斑鳩のしらべ




ピンポーン。
軽快な音を立てて鳴ったベルに、ジンは思い切り眉を寄せた。
週に一回の貴重な休み、社宅に住むジンが溜まった家事を済まそうとしていた矢先、覚えのない訪問のベルが鳴った。荷物は頼んでいない、来客の予定もない、考えられるのは訪問販売か宗教勧誘といったところか。
居留守を使おうかと考えるが、万が一仕事関係での急用でも困る。とりあえず相手くらいは確認しておこうと、ジンは食器を置いて濡れた手をタオルで拭き、そろりと気配を消して玄関へと近付いた。
物音を立てないように気をつけながらドアスコープを覗いたジンは、廊下に誰もいないことを確認して首を捻る。
悪戯か?と思いながらも念のため錠を外し、ジンはドアを少し開いた。
「あ、おはようございます~。キサラギ少――」
バタン!
ジンは思い切り、ドアを閉めた。ついでに、内側から鍵とチェーンも掛けた。
何も見てない、何も聞いてない、そうだ誰もいなかった! 顔を強張らせたジンは胸中でそう呪文のように叫び、ドアから後ずさる。スコープの範囲から外れるほど、開き口にべったり張り付く黒ずくめの男など、断じて見ていない。
……ユキアネサ! ユキアネサはどこだ!? 殺虫剤かアイロンでもいい、何か武器!
完全に動転しながら、ジンはきょろきょろと周りを見渡す。しかし視線をさ迷わせている間に、引っ掻くような微かな音がしたかと思うと、カチリと音を立てて鍵があっさり外されてしまった。どんな早さだ。
しかしドアは10cmほど開いたところで、チェーンに阻まれて止まる。
「おや? チェーンも掛けられてしましたかァ。仕方ないですね~」
困った困った、などと軽い口調で呟きながら、男は顔を半分覗かせてバタフライナイフを取り出し、今度はチェーンの端をごりごり削り始める。何をしれっと怖いことをしているのだこの男は。
「やめろッ、何のつもりだ! ハザマ大尉!」
「だって私、ちゃんと挨拶してるのに、少佐がいきなり締め出しちゃうから~」
黒に映える緑の髪を揺らしながら、ハザマが拗ねたように口を尖らせてそんなことを言った。可愛らしさを出しているつもりかしれないが、糸目の男がやっても何の効果も無い。むしろ、笑顔のままチェーンの接合部を壊そうとしている手元がホラーじみている。
あまりの不気味さに冷や汗を浮かべながら、ジンは威嚇するように怒鳴りつけた。
「こんな朝っぱらから何の用だ! 休みの日に、わざわざ来るなと前にも言っただろう!?」
「いやー、私も別に好きで来てるわけじゃないんですよォ? 上からの命令でして」
「……は? そんなわけがあるかッ、嘘をつくな!」
「嘘じゃないですよぉ~、…っと」
ガッチャンと音がして、チェーンが壊れた。なんてことしてくれるんだ。というか、備え付けのチェーンが脆すぎる。今度は頑丈なやつを付けなければ、時間稼ぎにもならない。
折角用事を済まそうと意気込んでいたのに、早々に用事を増やされたことに頭痛がしてきた。だというのに目の前の元凶は、お邪魔しまーす、などと暢気に言いながら当然のようにドアを開けて入ってくる。
「入ってくるな! 帰れ!」
「だから、帰れないんですってば。少佐に協力して頂かないといけないことがあるんですよ~」
これみよがしに困ったような顔をして見せてハザマが近付いてくるので、ジンは堪らずユキアネサを召喚した。しかし出現した氷の塊に手を伸ばそうとした瞬間、ハザマが一気に足を踏み込んできて、あと少しのところで腕を捩り上げられてしまう。
「ちょっとやめてくださいよ~。暴力反対です」
「! 不法侵入しておいて、よくもぬけぬけと……!」
右腕が捕られたまま、ジンは間近に迫ったハザマを睨みつけた。さりげなく左腕まで後ろに回され、体を密着させられる。
足で蹴り上げれば、抜け出せるかもしれないとは思うものの、両腕を抑えたままハザマはこちらを笑顔で見つめるだけで、それ以上は何かしようとはしなかった。囚われた状態で、ジンは鋭い眼差しでハザマを睨む。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。今日は本当に、仕事の関係で来たんですから」
「……そう主張するなら、用件を言え」
