梅雨の食卓






街並みに淡い灯が宿る頃、カイは突然の雨に晒された。
しばらくすればやむだろうと悠長に構えて、喫茶店で紅茶など飲んでいたカイだったが、時間が経つにつれて雨はますます激しさを増し、どうにも帰りがたい状態になってしまった。折りたたみの傘は家に置いてきたらしく、鞄の中には入っていない。
「ああ、もう……!」
流石に痺れを切らせたカイは、喫茶店から抜け出て、雨の中へと飛び込んだ。安全地帯の自宅まで、卓越した脚力をフル活用して走り続ける。カイの頭の中に、傘を買うという選択肢はなかった。
全身は一瞬で水浸しとなり、服は限界まで水を含んで重さを増し、肌に張り付いていく。そのせいで細い二の腕や腰のラインが露になっていたが、カイには濡れた前髪の方が気になって仕方がなかった。女々しいと言われる線の細い顔にコンプレックスを抱くカイは、わざと前髪を長くしていたので、それが額や頬に張り付いて鬱陶しい。今度眉毛の上で切ってやろうか、などと乱暴なことを考えてみたが、似合わないので却下した。
前を見ようと、もともと大きな目をさらに大きく開けるが、もろに雨が侵入して痛み、反射的に目を閉じてしまう。左右交互にそれを繰り返してなんとか前方を確認しつつ、カイは一定の速度で走り続けた。五年前まで幾万の騎士を従えてギアの討伐に向かっていただけに、その程度で息を乱すこともない。山の中ではなく、舗装された道を走っているのだから足取りも危うさを含んでいなかった。
それでも全身ずぶ濡れ状態は流石に気が滅入る。カイは辿り着いた自宅のドアの前で一息ついた。ぱたぱたと目の前で落ちていく滴に気を付けながら、鞄の中から鍵を手早く見つけて取り出す。早くシャワーを浴びて暖かい紅茶が飲みたい。
カイは解錠しようと鍵を差し込み、回した。――が、なぜか開かない。鍵がかかったままだった。カイはしばらく怪訝な顔をして取り出した鍵を見つめていたが、あることに思い当たって、溜め息とも安堵ともつかない吐息を漏らして肩の力を抜いた。
「またあいつは勝手に……」
呆れたような口調で呟き、カイは鍵をもう一度差し込んで今度こそ解錠した。その表情にはいつもの厳しさはなく、僅かに楽しそうな雰囲気が混じっている。そのことに本人は気付かなかったが。
雫を盛大に滴らせたまま中に入って、カイがリビングの方を覗くと、案の定その人影はあった。
「いつからピッキングをマスターするようになったんだ?」
カイは腰に手を当てて遠回しな嫌味を言い放つ。だが、その不法侵入者はカイと同じく全身ずぶ濡れのままソファに悠々と横たわったままひらひらと手を振った。
「もうちっと手応えのある鍵を付けとけよ。面白くねぇ」
「言ってろ」
家主に許可なくごろごろと居座っている男に、カイは呆れたように言葉を返し、つかつかとそちらへ歩み寄った。真横まで来てカイが鋭く見下ろしても、相手は動じた様子がない。
「その状態でソファに寝そべるのはやめてくれ。せめてシャワーでも浴びた後にしてもらいたいな」
高いわけではないが安くもないクリーム色のソファが水に濡れて濃い色に染まりつつあり、カイは顔をしかめる。中まで浸透すると厄介だ。それでもその男は悪びれなかった。
「シャワー、勝手に使っていいのか分からなくてな」
「最近の不法侵入者は面白いことを言うんだな?」
「鍵壊さずにいてやったんだから、慎み深いだろ?」
クックッと喉の奥で笑い、男はこちらを悠然と見上げてくる。その小憎らしい男の鼻頭を、カイは無造作につねった。
「っ! 何しやがる」
咄嗟にカイの手を撥ね除け、男は不機嫌そうに唸った。
それを楽しそうに見つめ、カイはわざと芝居かかった仕種で腕を組む。
「ここは誰の家で、そのソファは誰のもので、お前が今吸っている空気は誰のものだ?」
「空気までかよ……」
幾分呆れた眼差しで男はこちらを見上げてきたが、カイは気にしなかった。事実、所有している土地の上空は不可侵なのだから、そこにある空気もカイの所有物だ。
それが分かっていないその男を退けるべく、カイは実力行使にでた。太いその腕を掴み、ぐいぐい引っ張る。
「いいからそこから退け。邪魔。うざい。消えろ。さっさとッ!」
「そこまで言うか、このクソガキ」
カイが連発した文句が気にくわなかったのか、男は怒りに顔を引きつらせてこちらに掴みかかろうと手を伸ばしてきた。それをカイは余裕でかわした――はずだったが、身を移動させた先で迂闊にも足を払われた。
「わ、ぁ……!?」
躓くように前のめりに体が傾ぐ。咄嗟に崩れた態勢を整えようとソファの縁に手を伸ばしたが、勢い余ってそのまま手を滑らせ、カイはちょうど横たわった男の上に倒れ込んだ。男の体が全身筋肉質だからか、人の上に乗っかってしまったというより、まるで大きなタイヤに身をぶつけたような感触だった。
男の胸元に顔を半分押し付けてしまったカイは、その暖かい体から立ちのぼる、汗とたばこと――雨の匂いを嗅ぎ取った。ここのところ雨が続いていたのに、この男は傘を用意していなかったのだろうか(人のことは言えないが)。だが、傘を律儀に用意して差しているバッドガイもなんだか可笑しいかもしれない。
