※『青空の思い出』の続き



浴場の攻防





つい最近昇格した際に賜った真新しい騎士団服を、フレンはその日盛大に汚した。破いたわけではないが、とりあえず格好悪いのは確かだ。
特に、仕事を放り出して犬と駆け回り、泥だらけになったなど……。馬鹿な真似をしたと思いつつも、フレンは久し振りにラピードと戯れることが出来て嬉しかった。
しかし、それはそれ。渋面のソディアを前に、フレンは頭を下げた。
「騒がせてしまって、すまなかった。すぐに仕事へ戻るよ」
「しかしその格好では……」
「ちゃんと着替えてくる。少し待っててほしい」
申し訳ない、と深々と頭を下げるフレンに、ソディアとウィチルの方が慌てる。
周りには村の生活に慣れて余裕の出てきた住人や、騎士団員が立ち止まって物珍しげにこちらを見ているのだ。上官に頭を下げさせるとは、何事だろうと好奇の目を向けられては、流石に堪らない。
思わず、アワアワと落ち着きなく周囲の野次馬を見渡すウィチルが、少し哀れにすら見える。
「ワウ」
「……ああ、そうだな」
突然、何かを主張するようにひと吠えしたラピードにユーリが理解したように頷いた。そして、「落ち着け、りんご頭」とウィチルに失礼な言葉をかけつつ、フレンの方を見る。
「今、何の仕事してるんだ?」
「え? ……警備と、住宅建設の手伝いだけど」
急な質問だったが、問われるままにフレンが答えると、ユーリがなんだそんなことかと手を打った。
「お前、ゆっくり水浴びしてこいよ。その間は俺が手伝っとくから」
「え…!? 何を言ってるんだ、そんなことを君にさせるわけにはいかないよ!」
いきなりの提案に、フレンは驚く。世界が大変なことになっている今、各地を駆け回るユーリ達の手を煩わせるなど、言語道断である。
しかしユーリは、いつもの余裕綽々な笑みを浮かべた。
「たかだか、20分か30分の話だろ? 今更焦って、なんかするような段階じゃねぇって。遠慮せずに、行って来い行って来い」
「でも……」
「そうですよっ。フレンはいつも働いているんですから、少しくらい休憩しても罰は当たりません!」
「エ…エステリーゼ様までそんな……」
畳み掛けるようにユーリ達に言われ、フレンは困った顔をする。自分が大人気なくはしゃいだ為に招いた事態で、ユーリ達に迷惑を掛けるのはどうしても気が引けた。
一連のやり取りを見ていたソディアは、渋面だった顔に苦笑を浮かべた。
「隊長の入浴時間くらい、私達でいくらでも確保できます。……大変なときほど、冷静に物事を見れる余裕を持たなければならないと、教えてくださったのは隊長ではないですか」
「ソディア……」
女性らしい柔らかい笑みをまとい、ソディアが誇らしげにそう言った。『余裕を持て』とは、ソディアが思い余ってユーリを刺してしまい、事の重大さに気付いて混乱したときにフレンが投げかけた言葉だ。
慌てても仕方がないと。起きてしまったことは、今更戻せやしないのだから、かわりに今できることを一生懸命やればいいのだと。そう言って、ごめんなさいと謝る彼女を慰めたのだ。
それを思い出して表情を和らげたフレンは、ソディアとウィチルの方へもう一度頭を下げた。
「本当に、すまなかった。お言葉に甘えて、少し席を外させてもらうことにする。その間、二人に現場の指揮を任せたい。……お願いできるだろうか」
「もちろんです。フレン隊長」
凛と告げるフレンに、ソディアとウィチルが敬礼して答える。その表情に迷惑の色はなく、むしろ頼られることに誇りを感じているようだった。
事が収まったのを見て、ユーリは腰に手を当ててニッと笑う。
「んじゃ、俺らも手伝うか」
「! 貴様の手は借りないぞ、ユーリ・ローウェル」
「なんだよ、人の善意は素直に受け取った方がいいぜ? ネコ目の姉ちゃん」
「ソ・ディ・ア・だッ!」
