※『午後のひととき』の続き




その日はザーフィアスに泊まることで合意したユーリ達は、市民街の宿屋で寝ることにした。下町には未だにユーリの部屋が女将の好意でそのまま置かれているが、まさかそこに6人と1匹が収まるわけがないので、必然的なにそういう選択肢になる。
居酒屋以外が寝静まった頃、ラピードは静かに宿から抜け出した。
迷うことなく城へと向かい、騎士団の居住区域に侵入する。警備は一応あるものの相変わらずのザルで、すり抜けるのは容易かった。
外側から回り、ラピードはある一室を目指す。記憶にある通りならばここだと、足を止めた。
伸び上がって窓枠に前足を掛け、中を覗き見たラピードは、覚えのある匂いに鼻をひくつかせる。……当たりだ。幸いにも、部屋は変わっていなかったらしい。
さてこれからどうしたものかと、ラピードは逡巡しながら周りを見渡した。中の人物が起きていたなら招き入れてもらえただろうが、生憎すでに就寝しているらしく、ベッドのシーツが人形に盛り上がっている。
上下スライド式の窓の鍵は幸い掛けられていなかったので、ラピードは短剣をくわえて刃を隙間に差し込み、テコの原理で戸を持ち上げた。上まで完全に上げると、ガラス板が止まる音がして、下がってこなくなった。
そうして空いた窓から見事に中へ侵入を果たしたラピードは、静かに部屋の床へ着地した。ぶるりと体を震わせ、ラピードは出来る限り音を立てずにベッドへ近付く。
シーツに埋もれている人物を覗き見ると予想通り、黒いタートルネックの私服に身を包むフレンが眠っていた。金髪を散らせてあどけない寝顔を晒すフレンに、いつもの厳しい表情はない。
不法侵入のような真似をしたラピードに気付けば怒った顔を向けるかもしれないが、今はそれを気にかける余裕はなかった。
星喰みとの対決が、そしてデュークとの対決が間近に迫っている。生きて帰れる保証はない。世界が救われる保証もない。もしデュークの術で世界が救えたとしても、そこに人間はいない。
犬である自分は生き残るかもしれないが、フレンは確実に死ぬ。相棒もギルドの仲間も。……そんな現実、笑えない。
最後になるかもしれないなら、秘めた想いをぶつけるくらい許されるだろうか。
寝静まるフレンに、ラピードはゆっくりと近づいた。



宵闇の逢瀬




何か、心地好いぬくもりを感じた。
沈んだ意識は黒に染まったままで何も見えない、しかし温かい感触が体を覆う。
包み込むような気持ちいいそれを受け入れ、意識は覚醒と眠りの狭間をさ迷った。
微睡みつつも、フレンは常には感じない抗いがたい心地よさに、吐息を吐く。自分でも徐々に体温が上がっていくのが分かるが、不快感がないために起きようという意思は薄かった。
――だが、急に下肢を襲った強い快感に、フレンの意識は一気に浮上した。
「……ぁあッ!?」
びくっと体を跳ねさせ、目を見開いたフレンは裏返った声をあげた。
一体何が起こったんだと、開けた視界に映った天井を呆然と見上げる。早鐘を打つ鼓動に震える息を吐きながら、フレンは状況が呑み込めずに視線をさ迷わせた。
真夜中の自室。寝入りと同様にそこは暗く、まだ朝が訪れたわけではないのは分かる。
だが、このあからさまな体調の異変はなんだ? 息苦しいほどの高揚に、涙が滲むほどの熱。確かに覚えのあるものではあったが、これほど強烈に感じたことはなかった。
そうして戸惑うフレンの耳に、じゅ…と湿った音が届き――唐突にすべてを理解した。
思わずぎょっと目を瞠り、フレンは自分の被ったシーツを見る。足元にいくほど盛り上がっている様を信じられない気持ちで見つめ、フレンは恐る恐るシーツを掴んだ。
「――ッ!?」
一気にそれを剥いだフレンは、目の前の光景に思わず絶句する。
いつの間にか入り込んでいたらしいラピードが、下肢へ踞っていたのだ。そしてあろうことか、寝間着をずらしてフレンの剥き出しになった大事なところをくわえ込んでいた。
全く想定外の事態に、フレンの思考回路は停止した。
「……、…っ……っ…」
もはや言葉も出てこない。
