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「女子か」

ため息まじりの、如何にも呆れた声音で呟かれたそれに、カイは背後を振り返った。
その動きに伴い、後頭部から垂れ下がる金糸の束がさらりと揺れる。

無骨なヘッドギアの影から覗く鋭い眼は、言葉と共にさらに細められ、揺れる金髪の先を追っていた。

「……ガール?」

言われた言葉の意味を計りかね、カイは若干口元を歪めたソルに単語をおうむ返しする。
棚から引き出した資料を脇に挟み、体ごと男の方へ向き直ると、ソルが微かに顎をしゃくって見せた。

「その頭」
「ああ、これのことか」

唐突に投げられた話題の中心を理解し、カイは空いた手で髪の先を摘む。
今のカイは、光を受けて艶めく長い金髪を腰の下まで伸ばし、後頭部の高い位置で結っていた。
主人の動きについて行くように揺れる、シルクのようなそれをポニーテールにしているものだから、ソルは揶揄ったのだろう。

先程イリュリア城を訪れたばかりの男にしてみれば、なるほど真っ先に気付く分かりやすい変化だ。話題にのぼるのも当然と言えた。
……しかしそれにしても何か痛ましそうな、いや、憐憫すら滲ませている赤茶の眼に凝視されるのは些か業腹だ。

「お前の真似だよ」
「素材の違いで、こうも残念な結果になるとはな」
「……その言葉、そっくりそのまま返すぞ」

軽く茶化したカイに、ソルは真顔で失礼な返答を寄越した。
男も同じく長い髪を結って垂らしているのに、自分だけ非難を浴びるとは、これいかに。

ソルの存在により、長いポニーテールと言えば……で連想するものが、可憐な少女や溌剌とした女性ではなく、野性味溢れる無骨な男となってしまっている被害者がここにいるというのに、酷い話だ。

「王の威厳でも出ればと思って、やってみたんだ。レオも髪、長いし」
「テメェは逆効果だろ。威厳じゃなくて、女子力が発揮されてるぞ」

ちゃんと鏡見たか、いや節穴の目で見ても分かる訳ねぇか、と勝手な物言いを並べてソルは1人納得したように息を吐く。
その態度に思わずカイは形の良い片眉を跳ね上げるが、喉元まで出掛かった罵りの言葉は呑み込んだ。

「……シンは、一緒ではないのか」

不意に思い当たった疑問を投げかけ、カイは不毛な言い合いを強制的に終わらせた。声のトーンは心情をありありと表して不機嫌そのものだったが、そこは見逃してもらいたい。
するとソルもそれ以上執拗にからかうことはせず、話題の転換を計った。

「アイツは城下町に置いてきた。どうせ必要な情報を頂いたら、すぐに立つ」
「そうか、残念だな。……何の情報が必要だ?」

長居をする気はないと言うソルに、カイは用件を促す。男は薄い唇を開き、一つの麻薬密売組織の名を挙げた。

それを聞いたカイは、ん…と曖昧な呻きを漏らし、何かその単語に関する目ぼしい情報はあっただろうかと、空中に視線を彷徨わせる。
しばらく手の中の髪をくるくる弄ばせながら、記憶を手繰り寄せていたカイは、1週間ほど前に見かけた報告書の存在を思い出した。

確かこの辺りの日付だったかなと呟きながら、カイは報告書の写しがファイリングされた棚を漁る。
該当しそうな数冊を引き出し、デスクの上でページを繰っていく間に、ソルが背後でソファに腰掛ける気配がした。

大人しく結果を待つことにしたらしい男に、カイは文字を目で追いつつ内心安堵する。
ソルの注目が自身から外れたことに、まだ猶予が与えられていると感じた。

「……」

とっくの昔に、腹は括っていたことだ。
紙袋を被った名医にも、当時忠告は受けていた。
遅かれ早かれ、変調を来すだろう、と。

それでも。
この事実を知った時、男がどういう表情をするのかと考えると、少し怖かった。

「あった」

発見した書類をファイルから外し、カイは後ろを振り返った。
ソルはソファの真ん中に陣取ったまま、手を差し出してくる。
いっそ清々しいまでに横柄なその態度に、カイは「いつものように」眉をひそめてみせた。

しょうがない奴、と言わんばかりの表情を浮かべて、カイは大きな掌に書類をのせる。
ソルはそれを受け取ると、さっそく鋭い眼を紙面に落とした。

王の座についてから特に年季の入った上辺を取り繕う術は、無二の友にも容易く通用したようだった。

 

 

 

 

「オヤジ!」

ソルの姿を認めたシンが、喜々とした声をあげた。
成人男性の割に甲高さを伴ったその叫びに、ソルは鬱陶しそうに口端を歪める。

「オヤジ、どうだった?」
「情報は手に入った。次はベルギーだ」

天真爛漫な笑顔を向けてくるシンを見むきもせず通り過ぎ、ソルは目的地へと歩きながら端的に告げた。
狙っている賞金首がまだイリュリア領内に留まっている間に、狩ってしまわなければならない。
足早に飛空挺の発着所へ向かうソルに、シンが慌てたように追い縋った。

