いつも、自分の方が前へ進んでいると思っていた。
目的が同じでも違う手段を選んだ彼は、明確な道が見い出せなくて長い間くすぶり続けていたから。
でも、それは違うのだと今は分かる。
むしろ自分の方が、目を閉じたまま道を進んでいたのだ。誰かの手に引かれ、誰かの敷いたレールの上を、ただ歩いていたに過ぎない。
自分の道を自らの手で切り拓いて突き進む姿に、ようやく気付かされた。
いつも自分は、彼の背を追っていたのだと。
その背に、憧れていたんだと。




見つめる先に





やはり、一撃一撃が重くなっている。フレンはユーリの攻撃を刃で受け止めながら、胸中でそう思った。
魔物の襲撃を治めたばかりで無理な申し出だと思ったが、ユーリはフレンの手合わせに付き合ってくれていた。予想通り、以前に闘技場で剣を交えたときとは比べ物にならないくらい、その腕から繰り出される攻撃は鋭くなっている。
アレクセイ騎士団長の謀反以来、フレンは自分で道を模索し始めたばかりだった。自分の国の民だけではなく、この世界に住むすべての人の為に騎士として出来ることを自分で考え始めた。
そして同時に、ユーリとの距離に気が付いた。今まで、何故見えていなかったのだろうかと不思議に思うほど、フレンは現状がクリアに見えるようになっていた。
今、目の前に苦しんでいる人がいる。それを助けることに躊躇いを見せないユーリの強い意志。それがたとえ罪だとしても、敢えて被るのだという覚悟。それらが、法を守ることに傾倒していた自分には理解できず、出会う度に責めていた。
平気な顔をしているが、自分の手を血に染めたことを一番気に病んでいるのは、ユーリ自身だというのに。
それすら気付けないなら、自分は彼の相棒足り得ない。隣に立つ資格なんてない。
「獅子咆哮!」
「……くっ!」
フレンの剣撃に耐え、ユーリが踏み込んできた。素早い横薙ぎが閃き、フレンは後ろに身を退いてそれをかわす。
その隙を突こうと動き出したところで、ユーリの剣が青く光を放った。
「戦迅狼破!」
「…ぅ…ッ」
至近距離で撃たれた攻撃に、フレンは小さく呻く。鎧の性能のおかげで大半の波動は散るが、一瞬の硬直はユーリ相手に命取りだ。
予想通り、容赦のない斬撃が連続で叩き込まれる。
「トバしていきますかぁ!」
叫ぶユーリの体から、闘気が迸った。放出された力の余波にフレンは体を後ろへ押しやられるが、逆に距離が取れたことで一瞬動ける時間が出来た。
今、防御すれば、これからくる猛攻は大幅に軽減できる。それを瞬時にフレンは考えるが、体は動かなかった。――いや、反射的に動きかけた体を、自分の意思で止めた。
(君の強さを見てみたい)
フレンは微笑んだまま、振り下ろされるユーリの剣を見つめていた。





