恋人達の日


ちょうど昼を過ぎた頃、ソルは街中を歩いていた。大通りを悠々と歩くその出で立ちは本来ならひたすらに目立つはずだが、全く気配を感じさせないためか、ソルを注視する者はいない。
いや今日ばかりは、街の人々が他人に目を向ける余裕を失っていたからかもしれない。
「……」
見慣れつつある商店街にちらりと目をやったソルは、何か合点がいったように少し目を細めた。
ソルが視線を投げた先には、二人の少女が何やら賑やかに騒ぎながら、店頭に並べられているカードを物色している姿があった。店の奥まで所狭しと並べられている、様々なデザインのカードが何を意味するのか分かったソルは、もうそんな季節が来たのかと、なんとはなしに思う。
欧米でのバレンタインとは、親しい者に感謝あるいは告白の意味を込めてカードを相手に送る行事のことだ。男女ともに共通のイベントなので送る相手は特に制限はなく、結構気軽に行える習慣である。
しかし、もう既に滅び去ってしまった日本では、バレンタインは女の一大イベントで、男はもっぱら受け取る日だったとソルはおぼろげに記憶している。しかも送る品がチョコレートに限定されている辺り、アメリカ生まれのソルにとっては理解し難いものがあった。おそらくは菓子会社の陰謀だろうと考えるが、実際がどうなのか確かめる術はない。
パステル調で描かれたコスモスとリボンが縁にあしらってある小綺麗なカードを、片方の少女が頬を僅かに染めながら手に取るのを見たソルは、徐に視線を外した。世間を騒がすイベントであっても、結局は自分と無縁のことだ。
すぐにそのことを頭の隅に追いやってしまったソルは、これから会う人物をどうやって押し倒そうかという平和な悩みごとで頭を一杯にしながら歩を進めた。




ソルはカイの出勤日やその他諸々の予定を知りもしなかったが、たまたまその日は休みだったらしく、カイは昼間から自宅に居るようだった。
ソルがいつもの如く気配を消したまま家の中に侵入を果たすと、微かに漂う甘い香りが鼻腔をくすぐっていく。それを不思議に思いながらもソルがキッチンに顔を出すと、ちょうどカイが何かお菓子の類いのものを作っている最中だった。
カイは普段からあまり自分のためには料理をしない。常日頃から料理をするわけでもないのに腕は一級品なのだが、来客があったときでもない限りその腕を振うことはなかった。それだけに昼間から菓子作りに精を出しているという事実が不思議でならない。
「誰か来んのか?」
「!」
気になったソルが音もなくカイの背後に立つと、カイはびくっと細い肩を跳ねさせた。慌てた様子でこちらに振り返ったカイは、さり気なくお菓子を背後に隠しながら胡麻化すようにこちらを睨み上げてきた。
「お前はまた気配を消して入ってくる……! ちゃんと玄関から入ってこい!」
そう言われ、確かにいつも不法侵入ばかりしているなとソルも思ったが、それは少なくともソルにとって大した問題ではない。
カイがそのお菓子を隠そうとしていることの方が問題である。嫌がらせとかそういう風でもなく、真剣にソルの目を胡麻化そうとしているのが余計に気に入らなかった。
「なんだ、俺が居ちゃ困るのようなことでもあんのか?」
「とりあえず食費が重むのは困る」
「……」
ソルは不機嫌に眉をひそめたまま、カイの唇を自分の唇で塞いだ。
「んぅッ!?」
突然のことで驚いたカイが咄嗟にこちらを突き飛ばそうとしてきたが、御構いなしにソルは薄いが形の良いカイの唇を舌で無理矢理こじ開ける。身を捩って逃れようとする体を片腕で抱き込み、逸らそうとする顎を掴んでしっかり固定して、ソルが何度も嬲るようにカイの柔らかい舌を弄ぶと、カイはくぐもった悲鳴に官能的な色を滲ませ始めた。短期間で随分知り尽くした弱いポイントを執拗に攻めながら、体のラインを確かめるように細い腰を撫でると、カイは体を強張らせながらも抵抗が弱くなっていく。
「っふ…ぅん…っ」