わざと神経を逆撫でするような言動で、ユーリがソディアを怒らせて茶々を入れた。しかしそういう態度を取りながらも、彼が手を貸してくれるであろう事は想像に難くない。
ありがとうと微笑むフレンに、ユーリは少し照れたようにそっぽを向き、気付いたようにレイヴンを指差した。
「この小汚いオッサンも、一緒に頼むわ」
「小汚いって、ヒドイッ!」
自分の体を抱きしめて、大袈裟に非難の声をあげるレイヴンに、野次馬も含めて周囲がどっと湧いた。






騎士団員が幾人か駐屯しているため、狭いながらも施設は一応一通り揃っている。帝都ザーフィアスならば大浴場などがあるが、水場の確保もやっとのオルニオンでは、まともな浴場が一室でもあるだけ贅沢な方と言えた。
シュヴァーン隊長を先に…とフレンはレイヴンを先に入るよう勧めたが、ユーリ達が気になるなら先に入って上がった方がいいんじゃないのという言葉に促されて、フレンが先に入ることになった。
「ラピード、おいで。一緒に入ろう」
「ワン」
フレンが浴槽に向かいながら呼ぶと、ラピードがゆったり尻尾を振りながら、チャッチャッ…と床に伸びた爪が当たるリズミカルな音を立てて、近付いてくる。足元に寄り添ったラピードを一撫でして、フレンは真新しいタオルを手に取った。
浴室…と言えるほどの境もない、ただ普通のドアで隔てただけの向こう側へ行き、ラピードを招いて扉を閉める。大人が三角座りで入れる程度の、タイルを敷いた小さな窪みにフレンは水を張った。手間を掛ければ温かい湯を張ることも可能だが、今は急いでいるのでしない。
フレンはまずラピードの鎖や帯刀ベルト、武醒魔導器を外した。先に水浴びをさせようと思ってのことだったが、いつも咥えている煙管も取って棚に置き、準備万端でポンと背を叩いてもラピードは動かなかった。
「? どうかした?」
「……」
怪訝に思ってラピードに問いかけてみるが、無言のまま前方の水場を睨み付けて動かない。お座りの姿勢から動く気配を見せないラピードを不思議に思いつつも、時間がないこととレイヴンが後に続くことを考えて、フレンは自分の服を手早く脱いだ。
改めて、フレンはラピードの背を叩くが、やはり前方を睨んだまま動かなかった。
「汚れたままは嫌だろう? 洗ってあげるから、行こう?」
「……クゥーン」
優しく声を掛けるが、ラピードは些か覇気のない鳴き声を漏らし、こちらを仰ぎ見る。隻眼の鋭い瞳が困惑の色を帯びているのを見て取り、フレンは眉を寄せた。
ラピードがフレンの言うことを聞かないということは、今までにあまりない。フレンがそもそもラピードの嫌がりそうなことを、無理強いさせること自体がないということもあるが、ここまで拒否を全面に表しているラピードは珍しかった。
ぴくぴく耳を動かしてラピードが睨みつける先を辿り、フレンはしばらく考えて――ようやく気付いた。
「あ。そういえば……水が苦手だったっけ?」
「…ワン…」
理由に思い至ったフレンがそう聞くと、控えめな返事が返ってくる。長い間そばに居られる事が少なかった為、ラピードの唯一の弱点を思い出すのに時間が掛かってしまった。
子犬だったラピードは、井戸の中に落ちていたところをユーリとフレンに助けられた過去がある。そのせいか、魔物にも物怖じしないラピードが唯一、水だけは怖がるのだ。
嫌がっているのを知って水浴びをさせるのは酷ではなかろうかとフレンは迷うが、汚れたままなのは不衛生だし本人も居心地が悪かろうと思い直し、少し強引だが入れてしまうことに決めた。
フレンはラピードの前に回り込み、わざと水場が見えないように自分の体で視界を遮る。
「ほら、おいで。抱いてあげるから」
「……クゥーン」
「ホントに浅いから、普通に足が付くよ? 大丈夫だって」