誰がこんなことを、かけらでも予想するだろうか。飼い犬に手を噛まれる…くらいはあるだろうが、まさか襲われるだなんて。しかもそれが明らかに性的な意味を含んでいるなど、普通はあり得ない。
意味が分からずにそうしているのではと一瞬フレンは考えるが、あの賢いラピードが悪戯でこんなきわどいことをするはずがないと思い直した。寝込みを襲うなど、子犬のときにだってラピードはしなかったし、悪戯だって滅多にない。
そうなると自然、ラピードのこの行動は意味があるということになる。しかしこの状態を、人間と同じ解釈をしてよいのか迷うところだ。
……だがどちらにせよ、こんな居たたまれない状況から脱したいというのが、混乱しきったフレンの唯一強い思いだった。
「ラピード! と、とにかく離してっ!」
腹筋で上半身を跳ね起こし、叫んでラピードの頭を押しやる。思わず羞恥で真っ赤になったフレンを、ラピードが隻眼でちらりと見上げてきた。
そして、内腿に添えていた両前足に力を入れたかと思うと、フレンの手を押し返すように頭を押し付けて、下肢に喰らいついてきた。
「ひッ、ぁあっ!?」
じゅぱっと生々しい音を立てて局部を吸い上げられ、思わずフレンは体を震わせる。
自分の発した、恍惚の色が見える声音に愕然とするが、長い舌に巻き取られるような立て続けの刺激に、悲鳴に似たあられもない声がフレンの食いしばる唇の間から漏れた。
「ゃ…ぁっ、ラピ……んんっ」
吸われ、舐められる、ダイレクトすぎる感触にフレンは身悶える。ラピードの頭を外そうとはするが、とんでもない下肢の刺激に邪魔されて、それもままならなかった。
ここのところ忙しくて、そういう処理をろくにしていなかったのもいけなかった。久しぶりに味わう堪えようのない快感に、寝起きと相まって頭の芯が熱に犯されていく。
「ぁ、…あッ、ん…っく」
角度を変えて何度もくわえてくるラピードの頭を押さえながら、フレンは震える声で喘いだ。器用に歯を当てずに舐め上げるそれは、あまりに的確すぎる。
濡れた卑猥な音と、下肢に与えられる生暖かい湿った愛撫。なのに、内腿に触れる青い毛はいつも慣れ親しんだラピードのもので。
あまりに倒錯的な現実に、フレンは目を潤ませ、唇を噛んだ。
「ラピ…ド、離し…てぇ…!」
じんと痺れる腰と、芯から突き上げてくる高揚に、フレンの焦りは大きくなっていく。強引に高みへと引き上げる快楽の奔流は、底無しのように際限ないが、それに頂上が存在することを流石にフレンも知っている。
このまま昇り詰めればどうなるか想像に容易いからこそ、フレンはラピードから離れようともがいた。
「やだっ…、出…るッ。離し、て……!」
切れ切れに叫び、フレンは頭を打ち振る。痙攣しそうになる内腿や仰け反りそうになる背に、もう長くはもたないのが嫌でも分かった。
ラピードは飼い犬でもあり、仲間でもあるのに。下町で暮らしている時から見習い騎士をしていた時まで、ずっと一緒に居て。人と犬の違い故に言葉は交わせなくても、意思は通じていると思っていたのに。
どうして今は、こんなに懇願してもやめてくれないのだろうか。この行為の意図すら、隻眼から読み取ることができない。
「ゃ…ぁぁあッ!!」
強張り、震えるばかりで力の入らない手でラピードの頭を掻き抱き、とうとうフレンは悲鳴に近い嬌声をあげた。しなった背は仰け反った勢いでベッドに沈み込み、反対に下半身は弾ける勢いで突っ張って、快楽の頂点を極める。
意識も感覚も飛び、世界が白く染まった。
絶頂に伴って競り上がる熱い奔流を留めようと、フレンは散った理性をかき集めて総動員させるが、一度解放を味わったそれはいうことを聞かず、びくびくと跳ねて白濁の液を吐き出した。その変化に驚いたらしいラピードが、やっと局部から口を離す。
しかしそれも束の間、練乳掛けのように白く濡れたそれを、ラピードはフンフンと鼻を寄せてから、ペロリと舐め上げた。
「ッぁ、ぅ!」
その感触に思わず背をしならせ、フレンは高い声をあげてしまう。よく見知ったラピード、しかも彼は犬だというのに、ただ舐められるだけの感触にさえ紛れもなく快感を感じている自分が信じがたく、フレンは自分の口を手で覆い、羞恥に震えた。
(僕は……なんてことを……!)