本気か冗談か判断のつかない、いつもの軽い口調で言うハザマに、ジンは顎をしゃくって先を促した。
すぐ脇で召喚されていたユキアネサが、砕ける氷と共にフローリングへと倒れる音が響くが、ジンは攻撃の意思がないことを示すように、そちらに視線を向けなかった。無言のまま目線が上のハザマを凝視していると、切れ長の眼が微かに開いて、少し困ったように軽く肩を竦めた。
「少佐、そんな可愛い顔でじっと見つめないでください。照れます」
「……殴るぞ」
へらりと笑って唐突にそんなことを宣ったハザマに、ジンは呆れた眼差しを向ける。
「くだらないことばかり言うつもりなら、本気で殺しにかかるが?」
「あ、それはやめてください。痛いのイヤです」
ハザマは眉を八の字にして肩を竦め、慌てて拘束を解いた。
「いえね、実はカグツチ下層部の浪人街に偵察に行くよう言われてしまいまして」
「……ここは浪人街じゃないぞ」
解放された腕を組み、ジンは説明を始めたハザマに冷たい視線を送る。流石に間違えて来たとは思っていないが、イカルガ内戦の難民が住み着く浪人街とジンを訪ねて来ることがどう関係あるのか見当がつかない。
怪訝な表情を見せるジンに、ハザマは徐に黒い帽子を取り、ひらひら振って見せた。
「ほら、私ってこの格好でしょう? イカルガの文化圏だと浮いちゃうんですよォ」
コートの衿を摘んで見せる目の前の男を、頭から爪先まで見てから、ジンは微かに口元を歪める。
「……道理だな。そもそも統制機構の制服自体が、あそこでは異質になる」
イカルガ内戦時のことを思い出し、ハザマの意見に同意した。
黒き獣が現れる前の、何十年か前に栄えていた国の名残として、イカルガという地方があったと聞く。独特の文化が受け継がれてきたイカルガは、衣食住すべてが他とは大きく異なっており、民族意識もまた違っていた。つい最近、ジンを筆頭に統制機構がイカルガ連邦を制圧したが、その難民はカグツチの下層部に住み着いており、浪人街と呼ばれる一帯は独特の雰囲気を放っている。
あの町並みや人垣の中では、ハザマの格好はどう考えても浮くだろう。統制機構と気付かれれば、恨みを持つイカルガの民から報復さえ受けかねない。
客観的に考えて危険であり、偵察の意味がないと判断したジンに、ハザマは嬉しそうに頷いた。
「そうそう、そうなんですよ! うちの部隊なんか、黒が基本カラーでしょ。余計怪しいのなんので、困るんですよね~。一応内密にって言われてるのに、目立つの目に見えてるじゃないですかァ」
はあーと大袈裟にため息をつき、ハザマが肩を落とす。緑の髪を揺らして嘆くその姿に、まあ分からなくもないとジンも思うが……。
「で、何故僕のところに来た?」
「そこです!」
なかなか核心に触れないハザマに苛立ちながら聞くと、待ってましたと言わんばかりにハザマが肩に勢いよく両手を置いてきた。強く掴まれ、ぐぐっと顔を近付けられる。
近い! 顔が近い!
思わずのけ反って逃れようとするが、ハザマは爽やかな笑顔を浮かべながら迫ってくる。
そして、思いもかけない頼み事がハザマの口から飛び出した。
「少佐、イカルガの民族衣装をお貸し頂けますか?」
「……は?」
ジンは眼を丸くして、思わず間抜けな声をあげたのだった。












自分でも久し振りに見るなと思いながら、ジンは奥から着物を引っ張り出してきた。深緑色の縞と吉原つなぎの模様が、ハザマの髪色に合いそうだと思って選んだ一枚をテーブルの上に広げる。
洋服とは異なる直線的形状の着物を、ハザマが興味津々で見つめた。
「なんだかよく分かりませんが、変わった服ですね~。……どうやって着るんです? これ」
「男の場合は、さほど難しくはない。袖を通して帯を締めれば、それなりに見える」
肌着や腰紐などが一式揃っていることを確かめてから、ジンは後ろから覗き込むハザマの方に振り返った。
仕事上での変装の為だと言われれば、ジンに断る理由はない。特に自分は役職がある立場であり、形の上ではハザマの上司にあたる。部隊は違えど協力出来るのならば、任務遂行の為にそうするのが当然のことだとも思った。
しかし、イカルガ文化について教えを乞う為にジンの元へ…というのは、恐らく普通は思い付かない。
「僕でなくとも、イカルガの文化に詳しい人間はいるだろう。専門学者もいたはずだが」