難色を示すラピードの前足を手に取り、フレンは自分の方へと引き寄せる。膝を折って視線を合わせていたので、僅かに強張ったラピードの体が胸元に密着した。ふさふさの毛が、直接肌に触れる。
硬直したように完全停止している様子に苦笑を零しつつ、フレンはラピードの腰の辺りを抱えて持ち上げようとしたが――…持ち上がらなかった。
「……大きくなったね、ラピード……」
「ワフ……」
大きさから推測してしかるべきだったが、ラピードの体重はかなりあった。長い尻尾を含めて測って全長170cmと言えど、立派に大型犬の域である。無理に抱えれば確実に腰を痛めるであろう、嫌な予感に駆られたフレンは、困り顔で腕の力を緩めた。
不機嫌そうに息を吐くラピードから渋々離れ、フレンはしばし思案してから、水場の方へと一人で近付いた。目的の場所まで距離を縮めてから、フレンはもう一度腰を落としてラピードを手招く。
「ほら、おいで。水に浸からなくていいから、先に体洗ってあげるよ」
「ワゥ〜…」
石鹸を掲げてフレンがにこやかにそう言うと、ラピードは前足を少しバタつかせて迷いを見せた。ダメ押しのようにもう一度「おいで、ラピード」と言うと、ため息を漏らして腰を浮かせる。
観念したのか、長い尻尾をだらんと下げて、トボトボと重い足取りでフレンの方へと近付いてきた。
「えらいね、ラピード! いい子だな」
目の前まで来てお座したラピードに、フレンは顔を綻ばせて思う存分撫でる。感極まって、フレンは思わずラピードの尖り気味の鼻先に、ちょんとキスを送った。
「! …ゥ…」
触れていた毛並みが、僅かに波立つ。筋肉が強張る感触が指先に伝わり、フレンは訝しげに目を瞬いた。
「あ、ごめん。…嫌だった?」
「……」
「ごめんね」
むっつりと黙り込むラピードに、フレンは謝りながら石鹸を手に取った。プライドの高いラピードがもともとあまり人間に触られるのを好まないことを思い出し、フレンは手早く済ませようと石鹸を泡立てて青い背にのせていく。
泥のついた箇所を念入りに指を入れて、汚れを浮かす。ラピードは少し固めの毛だが、泡と一緒になると滑らかな感触だった。
香り立つ石鹸の匂いと、面白いほど泡立つラピードの背に、少し楽しくなってきたフレンは鼻歌まじりに洗い始める。依然として黙ったまま背を向けて座るラピードの体を、フレンは隅々まで撫でていった。
(あ…ここ、ちょっと禿げてる…ベルトで擦れたせいか。…ん…? 毛に埋もれてるけど、ここ、深く切ったのかな……傷跡が残ってる)
猿のノミ取りの如く、体を検分しながら洗っていると色々と細かいことに気付く。いつの間にか逞しくなったなぁと感慨に耽りながら、フレンはラピードの前足を手にとって洗った。
ネコのような柔らかな肉級はないが、ふわふわの毛の間から覗く黒く固い爪のマッチングが、フレンの心をくすぐる。きちんと爪が引っ込められているのが、余計に可愛い。
しかし、上機嫌に洗っていたフレンがラピードの腹の方へと手を伸ばすと、急に気配を変えた。
「ワンッ!」
「わっ…!? …えっと、ダメなのかい? お腹の方、汚れてるけど」
「ワンワンッ」
断固拒否とばかりに吠えるラピードに、フレンは少し尻込みする。汚れてなければすぐに引き下がるのだが、駆け回った為に泥がはねて斑模様になっているのが見えるので、フレンも諦めきれなかった。
「うーん……。ごめん、ラピード。嫌なのは分かるけど、こればっかりは譲れないよ。洗い残しがあったら、意味ないじゃないか」
「ワンワンッ!」
フレンの主張に、ラピードが腰を浮かせて抗議する。犬にとって腹を見せる、触らせるのは降伏の証だと知っているので嫌がるのは分かるが、せっかく丸洗いしているのに腹だけ汚いままは、几帳面なフレンには許せなかった。
譲れない主張に、互いに泡まみれのまま睨み合う。
「悪いけど、力ずくでもやるよ」
「ワン! ワンワン!」
「じゃあ、このまま洗われるか、水に浸かって落とすか選んでよ」
