「これで、私達の邪魔する者は居なくなったわけだ」

まるで悪役……しかも勇者を待ち構えている魔王のような、威武堂々たる声音でダレルがそう言った。

好青年然とした容姿に紳士的な笑みを浮かべて、今の物騒な発言をしたであろうことが、カイにはありありと想像できた。
この男は、こういう事を至って真面目に、驚くほど真剣に言えてしまう人種なのである。

音声だけの通信で、それを容易く理解したカイだったが、もう一人の談話の参加者は少なからず混乱しているようだった。

「なに? どういう意味だ」
「そのままの意味だよ、レオ。このイリュリア連王国を阻む者は、もう誰もいないということさ」

ふふ、と微かに笑みさえ漏らし、ダレルはレオに言った。
今回の一連の事件を、実は一番愉快な思いで見ていたのはこの男なのではなかろうかと、ふとカイは思う。

対して、法力通信の向こうで眉間の皺を増やしているであろうレオに、カイは分かりやすく言い直した。

「元老院はクロノスを残して壊滅、聖皇庁は聖皇アリエルスの造反により瓦解してしまったわけですからね……」
「そういうことだ」

言わんとすることを理解しているカイに、ダレルは満足そうだった。
確かにその指摘は事実だが、臆面もなく言い切ることはカイには出来そうもない。

しかしレオはその意味を理解すると、不意に喉奥から笑いを洩らした。

「成る程な。聖皇庁は……信仰心の崩壊という意味では深刻な事態だが、元老院にせよ慈悲なき啓示にせよ、ざまァみろと言う気分だ」

機嫌良く同意を示すレオに、カイは眉をひそめた。

様々な経緯があったにせよ、故人にその様な言葉を投げるのはあまり感心しない。
ましてや元老院に至っては、カイとソルがそれぞれ一人を手にかけている。
悪意……かどうかは最後まで分からなかったが、望んでいない王座へ祭り上げられて長い間カイを苦しませた彼らを、擁護はできないものの、死んで当然とは思えなかった。

「元老院の席は空白だが、どうする」
「今のところは我が国が代行する予定ではあるが……聖皇庁と違って、こちらは席自体が無くなっても問題ないのではないかと、私は正直思っている」

解体か、それもありだな……とダレルの意見にレオは頷く。
この、カイが構築した連王3人用のプライベート回線で話すだけならば一向に構わないが、事実上形骸化している元老院と聖皇庁の所存まで左右しようとしている二人の会話に、カイは待ったをかけた。

「それは、私達が勝手に決めて良い話ではありませんよ」

毅然とした窘めに、ダレルはふむ…と声を洩らして逡巡する。

「……果たして、そうだろうか? 代行とはいえ私達に権限は与えられているし、苦言を呈する組織もいない。……それに、もし国民投票で決を取ったとして、今の国民の心情なら恐らく結果は同じだろう」
「そうであったとしても。そう簡単に、切り捨てて良いものではありません」

カイは語気を強めて早まるなと諭すが、ダレルはこの機に自国にとって憂いのあるものを、全て排除してしまおうと考えているようだった。

危険分子を取り除こうとするのは、国を預かる者して当然の行為だ。
だが、政治だけでなくバックヤードも含めた全世界を鑑みれば、イリュリア連王国に対抗できる勢力はまだあるだろう。例えば、ギアメーカーやその部下2人、第一の男がそれだ。
これらは実力の次元が違う為、どうにもならない存在だろう。

そもそも、危険性の有無であらゆるものを排除し続ければ、それこそ自分自身以外は全て敵ということになり兼ねない。
そしてそれが、独裁という行為であることも知っている。

しかしダレルは、それを分かったうえで敢えてそうしようとしているようだった。

「君の人望と統率力があれば、聖皇庁の勢力もイリュリア連王国に統合できると、私は踏んでいる。今、その改革を進めるべきだと思うんだ。……人類が危機を乗り越えたこのタイミングだからこそ、君は人類の代表に相応わしい」

真摯な響きを持ってそう提案したダレルに、カイは目を瞠った。

3人の王の中の1人ではなく、1人の王として頂点に立てと、本気でこの男は言っている。
建前でも媚びているわけでもなく、それが可能だと見込んでいるからこそ、それが最良だと考えるからこそ、口にしているのだ。
そう、こんな事を躊躇いもなく、至って真剣に言ってしまえる男なのだ。
そしてタチの悪いことに、それを実行に移してしまえる実力を持っている。

そうした期待を寄せられることは、幸か不幸か、カイにはよくある事だった。
今までに、そうした類いの言葉を何度も聞いてきた。純粋な賞賛から、社交辞令、悪意を持ってしての画策など、多岐に渡る。
その中でも今回のそれは、真に迫った物言いだった。