まあそれはともかく。容易くバランスを失った自分に少々腹立たしいものを感じたカイは眉間に皺を寄せながら、体を起こそうとした。
「いきなり危ないだろうが」
詰るようにカイは文句を言った。――が、世にも珍しいこの男のぽかんとした表情を認め、カイは怪訝な顔をした。
「なに鳩が豆鉄砲くらったような顔してるんだ?」
少々険の抜けた表情でぼんやりこちらを見上げる男に、カイは体を起こしながら聞いた。しかし、顔と上半身は起こせたものの、なぜか腰から下が動かない。
それを不審に思ったカイは、腰をがっちりと掴んでいる男の手の存在に改めて気が付いた。なんで、と思ってカイが男の方に疑問の視線を向けると、男は手に力を込めて、ぼそりと呟いた。
「……お前って意外に抱き心地が良かったんだな」
「そんなことに感心してたのか、お前はッ!?」
男の漏らした言葉にカイは憤慨し、紅いヘッドギアの上から男の額をごつんと殴る。痛みはなくとも振動が伝わったらしく、男は不機嫌な表情を作り、唐突にカイの尻を鷲掴んできた。カイは思わず悲鳴をあげて、体を跳ねさせる。
「うわぁぁっ!? な、何をするんだ!」
「ムカついたから、腹いせ」
「馬鹿かお前はぁぁぁッ!!」
ずばし。
持っていた鞄を、思い切り男の頭に叩き付けた。全力でぶち当てたために、男は顔面から床に落ちる。幸いヘッドギアが最初に当たったのか、ガッという音だけで済み、上半身だけがソファからずり落ちる。そして当然ながら、腰を捕まえられていたカイは諸共に床へと盛大に投げ出された。
「……おい、坊や」
乱れた髪とヘッドギアの合間から剣呑に光る紅い眼を鋭くこちらに向け、地獄の底から這って出てきたような声音で、男はカイを呼んだ。そのこめかみには青筋が浮かんでおり、口許は狂暴な笑みをたたえている。それを、床に体を投げ出した状態で間近に見たカイは、ひやりと背筋が寒くなるのを感じた。
「なぁ坊や。物事には加減ってもんがあるだろ? 違うか?」
「そ、それだったらお前だってセクハラまがいのことをしただろうが!」
負けじとカイは怒鳴ったが、伸びてきた男の大きな手に口許を挟まれた。いわゆるぴよぴよ口にされてしまい、それ以上文句が言えなくなってしまう。
「あぁ? 別に減るもんでもないだろが。大体てめぇは男だろ」
小馬鹿にしたように口許を摘んでくる手を払い除け、カイは男を睨付けた。
「相手が嫌がった時点で、セクハラは成立するんだ! 覚えておけ、この筋肉馬鹿のノータリン!」
「んだと、てめェッ!?」
カイの暴言に腹を立てた男は、カイに掴みかかってきた。床に横たわっていたカイに馬乗りになる形で、男は濡れて張り付いた襟を掴んできたが、カイは鼻で笑って悠然と見返す。
「暴力で解決しようだなんて、野蛮なことこのうえないな」
「最初に殴ったのはどっちだ!? おいッ!!」
「お前がセクハラなんかするから悪いんだろ!?」
「セクハラじゃねぇーッ! ちょっと触ってみたかっただけだ!」
「まんまチカンの言い訳じゃないか、それはーッ!!」
大の男が二人が、大人気なく罵り合う。
だが、男がさらに言い返そうとしたところで、カイがくしゅん!とくしゃみをした。
「……あ?」
「くしゅっ。は…っくしゅん!」
「おいおい……」
立て続けにくしゃみを連発するカイに、男は驚いたように掴んでいた襟を放した。だが、くしゃみはなかなか止まらず、カイは濡れたままの金髪をから滴を飛ばしながら何度も口許を押さえて断続的にくしゃみを繰り返した。その回数があまりに多く、最後にはむせ返り、ごほごほと咳き込む。
「濡れたままでいるからだろ。……大丈夫か?」
呆れたような表情をして、男はカイの上から退き、線の細い体を抱え起こした。
男の外見とは裏腹に優しい所作で背中をゆっくりさすられ、カイは幾分発作が治まるのを感じた。寒気がするほどに冷え切った体が背中から伝わる熱で暖まるのを心地好いと感じる反面、なんともこそばゆい感覚に捕われ、カイはわざと厳しい表情で男を見上げた。
「もとはといえばおまえがさっさとシャワーを浴びないから悪いんだろ」
「あーはいはい、俺が悪かった。だからさっさとシャワー浴びて暖まってこい」
カイの睨みなど全く気にした様子もなく、男は子供の駄々を宥めるようにカイの頭を一撫でして、いきなり担ぎ上げた。聖騎士団の頃ならまだしも、もう二十歳を越えている年齢で容易く肩に担ぎ上げられてしまったことに、カイは少なからずショックを受ける。
「ちょっ……! 何をするんだッ!」
「いちいち別々に入ってたら時間がかかってしゃーねぇしな。俺も入る」
「なんで私が不法侵入者と仲良く一緒にシャワー浴びなきゃならないんだーッ!」
嫌がらせとしか思えないくらいに軽々持ち上げられ(おまけに余裕の鼻唄付きだ)、カイは男の頭をばしばし叩いたが、男はものともせずに勝手知ったるなんとやらで歩いていく。
結局抵抗も空しく、カイは突然の訪問者――ソル=バッドガイによってシャワールームへ押し込まれた。




