猛り狂う衝動のままに


「流石に一苦労だったな……」
苦笑まじりにそう言って、カイはベッドの端に腰を下ろした。着ていた灰色のコートもついでに脱いで折りたたみながら、ソルの方に視線を向ける。ソルは壁に寄り掛かって一服していた。
「……ったく、こんな面倒なことは二度とごめんだぜ。手間の割りに安い首ばっかで最悪だ」
腹立たしげに紫煙を吐きながら、ソルはそんな一言を漏らす。不満を隠しもしない口調がなんとなくおかしく思えて、カイはくすりと笑った。久し振りに顔を合わしたからか、余計に何かくすぐったい感じがした。
事後処理が済んだのはついさっきだった。捕まえた人数が人数なだけに、なかなか時間を食った。おかげでほとんど丸一日が潰れてしまい、もう夜中近くになっている。
ここから自宅への道程は近いとは言えないので、帰還するのは明日にまわすことにした。とりあえず今は体を休める場があればいいと思い、今晩はかなり格安の宿に泊まってやり過ごすつもりだ。しかし格安といっても、ソル曰く「まだまともな方」だそうだ。カイは普段から贅沢しているつもりはないが、こういう面ではやはり基準の差を感じる。カイにとってはあまり衛生的な部屋とは言い難かった。
木製の壁は傷だらけで所々穴が開いているところさえある。素材自体も安くで仕入れたものと思われるので、隣の部屋どころかその次の隣さえも音が筒抜けになってしまいそうだった。部屋の広さもほとんどないが、これでも一応二人部屋だ。備え付けのベッドが二つ並んでいるのはそれを示しているが、置かれているものはそれだけで、クローゼットもない。洗面台は共有のものを使うらしく、この部屋にはなかった。
妙に固めなベッドに座りながら、カイはソルを見つめる。視界に映るのは、金髪で色黒の肌を持ち、黒のヘッドギアと黒の服に身を固めたソルだ。
「ソル。もう変装の必要はないだろう? 法力を解こうか?」
いつもと違う姿があまり見慣れず、カイはソルに提案した。カイ自身も黒髪の紅い瞳になったままだが、別にこれは染めたわけではない。極単純な法力で光の屈折角度を変えて、別の色に見えるようにしているだけだった。本質自体は何も手を加えていない。要は幻術みたいなものだ。
カイが黙って返答を待っていると、ソルは徐に吸いかけのたばこを窓から投げ捨て、カイの方に近付いてきた。目の前まで来てこちらを見下ろしてくる紅い瞳を、カイは不思議に思って見つめ返す。
「まだ解かない方がいいのか? 私は別にどっちでも……わぁッ!?」
突然ベッドの上に仰向けで押し倒され、カイは驚いた。無遠慮に上へ覆い被さってくるソルを咄嗟に睨付ける。
「なな何をするんだッ、いきなり!」
「何をって……ナニに決まってんだろ。長いことおあずけ喰らってたんだ。突っ込ませろ」
「突っ……!!?」
直接的すぎるその言葉に、カイは思わず絶句する。しかしソルにはその反応は予想の内だったのか、むしろ楽しそうに笑みを刻み、不意にカイのシャツを乱暴に引き裂いた。
「ソ、ソルッ! ちょ……あっ」
一気に服を剥かれたカイは咄嗟に制止しようとしたが、言い終えるまでにそれは吐息まじりの甘美な声へと変わった。ソルがカイの胸元に顔を埋め、淡く色付いた飾りに齧り付いたからだ。
だがすぐに我に返ったカイは、慌ててソルを退けようともがいた。長い間触れ合うことができなかった分、余計に過剰反応しそうになり、それをソルに知られたくなくて、カイはベッドの上で這うように後退る。しかしそれを許すほど甘くはなく、すぐさま余裕の笑みを浮かべたソルに肩を押さえ付けられてしまった。
僅かに移動しただけで――むしろきっちりベッドの上に乗る形になってしまい、カイは慌てたが、もはや後の祭りだ。格好の獲物ができたと言わんばかりに、ソルはカイの薄い胸を軽く押さえて再び頂きに唇を寄せてくる。
外気に触れて緊張していたそこに舌を這わされ、まるで果実でも味わうかのように転がされては甘噛みされ、カイはその度に背筋を駆け上がる痺れを、唇を噛んでやり過ごそうとした。しかしそういとも容易くいくはずもなく、両方の小さな飾りがソルの唾液でたっぷり濡らされ、愛撫でつんと立ち上がって妖しげな濃淡を醸し出す頃には、カイは押さえ切れずに声を漏らしていた。