しかしだからと言って、それを了承してしまえるほどにカイはもはや純朴ではなかった。
16歳にして、聖騎士団団長という地位を拝命した時のように、盲信するべき正義も持たない。
今抱えるのは、ただ、こう在りたいと思う信念のみだ。

「その提案は引き受けられません。私自身も、そんなものは望んでいない。……何より、叩けば埃の出る身ですから」

カイは微かに笑いながらも、はっきりと断った。
目指す世界は確かにあれども、それを自分一人で成すことを良いことだとは思わない。

しかし、ダレルはカイが揶揄した自身の弱点を、予想外の方向から肯定した。

「そうかな? 君が言う『埃』こそ、何よりも強力な味方だと思うが」

意味深に笑うそれに、カイは息を呑む。
昔から優秀だと言われてきた頭は、ダレルが暗に指摘する内容を瞬時に理解してしまった。

ジャスティスの娘である妻を持ち、ギアの血を引く息子を持ち、最強のプロトタイプギアのソルを友人に持つカイは、それらがアキレス腱であると同時に……武器になるのだ。
それも、強力無比の武器に。

「もし君の周囲の実情が、世間に露見したとして……一体誰が、君に牙を向けられるだろう。君を慕う者達に、人類は勝てないよ。物理的にね」
「おい、ダレル!」

今まで口を閉ざしていたレオが、堪り兼ねたように吼えた。
カイに酷薄な現実を突きつけるダレルに、レオは憤りも露わに、今の言葉は撤回しろ!と迫る。

「言って良いと悪いことの、分別もつかんのかッ!? カイが今までどれだけ、元老院どもに苦汁を舐めさせられてきたと思ってる! これ以上、掻き乱すな!」
「分かっているとも。だからこその提案だ。戦力になるものを、わざわざ世間に隠す必要はないと言っているだけさ」
「っ! それで、傷付くのは……非難の的になるは、カイ自身だ! 俺やお前ではない!」

口を出す権利はないぞ、とレオは叫ぶ。
思わずダレルの考えに凍りついていたカイは、激昂するレオの声を聞くうち、冷静さを取り戻した。

ああ……私は、友人に恵まれている。

カイは場違いだと思いつつも、自分の代わりに怒ってくれているレオの存在に嬉しくなり、笑みを浮かべた。
普段は自尊心の塊のような発言をしていながらも、人一倍周りの心情に敏感なのだ、レオという男は。

「ありがとう、レオ。私は……大丈夫だから」
「お前はっ、いつもそうだ! 言われっぱなしで済ますな。見てる俺がムカついてくる!」
「意気地が無くて、すまない」
「いちいち謝るな、くそバンビーノがッ」

カイの穏やかな謝罪に、レオは机を叩いて抗議してきた。乱暴なその物音に、照れ隠しが混じっていることは想像に難くない。

気持ちが凪いできたカイは息を吐き、呼吸を整えてからダレルに話しかけた。

「あと……君が私を評価してくれているのは分かる。それについては、ありがとう」

レオとは違う意味で、ダレルもまたカイのことを真剣に考えている。
脅迫に等しい形で王の座に着いたカイの事情を知っているからこそ、ダレルはカイに正当な待遇を与えたいと思っているのだろう。
世間に隠し続けている妻と子の存在も、承知の上で態度を変えたりもしない。

こんな得難い仲間に囲まれた私は、幸せだ。

「世界はいつの時代も、大なり小なり争いを抱えている。それが無くなればと私も思うが、人それぞれが違う考え方を持っている以上、仕方のないことだ。それを大国が抑えつけたところで、真の平和とは言えない」

生まれも国も文化も人種も違う、そんな世界を一つにまとめるには、まだ人々の理解と歩み寄りの時間が必要だ。
事を急いては、無用な争いを生み、傷付く者が出てくるだけ。

今回の騒動も、魔法元年より以前から続く、それぞれの「正義」がぶつかり合った末の結果だ。

元老院もギアメーカーも、慈悲なき啓示に対抗するために動いていたに過ぎない。
その慈悲なき啓示は、下された使命を全うする為に考えに考えて……最終的にねじ曲がった答えを弾き出しただけのこと。
では慈悲なき啓示を生み出した第一の男が原罪なのかと言えば、そうではない。
何故ならその男は、人類の永続的な幸福を願っていたのだから。

誰が悪いわけではない。
誰もが、少しずつ間違っていたのだ。
もう少し、自分が考えた世界から飛び出して、周りの世界を覗いてみれば良かったのだ。
そうして、それぞれの考える正義が犇めき合って存在していることに気付けば、何か答えが変わっていたかもしれない。

