なんとか、シンの近況を彼女に伝えるようにとソルに言いつけ、カイはシャワールームに逃げ込むことに成功した。厳重に内側からカギと法術の封印を施し、カイはとりあえず安心して体を清める。
そうして髪までしっかり洗い、カイがシャワールームから出ると、ソルが身支度を整えているところに出くわした。
「……もう行くのか?」
「ああ。……うるさいクソガキが、いるからな」
驚いて思わず問うカイに、ソルが肩をすくめて皮肉な答えを寄越す。ぞんざいな言い方だが、確かにシンから長い時間目を離すわけにはいかないと思うのは、本心からだろう。
本来ならば自由なソルに枷を科しているように思え、カイは表情を曇らせた。
「すまない……。私達の負担を、お前に背負わせてしまって……」
まだ濡れたままの頭を深く下げ、カイはソルに謝罪する。自分と彼女だけの問題ではすでになくなってしまった事実を改めて認識し、居たたまれなくなった。
「木陰の君」も同じように思ったようで、幼い表情を曇らせた。
「……ごめんなさい、ソルさん。本当は、私があの子をちゃんと見なくちゃいけなかったのに」
うつむき、少女が頭を垂れる。丸められたその背には、人にはあり得ない色違いの翼が生えていた。
たとえ自我を持っていたとしても、生体兵器GEARとして生まれた彼女には、この世界に居場所はない。
そのことが、カイには悔しくてたまらなかった。彼女にしても、ソルにしても、カイにとっては大切な人だというのに、人間の作り上げた社会には正体をさらけ出して生活することは許されない。生体兵器を必要として作り出したのは、人間の方だというのに……。
そして、彼女とカイとの確かな絆によって生まれたシンもまた、人間との違いを隠して生きなければならない。
人間社会に潜り込んで生活することの長かったソルのフォローがあればこそ、シンはその快活な様を曇らせることなく生きていける。このイリュリアに留まれば、たとえ正体が明るみに出なくとも、窮屈な思いをすることは必至だろう。
王という立場が、悪いのか。それとも、シンをこの世に生み出したこと自体が、悪いのか。
……新たな命を生むことが、罪であるとは決して思わない。カイはそう、信じる。
「別に……ガキの一匹、増えたところで大したことねぇよ。いちいち謝ンな。うっとうしい」
カイと少女の沈痛な面持ちに耐えられなくなったのか、ソルが乱暴な口調で言い捨てた。ぶっきらぼうながらも、気遣ってくれていることが分かったので、カイも「木陰の君」も顔を上げた。
嘆いたところで、変わりはしない。目の前にある現実に立ち向かってこそ、そこに変わる可能性を見い出せるのだ。
芯の通ったカイの澄んだ青い眼差しを見て、ソルが口端を上げて笑った。
「坊やはとにかく、この世界を真っ当な道に引っ張っていくことだな。……そういうことは、俺には出来ねぇもンだしよ」
「ソル……」
不敵な笑みを浮かべるソルに、カイは目を見張り――破顔する。買い被りすぎだろうと思わなくもないが、他でもないソルにそう言ってもらえるなら、何でも出来そうな気持ちになる。
「じゃあな。……また、暇を見つけて顔出しに来る」
見守るカイと彼女に背を向け、早々にソルは封炎剣と少ない荷物を抱え直して、窓へと歩き出した。
既に太陽が頭を覗かせた朱金色の空に、その紅い背を消えていくのを、カイと少女は見守った。