「やっ…ぁ、う。な…何を考えてるんだっ。お前…と、いう奴は……!」
「セックスに決まってんだろ。今更焦らしてんじゃねェ」
「そ、そんなこと……んぅっ!?」
今度は問答無用で唇を塞がれ、カイはくぐもった悲鳴を上げた。間近にある、黒人のように黒い肌を持つソルの顔を睨付けるが、通常時でもくっきりと盛り上がっている腕の筋肉は伊達ではなく、押し退けようと突っ張っていたカイの腕は易々と捩り上げられてしまう。両腕とも頭上に縫い留められた格好で、カイはソルの貪るような口付けを受けた。ただ重ね合わせるだけでは飽きたらないのか、すぐさま分厚い舌を伸ばしてカイの強張る唇を舐め上げ、巧みに刺激を加えてくる。丹念に薄い唇をなぞり、自ら開くように促すその淫らな蠢きに、カイは自然に体温が上がっていくのを感じた。思わず緩んだ唇に、ソルは躊躇いなく舌を差し入れてきて、ねっとりとカイの縮こまる舌を舐め上げていく。深い口付けの後には角度を変えて何度も啄まれ、その度に狂おしい愛しさと紛れもない欲望が溢れ出て、カイは柳眉をひそめて戸惑いながらも、ソルが側にいることがこんなにも自分を悦ばすことなのだと、つくづく分かった。
外見の色彩はいつもとは異なるが、触れ合う熱さも擦れ合う感触も何も変わらず、その戯れのような蠢きだけでカイの理性は蕩けさせられていく。
歯茎を、舌の根を、歯列を、なぞりくすぐる無遠慮な侵入者に、カイは恐る恐る自ら触れた。その微妙な意志表示に気付いたソルは、口端を僅かに上げて笑みの形を作り、頭上で縫い止めていた片腕はそのままでもう片方の空いた手でカイの下肢を布越しに擦り上げてきた。その優しくも強い刺激に、カイは湿った吐息を零した。強弱を加えて揉みほぐされ、そこは確かに快感を与えられて悦んでいたが、決定的な箇所には決して触れないその動きに、カイは頬を染めたまま困ったようにソルの名前を呼んだ。
「ソ…っ、ル…」
「なんだ?」
カイは縋るようにソルを見つめたが、ソルはそしらぬ顔で聞き返してくる。すぐにでも最後まで事を運びそうな言葉を口にしていたくせに、こちらがその気になると、請うまで次に進もうとはしない。
その意地悪な男をカイは反射的に睨み付けたが、ソルは平然と見返し、「どうした」と白々しく聞いてくる。それを腹立たしく思うものの、ソルは口端を上げて笑みを浮かべたまま、手を滑らせて微妙な愛撫を加えてくるので、カイは泣きそうに顔を歪めることしかできなかった。
「やぁ…っ…」
「何が嫌なんだ? 充分優しくしてやってるだろ」
他に文句があるなら、その口でちゃんと言えよ。
ソルはわざとそう言いながら、硬くなり始めたそこを弄んだ。ポイントを僅かに外したその刺激にカイは思わず、そこは違うと叫びそうになる。
だが寸でのところで声は漏れなかった。羞恥が先に立って、言葉にできない。
「ソル…ソル…っ」
腕も縫い止められたままでどうすることもできず、カイはただ名前を何度も呼んだ。その無骨な愛しい手に、無意識に腰を擦り付けそうになるのをなんとか抑えながら、カイはソルの紅い瞳を見つめた。黒いヘッドギアから零れる金髪の合間から、その瞳が僅かに光を覗かせた。
「……どうしてほしいのか、はっきり言えよ」
「…ぁ…う」
怒っているのか、語調の強いソルの低いビブラートが、耳に届く。カイは身を震わせて反応を返したが、視線は困惑でさ迷うだけだった。布を押し上げ始めている自身を中心に、焦れったい快感の波が寄せては引いていくのを、カイは目尻に涙を溜めて為す術なく感じ続けた。
淫らに吐息を零しながらも、まだ願いを口にできずに泣きそうになっているカイに、ソルは少し困ったような表情を見せた。下肢の悪戯な愛撫はそのままに、ソルは不意にカイの耳元に唇を寄せる。
「言いたいことがあるなら、いつもみたいにはっきり言いな。何も今更恥ずかしがる必要なんざねぇだろ」
「なん…で…っ。わ…たしが、言いたいこ…となん、て分か…っ…てるくせにっ」
尚も言わそうとするソルを、カイは胸を上下させながら睨付けた。しかしその瞳は情熱と欲望に濡れ、怒りはあまり表せていない。