顎を押さえていた手を放し、そのまま滑り下りて浮き出た鎖骨を指先でなぞっていると、カイは頬を染めながらソルのジャケットの端を掴んで縋ってきた。もっと苛めてやろうと、ソルが舌を奥深くまで差し込み、カイの舌を些か乱暴に吸い上げて時折噛みつくように柔らかく歯を立てると、カイは目の端に涙を滲ませて肩で息をし始める。息苦しいのだろうが、体の奥に火が付き始めているのも確かなのだろう。いつの間にか、すっかり抵抗しなくなった。
カイが完全に身を任せてくるようになったのを確認して、ソルは唇を離し、カイの細い体を抱き締めた。そして肩口から覗き込んで、背後に隠していたお菓子を見つめる。
それは、まだ作りかけのチョコレートだった。中に何か入れるつもりなのか、半分になっているチョコレートの真ん中が窪んでいる。
カイが隠そうとしていたお菓子が、クッキーなどの類いならまだしも、甘いものの代名詞とも言えるチョコレートだったことが分かって、ソルは明らかにそこで興味を失った。
「こんなクソ甘いもん、一体誰が食うんだ?」
「え……ああッ!!」
夢見心地だったカイはソルの言葉を耳元で聞いて、まんまと罠に引っ掛かったことに気付き、悲鳴を上げる。その、坊やが坊やたる所以の間抜けさにソルは思わず内心で苦笑したが、ソルがもう見てしまったにも関わらず、カイはソルの視界からチョコレートを隠そうと腕の中でもがき始めたのには面白くないものを感じて眉間に皺を寄せた。
「そんなに、俺に知られちゃ困るような相手かよ?」
そのお菓子を出して招く相手は。
幾らか怒気を含ませたソルの言葉に驚いたのか、カイは目を見開く。
「え……!? ち、違うっ。そんなんじゃなくて……ッ!」
「じゃあなんで隠す?」
「そ、それは……」
僅かに頬を染めながら、カイはソルの視線から逃れるように俯く。その態度に僅かながら苛立ちつつソルが続きを待っていると、カイは意外なことをぽつりと言った。
「まだ出来上がってなかったから……」
「あ?」
どういう意味か分からなかったソルは、思わず間の抜けた声を上げる。それを聞いて弾かれたように顔を上げたカイは、恨みがましそうにこちらを睨付けてきた。
「お前にあげようと思って作ってたのに……分かってしまったら意味がないだろう!?」
「……は? 俺に、か?」
思わず自分を指差してソルが聞き返すと、「当たり前だろ」と気の強い返事が返ってくる。その言葉に嘘はないのか、言ってしまった後にカイは頬を染めて気まずそうに視線を逸らす。
恥じらうカイの姿に多少幸福を感じながらも、ソルは少し困ったように頭を掻いた。
「あー…悪いがチョコレートだけは勘弁してくれ。あれは甘すぎだ」
「え……。で、でもウイスキーボンボンにするつもりだけど?」
焦ったようにカイが付け加えた説明に、チョコレートの入れるべき中身がウイスキーであったことが分かったが、それでも甘いことに変わりはない。余程疲れたときでもない限り、ソルは昔から甘いものを受け付けない体質だ。できたら今は遠慮願いたい。
「悪いがいらねぇ」
「……そ、う……」
ソルが複雑な表情をしながらも断ると、カイは弱々しく声を漏らして俯いてしまった。泣かしてしまっただろうかとソルは不安になったが、カイはしばらくすると平然とした表情に戻って顔を上げた。
「じゃあ、何かお茶でも出そうか。インスタントでよければコーヒーもあるけど?」
「ん? ああ……じゃあコーヒーを頼む」
いつものような口調で聞いてくるカイに多少拍子抜けしつつもソルが答えると、カイはソルの腕の中から擦り抜けてお湯を沸かす準備をし始めた。
特にソルが断ったことをどうとは思っていない態度で、カイはてきぱきとケトルに水を入れて火にかけたが、その横顔が僅かに強張っていることにソルは遅ればせながら気が付いた。またカイの悪い癖が出たのだ。自分の感情を無理に抑え込んで何でもない振りをする……悪い癖だ。
「おい、坊や」