「ワンワンワン!」
どっちも嫌だとばかりに、ラピードが吠え立てる。流石にフレンも、眉を寄せて不機嫌を露にした。ほんの短い時間洗うだけなのに、何をそんなに嫌がっているのだろうか。
「――ちょっとっ、大丈夫!? フレンくん〜ッ?」
「えッ、シュヴァーン隊長……!?」
突然、扉の向こうからレイヴンの声が聞こえ、フレンはぎょっとした。ラピードの鳴き声が筒抜けだったために心配させてしまったのか、レイヴンが声を掛けながら扉を開こうとする気配がした。そういえば、鍵をかけ忘れている。
男同士なので見られても何がどうということはないが、反射的にフレンは慌てた。どうしていいか分からずに視線をさ迷わせていると、青い影が横をすり抜ける。
「ぎゃわッッ!?」
扉が勢い良く閉まる音がしたかと思うと、どしーんと受身も取れずに転倒する音と、レイヴンの悲鳴があがった。いきなり、ラピードが全身で開きかけた扉に突進したせいだ。
フレンが唖然としている間に、ラピードは扉を閉めた勢いを空中でくるんと回って緩和し、着地するときに扉の鍵に足を当てた。ガチャンと鍵の下りる音がする。
「ラ……ラピード?」
一連の出来事に頭がついていかず、フレンは瞠目したままラピードを見つめた。悠然とこちらへ戻ってくるラピードが、勝ち誇ったようにフンと鼻を鳴らしている。
「いきなり、なんで……」
行動の意味が分からず、フレンが問いただそうと口を開きかけると、ラピードが今度はこちらへ向かって走ってきた。
思わず身構えるが、真意が分からないままでは対処のしようがなく、フレンはもろにラピードに飛びつかれた。重みと勢いで支えきれずに、フレンはラピードを抱いたまま後ろによろめく。
見えぬ足場が抜けたと思った瞬間、バランスを崩したフレンはラピード諸共、張った水の中に倒れ込んだ。大した深さもないが派手に水しぶきが上がり、フレンはタイルの縁に背中を打ち付けてしまう。
「〜〜〜っっ!」
激痛に、フレンは声なき呻きをあげながら悶絶した。咄嗟に背骨が当たるのは避けられたが、だからといって他の場所なら痛くない…なんてことはあるはずもなく、フレンはラピードを強く抱きしめたまま痛みに耐えた。
思わず涙目になってしまったフレンが、少し落ち着いたところでふと目を開けると、圧し掛かったままのラピードが尻尾を振ってこちらを覗き込み――ペロリと目尻を舐めた。
「……!」
驚いて、フレンは目を瞠る。見上げると、青い隻眼がじっとこちらを見つめてきた。視線を絡ませながらも何も言わないラピードに、フレンは瞬きする。
何かを訴えているようにも思うが……このときばかりは、それが読み取れなかった。
ラピードを胸に抱いたフレンは水に浸かったまま首を傾げると、不意にラピードが露になった首筋に鼻先を埋めてきた。
くすぐったいその感触に肩をピクリと跳ねさせたフレンが止める間もなく、ラピードは尻尾を振りながら首筋を執拗に舐め始める。
「ちょ、ちょっと! 何して…ラピ…ッ」
驚きつつも笑っていたフレンだが、温かく濡れた舌が這う感触に、思わず声がひっくり返りそうになった。リンパ腺の辺りをなぞるように舐め上げられ、困惑しつつもフレンは思わず背筋を震わせる。
一般的に犬は、相手を舌で舐めることによって知ろうとする。犬が、出会った犬や人の匂いを嗅いだり舐めたりするのは、相手が敵意を持っているか否か、あるいは自分より強いか弱いかなどを知るためで、それは出会い頭にはあって必然といえる行為だ。
しかし、ラピードはそういった一般的な犬の習性から逸脱している面があった。いつも咥える煙管のせいもあるだろうが、ラピードは誰に出会っても舐めようとはしない。じゃれている時でさえ、そういうスキンシップをすすんですることはほとんどなかった。
なのに何故、今、彼はこんなにも舐めてくるのだろうか?