いくら不意打ちとはいえ、ラピードの愛撫で自分は感じてしまった。あまつさえ、そのまま達してしまうとは。
人々の模範となるべき騎士が道徳に反するなど、あってはならないのに……。
「! ぁ、やだっ…ダメだ、ラピードッ!」
解放の余韻に脱力していたフレンは、剥き出しだった下肢に再び顔を埋めようと身を乗り出したラピードに驚き、思わず後ずさった。シーツにシワを寄せてベッドの上をずり上がるフレンを見て、ラピードはぱたりと長い尻尾を振り、怪訝そうな眼差しを向けてくる。
切れ長の、澄んだ眼にじっと凝視され、フレンは羞恥で耳まで真っ赤に染め上げながら、体を縮こまらせてラピードと距離を取った。
「ラ…ラピードッ! こ、こういう悪戯は、やっちゃいけないんだッ。絶対…駄目だ、特に人間は……! わ、分かった!?」
大体いつの間に入ってきたんだい!などと、フレンは自分でも滑稽に思えるほど焦りながら説教を並べ立てた。
恥ずかしさを誤魔化そうと必死に言葉を紡ぐフレンだったが、ラピードが無言のままベッドに身を乗り上げて近寄ってくると、思わず肩を跳ねさせる。
「こ……これ以上、ふざけたことしたら……本気で怒るよッ!?」
反射的に熱で潤んだ眼で睨みつけ、フレンは怒鳴った。鋭く響いたそれに、ラピードがぴたりと止まる。
「……ワウ」
近付こうと踏み出し掛けた前足を引っ込め、ラピードが小さく寂しげに鳴いた。
夜中の静かな部屋に響いたそれに、フレンは一瞬胸を締め付けられる思いをしたが、それを振り切ってラピードを睨み続ける。
「……ラピード」
「……」
拒絶を含めたフレンの固い声に、ラピードは無言のままベッドを降りた。
言うことを聞いてくれたことに、フレンは思わず安堵の息をつく。しかし、コト…と何かを床に落としたような音がして訝しんだ。
なんだろうと思う間もなく、ラピードは床に爪の当たる音を立てながら、離れていく。彼の目指す先を眼で追うと、窓が空いていた。
入ってきたであろうそこから出ていこうとするラピードに、フレンはえも言えぬ焦りを感じる。その遠ざかる青い背が、ひどく寂しげに見えたのだ。
思わず乗り出すように身を曲げたフレンは、ラピードが最初に降りたベッドの端に、何かが落ちていることに気付いた。
棒状のものを取り上げてみたフレンは、それがラピードの大切な形見である煙管だということに気付いて目を瞠る。慌ててフレンは、ラピードの方へ顔を向けた。
「これ…、大切なもの! 忘れてるよ、ラピード!?」
煙管を掲げ、フレンは青い背に叫ぶ。しかし、窓枠に前足を掛けたラピードは、一瞬こちらを見ただけで顔を逸らせてしまった。
知っている、と言いたげな無関心な眼差しにフレンは驚く。
そして、理解した。ラピードは忘れたのではなく、わざと煙管を置いたのだと。
片時も放さず持っていた、唯一の形見を手放した正確な理由は分からない。だが、その大切なものをフレンに渡そうとしていることに、何か明確な意図があるのだと感じられた。
「…っ…、待って……待ってッ、ラピード!」
思わず煙管を握りしめ、フレンは声を張り上げる。防音の効いた頑丈な造りの部屋の中で、切羽詰まったそれは反響し、ラピードの足を止めさせた。
しかし窓枠に体重を傾け掛けた姿勢で止まったラピードは、背を向けたままでこちらを見ようとはしなかった。
呼び止めた理由を問うようなその無言の背に、フレンは一瞬口ごもる。言葉を交わすことができないのだから、ラピードの伝えたいことは明確には分からない。