「ええまあ、いるにはいるんですが……こんな時間には、連絡がつかなかったもので」
ジンの指摘に、ハザマが苦笑いを浮かべて答えた。
なるほど、確かにこんな早朝に学者へ協力を呼び掛けても、あまり色良い返事はもらえないだろう。一般的に考えても業務開始前の時間帯だ。
急に言い渡された任務だったんで、仕方なかったんですとハザマは弁解するが、ジンは軽く鼻を鳴らして着物に視線を戻した。
「それで、多少は知識があって融通が利く僕にお鉢が回ったわけか。……全く、迷惑なことだな」
お陰で、休みが台無しだ。
これみよがしに文句を呟き、ジンは着物のシワを伸ばした。どうせ、イカルガのことはイカルガの英雄に聞いてはどうかと、嘲り混じりに上官から言われたに違いない。イカルガ内戦への出撃については自分の意思だが、途中からまた記憶があやふやになっており、ジンとしてはその呼び名は不愉快でしかなかった。
「あ……そんなつもりじゃないですよ? うちの上司はキサラギ少佐の作戦を評価してましたし、実際に潜入が成功した例ですから適任だろうと」
不機嫌をあらわにするジンに、ハザマが慌てたように付け足す。悪い意味じゃないんですよ、と微笑まれるが、ジンはうろんげな眼で見るだけだった。
「でも、凄いですよね~。イカルガ文化を調べ上げて、内部に入り込もうなんて」
「兵法の基本だ。服装や習慣を真似て溶け込み、内部から不意を突く。如何な要塞とて構造が分かってしまえば、侵入も容易い。……というか、そういうことは貴様ら諜報部の専門分野だろう」
何を今更と、ジンは称賛するハザマを横目で見上げる。情報が兵力と同じく戦況を左右するからこそ、諜報部が設けられているのだろうに。
ジンの指摘に、ハザマは苦笑いを浮かべて軽く肩を竦める。
「ま、それはそうなんですがねェ。……しかし、少佐みたいに服まで持ってるのは、珍しいと思いますよ?」
「……」
不思議そうにそう言うハザマから顔を逸らし、ジンは着物を広げた。
ハザマの正面から当てて、肩幅や裾の具合を見る。体格差があまりないので、サイズは特に問題なさそうだった。
「……少佐?」
無言で作業するジンに違和感を覚えてか、ハザマが訝しげに呼び掛けてきた。普段は人の話など聞かないくせに、こういうときだけ聡いのが何だか腹立たしい。
じっと見つめてくる視線を振り払うように、ジンは着物をはたいた。引き結んでいた重い唇を、溜め息混じりに開く。
「元々イカルガの文化には興味があって、色々収集していた。……滅ぼした本人が言うのも、あれだがな」
自嘲気味に笑い、ジンは広がった着物を投げるように椅子に掛けた。告げた事実が意外だったのか、ハザマの細い眼が驚きに開いて、琥珀色の瞳を覗かせる。
実は、士官学校にいる時からジンはイカルガを研究していた。当時は戦争真っ只中だったこともあり、情勢を把握する程度のつもりだったのだが、いつの間にかその独特な文化に惹かれて、一般知識では留まらない範囲まで調べるようになっていた。
そして知り尽くしてしまっていたからこそ、イカルガ内戦へ出陣した時に弱点が見抜けてしまった。実に、皮肉なことだ。
それからは喪に服すように、あるいは罪の証として、ジンは戦闘用の制服にイカルガの着物を取り込んで身に着けている。自分が汚したものの重みを忘れてはならないと思ってのことだが、イカルガの難民からすれば冒涜だと思われていることだろう。
……何にしろ、既に過ぎてしまったことだ。
今はそんな話をしている場合ではないと、ジンは感傷を振り払うようにテーブルの方へ向いて、肌着を手に取った。
「とにかく、これを着――」
ろ、と言いかけた瞬間、急に背後から抱きしめられてジンは驚いた。細いが、しなやかなハザマの両腕が腹部の辺りで交差する。
「それは、さぞ辛かったでしょう……よく頑張りましたね」
「……っ」
突然耳元で囁かれたその言葉に、ジンは息を呑んだ。一体何をと、肩越しに振り返ったところで、すべてを見透かしたような両目に射抜かれる。
やわらかく目尻を下げるその表情は初めて見るもので、不覚にもドキリとした。
「なに……」
「軍人だから仕方ないといえばそれまでですが、本当は苦しかったんじゃないですか?」
