共にあるならば



住宅建設の手伝いを終え、労働から解放されたユーリは、しかし晴れ渡る空のような清々しい心境ではなかった。
汗で湿り気を帯びた長い髪をタオルで無造作に縛り上げたユーリは、木陰にごろんと倒れたままで苛々と空を眺めていた。
つやつやと緑に生い茂る草木が憎い。ひらひらと舞う蝶々が憎い。ピーピー楽しげにつがいで飛ぶ鳥が憎い。
――とにかく、自分より幸せなものは何でも憎かった。
そんな、爪でも噛み出しそうな黒いオーラを纏うユーリに不意に声が掛けられる。
「あれ? ユーリ、こっちに来てたのかい?」
草を踏み分け、近付く気配にユーリは跳ね起きるように上体を起こした。
目の前には、不思議そうにこちらを見るフレンが立っていた。太陽の下で煌めく金色の髪が、吹き抜ける風に煽られて揺れ動く。
透き通った青い瞳を瞬かせるフレンの存在を認識し、ユーリは目を瞠って――いきなり突進した。
「うわぁッ!?」
まさか出会い頭に無言で抱きつかれるとは予想だにしなかったフレンは、ユーリにタックルの如き抱擁を受けてそのまま後ろへ引っくり返る。突然のことに受け身も取れずに派手に音を立てて倒れるフレンに、後ろについていたソディアが悲鳴をあげかけた。
「イタタ…。ちょっとなんなの、ユーリ」
「うっさい。遅いんだよお前、帰ってくんのが」
「? ……どういうこと、それ」
訳が分からず問いかけるフレンに、ユーリは鎧のない腹部に顔を埋めて抱き着いたまま答える。会話を交わすには些か穏やかではない体勢の二人に、真っ先にソディアが頭に血を昇らせた。
「隊長から離れろ! ユーリ・ローウェル!」
「イ・ヤ・ダ」
「きッ…、貴様ァーッッ!!」
にべもないユーリの返答にソディアが一気に激昂する。二人のやりとりに挟まれた形のフレンは疑問符を飛ばしながらも、宥めるように剣を抜きかけるソディアを押し留めた。
「ソ、ソディア! 僕は大丈夫だから、ね! ユーリも何か理由があるんだろうし……」
「ぅぉぉぉ久々の生フレン生フレン超やらけぇぇー」
「え……ユーリ??」
「斬る! 殺す! 三枚に卸してくれるッ!!」
「ちょ…、待っ……!」
鬼の形相で抜刀したソディアに、フレンは顔を青ざめる。怒りの原因であるユーリをなんとか引き剥がそうとするが、駄々っ子のように張り付くユーリはびくともしない。仮にもフレンとの一騎討ちに勝っただけあって、腕力は見た目の痩身を裏切っていた。
結局、怒りに我を忘れてフレンごとユーリをぶった斬りそうなソディアと、頑として離れようとしないユーリを慌てて引き離したのは、あとから来たウィチルや凛々の明星の面々だった。