「俺のは太くて角度がキツイからな……かなり効くだろ?」
「その分短いじゃないか。長さなら私の方に分がある」
「当たるのは俺の方が早いぜ? なんならここで一発喰らってみるか?」
「何度目になるか分からないから、もういらんっ! 結構痛いんだぞ、アレ」
「それなら俺のやつの方がイイって認めな」
「み、認めるかどうかは別だッ!」
「やっぱ喰らうか? 坊や」
「うあっ! ちょっとここでそんなこと……ッ!」
 ――。
(注意)一撃必殺について口論中です。




ナパーム・デスを喰らわせようとしたら逆にライジングフォースを喰らわされたソルは、倒れている間に無理矢理髪を念入りに洗われ、シャワールームから出たときには子供も泣いて逃げ出す不機嫌最高潮だったが、カイの作った豪勢な夕食に機嫌を直した。有り合わせのもので作ったと本人はいうが、店で並べても違和感のなさそうな料理の数々は、とてもそんな風には見えない。それでも本人は『本の通りに作っただけ』と、いやにあっさりしていた。
「こっちからそっちまで、全部ソルの分だからな」
テーブルの端と端で向き合う形に着席していたカイが、不意に自身のすぐ手前で線引きをして言った。つまり、テーブルの上に並べられた何品もの料理の3/4がソルの食べる分だという。そう指示するカイ自身が食べる分量はというと、サラダとスープとライスだけだった。完全にメインディッシュの抜け落ちたそれは、レストランでセットにすると付いてくるおまけばかりである。
「前から思ってたが……お前、もの食わなさすぎだぞ」
ソルは自分の食事に手を付けながら、呆れて言った。職業上、かなりのエネルギーを補給しなければならないソルにとっては、そんな程度の食事で胃袋が満足するわけがない。
カイはソルに指摘されて、少し考え込んだ。
「そうだなぁ……。特に欲しいとは思わないから疑問に感じなかったけど、確かに少食かもしれない」
「かもしれない、じゃなくてはっきりそうなんだがな」
ワイン蒸しのサーモンを頬張りながら、ソルは細い体のカイを見つめる。身長を考慮したら男としては明らかに痩せすぎなのだが、それでも卓越した脚力と剣技は今でも健在なのだから不思議だ。
自分でも少食であることが不思議なのか、カイは僅かに首を傾げた。
「そういえばなんでだろう。子供の頃は人並に食べてたのに……あ」
「あ?」
唐突にカイがあげた呟きに、ソルは怪訝な顔をして聞き返した。何か心当たりがあったらしいカイは、しばらく悩むように視線をさ迷わせ……不意に一人でうんうんと頷いて納得した。
「うん。まあ、そういうことだな。……じゃあ、いただきます♪」
「待て待てッ! 一人で納得して終わるんじゃねぇ!」
胸のうちで勝手に自己完結してしまったらしいカイに、ソルは思わず声を上げた。思い切り中途半端にカイの反応を見ただけに、気になる。しかしカイはというと、ソルのその反応に不思議そうな顔をした。
「え、なに? どうかしたか?」
「どうかしてんのはてめぇだろ! 俺にも分かるように説明しろ」
「なんで?」
「気になるだろ。半端に終わられたら」
「そういうもの?」
わざと惚けているのではと疑いたくなるよう無垢さで聞き返してくるカイに、ソルはビールを煽りながらそれでも律儀に答えた。
「なんかすっきりしなくて気持ち悪いだろうが」
「そう? でも、聞いたらもっと気持ち悪くなるんじゃないかな」
「……なんだと?」
妙に気に掛かる発言をされ、ソルは手を止める。しかしカイは至極普通の表情でサラダをつつきながら、淡々と話し始めた。
「昔、孤児院にいた頃ね、ひよこを三羽飼ってたんだ」