茶葉を取り出そうと棚の戸を開けたカイを後ろから徐に抱き寄せると、僅かにその体が強張った。緊張に息を張り詰めるカイを宥めるように柔らかく両腕で包み込みながら、ソルはさり気なくカイの耳元に唇を寄せる。
「俺は菓子が食えねぇって言っただけで、坊やが嫌いだとは言っちゃいねぇぜ?」
「そん…なことは、分かってる」
微かな戸惑いを滲ませた声が唇から漏れる。やはり無理して平然を装っていたのだろう。あくまでも強気な姿勢を通そうとしているが、今にも崩れそうな危うさを含んでいる。
思えば昔からそうだったのだろう。だが、正直気が付いたのはつい最近だ。
カイは絶対に心の傷を相手に見せようとはせず、いつも愛想の良い笑みで場を和ませていた。聖戦の折も、傷ついた者を安心させ心の拠り所とさせて調和を保ってはいたが、本人が誰かを頼ることはなかった。自分だけで生き抜いていこうとするのは決して悪いことではないが、そうした無理はいずれどこかに歪みを作り出す。
自分が決して頼りになるような人間ではないことは重々承知だったが、それでもせめてその傷を見せてほしいと願いながら、ソルは敬虔な仕種でカイの首筋に口付けた。
「坊やが俺のために何かしてくれるってのは確かに有難ぇがな……俺は坊やさえ居りゃあそれでいいんだぜ?」
「……!」
カイは驚いたように目を見開いた。そして僅かに逡巡した後、躊躇いがちにカイは振り返ってこちらを見つめてきた。その泣きそうに崩れた表情は、ひどく無防備なもので、ソルは新しいカイの一面を見たような気がした。
「私が嫌だから……とかじゃない?」
「当たり前だろ」
こんな上玉を手放すような馬鹿はいないだろうと思いながらソルが答えると、カイはとりあえずそれは納得したのか、黙り込んだ。だが、作りかけていたお菓子が無駄になったことには諦めがつかないのか、むぅとふくれる。
「今日はバレンタインだし何かしてあげようと思って人が折角お菓子を作っていたのに……」
「なら、その代わりに俺を気持ち良くしてくれよ」
「え? ……あっ」
ソルがシャツの端を手繰り上げて滑らかな肌に手を這わすと、カイは驚いて逃げようとした。だが、それをやんわりと押さえ込んでソルはカイの胸元をはだけさせていく。
「ちょ、ちょっと…っ…! やぁ…、めろ…!」
カイは非難がましく声を上げたが、ソルはそれを完全に無視して胸の淡い飾りを摘み上げた。すると、それにカイは泣きそうな顔で耐えようとする。ひどく嗜虐心を刺激されるその顔に僅かに満足しながらも、まだまだ足りないというようにソルが目の前の白い耳朶に噛みつくと、カイは短く悲鳴を漏らして息を飲んだ。
その相変わらず敏感な様に苦笑しつつもソルが指先で乱暴に小さな突起を捏ねくり回すと、それはぷっくりと膨らんでカイの中に疼く快感の度合いを教えてきた。それを片手で両方に施しつつ、空いたもう片方の手は下肢に這わせてカイ自身を擦り上げ、カイを追い詰めにかかったソルが耳の中にも舌を差し入れると、カイは「いや…ぁ…っ」と蕩けそうな悲鳴を上げて身を捩った。だが、カイは完全に拒絶もできないのか、こちらを阻もうとする動きは弱々しく、漏れる声は艶を帯び始めている。
ソルはわざと湿った音を立てて柔らかい耳朶を舐め、カイの聴覚を麻痺させている間に、ベルトを毟り取り、直接下肢に触れた。
「あっ…や、だ…ぁ」
抗う間もなく次々服を脱がされ、敏感な箇所ばかりを攻められるのに耐えきれず、カイはその場でくず折れそうになる。ソルはそれを支えながら、カイに棚の戸へ手をつかせ、硬くなりかけたカイ自身を上下に扱くと、カイは快感に必死で耐えようと潤んだ目差しで戸に爪を立てた。
膝にはすでに震えが走り始めているようだったが、ソルは構わず体を密着させ、片手で前を巧みに攻めながらもう片方の手で陶器のように滑らかな白く引き締まった双丘を割り、そのまま後孔の周辺を揉みほぐし始める。その刺激にカイは金糸の髪を打ち振って、耐え切れないというように泣き濡れた声を漏らした。そんなカイを思い切り何度も貫いて奥深くに精液を叩きつけてやりたいという欲望に駆られたソルは、先走りで充分に濡れそぼっているカイの前から雫を掬い取って後ろに何度か塗り込むのだが、なかなか滑りが良くならない。焦れて、ソルはその場に片膝をついてカイの後孔に舌を這わせた。
