いつだって夜明けの日




「明けまして、お・め・で・とー☆」
パパパンッ!
やたらと浮かれポンチな声とともに頭から浴びせられたクラッカーの中身と出来上がった雰囲気に、ソルは思わずその場で硬直した。
夜通しかかって仕留めた賞金首を朝一で換金してもらい、さあ休もうかと思ってカイの家へ訪ねた矢先のことだった。入る前から複数の気配がすることは知っていたが、相手の方もこちらに気付いているということが念頭になかったのはソルにとって最大の誤算だったのかもしれない。いつものように窓から堂々と侵入したこちらを、連中は迎え撃って出てきたのである。
頭と肩にまとわりついたカラフルな紙テープを無造作に払い落としながら、ソルは目の前でへらへら笑う男を睨付けた。
「一体何の騒ぎだ? 大体、てめぇなんかがなんでここに居やがる? 答えによっちゃ地べた這わすぞコラァ」
「ちょ、ちょっと旦那!? そこまでキレなくたって…っ!」
「ブー、残念。それは答えになってねぇんだ分かったかこのイギリス人ッ!!」
ゴキャッ。
時の旅人、アクセル=ロウはそのままソルの拳によって地に沈められた。それを無言のまま跨ぎ越し、ソルはリビングルームへと足を進める。
だが、その部屋に足を踏み入れ、ソルは少し首を傾げた。
「どこ行きやがった……?」
そう、なぜかそこには誰もいなかったのだ。気配はすれども姿は見えず。
気配の位置から察するに庭の方らしいと気付き、ソルがそちらへ足を向けようとしたその時――。
「あ、ちょっとそこは…っ!」
「そう言われてやめるわけないだろ?」
「ダ、ダメですって! 闇慈さん! ……ああッ」
「ホントここが弱いなぁ、あんた」
「もう少し……優しく、してください……」
壁越しに聞こえてくるその会話に耐えていられたのはそこまでだった。
ソルはドスドスと音を立てて庭まで足早に歩いていた。
「何してんだテメェらッッ!」
「「え……??」」
地鳴りかと思うほどの怒号にビクッと体を強張らせるカイと闇慈。だが彼らはいつもと多少違う着物姿ではあったが離れた位置に立っており、それぞれ手には小さな板を持っている。
自分が想像していたのは全く違うその光景に、怒鳴ったソルの方も唖然とした。
「あれ? ソル?」
怒鳴られた方も疑問符を飛ばして唖然。紺の男用の着物に身を包んだカイは不思議そうにこちらを見た。
これほど決まりの悪いものはない。どうやら聞こえてきた言葉にソルが勘違いしてしまっていたらしい。
ソルはぼりぼりと頭を掻いてカイと闇慈を見た。
「……で、何やってんだ?」
「羽根突き、だけど」
カイはすんなり答える。どうやら教えられたばかりのその遊びに興じていたようだ。その教えた当人は、どこか決まり悪げなソルを見てぷぷぷと笑いを漏らしている。こちらの勘違いを見破っていたらしい。
ムカッときたソルは、カイの方へ近付き、その板を手から奪い取って、思い切り闇慈の顔面に向けて投げつけた。
「ぶッッ!!」
見事に板がヒットし、闇慈が地面へばったりと倒れる。「なんでアメリカ人に……!」と些か差別的発言を吐きつつ倒れ付した闇慈を見て満足したソルは、ふーっと清清しく息を吐いた。
「……で、なんだぁ? ありゃ」
闇慈にぶつかって落ちた板とカイの持つ小さい玉を見て、ソルはカイに疑問を投げかけた。
意外にあっさり闇慈の安否を気遣うことを放棄したカイは、ソルの方に顔を向けてそれらの遊び道具を指して説明する。
「あれは『羽根突き』をするときの『羽子板』と『追羽根』だそうだよ。その羽根が落ちないようにお互いに打ち合うんだって」
「ふーん」
ソルはそれを聞いて改めてまじまじと羽子板を見、ふと顔を上げた。
「んで、落とした方が負けか?」
「まあ……そうなりますね」
ソルが良くない笑みを浮かべながらそう聞くと、カイは曇った不安げな表情で肯定する。それにさらにニヤリと笑ったソルに、カイはますます嫌そうな顔をした。
「じゃあやってみようぜ」
「やっぱり?」
ソルが珍しくやる気を出してそう言うと、カイはがっくりと肩を落とした。勝負事となると負けず嫌いの虫が騒ぎ出して喰い付いて来るはずのカイが意気消沈させるのを見て、ソルは怪訝な顔をする。
「なんだ? 勝負で嫌がるなんざ、坊やにしては珍しいじゃねぇか」
「いや……さっきから闇慈さんに負け通しだったから……」
「相手は長年やってるジャパニーズなんだから仕方ねぇだろ」
闇慈の近くに転がる羽子板を拾い上げ、ソルは構えた。ソルの言葉に「それもそうか」と納得したカイは楽しげな表情に変わる。
しかし、
「折角だ。賭けをしようぜ」
「え」
ソルがそう言い出した途端、カイが思いっきり嫌そうな顔をした。
「……賭け事はご法度だ。ちなみに私は警察官」
「今更、堅いこというな」
「とはいえ見過ごすわけには」
「勝った方は負けた方に何でも一つ命令できる、ってのはどうだ」
「よし乗った」
あっさり首を縦に振ったカイは、袖を巻くって羽子板を構える。対するソルも自信の笑みを浮かべて羽子板を構えた。
「おしッ! 一週間てめぇの家に居座る権利をもぎ取ってやるぜ!!」
「絶対ッ! 真剣勝負をしてもらうからな!!?」
その瞬間、戦いのゴングは鳴り響いた。闇慈とアクセルの存在は綺麗さっぱり忘れられた中で……。











結局。
「なぜなんだ――ッ!!」
「坊やだからさ」
バドミントンがすこぶる得意だったソルの圧勝に終わり、カイは一週間ただ飯喰らいの面倒を見るハメになったとか。




















そんなこともあったか。
携帯用の端末が年の変更を音で知らせてきたのを聞き、ソルは苦笑いにも似た笑みを浮かべた。
閃いた封炎剣は目の前のギアを真横に両断し、地に内臓をぶちまける。その様に怯むことなく両脇から突進してきた二体のギアに目掛けて、ソルは両手に握った剣を振り薙いだ。
「ま、俺らには年だなんだと関係ねぇこったな」
一瞬で二体のギアを斬り倒し、血生臭い地に一人で立ったソルは右手に紅い剣を、左手に青い長剣を持ちながら、皮肉げに口端をつり上げ――鮮やかに笑った。








END






また一日遅れました; 正月ネタです。
今回、隣人編の最終回を見た上での話となりましたが、
時期的に羽根突き話は隣人編開始前で
ソルが一人でギアを斬っているところは隣人編終了後のいつかの年始めです。

隣人編の終了を名残惜しく思ってくださった方に差し上げようと
隣人編のイメージを壊さないように短めに仕上げました。
……しかしこんな与太話を書いた時点で余計だったかもしれませんね(滝汗)