「ひよこがひよこ飼ってたなんて笑い話しもいいとこ……あ痛ッ」
すかさずティースプーンが飛んできてソルの頭に当たった。これがフォークやらナイフやらだと危ないことこのうえないのだが、カイは平静な顔のまま話を続けた。
「そのひよこ、すごく可愛がってたんだ。でもすぐに大きくなって鶏になっちゃったんだけど、まあいつも世話してたしよく懐いてたから、姿が多少変わっても可愛いことは可愛いんだけどね。でも……ある日、一羽が……」
「が……?」
「行方不明になってね」
「……」
「探したんだけど、全然いなくてさ。そうして慌ててるうちに明日になってて、そしたら……」
「そしたら……?」
なんとなく嫌な予感。
「うん。またもう一羽が消えてた」
ああ、やっぱり。ホラーの領域だ。いや、スプラッタか。とにかく、残酷描写の警告が必要。
先が読めてきたソルは、ナイフで裂いていた鶏の腿肉から手を引いた。流石に聞きながら悠長に照り焼きの鶏肉を頬張る気にはならない。
ちょっと退きかけているソルには気付かず、カイは優雅にスープをすすってから再び口を開いた。
「その時は犬にでもやられてしまったのかと思ったんだ。だから、捕まえてとっちめてやろうかと思って、夜に残った一羽を見張ってたら……神父様がやってきて鶏の首を掴んで思いっきり地面に叩き付けてしまったんだ。グシャッて」
「うあ……」
平然と惨状を(擬音語付きで)語るカイの顔を凝視しながら、ソルは呻いた。血生臭い話も実体験も経験あるソルにはその程度の話など大したことではないが、目の前の青年が幼少の頃にそれを目撃したとなると流石に酷だと感じる。しかもそれを行ったのが神父だというのだから、余計に子供心を傷つけたのは間違いない。今、ソルが想像してみてもかなり恐ろしかった(慈悲深い笑みを浮かべながら血まみれの鶏を鷲掴んでいるのだ、怖くないはずがない)。
しかし当の本人は特に感慨もない様子で、淡々と分かりやすく身振り手振りで説明する。
「神父様はその場で羽を毟って皮を剥いでから、取り出した包丁で頭を落として内蔵を全部掻き出して、調理できる状態にしてた」
「お前……もしかして、面白がってんのか……?」
器用に皮を剥ぐ様子や頭を落とす仕種を再現して見せるカイに、ソルは半眼になりつつ聞いた。悲惨な場面を語るにはどうも表情に欠けるカイに、思わず冗談ではなかろうかと思ったのだ。
だが、その一言に顔をくしゃりと泣き笑いの表情に変えたカイを見て、ソルは自分の考えが間違っていたことに気付いた。
「そんなはずないだろう? ……怖かったよ、すごく」
「……悪かった」
痛そうに眉を寄せるカイに、ソルは茶化したことを謝った。感情を排除することで平静でいられたらしいカイに、あまりに不躾な言葉を投げてしまったようだ。ソルの謝罪に、カイはゆるりと首を横に振った。取って付けたとまでは云わなくとも、御愛想程度の微笑みがそこに浮かんでいる。
「でもね、その時の恐ろしい思いが少食の原因ではないんだ」
カイの言葉に、ソルは内心で静かに頷く。そうでなければ、カイが鶏肉で料理ができるはずがない。
「……そのあと、神父様は血まみれの手で十字架を握って、『子供達のためとはいえ、私はまた一つの命を手に掛けてしまいました。私は地獄に落ちても構いません。……ですが、どうか神よ、あの子らだけはお守り下さい』と言っているのを聞いて、自分が誰かの命を犠牲にしたうえで存在しているのだということをはっきり感じたんだ。それから、無意識に自分が生きていける最低限度の食事しか取らなくなったのかもしれない」