「君に勝てるものが、なくなってしまったなぁ」
「何言ってんだよ、余裕のくせに」
「余裕があったら、こんなところで倒れてないよ……」
二人して草原に転がったまま、憎まれ口を叩いた。本気の手合わせに、ユーリとフレンは互いに傷だらけだった。
こんな風に、ただ強さを競うだけの戦いはどれくらい振りだろう。フレンは酸欠状態の頭で、そんなことをぼんやり考える。
打撲や裂傷で体は痛むが、不思議と心は軽い。
「なあ、フレン」
「なに?」
「お前、手加減したろ」
横たわったまま、不意にユーリがこちらを向いてそう言ってきた。フレンはちらりと眼だけでユーリを見、空へと視線を戻した。
「してないよ」
「絶対、したろ。今ので確信したぞっ」
「あはは…っ。してないよ、ホントに」
少し嘘を交えながら、フレンは噛み付いてくるユーリに笑って言った。手加減とは違うが、意図的に隙を見せたのは確かだ。だが、それも含めて勝負は勝負だとフレンは思う。
「ユーリがあんまりカッコイイから、見惚れてただけだよ」
「……はぁッ!? おま…、何恥ずかしいこと言ってんだ!」
フレンの言葉に、ユーリが面白いほど動揺して叫ぶ。珍しく顔を赤らめる様に、フレンはぷっと吹き出した。
思わず肩を震わせて笑いを堪えていると、ユーリが半眼で睨んできた。
「……お前、性格悪くなったんじゃねぇの?」
「そうかな? ……誰も、汚れを知らないまま大人にはなれないって、ただそれだけのことだと思うよ」
じとりとこちらを見るユーリに、フレンは顔を傾ける。柔らかくそう言ったその言葉に、ユーリが僅かに眉を寄せた。
「何か、あったのか……?」
途端に意地悪な表情はなりを潜め、ユーリは心配そうに手を伸ばしてくる。躊躇いなく頬に触れてくる節張った温かい手の感触に、フレンは目を細めた。
普段は皮肉屋のくせに、こういう優しさを時折見せるから、この男はタチが悪い。幼い頃から見続けている、いい加減見飽きたはずの顔に見惚れるとか、流石に21にもなって変わらない辺りが自分でも嫌になる。
「何もないよ……?」
体の疲労感もあって、フレンはそう答えながら、とろりと目を細めた。心地よいユーリの手が、眠気を誘う。
「お前なぁ…、無防備にそういう顔すんのやめろよ」
「……?」
何故かユーリが、ハァ…と溜息をついた。意味が分からぬままフレンが見つめ返していると、ユーリは不意にポシェットを漁り始める。
中からグミを取り出し、ユーリは無言のまま自分の口にそれを含んだ。先程の言葉と今の行動の関連性をフレンがぼんやり考えていると、突然ユーリが上半身を起こした。
一瞬で、視界いっぱいにユーリの顔が広がる。
「――!?」
吐息が触れる。瞠った目の前には、漆黒の瞳。湿った熱が唇に触れ、こじ開けられる。
思わず硬直したフレンに、ユーリは覆いかぶさるように唇を重ねていた。しかも、ぬるりと侵入してきた舌は、グミを奥へと押し込んでくる。
絡まるそれに喉をひくつかせ、フレンは間近にあるユーリの顔を驚きの眼差しで見た。逆光の陰で、楽しそうに笑う瞳に気づき、フレンは反射的に圧し掛かる体を押しやった。
意外にもすんなり退いたユーリは、唇を離してフレンを見下ろす。
「思わず、こういうことしたくなるだろ?」
「な……にを、馬鹿な……っ」
厚顔無恥にそんなことを爽やかに言う友に、フレンは一気に頬を赤く染め上げた。唇は解放しても、未だに顔のすぐ横に両手を置いて縫い止めるユーリから、視線だけでも逃れようとフレンは顔を背ける。
しかし、口腔内に残されたリンゴ味のグミに、今起こった現実を反芻させられてしまった。
「好きな奴がそんな可愛い顔してたら、襲いたくなるっての」
「…!? な、何言って……ッ!!?」
突然のとんでもない告白に、フレンは目を剥く。思わず叫ぼうと、ユーリの方を向いた瞬間、フレンは再び唇を奪われた。
今度は軽く合わせるだけで、ちゅっと可愛い音を立てて離れていく。
「やっと追いついたんだ、言わせてくれよ。……ずっと、好きだった」
「……何を言ってるんだ、君の方こそ昔から僕の前を歩いていたのに」
僕がずっと追いかけてたんだよ、気づかなかった?
笑ってそう言い、フレンが手を伸ばすと、ユーリは少し驚いた顔を見せる。けれどフレンが首に腕を絡めて引き寄せると、ユーリは苦笑を浮かべて顔を寄せてきた。
3度目のキスも、やはりリンゴの味がした。







END









例の一騎打ち、ボロボロになって辛勝したのは私だけではないはず…。
というか、本当に公平な戦いをしてたら、一周目プレイでは容易にフレンには勝てないと思うんだ。
こっちはわんさかアイテム使えるんだもんねぇ(笑)。あれでフレンがグミ食い出したらオワタって感じです。
……なので、わざとちょっと手を抜いたフレンを描きました。

戦闘シーンが手抜き描写になってしまったのは、中盤からユーリを全く操作してなかったから、後半に覚える技がさっぱり分からなかったせいです。
すまん、ユーリ;