……でも。それでも何か、ラピードはフレンに伝えたかったのだ。
わざわざ皆が寝静まった夜中に部屋にやって来て、フレンひとりに言いたかったことが。
「……ラピード、その…さっきのは、何か理由があったんだよね?」
言葉を選びながら、フレンは問いかけた。そして、必然的に思い出してしまったさっきの出来事に思わず赤面するが、それから逃げるわけにはいかず、フレンはまだ熱を持つ体を乗り出してラピードを見つめた。
「もし……もし違うようなら、そう言って…いや、無視して帰ってくれていいんだけど……」
迷い、躊躇いながらフレンは、青い毛並みの逞しい背を見つめる。言葉を待ってくれているらしいその後ろ姿は、微動だにしない。
深呼吸をして、フレンは緊張に震える唇を開いた。
「ラピードは、僕のことが……好き……?」
囁くような、問い掛け。だが、ラピードは弾かれたようにこちらを振り返った。
蒼い瞳が、フレンを真っ直ぐに射抜く。
その静かだが苛烈な眼差しに、フレンは肩を揺らして眼を瞠った。憶測でしかないはずの言葉を肯定するかのように、ラピードは精悍な顔立ちで見つめてくる。
……そうだ。これは、明らかな肯定だ。
フレンは自分の高鳴る胸を、ぐっと片手で押さえ付けた。
「僕も……ラピードが、好きだよ」
笑って、フレンは胸の内を告げた。ラピードの耳が、ピクリと動く。
『好き』という言葉にどこまでの意味を含めたのか自分でも定かではないが、とにかくあんなことをされて本気で嫌な気分にならなかったくらいには、ラピードの存在を許している。
……そう。さっきの愛撫に、フレンは嫌悪感を抱かなかった。驚き、抵抗して怒ったが、生理的に気持ち悪かったかと聞かれればそれは否だった。
それどころか、耐え難い快感に達してしまったくらい……。
そこまで思考を巡らせ、思わず顔を真っ赤にしたフレンは俯いた。いくらラピードが賢くて、気心の知れた相手だとしても、自分達は間違いなく雄同士であり、人間と犬だ。
なのに、普通ではありえない感情がフレンを支配していた。不道徳を超えて、異常だと思われるレベル。
それでも、気付いてしまったこの感情は――。
「ワゥッ」
「……!」
間近で吠える声に、フレンはびくりと体を跳ねさせる。
顔を上げると、ベッド端に前足を掛けてこちらを見つめるラピードがいた。自分の思考に没頭して、不覚にも彼の接近に気付かなかったようだ。
伸び上がるようにして顔を寄せるラピードに、フレンは紅潮した頬を緩ませ、苦笑した。
「勝手な…解釈だったけど、……合ってたのかな?」
「ワン!」
思い込みなのではと不安を口にするフレンに、ラピードは即座に肯定を返す。本当に、こちらの言葉を理解しているらしいラピードに改めて感心した。自分がもっとラピードの言葉を正確に理解できれば良かったのにと、今更ながら思ってしまう。
「……ぅわッ!?」
そんな風に思っていたところで、いきなり飛び掛かってきた青い塊に対応できず、フレンは間抜けな声をあげて仰け反った。全身を乗り上げれば、ラピードの体格は圧倒的にフレンの座高より勝る。体当たりのようなじゃれつきに耐えられるはずもなく、フレンはそのまま仰向けにベッドへ沈んでしまった。
深夜の静けさを保つ部屋に、スプリングの軋む音が響いた。
「…ん…っ…!」
ラピードに押し倒された形になったフレンは、首筋を舐められて思わず身震いした。生暖かい湿った感触に驚くが、やはり嫌悪を感じるはずもなく、フレンは微笑んでラピードを抱き締める。
「はは…。くすぐったいよ、ラピード?」