そう思うからこそ、カイはダレルの意見には賛同出来なかった。

「私は思うんだ。脅威もなく、叱責もなく、賞賛し隷属するものばかりに囲まれたなら……それは不幸だと。だって、もしも道を間違えた時に、誰からもそれを教えてもらえないんだから」

例え優しい思いやりが発端でも、独り善がりでは道を間違える。
それを、ソルとアリアが示した。

碧眼に鮮やかな光を宿してカイがそう言うと、暫くの沈黙の後、ダレルが微かに苦笑をこぼした。

「そんな君だからこそ、私にとって希望なんだ」

仕方がない、この話題はまた然るべき時にとっておこう、と苦笑しながらダレルは退いてくれた。

 

 

 

「昇進、し損ねたな」

通信を切った直後に、そんな冗談を口にしながらソルが奥の部屋からのそりと現れた。
これ以上昇進なんて、しなくて良い……とカイは疲れた顔をする。

「終わるまで待つ配慮があるのなら、耳を塞いでくれる配慮があっても良かったのに……」
「なんでそこまでしなきゃならねぇ。聞いてマズイ内容でもなかっただろ」

十分マズイ内容だろうと言いかけて、カイは思い直して肩をすくめるだけに留まった。
元老院や聖皇庁がどうなろうが、イリュリア連王国が一人の王になろうが、そんなことなどこの男には心底どうでもいいことなのだ。

「しかし……テメェら連王は、絶妙なバランスで選出されてんな」
「? どういう意味だ」

デスクに広がった読みかけの書類を引き寄せながら、カイは目の前に立ったソルを見上げた。
首を傾げるカイを見ながら、ソルが指折り数える。

「態度はデカイが肝っ玉の小さいライオンと、愛想もクソもねぇ腹黒男と、馬鹿正直すぎるアイドル。個性派トリオだな」
「な、なん…だッそれは!」

あんまりな形容に、カイは思わず目を剥く。
レオとダレルへの侮辱も許し難いが……最後のは自分への蔑称だとしたら、尚更許せない。

しかし抗議を上げようとしたカイの出鼻をくじくように、ソルは精悍な顔に笑みを浮かべた。

「だが、いい国だ。これなら、そうそう間違いは起こらねェ」
「……!」

個性的だからこそ、互いに良い方向へ抑止力が働いている。
そう言われて、嬉しくないはずはなく。
憤りは一瞬でどこかへ吹っ飛び、カイは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう、ソル。彼らも、お前も、自慢の友人だ」

感謝の意を表して、カイは笑いかける。
だがソルはそんなカイをしばらく凝視し……不意に手を伸ばしてきた。

それを避けられず顎を掬われた瞬間、カイの薄い唇はソルのそれに塞がれる。
不意に降ってきたキスに、カイは目を見開いた。

「…っ…!?」

不埒な行為を諌めようと、カイは腕を振り上げたが、それも容易く捕られ、更に深く口を合わせられる。
逃れようと顎を引くと、引いた距離以上に追われて椅子の背に後頭部が押し付けられた。

「ん、っん……!」

傍若無人な男の舌は、抵抗する唇を器用にこじ開け、カイの小さな舌を誘い出す。
濡れた舌を擦り合わされ、うなじに痺れが走った。

煽られそうになる感覚を振り払うように、カイが赤みの差した目元でソルを睨むと、ちゅっと音を立てて解放される。

「……っ、なにを」
「俺とお前がオトモダチ、なあ?」
「! と……もだちには、ならない、か」

意地の悪い笑みでニヤニヤ笑いながら、ソルが問いかけてきたので、カイは視線を彷徨わせて吃る。確かに友人同士でキスはもちろんのこと、それ以上もしない。普通は。

適切な表現が見当たらず、カイはしばらく押し黙った後、最近知った二人の関係を口にした。

「ええっと、義理とは言え親子にも該当す–––」
「余計なこと考えんのは、この頭か」
「痛い痛いッ! ちょっ、放して!!」

いきなり頭を鷲掴みされて、ギリギリ力を入れられる。
容赦のない制裁に悲鳴をあげ、カイは咄嗟に凶暴な手を力づくで振り払った。

しかしそれに安堵するのも束の間、両脇に腕を差し込まれ、カイは椅子から引きずり上げられてしまった。
勢い、妙な姿勢でデスクに乗り上げる形になったカイは、悪巧みしか考えてないであろうソルの顔と向き合うことになり、口元が引き攣るのを自覚した。

「そうだなァ。じゃあ、親子の親睦でも深めるか、カイ」
「あの、お、親子と言っても私達はその前にライバルであり友であって……って、聞け! 持ち上げるな! やめなさ–––!」

カイは逃げようとじたばた暴れるが、ソルの行動を阻めるほどのウエイトも力もなく、軽々と運ばれてソファに沈められた。

 

 

END

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連王3人組、結構好きです。
イリュリア国民になりたい。