その時の情景を、その時の心情を思い出すように、カイは静かに目を閉じた。僅かに慈しみと哀傷の漂う口許は、うっすらと微笑んでいる。その祈るような表情は、現実を知っていながらも暗闇の中で希望を見出そうとする強い姿勢が表れていた。
どんなことが起こっても、きっとこいつは絶望しない。改めてソルはそう思った。おそらく過去を振り返ることはあっても、嘆いたりはしない。そんな暇があれば、きっと前に一歩進んでいることだろう。そういう強さと不器用を持った頑固者だ、こいつは。
思わず、ソルは苦笑を漏らした。
「ガキはガキらしくしてりゃいいのによ。変に達観しちまいやがって」
「でも、おかげで何が何でも生きようって思えるようになったよ。今まで自分のために犠牲になってきたもののためにも、簡単に死ぬわけにはいかなくなったからな」
他人には上品で当たり障りのない微笑しか浮かべないカイが強気で生意気な笑みを浮かべ、まるで改めて誓いでも立てるように凛とした声で告げる。そして、思わずしり込みしてしまいそうな真っ直ぐな眼差しでこちらを射抜いた。青とも緑ともつかない瞳は光を表面に映し、えも言えぬ光彩を覗かせる。
「お前も、死に場所を求めるような生き様は晒すなよ」
「……!」
驚いた。
まるでこちらの胸のうちを見透かしたようなその眼差しが、心臓に直接衝撃を与え、ソルから一瞬言葉を奪い去った。だが、淀みのないその瞳に気付き、その言葉が非難ではなく信頼からきた忠告だと知る。もちろんそんなことはないだろう?と目で語りかけるカイに、ソルは口端を上げて不敵な笑みを浮かべてみせた。
「てめぇこそ、くだらねぇ死に方するなよ。お前を生かすために死んだ連中が怒り出すぜ?」
「肝に命じておく」
辛辣に言い返したソルの言葉に動揺することもなく、カイはしっかりと頷いた。聖戦の折りに死んでいったカイの部下は多くいただろうし、実際に庇って命を落とした者も少なくないだろう。それを一番分かっているのは本人だが、そのことを指摘されても戸惑いを見せなくなったのは、やはり成長したというべきか。
聖騎士団にいた頃よりも良い意味で変化を遂げたカイを、ソルは少し皮肉げにつり上がった笑みを浮かべて見つめた。こいつには勝てる気がしない、となんとなく思う。力とか技とか、そんなくだらないことではなく。
……だが、負けてもやらない。
ソルは内から込み上げる楽しさを押し留めつつ、置いていたナイフとフォークを手に取った。
「ま、辛気くせェ話はあとだ。先に腹ごなししねぇとな」
「食い気ばっかりだなぁ、お前は」
カイは呆れたように反応を返したが、顔は柔らかく微笑んでいた。
それにどこか満足しつつ、ソルは目の前に並べられたカイの手料理を平らげ始めた。



ほんの少し前までは、全部終わったら死んでも構わないと思ってた。

でも、今はもう少し生きてもいいかと思う。

ここへ来たら、たぶんこいつは文句を言いながらも歓迎してくれるだろうから……。











しかしその翌日、しっかり食事代分こき使われ、「二度と来るか!」と思ったりしたソルだった。



END



あれ? ギャグだったんじゃないの?(笑) おかしいなぁ〜。でもまぁいいか(爆)。
本家ソルカイの話がかなり立て込んでいて、季節ネタがやれないからどっかで消化できないかなぁと思って始めた別シリーズ、どうだったでしょう? 同じ部屋で下宿して戯れてる大学生が二人って感じになってしまっててトホホですが、もう開き直ってこのままいこうかと思います(オイ;)。
アホな二人でレッツらゴー!!(笑)

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