「……行っちゃったね」
「ああ、そうだな……」
妻の寂しそうな声に、カイもまた、苦笑の中に寂しさを混ぜて頷いた。カイとは違う思いだが、彼女もソルを肉親のように敬愛しているので、ほんの束の間の逢瀬は物足りないようだ。
社会的に死亡したことにしても、空に身を置いたとしてもやはり不自由を強いられ、カイ自ら招いたイリュリアにおいても話せる相手の限られる彼女の厳しい現実に、カイは痛む胸を収めるように目を閉じた。
そして、ゆっくりと開き――その瞳に、決意を宿す。
「……追いかけるか?」
「え……?」
眩しい光を放つ太陽を見据えながら言ったカイの言葉に、彼女が怪訝な顔を見せる。しかし構わず、カイは彼女に向き直り、その華奢な肩に手を置いた。
「実は……あなたを監視する、その術式がやっと解析できた。1日、2日程度なら、城の法術士の目を誤魔化せる」
「え……。うそ、…そんな」
カイの告げたことが信じられないといわんばかりに、彼女は目を見開く。無理もない、最も危険視された彼女には厳重に重ね掛けされた、法力の封印が施されている。人間の中で最高ランクの術者ばかりが集まって作り出したそれは、現存するギアを封印するもので、一番強力とみて間違いないレベルだ。
しかしカイとて、それを黙って見ているほど大人しくもなければ、諦めてもいない。密かに、この数年の間に術を改変する方法を探していた。
強引に解くだけならば、もっと早くに事は済んでいただろうが、それをすれば術をかけた人間にはすぐ分かってしまう。だから、術者の目を欺けられるように封印の内容を変える必要があった。
カイの告白に信じられないとばかりに目をみはる彼女の額に手を当て、カイはそれ以上語らず、長い長いスペルを唇から紡ぎ出す。細心の注意を払いながら、暗記した複雑な12法階の羅列を音に変え、力を注ぎ込んでいった。
……すでに、30分は経過した頃。終章を唱え終え、カイは仕上げの言葉を発した。瞬間、部屋中に隙間なく浮かんでいた光の文字が一気に集束し、彼女の額に吸い込まれる。
「――!」
彼女を覆う封印にそれらが組み込まれ、明確な反応を起こした。強い法力を感じ取って、彼女は目を瞑ってその衝撃をやり過ごす。
しばらくして、周囲に揺らめいていた余波が収まって空間が安定したのを感じ、彼女が恐る恐る目を開けた。
「あ……。本当に、やっちゃった……」
茫然として様子で、彼女が額に手を当てながら呟く。術をかけたカイ本人も成功するかどうか不安なところがあったが、上手く定着してくれたようだった。
しかし術式を根本から変えることが出来ない為、どんなに外壁を見破られないように繕っても、大丈夫だと言い切れるのはせいぜい1日か2日程度だ。
長い詠唱に流れ伝った汗を拭い、カイはまだ驚いたままの彼女に外套を着せて笑いかけた。
「さぁ……行ってきて。今なら、追いつける」
「……でも、……いいの? 本当に?」
カイの促しに困惑した様子で、彼女が視線をさ迷わせる。長い間イリュリアに縛られていただけに、戸惑いはさぞ大きいことだろう。
だが、それを安心させるようにカイは力強く頷いた。
「そのために、ずっと解析を続けてきたんだ。遠慮することはない」
「そう……ごめんね。……ううん、ありがとう。カイ」
戸惑いながらも、最後には振り切ったように満面の笑顔を見せて、彼女は礼を言う。久しぶりに見た、本当に嬉しそうなその顔に、カイもまた微笑した。激務の合間をぬって、努力した甲斐があったというものだ。
決めたら即行動という潔さで、彼女は大きな羽根を誇らしげに広げ、窓を見つめた。
「じゃあ、行ってくるね。……ソルさんとシン、驚くかな?」
「そりゃあ、驚くよ。そしてきっと、喜んでもくれると思う」
「……うん」
カイの答えに、彼女は笑顔で頷く。そしてソルの出て行った窓に手をかけた。
陽の光を浴びて輝く彼女の背に目を細め、カイは言葉を付け加えた。
「あと……快賊の皆さんにも、宜しく伝えてほしい」
「……!」
その一言で、ハッと彼女が振り返る。その一瞬見せた複雑な表情に勇気を与えるように、カイは笑顔で出立を促した。
「さ、急いで! 時間はあまり無いのだから……!」
「……ありがとう」
一瞬泣き笑いのような表情で、彼女は再び小さく礼を言う。そしてカイの凛とした声に背を押されるように、純白と深緑の羽根を羽ばたかせ、彼女は大空を舞った。












シンは息を切らせて、目的地へと走っていた。町中さえも砂埃を巻き上げながら突っ走る様は、まさに突風のよう。
理解力には欠けるが物覚えはいいので、シンは以前に立ち寄ったアムステルダムの酒場の場所はしっかりと記憶していた。そして迷うことなく店へと到着したシンは扉の前で急停止し、傍目も気にせず蹴破るように開けた。
「……うるせぇ。もうちっと、静かに入れ」
「げ。オヤジ……」
意気込んで入店したところで、カウンターに腰かけるソルに諌められ、シンは思い切り顔を引き攣らせた。全速力で来たというのに、既にソルの方が先に到着していたという事実を突き付けられ、途端に敗北感が滲む。
ソルは何か用事があってこういった一時的な別行動を取るのだろうとシンも分かっていたが、だからこそ、用事を済ませたうえで酒を一杯引っかける余裕のあるソルを見ると、スピード勝負に完敗したような気分になる。
思わず不貞腐れた顔をしたシンだったが、ソルの意味深な言葉と笑みに思わず怪訝な顔をした。
「しかも、テメェはビリだな」
「……え?」
意味が分からず、隻眼を瞬く。
ビリ……、ビリ? それって確か、二人の時は使わない言葉だよな……。
表現に違和感を覚えたシンは、眉を寄せたままソルを見――その隣に座る人物に、初めて気付く。相席を好まないソルが誰かを隣に座らすなど珍しい、と思った瞬間、そのフードを被った人物がこちらを向いた。
目深に被るフードの合間から覗いたその顔に、シンは悲鳴と驚愕と歓喜を綯い交ぜにして、大口を開けた。
「か、か、か――母さんッ!?」
「シン、元気だった?」
少女にしか見えないその女性は、腰の抜けそうなシンの様子に頓着せず、朗らかに手を振る。紛れもなく、シンの母親その人だった。
シンの驚きようを面白そうに見て、にやりと笑うソルの表情に気付き、シンはこの久しい再会が現実なのだと確信する。夢でないのなら、これほど嬉しいことはない。
気を取り直し、シンは最高の笑みを母親に贈った。
「ああ! すっげぇ元気だったぜ!」
子供のように大きく腕を広げ、シンは二人のもとに駆け寄った。










END








新シリーズ、GG2編の第一弾。
もう初っ端から、色んな倫理観が崩壊しています(- -川) すみません、私の悪いクセが全面に出ました…。
しかも、ソルが更にヘタレと化した…orz
今後もこんな不可思議な家族関係で進めていくと思うので、ついてこれないと感じた方は今後、読まないことをお勧めします;;

カイ木陰は、どういう口調で夫婦の会話をしてるんだろう?と、かなりその辺りが悩みました。
一応、私の解釈ではソルカイの時のように、二人ともタメ語ということに。
今後の発表次第で修正を入れるかもしれませんが……;;

ここまで読んでくださってありがとうございましたー(´∀`;)