首もとの柔らかな毛並みを撫で、フレンはちょんとラピードの鼻先にキスをした。すると、相変わらずの鋭い顔つきのままだが、嬉しそうに長い尻尾を振るのが視界の端に見える。
以前同じようにキスしたときは顕著な反応が返ってきたが、今回はそんな様子は見られない。嫌がって、ではなくて、ただ単に驚いただけだったのだろう。
全身で押さえ付けるようにのし掛かるラピードが、お返しと言わんばかりに、フレンの口元を舐め上げた。驚いて口が緩んだ瞬間、長い舌が唇を割って滑り込む。
「ふっ…、ん!」
身をすくませつつも、フレンはそれを享受した。呼吸を塞ぎそうなほどの勢いに、反射的にラピードの胸元を弱く押し返すが、尻尾の先が素足にぱたぱたと当たる感触に、機嫌よく振られているのが分かり、あまり強く抵抗するのが憚られた。
口のサイズが根本的に違うのもあって、本当に口腔内がいっぱいいっぱいになってしまい、たった数分のキスでフレンの口端からはどちらのものとも分からない唾液が溢れてシーツを濡らした。なんとかラピードの愛情表現に応えようと頑張ったつもりだったが、受け止める力すら根こそぎ奪われるような荒々しさに、解放されたときにはフレンの意識は半ば浮わついていた。
半開きになった唇から、熱い息をこぼしながらフレンが覆い被さる影を見上げると、ラピードの蒼い瞳が闇の中で光を帯びる様が見て取れる。暗い中で尚輝くそれは、真っ直ぐフレンを射抜き、そのしなやかな体に纏う気配を如実に伝えていた。
まるで叩きつけるかのような情欲の視線に、フレンは背筋をぶるりと震わせる。
……こんな風に興奮するなんて、本当はおかしいはずなのに。頭では否定していても、身体の疼きは高まるばかりだった。
騎士団にいて、特にユーリがいなくなってからは不本意ながら体を狙われたことは数えきれないほどあった。悪意にせよ善意にせよ、強引なそれは腹立たしく気持ち悪いだけだっただが、今はラピードに組み敷かれて恥ずかしい思いはあっても、気持ち悪くはない。
伏せるようにラピードが身を寄せてくるのを擦れ合う毛並みで感じ、フレンはラピードに腕を回した。
「…っ…! …ぁ」
首筋を舐められる感触に首をすくませていると、下肢に押し当てられる熱に気付く。
人間であろうと犬であろうと生物である以上は生殖器があり、昂ぶればそういう変化が現れるのが当然だが、ラピードが本当に自分に対してそういう感情を抱いているということを目の当たりにして、フレンは少しの恐れと感動を抱いた。鎖骨を舐めるラピードを目だけで見つめたフレンは、様子を窺うように見る隻眼とぶつかり、微かに笑う。
「……ねぇ。僕は……この場合、どうすればいいんだい?」
「ワゥウ…?」
艶やかな毛並みを撫で、フレンは顔を赤らめてそう聞いた。意味が分からなかったらしく、ラピードが少し不思議そうにこちらを見た。
言葉で説明……したところで、ラピード相手ではあまり意味がない。逡巡し、フレンは紅潮したままゆっくりとラピードの下肢へと手を伸ばした。
「! …ワゥッ」
何をするんだ、と言いたげにラピードが唸る。無理もない、フレンがやんわり触れたのはラピードの性器で、それは動物にとってイコール急所である。体を強張らせただけで、飛びのいたり噛み付かれたりしなかっただけ僥倖だ。
いくら元飼い主と言えど、流石にフレンもラピードの性器に触れたことはなかった。以前に水浴びをさせようとしたときも、ラピードは腹の辺りに触られることを嫌っていたのだ。