「ひ、ぅっ…! あッ、や…やだっ。だめっ…きたな…」
「別に汚くなんかねぇよ」
ソルは平然とそう答えて、中まで舌を差し入れて内壁を押し広げていく。何度も唾液を塗り込め、舌で中の蠢きを刺激していると、カイはそれに耐え切れなくなり、ずるっとその場でくず折れかけた。それに気付いたソルは舌を素早く引き抜き、ずり落ちてきたカイの臀部に己のものを突き立てる。
「ひッ、ぁあぁぁー!」
重力で落ちるカイの尻と突き上げるソルの下肢とが勢い良くぶつかって、ソルの猛々しいものは一気に根元まで埋まり、カイにあられもない声を上げさせた。最奥まで貫かれた衝撃にカイは強烈な勢いで締め付けてきたので、思わずソルも呻きそうになりながらカイの体を支える。
「あ…っ、ぁ…は」
放心状態でくたくたになりかけているカイを、ソルは羽交い締めにするような形で立たせ、今度はゆっくりと先端だけを中に残して引き抜いていく。するとカイはぴくりと反応して、ソルをやわやわと締め付けてきた。その反応に満足しながら、ソルが再び奥までゆっくりと自身を埋め込む。
「く…っ…は、ぁ」
カイが吐息を吐いて快楽を示すのを聞き届けてから、ソルが負担をかけない程度に腰を使い始めると、カイは目の前の戸に額を押し付けて縋り付きながら、ソルの動きに合わせるように腰を揺らし始めた。
こんな場所での行為に対する羞恥なのか、ただ感じているだけなのか、カイは透き通るように白い肌をほんのり染めて、ソルを何度もキツく締め付ける。その締まり具合はもちろん最高で、漏らす喘ぎは極上だったが、ソルが背後から責めているせいで、貫かれて悶えるカイの表情は見ることができない。
それを不満に思ったソルは、突然カイから自身を引き抜いた。
「あう……っ!」
その衝撃に、カイは爪を立ててのけ反り、ぺたりとその場に座り込む。一体何が起こったのか分からないという様子のカイを仰向けにして床に押し倒し、ソルはすぐさまその上に覆い被さった。
「やっぱ、坊やの顔が見えねぇと面白くねぇからな」
「! や、やだっ見ないで……うッ!」
無造作に再び繋がると、カイは眉根を寄せて呻いた。それにクックッと笑いを漏らしたソルは、カイの細くしなやかな足を掴み上げて、奥まで自身を叩きつける。途端に白魚のようなカイの体が跳ね上がった。
その反応をもっと見ようと、己のものをぎりぎりまで引き抜いてから最奥まで貫くという動きをソルが繰り返し行うと、カイは快楽に体を揺さぶられながらもソルに縋り付いてきた。それに苦笑しつつ、ソルはカイに柔らかく口付ける。
「ん…ぅ…っ。ソル……ぅ」
それを甘受したカイは官能的に蕩けた表情でこちらを見つめてきて、耐え切れないとでもいうように腰を擦り付けてきた。ソルの叩き付けるような動きにカイの淫らな動きが加わり、接合部が湿った音を立てて体液を泡立たせていく。
とめどなく溢れる先走りの雫ですっかり後ろまで濡らしたカイが限界まで来ていることを察したソルは、さらに追い上げようとカイの前に手を添えた。
だが――。
『チリリィーン♪』
と、場違いなほど涼やかなベルが突然鳴り響いた。
来客だ。
「あ…っ…」
それに反応して、組み敷いた体がひくんっと震える。ソルは最高にいいところで水を差されたことに眉根を寄せて不機嫌を露にしたが、すぐさまそれを無視して動きを再開した。
「ひゃっあぁ…っ! やっ、ソル! やめ……っ」
「うっせぇ。いいからあんなの無視しろ」
客が来ているのだと分かって嫌がり始めたカイの意識をこちらに向けようと、ソルは繋がったままでカイの秘部に指を一本ねじ込んだ。ただでさえ常人より太いものが入っている状態でさらに圧迫を受け、カイは悲痛なよがり声をあげて背中に爪を立てる。しかしソルは御構いなしにそのまま何度も容赦なく突き上げて、埋め込んだ指も中を引っ掻くように蠢かし、反論の余地を与えなかった。その圧倒的な快感にカイは抗議の言葉も紡げないままただただ喘ぐ。