オルニオンにフレンが戻ると聞いて待ち構えていたが、当初の予定より2日遅れての帰還に待ちくたびれたのだと説明すると、フレンはそういうことかと納得する表情を見せた。後ろではソディアが戴けない顔をしていたが、ユーリは無視を決め込んだ。端から理解してもらおうなどと思っていない。
一応、オルニオンに滞在している間も町の発展に労働力を提供していたので、お礼と歓迎を兼ねて夕食にも与った。フレンにも会えて、腹も心も満たされたユーリは少し落ち着きを取り戻し、皆が寝静まった頃にフレンのもとを訪ねた。
夜中の訪問に、フレンは特に驚いた様子は見せなかった。何かあって、わざわざフレンの帰還を待っていたのだろうと予測していたようだ。
「……明日、行くんだね」
「お見通しですか」
快く部屋の中へ招いたフレンは、紅茶を差し出しながら穏やかな顔でユーリにそう言った。流石に昔から一緒にいただけに、ふざけた態度の下に隠れた本心は読まれていたらしい。
ユーリ達はタルカロン城の攻略も半ば以上終わり、いつデュークに遭遇してもおかしくないところまで来ていた。説得するのは前提だが、今までにあれだけ言っても折り合いがつかなかったのだから、今回もそうなる可能性が高い。どうしてもデュークが人間の生命で星蝕みを消すというならば、それを力づくで止めなければならなくなるだろう。
人魔戦争で先頭に立って闘った猛者であるデュークと対決することになれば、流石に無事ではすまない。
それが分かっていたからこそ、メンバーそれぞれが挨拶をしたい者に会いに行くという機会を設けたのだ。しかしユーリ達と同じく世界を飛び回るフレンがなかなか捕まらず、最後になってしまった。
時間がないのは承知していたが、気合を入れるためにも最後にどうしても会いたかった。ユーリがそう言うと、フレンは少し寂びそうな表情を見せ、すぐに鮮やかな笑顔で払拭してみせた。
「残念だけど、僕は君の力を信じてるから、見送りの言葉はかけないよ」
「……そりゃまた、きびしーお言葉で」
なんとなく予想はしていたが、フレンらしい言葉にユーリは何故か安堵を覚える。しんみりしてくれればそれはそれでいいムードに思えるが、やはりそれは自分達らしくはない。
苦悩しても綺麗に笑い続けるフレンに焦がれたのだから、それを不安で汚すようなことはしたくなかった。
「……じゃあ、代わりに唇でも貰おっかな」
軽い口調でそんなことを言って、ユーリがフレンの顔を覗き込むと、フレンは目を瞠り――みるみる顔を赤く染めた。
その反応におや?と思って見つめていると、フレンは顔を逸らして慌てたように言葉をつないだ。
「な…何、はずかしいことを改まって言ってるんだ、君はっ」
「え? じゃあ予告なしの方が良かったわけ?」
「なッ、そ…そういうことじゃなく……!」
揚げ足を取られて怒ったフレンがこちらを振り返った瞬間、ユーリはその唇を奪った。隙だらけのフレンを押さえ込むのは容易で、慌てて抵抗しようとするフレンの腰を引き寄せ、ユーリは躊躇いなく覆いかぶさる。
座っていたソファに横たえるように倒し、ユーリはフレンの唇を貪った。
「んん…っ、ぅ…ん…!」
唇を割って舌を滑り込ませると、フレンがくぐもった声をあげた。抗議の言葉のはずだったのだろうが、それは甘い響きを含んでいて意味を為さない。
押しやろうとする弱々しい手を無視して、ユーリは縮こまる舌を絡め取り、吸い上げた。組み敷いた体がビクリと震える。その様に僅かに笑みを貼り付かせ、ユーリはより深く味わうように舌を差し込んだ。
「ゃ……、ユ…ッんぁ…っ」
熱い息とともに、フレンの甘い声が漏れてユーリの耳を刺激する。他のところでこんな声出されちゃ敵わんなと思いながら、口腔内の濡れた感触を堪能した。
一頻り蹂躙して楽しんだユーリが唇を離すと、フレンが潤んだ眼で睨みつけてきた。
「君は…っ、なんでいきなり、そういうことを…!」
「じゃあ、もっかいチューしたいって言えばいいか?」
「! それだと、どっちでも君の思う壺じゃないか!」
「あれ、バレた?」
怒るフレンに、ユーリはわざとらしくそう言ってみせる。咄嗟にフレンは反論が思いつかなかったのか、しばらく黙ってこちらを睨んでいた。しかしその顔は桃色に染まり、マリンブルーの瞳は涙で濡れていて……。
「あのさ……そんな可愛い顔で睨まれても、勃つだけなんだけど」
「ッッ!」
ニヤリと笑ってわざと下品な言葉を口にすると、フレンは今度こそ絶句した。
ぱくぱくと言葉もないまま唇を開閉していたフレンは、結局口で勝てないと判断したのか、拗ねた表情でそっぽを向いた。
「まったく君は……心配するだけ無駄みたいだね」
「ははは…っ。ま、そこら辺はお互い様だろ?」
