白濁が吐き出されると同時に肩甲骨辺りに爪を思い切り立てられたが、それ以上に引き絞られる感覚に息を呑んだ。
縋り付いてくる熱い体を抱き締めて、狭い内部に逆らうように数回抜き差ししてから、ハザマも中へと精を放つ。
「っ、……ハァッ」
解放感に思わず満足げに息を吐いたハザマだが、ジンの方は気が緩みかけたところにビュクビュクと熱い体液を注がれて、敏感に体を震わせた。熱に浮かされたような、か細い喘ぎが心地好く鼓膜に響く。
あー、やっぱいいわ。この体。
満足感と射精後の気怠るさに息を吐きながら、ハザマは腕の中で弛緩するジンの背をゆるりと撫でた。白磁の肌が桃色に染まり、うっすら汗を浮かべる様が艶めいて見える。
後々の駒として従順にさせておくべきだが、とりあえず今はこの体が好きに貪れれば十分だな、などと身勝手なことを考えながら、ハザマは脱力するジンの体を抱えて立ち上がった。繋がったままの蕾から粘着質な水音が響き、荒い息をつくジンが不明瞭な声で喘ぐ。
デスクの上にあった書類をわきに退け、ジンをそこに仰向けに乗せたハザマは琥珀の瞳を細めて覆い被さった。硬くてひんやりしたデスクに身じろぎしたジンが、潤んだ眼でこちらを不思議そうに見る。
「ハァッ、ハァッ……ぁ、ハザ…マ大、尉……?」
「すみませんが、もう少し付き合ってくださいね。しばらく、出張で会えないでしょう?」
いっぱい、したいんです。
ニコリと笑いかけてそう告げると、ジンはぱちくりと長い睫毛を瞬かせたが、意味を理解して顔を赤らめた。
こういうところがウブだから、面白い。
戸惑うように視線を逸らせたジンの頬に手を添え、ハザマは柔らかいキスを落とした。舌でなぞるように唇を舐めてやると、噛み締めていた歯列がふわりと解ける。熱く熟れた舌を誘い出して緩やかに吸い付くと、間近でこちらを見ていた翡翠の瞳が、熱に浮かされたように細められた。
その甘く、やわらかい反応にじわりと何かが満たされるのを感じながら、ハザマはゆっくり腰を押し込んで熱いジンの中を堪能する。
「あとで、まだ開けてない残りのアイスをお持ちしますね。お願い、聞いて頂けましたし」
「……そう、だな。もらう」
思い出したように告げると、ゆるく腰を波打たせながら、ジンがややふて腐れたように返事を寄越した。













今日も暑い。ノエルは数日前のデジャヴを感じながら、前を歩く上司達について歩いていた。
ジンが出張に出ている間はハザマも現れず、平和で過ごしやすい環境だったが、帰還した途端にまたもや黒ずくめの男は現れた。
まだ入ったばかりで仕事が覚えられていないので、ジンが出張から戻ってきたことはノエルにとってはとても有り難い(仕事は本当に驚くほど的確で迅速なのだ)。しかし、昼時と帰宅時に顔を出すハザマは一体何をしに来ているのか、さっぱり分からなかった。
「少佐が出張に行っている間、裏通りの方で美味しい紅茶を出す店を見つけたんです。ランチは軽めですが、紅茶は種類も豊富でなかなかいい感じですよ」
「そうか。じゃあ今日はそこで」
上着は予め脱いできたハザマが、ジンに笑いかけながら店の案内をする。流石諜報部というべきか、ハザマの紹介する店はどれもそこそこリーズナブルでレベルが高く、間違いない。
そこは信用できるのだが、それ以外がどうにも胡散臭い感じで、ノエルはまだ馴染めなかった。
「ヴァーミリオン少尉も、そこで構わないか?」
「へっ? あ、はい!」
突然振り返って確認を取ったジンに、ノエルは慌てて首を立てに振る。大体はさっさと決めて行動に移ってしまうジンだが、最低限の確認や礼儀は怠らないところを見るに、ノエルだからどうというよりは効率的且つ迅速に行動することに重点を置いているのかもしれない。
相手が誰であっても冷静沈着に対応するが故に、冷徹に見えるのだろうと最近ノエルは考えるようになった。
「デザートにアイスクリームもありますし、暑い日にはうってつけですよ」
「……そうか」
ご機嫌取りのようにそう付け加えるハザマの方を見るでもなく、ジンは返事を返す。無駄口を遮るより、適当に返事をして流す方が楽だという感じが窺える。
しかし次のハザマの言葉に、周囲の気温が一気に下がった。
「テイクアウトして、またプレイに使うのもい――」
「凍牙氷刃」
瞬きをする間もなく、ジンによって高速で抜刀されたユキアネサから、氷の衝撃波が放たれる。何かを言いかけていたような気がしたが、次の瞬間にはハザマが空中に吹き飛んでいた。
あれ、またデジャヴ……。
舞い上がっていった男の姿を見上げながら、ノエルはそんなことをぼんやり思う。
「……少尉、やはり行く店を変更する。構わないか?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
こめかみにくっきりと血管を浮かせたジンに突然問われ、内心萎縮しながらノエルはカクカクと首を立てに振る。どう見ても、余計な口を挟めるような雰囲気ではない。
ぼてっと何かが落ちる音を背後に聞きつつも、今度は安否を心配する気にはなれず、ノエルは怒りに満ちたジンの背を追い掛けた。







END



ハザマさん、ジンの調教中。