カイがソルとの行為しか考えられなくなったのを確認して、ソルが再びカイの前に手を添えようとすると、忌ま忌ましいベルが再度鳴った。その来客はまだ諦めていないらしい。
だが今度こそ完全に無視して、ソルはカイを高めにかかった。硬く張り詰めたそれを上下に扱き上げながら、秘部に埋め込んだ指で前立線の辺りをぐりぐりと弄り回すと、カイはさらさらの金髪を振り乱してソルを食い千切らんばかりに締め付けてくる。
その反応に思わず笑みを浮かべるものの、ソルは人の気配が近づいてくるのを感じて、目を細めた。どうやら訪れた人物は余程諦めが悪いらしく、本当にカイが自宅にいないのかどうか確かめようとしているらしい。
庭に入って窓から中を覗き見ようというのか、ざく…と足音を立てて近付いてくる気配にチッと舌打ちして、ソルはカイから自身を引き抜いた。
「ちょっとそこで待ってろ、坊や」
汗を滲ませてこちらを不思議そうに見つめているカイにそう言い残し、苛立ちを露にしたままソルは緩慢な動きで立ち上がった。そしてもっとも玄関から近いと思われる窓へと近付く。
辿り着いた先で、ソルが怒りまかせに窓を開けるのと、相手が顔を出すのはほぼ同時だった。
「あり? 旦那?」
「……」
相手の顔を認めた瞬間、ソルは不機嫌を五割増しにした。だが、この心底脳天気なイギリス人は雰囲気が読めていないようだった。
「なぁんだ〜、居るんならちょっと開けてくれればいいのに〜。旦那のイケズぅー☆」
「……今すぐ帰れ。取り込み中だ」
努めて平坦な声でソルはそれだけ告げる。油断すると灰にしかねない。
しかしそれだけでは状況を察せられるはずもなく、アクセルはきょとんとした。
「? 何怒ってんのサ、旦那? それに取り込み中って……」
そこまで呟いたアクセルは、はたとソルの格好に目を留める。
滲んだ汗でヘッドギアから漏れた前髪を彫りの深い顔に張り付かせ、ジャケットのベルトを外しているその姿に、くつろいでいるのとは違う状況を読み取ったのか、納得のいった顔で顎に手をあてた。
「へぇ……! 旦那、やっとこさ想いが通じたんだねぇ♪ これはお祝いしないと……」
「……」
「あッ、わっ分かりましたっ! 今すぐ帰りますッ。帰らせていただきます!!」
堪忍袋の緒が切れかけて、ソルが周囲に炎をちらつかせると、アクセルは冷汗をだらだら流しながら脱兎の如くその場を駆け去っていった。
アクセルの姿が遠くに消えたのを確認してから、ソルはがんっと窓を閉めてカーテンを引く。
溜め息をつきつつ改めてカイの方へ足を向けると、カイは部屋の隅まで移動して縮こまっていた。真っ赤な顔で恥じらうように乱れた服の合わせ目を押さえている。
「おら、続きするぞ」
「あ……でも…っ」
ソルが触れると、カイは肩を揺らしてソルの手から逃れようとした。間を置いたことで、自分のやっていることをはっきり自覚してしまったのだろう。カイは複雑な顔をして視線を逸らせた。
あのまま煙に巻けば後で怒られるだけですべて済むはずだったろうに、変に警戒心を持たれてしまって、ソルは困ったように口を引き結んだ。つくづく邪魔ばかりしやがるイギリス人だと内心悪態をつきながら、カイの顎を取ってこちらに向けさせる。
「坊や、俺とヤんのが嫌か?」
「! そん…なことは……ない」
たどたどしくもそう答えるカイに思わず苦笑しつつ、ソルはカイの腕を取った。
まだ躊躇いを見せるカイに口付け、ソルは目の前でにっと意地悪く笑う。
「じゃあ、こいよ。たっぷり可愛がってやる」
「!」
ソルが楽しげに囁くと、カイは顔を真っ赤にして怒ったように睨付けてきた。だが、すぐにその目差しを和らげて、俯き加減でこくんと頷く。