お前もよく人をハラハラさせるしな?と付け加えると、君よりマシだよと言葉が返ってくる。思わず笑いながら、ユーリは可愛げがないなぁと呟き、目の前の自分とあまり変わらない体躯の男を抱きしめた。
女のような柔らかい感触は、全くない。細い分、余計に骨が当たってお世辞にも抱き心地がいいとは言えなかった。
だが、それでも自分はフレン・シーフォという人間がいいのだと、つくづく思う。
「ユーリ、……当たってる…っ」
「お前もそんなに変わらねぇじゃん」
下肢に押し付けた熱の塊に、フレンが非難の声をあげて身じろいだが、そう言うフレンもさして変わらないくらいに昂ぶっているのが、ユーリには手に取るように分かった。
意識しないようにか、顔を背けるフレンをユーリは覗き込む。
「なあ……最後までヤっていい?」
「……!」
わざと強請るように言うと、フレンが瞠目した。本気8割、冗談2割という感じでの口調だったが、フレンはますます顔を赤らめる。
しかし、予想通りだったのはそこまでだった。
「――ッい、てェっ!?」
突然フレンに頭突きをかまされ、ユーリは思わず跳ね起きる。ごつっと盛大な音を立てたそれは、不意打ちだっただけにクリーンヒットしてしまい、額がズキズキと痛んだ。
起き上がったユーリの下からするりと抜け、フレンはあっという間にソファから離れてしまった。
「悪いけど、それはナシ」
「ちょ…お前なァ…ッ! 嫌だからって、頭突きはないだろ。頭突きは!」
いざとなったら体当たりがフレンの十八番だが、まさかこんな場面でその餌食になるとは。
悲しいやら痛いやらで憤慨したユーリに、しかしフレンはとても頭突きをしてきたとは思えない、柔らかな笑顔を向けてきた。
「嫌なわけじゃないよ。でもそれは、今度君が帰ってきたときにするから、今はダメ」
「え……なにそれ。……おあずけ?」
にっこり笑ってそう言うフレンに、ユーリは顔を引き攣らせる。おいおい…と内心肩を落とすが、フレンの言葉を反芻して気が付いた。
『今度帰ったときに』ということは、つまり……生きて帰って来いということだ。
そういう意味で拒絶したのだと分かり、ユーリは肩口を流れる髪を掻き上げ、後頭部をガシガシ掻いた。
「お前こそ……恥ずかしいこと言うなよな」
こそばゆい気持ちになり、ユーリは視線を外してそう呟く。その悪態に、フレンは面白そうに笑った。
「言いたくもなるよ。その様子だと…ユーリは僕を抱きたいんでしょ? 男のプライド捨てさせるくらいのことはしてくれないと、不公平じゃないか」
意外な主張に、ユーリは思わず瞬きした。自分としては当然のように可愛いフレンを抱こうと思っていたので、その指摘に呆然とする。
フレンもユーリと同じように恋愛感情で好きなら、相手を抱きたいと思ってもなんら不思議はない。いや、むしろ男として当然の考えだ。誰よりもフレンが男だと知っていながら、ユーリはその可能性に今の今まで微塵も気付かなかった。
もし、この真面目で奥手なフレンが抱こうとまでは考えていなかったとしても、男として抱かれる側になるのは抵抗があって当然だ。自分がもしその立場であったなら、たとえ相手がフレンでも考えさせてくれと言っていただろう。
随分と自分勝手な考えで迫っていたのだと思い知らされ、ユーリは視線を下げた。
「ごめん…。全然そういうの、考えてなかった……」
「そうだろうね、なんとなくそんな気はしてた」
謝ると、すかさず冷たい返答が返ってくる。思わずユーリは肩を揺らしたが、近付いてきた気配に顔を上げると、子供のように晴れた笑みを浮かべるフレンがいた。
「謝ってくれたから、もういいよ。僕はユーリなら、構わないから。……だから、ちゃんと無事で帰ってきて」
「フレン……」
そう言って触れるだけの口付けを贈るフレンに、ユーリは目を瞠り――苦笑する。
まったく……結局、フレンには勝てないな。
内心でそうひとりごちて、ユーリは感傷を振り払うように、いつもの不貞不貞しい笑みを浮かべた。
「じゃあ、軽く世界を救ってきますか」
「……うん、頼むよ」
買い物にでも行くような口調に、フレンはつられたように笑う。その見惚れるような笑顔に、ユーリは守りたいと強く思った。
フレンが――皆が笑って暮らせるように、世界を守りたい。これから選択する道は決して容易くはないだろうけれど、絶望ではないはずだから。
「フレン。帰ってきたら約束、忘れんなよ?」
「はは、お手柔らかにね」
冗談半分に念を押すユーリに、フレンは笑いながらもはっきりと頷いた。







END







シリアスから一転、いきなりユーリが壊れた件について。
なんか、私の中のエロ魔人が抑えきれなくなったんです(笑)

ユリフレは、イチャイチャラブラブしてればいいよ!(爆)