しかし、今はフレンに触らせている。輪郭をなぞるように指を絡めると、体毛に覆われた肥大したその形が、はっきりと分かった。
これはちょっと……いや、かなり…………大きい。
剥き出しになった先端の生々しい赤黒さにも、思わずフレンの口元が引き攣る。
男同士でどうやって性交に及ぶかは、真面目を体現したようなフレンも知っていた。いやむしろ、その真面目さが災いして妬みを買い、体験させられそうになったというのが本当のところ。自分の身に危険があるとなれば、そういった内容でも調べざるを得なかった。
だが、流石に人間以外とのやり方など知るはずもない。男同士の場合に当て嵌めて考えたとしても、ラピードのものの大きさを考えるなら受け入れるのは少し辛そうだ。もし立場を交代したとしても、ラピードを組み敷くのは虐待のようでフレンにはできない。
結局、もしも本気で交わるのならフレンが痛い目をみることになりそうだというのが、知識がないなりに考えたフレンの結論だった。ラピードのことは好きだが、よく分からないまま行動するのは流石に危険だ。
掌に熱の塊を押し付けられ、顔面を長い舌で舐め上げられながら、フレンは弱った表情を作る。
「ラピード…っ。ごめん、手でも…いい?」
「ゥォンッ? バウッ!」
「ぅわ…! いや、だから待っ……ふぁッ!」
ラピードを離そうとしたフレンだったが、いつの間にか托し上げられていたシャツから露出していた胸をベロンと舐められた。思わず変に裏返った声が出てしまい、フレンは反射的に片手で自分の口を塞ぐ。
押しやっていた手が外れたその瞬間、ラピードは前足でフレンの肩口をぐっと抑え込んできた。まずいと思う間もなく、全体重をかけたラピードの拘束にフレンはほとんど動けなくなる。
ずれて剥き出しになっていた下肢にぬるりと擦り付けられる熱い塊と、間近でこちらを見つめるラピードの隻眼に、フレンは恐怖と興奮を同時に感じて身を震わせた。フレンの制止は分かっていても、止める気はないと主張しているのが嫌でも感じられる。
まずい、このまま押し切られると拒みきれない。フレンは内心焦った。魔法を使用すれば無理矢理引き剥がせるだろうが、ラピードにそんな手荒な真似は出来なかった。
「待って…、お願い待って……ッ!」
「ワウッ! ワンワン!」
「や…っめ…!」
ラピードの頭を押しやろうとしたフレンだったが、ラピードは自ら下の方へと体をずらし、再びフレンのもの口に含んだ。腰をびくりと跳ねさせ、フレンは目を瞠る。
これ以上煽られたら、歯止めが利かなくなってしまう。吸い付くその感触に理性が蕩けそうになるのを、フレンは首を打ち振ってなんとか留めようとした。嫌いな相手ならば容易かっただろうが、好きな相手に拒み切るのは至難の業だ。
しかも、ラピードは長い舌で後ろの方――奥の窄まりまで舐め上げ始めていた。唾液で濡らされ、解かされようとしている。
荒い息を吐きながら、フレンはシーツを掻き乱してラピードを振り解こうとした。その時――、
「隊長……!? どうかされましたか!」
「!!」
扉を叩く音とともに、兵士の声が響いた。不覚にも近付く気配に全く気付かなかったフレンは、目に見えるほど肩を跳ねさせて扉へと視線を走らせる。
夜は城の中を兵士達が、交代で見張りをすることになっていた。ラピードの吠える声と物音に、通りかかった兵士が不審に思ったのだろう。
ほとんどラピードに剥かれて半裸状態になってしまっていたフレンは、一気に顔を赤らめてラピードの頭を押さえていた両手にギュッと力を入れた。