「あ、いや、それもそうなんだけどさ……カイは、どうだったかなって。……ほらっ、母さんがまだ動けねぇだろ!? あいつ、なんかまた無茶してないかなーとかって! ちょっと気になってさ! あいつが倒れたりしたら、それこそ母さんが悲しむからな!」

自分に言い訳するように、シンは大声でそんなことを言いながらソルの後ろをついてくる。
先日のヴァレンタイン襲撃事件改め、バプテスマ13以来少しずつ父子の関係を修復しつつあるシンだが、まだまだ照れくささがあるようで、素直に父親が元気かどうかを聞けないらしい。
母さんの為だから、と必死に強調するシンに呆れた眼差しを向けて、ソルはイリュリア城で今し方見てきたものを伝えた。

「カイが、俺と同じ髪型になってたぞ」
「へぇ、同じ髪型……え、オヤジと? 一緒っ? カイが??」

長い金髪が腰より下まであったことも補足すると、シンが驚いたように眼を丸くした。
服装が変わることは立場上多々あれど、今までカイの髪は短く切り揃えられていた(たまに忙しいと襟足が長くなることもあるが)。
髪を後ろで、しかも高い位置で結えるほどに伸ばしているところを見るのは初めてだ。

「オヤジのそれ、エキセントリッククールだもんな! 真似したくなるのも分かるぜ、うんうん」

扱いが酷いにも関わらずソルを敬愛してやまないシンは、したり顔で頷く。
実父が養父の真似をする……というシュールな事態に対する疑問やツッコミは、この大きな子どもにはこれっぽっちも無いらしい。

しかし……本当にカイは、ソルの真似をしているのだろうか。
以前こそストーカーの如く出会う先々でソルに突っかかっていた彼だが、最早そんなことがおいそれと出来るような立場にない。何より、そんな青くさい感傷で動くような性格ではなくなった。
本人の弁によれば王の威厳の為というが、それならば後ろ髪ではなく髭を伸ばせばいい。それが似合うかどうかは、別として。

「俺も伸ばしてみようかな。オヤジとお揃いだぜ!」
「アホか。くだらねぇ」
「3日に一回の散髪をやめれば、三ヶ月くらいでそれくらいになるよな!」

うんざりした顔のソルの罵倒は右から左に流し、シンは良いことを思い付いたとばかりに、長髪スタイル計画を立て始める。ソルとお揃いはともかく、追随してカイともお揃いになることをこのアホの子は気付いていない。

だが言う通り、ギアの血を引くシンは頻繁に行っている散髪をやめれば、あっという間にソルの後ろ髪と同じ長さになるだろう。
体の成長速度と同じく、ギアの体毛は伸びる速度が人間の何倍も早い。

「三ヶ月……?」

ふと、引っ掛かったその単語を呟き、ソルは足を止めた。

三ヶ月。
そうだ、たった三ヶ月だ。
カイに以前会ったのは、三ヶ月ほど前の話だ。

たったそれだけの期間で、何故あれほどまでに髪が伸びている?

「ん? どうしたんだよ、オヤジ」
「……ッ、クソ。あいつ……!」

口元を歪め、苦虫を噛み潰したような顔で盛大に舌打ちしたソルに、シンは驚く。
大きな青い瞳をぱちぱちと瞬きし、剣呑な雰囲気を纏い始めたソルを心配げに覗き込んだ。

カイと同じ……いや、カイのもの「だった」碧を帯びた青い眼に、射抜かれる。

「いっっ、てェェーッ!」

腹の底から湧き上がる苛立ちのまま、目の前のシンを殴りつけた。
シンに罪はないが、本当に罵倒したい相手がこの場にいないのだから仕方がない。

なんで殴るんだよ!?と頭を抱えて涙目で訴えるシンを放って、ソルはさっさと歩き出した。

どうせ今イリュリア城に引き返して問い質したところで、彼は人好きのする笑みを浮かべて、「そうだよ。妻と子とお揃いだ」と答えるのだろう。
まるで何でもないことのように。
それが幸せだとでもいうように。

「……馬鹿が」

人の王でありながら、人ではないものに囲まれ、愛され、自身も人とは言えないものになって。
それでも幸せだと、臆面もなく言い切るのだ。
あの、どうしようもない王様は。

盛大なため息を吐き、ソルはガシガシと乱暴に頭を掻いた。

今回は仕事が急を要する。
色んなことを抱え込む彼の腹を割らせるのは、落ち着いた後にじっくりやれば良い。

「さっさと終わらせるぞ」
「あ、待てよ、オヤジ!」

足早に発着所へ向かうソルの後ろを、彼の愛息子がヒヨコのように追った。

 

 

 

END

 

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三ヶ月でロングになったカイは、周囲にウィッグだと言ってました。
伸びてる過程はシニヨンで覆って誤魔化したのでしょう……。
女子か。