その素直な態度に驚きつつも、ソルはカイを抱き寄せ、胡座をかいた上にカイの腰を下ろさせた。屹立しっぱなしだった己のものが、淡く色付いた秘部に飲み込まれていく卑猥な光景をソルがまじまじ見つめていると、カイが怒ったような声をあげてこちらの目を両手で覆い隠してきた。だがそれも束の間のことで、カイは奥まで一杯に入ってきたソルの圧迫に耐え切れず、悲鳴をあげて首筋にしがみついてくる。
「大丈夫か? 坊や」
「ん…っ…。大…丈夫」
ソルが宥めるようにカイの背中をさすってやると、カイは弱々しく返事をした。
そして、続けてこう言う。
「お前のことは大っ嫌いだけど……大好きだから、平気」
縋り付きながら耳元で吐いたカイの言葉に、ソルは僅かに目を見開いて驚いてから、ハッと笑い声をあげた。
「上等だ。泣くんじゃねぇぞ」
ソルは不意にタチの悪い笑みを浮かべて、カイの悲鳴も構わず何度も己のものを奥まで叩きつけた。




事が終わった後、軽くシャワーを浴びて出てきカイに、ソルは「やっぱりあのチョコレートは食う」と言った。さんざん嫌がったにも関わらずソルが折れた事実にカイは不思議そうな顔をしたが、「ちょうど運動したところだしな」と付け加えると容赦なく拳が飛んできた。結構乱暴に苛めたつもりだったが、反撃する力が残っていたらしい。
「しかし……なんでチョコレートなんざ作ろうと思ったんだ?」
作りかけだったチョコレートをばりばり齧りながら、ソルは気になっていたことを聞いた。
「ああそれは、日本でのバレンタインは相手にチョコレートをあげるんだって、闇慈さんから聞いたから……」
にこやかに答えてくるカイの天然さにも呆れつつ、ソルは「あの変態ジャパニーズめ…」と呪詛の言葉を胸中で吐く。
不機嫌なままソルがチョコレートを食べていると(飲み込んでいるだけともいう)、カイが何やら小さなボトルを目の前に持ってきた。
「これ、中に入れるつもりだったウイスキー。良かったら飲んでくれ」
「有難ぇな」
ソルは迷わずそれに飛び付き、甘ったるくなった口を清めながら、次のチョコレートを頬張る。
「あと、これ」
「あ?」
続いて差し出されたのは、カードだった。従来の欧米式でもバレンタイン、ということらしい。しかし淡くハートのマークが印刷されているのは、少しどうか思う。
あまりに自分と似つかわしくないものなので、無言で受け取り拒否を試みたが、にこにこと笑顔で促すカイもなかなか引き下がらない。仕方なく折れたソルはそれを受け取り、カードを無造作に開けた。

『   親愛なるソルへ

          本気で仕合いしてください。

                   カイ=キスクより   』

……。
ソルは呆れた顔でカードをテーブルの上に放った。
「これじゃぁ果たし状じゃねぇか」
「そのつもりだけど?」
カイは確信犯的な笑みをのせて、さらりと告げる。それにまた一つ溜め息をつき、ソルはまたチョコレートの処理に取り掛かった。
とりあえず文句を言うこともなくソルが食べているのが嬉しいらしく、カイは頬杖をついてこちらを楽しそうに見つめていたが、それに気付いたソルがウイスキーを口に含んでカイの顎を掴むと、驚いた顔をした。
今日は恋人達の日なのだから、もう一発ヤッてもバチは当たらないだろうと勝手に決め込み、ソルは口移しでカイにウイスキーを飲ませて、全力で落としにかかった。


ちなみに――一発目で意外にぴんしゃんしていたカイにちぃとばかしプライドを傷つけられたソルは、二発目以降、ドラゴンインストールでもしてるんじゃないだろうかと思うような本気モードで責めまくり、カイを腰砕けにさせてしまったとか……。



END




せっかくバレンタインなんだし!と思って季節ネタを書いてみたのですが……見事に逆砕(げふんっ)。ってか、このバカップルを誰か止めて(汗)。アクセルはむしろ応援しちゃうし。…ま、彼は二人のごたごたに巻き込まれてるクチだから、ちょっと報告をね(笑)。
しかし……ドラゴンインストール状態で責められたら、いくらなんでもヤバイよね(汗)。