「……っ、だ……大丈夫だ。騒がせて、すまない」
「え……しかし、隊長」
「犬が、迷い込んでただけだから……大したことじゃない」
心配そうに声を掛ける兵士に内心で謝りながら、フレンはそう言って誤魔化す。手の下で微かに蠢くラピードの口腔に悲鳴をあげそうになるのを抑えて、フレンは扉を凝視した。
「……はい、分かりました。でも何かありましたら、お呼びください。すぐ参りますので」
「ありがとう。心配掛けてすまなかった」
気を抜くと震えそうになるのをなんとか平静に保ち、フレンは応答する。少し怪訝に思いながらも、兵士はとりあえず納得してくれたようだった。
去っていく足音に耳を澄ませ、十分離れたのを確信してから、フレンは詰めていた息を吐いた。
「ラピード……。お願いだ、やめてくれ。……ここじゃあ、無理だよ」
「……クゥーン」
脱力したフレンの疲れきった声音に、ラピードも意図を汲んでか寂しげな鳴き声を漏らして、局部から口を放した。べとべとに濡れた感触と唾液の糸を引く様に、フレンは頬に熱を持たせるが、やわらかくラピードに笑いかけた。
「ごめん、嫌じゃないんだ。……嫌じゃないんだけど、ここでは出来ない」
「ワゥ……」
手を伸ばして頭を撫でると、ラピードは今までの力強さが嘘のように、大人しくフレンに撫でられている。他者の乱入で、彼も無理だと判断したようだった。
ただの発情や気まぐれなら、一度興奮した状態からこうまで平静になることはないだろう。紛れもなくフレンを襲ったのがラピードの意思であり、止めてくれた事もまたフレンの立場を気遣ってのことだと分かる。
フレンは手早く着衣の乱れを直し、ラピードを手招いた。それにラピードは怪訝な表情をしながらも、鼻先を寄せてくる。シーツをめくり、フレンは微笑んだ。
「一緒に寝よ? 朝までは、居られるよね」
「ワン!」
フレンの言葉を理解して、ラピードが尻尾を振って応えた。空いた隙間にラピードが体を滑り込ませるのを見てから、フレンはシーツを被せて自分も横になる。
相変わらず無駄のない精悍な顔立ちのラピードを至近距離で見つめ、フレンは眼を細めた。
「……お互いに、頑張ろうね。どんな結果になっても、きっと楽ではないけど……不幸ばかりじゃないから」
「ワゥ」
ラピードがユーリ達とともに旅をしていること、今の世界のことを考えてフレンがそう言うと、ラピードは同意を示すようにフレンの頬を舐めた。くすぐったい感触に、フレンは顔を綻ばせる。
「全部終わったら、休みの日にでもどこかへ行こうか。昔みたいに、遊びたいね」
「ワン!」
フレンの、自分でも些か楽観的すぎると思うような提案に、ラピードは嬉しそうに答えてくれた。そんな優しいラピードに腕を伸ばし、フレンはぎゅっと抱き寄せる。
薄暗い部屋の中で、陽の香りをたっぷり吸った青い毛に顔を埋めて、フレンは目を閉じた。

















「……」
眼の前で無防備に眠る青年の顔を見つめて、ラピードは軽い溜息をつく。
最後ならと思ってぶつけた想いは予想に反して受け入れてもらえたが、溜まった欲望の捌け口は失ったままだ。
(全く……生殺しだな)
警戒心もなく眠る恋人を見つめ、ラピードは渋面で拾い上げた煙管を噛みしめた。





END






最後までいこうかと思いましたが、流石に城はまずいんじゃないかとか考えだしたら、ブレーキかかりました;
ラピード、すまん;;

しかし、どうにもユリフレとシチュエーションがカブり気味です…。
両方とも、不法侵入(笑)