無理しなくていいですよと、吐息混じりに囁きながら、ハザマが抱きしめる腕に力を込めてくる。背中から温かく包み込まれる感覚に、ジンは戸惑った。
何度も体を繋げているはずなのに、こんな穏やかな抱擁は初めてな気がする。
「……やめろ、同情される謂れはない。僕は人殺しだぞ、この手で何人もの命を奪っている」
悲劇のヒーローを気取るつもりは、毛頭ない。
湧き出た甘い感情を振り払うように、ジンはハザマの腕を引き剥がして押し退ける。スーツに包まれた痩身はそれに一歩下がるが、長い指先は追い縋るようにジンの腰骨に絡んだままだった。
相変わらずの笑顔を浮かべるハザマだが、微かに開いた眼は物悲しげにこちらを見つめている。もしかしてこの作り笑顔は癖になってしまっているのだろうかと、ふと思った。
「それなら、私も同じですよ。何人もの人を陥れて、人生をめちゃくちゃにしました。……でも、それが私の『役目』ですから」
仕事だから仕方がないんだと、諦めるべきだと、そんな風に言う。
しかし、ならばどうしてお前の眉尻は困ったように下がっているのかと、ジンは胸中で思うが、直接問い質す気にはなれなかった。それぞれ事情はあるだろうし、無理矢理聞き出すべきことでもない。
ただ、なんとなく。慰めるように、ジンは綺麗な常磐緑の髪に手を伸ばして一撫でした。
「……仕方がない、で片付けられるほど軽い罪ではないと、僕は思っている。だから、一生かかっても償う」
柔らかな髪から手を滑り落とし、ジンはそう自分の意見を口にした。
こんな自己満足に似た行為を、他人にまで強要する気はない。ただ、ジンにとってはそう心に決めていなければ、自分が生きる理由を肯定できなかっただけだ。
しかしハザマは少し眩しそうに、眼を細めた。
「強いんですねェ。だからでしょうか、白い方の貴方は……」
「……白い方?」
独り言のように小さく呟いたその言葉を拾い、ジンは眉を寄せる。よく分からない表現に対しての純粋な疑問だったが、ハザマはふと口元に綺麗な弧を描き、いいえ何でもありませんと首を振った。
何かを誤魔化したようにも思うが、どうせこの男のことだ、真実を語ることはあるまい。
ジンは早々に問い質すことを諦め、持っていた肌着をハザマの方へと差し出した。
「とりあえず、これを着ろ。それから着物を着付けてやる」
辛気臭い空気を払うように横柄な口調でそう言うと、ハザマはきょとんとして肌着に視線を向けた。
「えーっと、これは普通に着ればいいんですか?」
「前の紐でくくればいいだけ……ああもう、面倒くさい。貴様、脱げ」
手に取りながら不思議そうに首を傾げられ、説明をしようと試みたジンだったが、一秒で放棄した。口で言うより、着せてやった方が断然早い。
だが、ジンの命令にハザマは眼を瞠ってから、にへらと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「そんな大胆なこと、おっしゃるとは思いませんでしたよ~。仕事がなければ、喜んで抱いて差し上げるんですが……」
「誰がそういう意味で言った。着せてやるから、さっさと脱げと言ってるんだ」
花でも飛ばしてきそうなほど上機嫌で勘違いするハザマに、ジンは氷点下の眼差しを向ける。阿呆か、こいつ。
顔をしかめながら、ジンは早く用事を済ませてしまおうとハザマの帽子に手を掛けた。黒い帽子を取って椅子の端に掛けると、目の前の男は実に嬉しそうに頬を緩ませる。
「あ、なんだかこういうシチュエーション萌えま――グヘッ!」
「いい加減にしろ。叩き斬るぞ」
引っ張るように短めの黒いネクタイをギュッと締め上げ、馬鹿なことを言いかけたハザマに制裁を加えた。
げほげほ咳込むのを、半眼で見ながらジンは締めたネクタイを緩ませて引き抜く。ゴミでも捨てるようにテーブルの上へ投げると、ハザマが酷いですよ~と文句を言いながらジンの腰を撫でてきた。
「あー、でもいいですねェ。ホントにこういうの」
「何の話だ」
しみじみとそう言って、ハザマは満足そうにジンを見つめる。シャツのボタンを外しながら聞き返すと、口元をだらしなく緩ませてハザマが言った。
「まるで新妻に世話を焼いてもらってるみたい――」
ジンは無言のまま、固めた拳を鳩尾に叩き込んだ。










まあ、予想していたことではある。しては、いたのだが……。
