一応は一眠りはしたが、朝日が差し込み始めたことに覚醒を促されたカイは、剥き出しの肩を震わせた。冷たい空気が流れ込んできているのを感じて、そういえばソルが入ってきた時に窓を開けたままだったと思い出す。
気だるい体が無意識に暖を求め、カイはぼんやりしたまま自分を抱き込む男に擦り寄った。見事としか言い様のない筋肉を剥き出しにしているソルは、カイが起き出したのを気配で察し、散らばった長い髪を鬱陶しそうに払いながらこちらを覗き込んできた。
「……まだ眠ィだろ。寝ときな」
「ン…。……そういうわけにも、いかない」
金色に透けるカイの前髪をやわらかく掻き上げ、ソルの手はそのまま目元を覆ってしまう。外気と違って温もりのある手と、再び訪れた暗闇に、脳は急速に眠りへと落ちていきそうになり、カイはぐらつく頭がベッドへ逆戻りしないように、しばらく己の欲求と闘う羽目になった。
「…ちょっと! やめてくださいッ」
「なんだよ、沈んどきゃあいいだろ」
「よくないっ。私は暇じゃないんだから!」
ひとりでバタバタ藻掻いている様が面白かったのか、ソルの声は意地の悪い方向で楽しそうだ。
思わず恥ずかしいやら腹立たしいやらで、カイはソルの手から逃れると顔を背ける。これ以上ちょっかい出されぬうちにと、カイは気だるい体でベッドから起きるが、ソルは健康的な裸体を横たえたまま動く様子を見せず、眠そうな半眼でこちらを見上げてきた。
「…で、何がいいんだ。プレゼント」
「……! ああ…、そういえば誕生日だった」
言われて、カイは改めてその事実を思い出す。
そして連動して、一日中贈り物の処理に追われる光景を脳裏に描いてしまい、一気に気が滅入った。十中八九、その想像が現実になると分かりきっているから余計だ。
ベッドに腰掛けたままため息を吐くカイに、ソルは訝しげな視線を寄越した。
「なんだ、嫌か」
「……ソルが、ではないので気にしないで下さい」
ふっと力を抜いて、カイはソルに笑いかける。この憂鬱な気分は、ソルのせいではない。
誕生日という名目で交錯する国と人の思惑にいい加減疲れを感じているが、自分の目的の為にも逃げ出すわけにもいかなかった。王としても、カイ=キスクとしても。
ただでさえ、誕生日というものにいい思い出はない。幼少の頃に祝ってもらった記憶がそもそもなく、青春時代はいつ死ぬか分からない戦場を駆け抜け、平和になった今ではソルと供にあるための寿命が刻々と削られているようで嫌だった。
また一つ歳を取り、みんなとの別れが近付く。妻にも、息子にも、ソルにも――置いていかれる。
「……!」
不意に起き上がったソルに抱きすくめられて、カイは目を瞠った。掻き抱くような強い抱擁に驚いて視線を巡らせるが、ソルの頭は肩口に埋まっていて表情は窺えない。
解かれた長い茶髪の先がシーツの間に挟まって取り残されているのを見つめながら、カイは無言のソルに笑いかけた。
「プレゼントに……約束がほしいです」
「……」
「すべて終わったら、貴方の手でゆっくり眠りたい」
夢見るように、カイが頬を緩ませてそう呟くと、体を抱くソルの腕に力が篭った。少し伸びた爪が、素肌に食い込む。
「馬鹿野郎が……」
溜め息交じりにそう吐き出されたソルの言葉が、耳元で悲しげに響いた。だが、完全には否定されなかったことに、カイは満足げに微笑む。
繋がることはできなかったが、発作もなく触れ合うことが出来たことにも、カイは久しぶりに神に感謝した。
イリュリアの連王がひとり、カイ=キスクが珍しく朝寝坊をしていた頃、王の間へ続く唯一の回廊でちょっとした騒動が起こっていた。
連王を呼びに来た召使や兵士の前に、一人の女性が立ちはだかり、進行を阻んでいたのだ。
「そこをお退きてください。王には会議に出席していただかないと……!」
「ごめんなさい、ここは通せません。あと1時間だけ、待ってください」
「何を言っているのですか! そんな我儘を言ってもらっては困――」
「分かりました。ではどうぞ、力ずくでお通りください」
怒鳴る兵士達に、女性はニッコリと笑って、その背にある羽根を大きく広げて見せた。色違いのそれからは髑髏と女神の面影が現れ、兵士達を鋭く睨みつける。
蛇に睨まれたカエルよろしく、兵士達は思わず固まり、静まり返った。いくら封印を施して行動を制御していたとしても、彼女は根本的に身体能力が人間とはまるで違う。
無邪気な少女の容姿で睨みを利かせる、その女性との対峙に兵士達が解放されたのは、それから40分後のことだった。
なんでこんなことをしたのかと問う夫に、彼女は『誕生日プレゼントですよ』と語った。
理解者とは時に、本人以上に本人を理解しているものなのだと、夫はこの時痛感したようだった。
END
誕生日らしい感じの小説、初めてかもしれませんね。
うちのサイトでは、たいていカイ誕生祭に当人がひどい目に遭う小説ばっかり更新してますし…;
とにかく、ハピバ☆
次からは閑話休題ってことで、本編進めます。