訳が分からず、フレンは圧し掛かっているラピードを抱いたままそれを甘受する。項や耳をぺろぺろと舐められる感触に、フレンは肩を震わせた。くすぐったさと僅かな心地よさに身をよじるが、ラピードの足が両肩を押さえているので逃げられない。
下から上へと、長い舌で舐め上げてくるラピードに苦笑しつつも仕方なく受けていたフレンだったが、次第にその行動に違和感を抱き始めた。そのスキンシップがどうも一般的な犬のものと比べて、随分緩慢に思えてならない。よく見かける、息継ぎもしていなさそうな慌ただしいものではなく、まるで味わうかのようにペロリペロリと舐めてくるのだ。
そして、徐々に正面へずれてきているのが、気になった。
「ねぇ…、ラピード。一体何……、んんっ!?」
そろそろ止めさせようとフレンが口を開いた瞬間、ラピードの舌がぬるっと口腔内に滑り込んできたので驚いた。フレンが喋り出すタイミングを計ったかのように滑り込んだ分厚い舌の感触に、驚きで反射的に口を閉じかけたが、舌を噛み切る恐れを抱いて寸でで止めた。
しかしそのせいで、フレンはラピードの舌をより深く受け止める羽目になってしまった。
「んっ…ふ…! っ……ぅ…」
犬の舌は人間のそれと違って、長い。口腔内の大半を占めるラピードの舌に、フレンは息苦しさを覚えた。思わず顔を背けようとするが、追うように長い舌が迫ってきて、フレンの舌を舐め上げていく。濡れた感触に、項の辺りがぞわりと総毛立った。
気持ち悪くはないが、なんとも表現しがたい感覚に襲われ、フレンはラピードから逃れようと身じろぎしたのだが――毛に覆われたラピードの腹がフレンの胸元に押しつけられた瞬間、ジャリッと砂の擦れる音がした。
その感触にフレンは我に返り、そしてラピードの大きな体をガシッと掴んだ。
「そうだ、洗わないと駄目じゃないか!」
「キャィンッ!!?」
唐突に目的を思い出したフレンは、持前の馬鹿力を発揮して強引に体勢を入れ替え、ラピードを水に沈めた。不意打ちと水の恐怖に、ラピードが情けない悲鳴をあげる。
大した深さはない為に溺れはしないが、ひっくり返った状態でフレンに圧し掛かられたラピードは、今までの態度を一変させて恐慌状態に陥った。
「みんな待たせてるんだから、早くしないと……!」
しかし、一度冷静さを取り戻してしまった生真面目なフレンは容赦がなく、ラピードがキャンキャン悲鳴をあげて暴れても、強引に洗ってしまったのだった……。












「うわぁ〜……ふかふか、つやつや」
珍しく年相応な子供っぽい表情を浮かべて、リタが感嘆の息を漏らす。目を閉じて伏せているラピードを撫でまわす彼女は、魔導器と向き合う時のように目を輝かせていた。
フレンによって強引に洗われ、櫛で梳かれたラピードの毛並みは、今までに見たことがないくらい触り心地がよく、綺麗な艶を持っていた。
いつもこれくらい綺麗にしてればいいのにと思わず呟くリタに、ラピードは不機嫌そうな鼻息で答える。いくらフレンが飼い主とはいえ、ここまで徹底的に洗われたのは流石に不愉快だったらしい。
「うわ、凄いね! 僕も触りたい」
「あ、私も触りたいです! ……いいです? ラピード」
触り心地がいいと聞いたカロルとエステリーゼが、パタパタと駆け寄ってくる。しかし2人が触ろうと手を伸ばすと、ラピードは立ち上がってスルリと逃れていってしまった。
ショックを受けて立ち竦むカロルとエステリーゼに同情の眼差しを送ったリタは、ラピードの向かった先へと視線を移す。そこには、何やら立ち話をしているユーリとフレンがいた。
「結局、最後まで手伝わせてしまってすまなかった。食事も宿の手配もしたから、今日はゆっくり泊っていってくれ」
「そこまでしなくて良かったのに。別に大したことしてねぇぜ?」
「いや、本当に助かったよ。今はとにかく人手が足りないからね」
幼馴染なだけあって、会話する2人の表情は至って穏やかだ。やるべきことと立場がはっきりして、互いにわだかまりがなくなったせいもあるだろう。
その2人の方へと近付いて行ったラピードは、ごく自然にフレンの足元で止まり、伏せて身を丸めた。完全に寝る体勢を取るラピードを見て、リタは目を瞬く。
レイヴンの話によると、ラピードは洗われるのを嫌がって浴場でかなり暴れていたらしいのだが、それでも当り前のようにフレンのもとへ行く姿に驚いた。普通は嫌なことをされたら、その人間のそばには近付きたくないと思うはずだが、そんな素振りは見られない。
「よっぽど、好きなのかしらね。……変なの」
不思議に思って首を傾げるリタの遠く後ろで、ジュディスとレイヴンが意味ありげに笑っていたが、それに彼女が気付くことはなかった。







END







とりあえずキスまでは達成したよ。
フレンにその自覚はなさそうだが(笑)。

犬ということで描写が難しいけど、楽しいです。
わんこ最高。いつも操作はわんこなんだぜ☆

時間軸は、オルニオンがあるので分かると思いますが、デューク戦手前のラストです。
レイヴンが損な役回りになってますが、別にいじめてるわけじゃないよ(笑)