最後に袖を整えて一歩下がったジンは、着流し姿のハザマに思わずを息を呑んだ。
羽織りや袴まで着込むなら多少恰幅がいい方が似合うが、自分以上に細身のハザマなら着物と帯だけの着流しが似合うだろうと思って簡単に着付けたのだが――なんだこれは、驚くほど似合っていて無性に腹立たしい。
髪色と同系色でまとめた着物と角帯が、スレンダーな体形を際立たせていた。細いが骨格のしっかりした体は、柳のようなしなやかで強い印象を与える。
貧弱さが際立つかと思ったが、肩幅がある分それほど脆い印象にはならなかった。元々ある胡散臭さは本人の表情と、重心をずらした斜め立ちのせいで拭えないが、浪人街に紛れても十分違和感がない。
「キサラギ少佐? ……もしかして、見惚れてました?」
「……何でだ。眼科に行って、瞼を切開してもらえ。よく見えるようになるぞ」
全体を凝視していたジンに、ハザマが茶化すようにそう聞いてきたので、憮然と言い返した。似合っているという意味では感心したが、別にハザマ自身がどうとは思っていない。
もともと黙って立っていれば容姿はいい方なのだ……中身がアレなだけで。見映えが良くて当たり前だ。
決して自分の眼がおかしいわけじゃないぞ、と胸中で悪態をつきながら、ジンは草履を箱から出してハザマの足元に置いた。
「使い古しで悪いが、これを履け。多少こなれた草履の方が、歩き回るには向いてるだろうからな」
「へぇ……ビーチサンダルみたいな形ですね」
ジンが跪いて草履を押さえたところで、ハザマが足を入れる。奥までしっかり入れさせてから足の具合を問うと、大丈夫そうですよと頭上から返事が降ってきた。
「歩く時……特に走る時は足の指をちゃんと使えよ。脱げて転ぶぞ」
注意事項を告げながら、ジンは上背のあるハザマを見上げる。靴の時と同じ感覚で歩くと不格好になるからと思って真面目に説明したのだが、ハザマはじぃーっと粘着質な眼差しでこちらを見下ろしていた。
一体何だと思いながら怪訝な表情をすると、不意にハザマの口元が楽しそうに歪んだ。
「少佐の上目遣い、新鮮でいいですねぇ~。今度、この体勢で私にもフェラしてくださいよ――」
「来い、ユキアネサ」
もはや問答無用で、ジンは氷剣を手元に召喚させた。流石に、我慢の限界だ。
怒りの形相でジンは躊躇いなく抜刀したのだが、慌てたように後ろへ飛んだハザマに逃げられてしまった。
「うわっ、と!? やめてくださいよ、死にますって!」
「むしろ、死ね。僕の平穏の為に」
貴様が存在しているだけで不愉快だ、と舌打ちしながらジンは吐き捨てた。正直、我ながら耐えていた方だと思う。こんな不埒な輩相手に。
もう知らん、コイツ殺す、と完全に怒り心頭きたジンは二度目の攻撃を撃ち込もうと、刀を構えたまま一歩踏み込んだ。
「ちょ、少佐ッ! 眼がマジですよ、眼が!」
「安心しろ、首を飛ばせば一瞬で済む」
「何の安心です、それ!?」
非難めいた声をあげながらハザマが後退するが、ジンは構わず追い詰めていく。
もう許せん。人が真面目に相手してやってるというのに、この男は……!
ギリギリ奥歯を噛み締めながら睨むジンに本気を感じ取ったのか、ハザマは蒼白になって玄関先へと一目散に逃げて行った。
「えーっと、着付けしてくださって有り難うございました少佐! ではまた、後程~」
「二度と来るなッ! 今度目の前に現れたら、刺し殺してやるから覚えておけ!」
一足先にドアの隙間から外へと出て行ったハザマに、ジンは怒号を浴びせながら腹立ち紛れにドアを蹴り飛ばした。恐らく近隣に住む同僚達には、一連の騒動が筒抜けだろう。
嵐が去った後の静寂の中、ジンは壊されてて地にとぐろを巻くチェーンに視線を落とした。思わず片手で顔を覆い、唸る。
……引っ越し、しようかな……。
イカルガの英雄は、一人のどうしようもない部下のせいで、朝っぱらから本気で悩み始めたのだった。






END





イカルガ関係、捏造まみれです。公式発表がまだだから、許してね★
※公式発表にて、すべて捏造と確定。

ハザマは結局もとのスーツをジン宅に置いて行ってるんで、夜に取りに来るんですが……着物プレイに発展しそうですね。書いたらただのエロばっかな話(まさに山なしオチなし意味なし;)になりそうだったので省きました。