挑発ともいえるその表情に、ソルは僅かに苦笑した。
「俺はお前の声で聞きてぇんだよ」
「! …ぁ……」
カイはソルの意図が分かって、驚きに声を漏らした。熱を秘めたソルの瞳を認め、今までのことはただの意地悪ではなかったのだと気付かされ、カイは自分の浅はかさを恨んだ。だがそれと裏腹に、驚きと嬉しさで騒ぎ出した動悸をはっきりと感じる。そういう風に言ってもらえるのは、やはり嬉しいものだった。
「ソル……ちょっと、だけでいい…から、腕を解いてくれ…ないか」
「……」
カイが不意にそう言うと、ソルは無表情で目を細めた。本気で怒りを感じたときにするその表情を認めて、カイは慌てる。
「違う…! 嫌だって意味じゃないっ」
どう言って良いのか分からず、カイ焦ってそう言うと、ソルはベッドに縫い止めていたカイの腕を解放した。だがその表情はどこか冷ややかさを滲ませていた。
訳を誤解されているようだったが、やっと解放されて腕が自由になったので、カイは両手を伸ばしてソルの頬に触れた。ネグロイド特有のチョコーレトのような肌を柔らく掌で包み、カイは愛しさを込めてソルの紅い瞳を見つめた。静かに燃えるような光彩を放つその瞳が、僅かに訝しげに揺れる。
自分の上に伸し掛かったままの男を見上げながら、カイは蕩けるような柔らかな笑みを浮かべた。
「ソル…。私はソルがほしいよ……」
カイはありったけの情熱を笑みにのせて、ソルに送った。表情に乏しいソルの目が、僅かに見開かれる。
「私は女性じゃないし、何よりもあんまり……そういうことはよく知らないから何て言ったらいいのか分からないけど、私は……この体でソルを感じたい。だから、もっと触れてほしい……」
驚きにこちらを凝視する紅い瞳がよく見えるように金の前髪を両手で掻き上げてから、引き結んだままのソルの唇に、カイは自ら口付けた。自分の中から溢れる狂おしい愛しさをのせて、辿々しくも薄い唇を割って舌を差し入れる。それは緊張と恥ずかしさに、ぎこちなく震えた。
「ん……っ」
「……」
いつも自分を翻弄するソルの舌使いを思い出しながら、カイは自分の熱い舌を絡めて吸い付くようなキスをした。
唾液を絡ませたまま何度も擦り合わせ、カイはソルの首に両腕をまわして縋り付くと、不意にソルの舌が動いた。カイの愛撫などとは比にならない、荒々しい動きで舌が唐突に絡んでくる。根こそぎ奪うかのようなその口付けに、カイは思わず逃げ腰になりかけたが、ベッドに体が沈み込むほどソルに押さえ付けられて動きを封じられてしまった。
「ふっ…ぅ」
「なかなか言ってくれるじゃねぇか」
深いキスの合間で、ソルが苦笑混じりに囁く。覗いた八重歯が、敏感な耳朶を甘噛みしていき、カイは思わず顎を逸らせた。
「……しかしもうちっと色気のある誘い方はできねぇのか? んな深刻な顔で言われたら勃つもんも勃たねぇだろうが」
「! わ、悪かったなッ!」
ソルの露骨な物言いに赤面しながら、カイはぷいっと顔を逸らした。その仕種に、ソルがくつくつと笑う。
「ま、いいか。これから調教すりゃあいいことだしな」
「調教って……私は犬じゃないんだが」
『調教』をごく普通の意味で捉えたカイは、なぜそんな言葉を使うのかよく分からず、怪訝な顔をした。少なくとも人に対して使う言語ではない気がする。
カイの不審な眼差しは無視して、ソルは徐に自分の上着を脱ぎ捨てた。ジャケットとランニングの下から露になった、美しく健康的に隆起した筋肉に、カイは思わず頬を染めてしまう。これからこの体に抱かれるのかと思うと、芯が熱くなった。
微かに欲望に濡れたカイの視線に気付き、ソルはにやりと笑みを刻む。
「お前もしっかり欲情してんじゃねぇか」
「う。そ、そんなことは……」
恥ずかしくなって最後の方は口籠りながら、カイが視線をさ迷わせていると、ソルが当然とばかりにカイのベルトに手を掛けて、妙に耳につく金属音を鳴らして解き始めた。
「え。ちょ、ちょっと…っ」
「なんだ、自分で脱ぐのか?」
咄嗟にソルの手を押さえて動きを阻んだカイに、ソルは真面目に聞き返す。返答に窮する事を問われ、カイは困って黙り込んだ。
こういうことをするのは、多少の抵抗はあっても嫌ではない。だから結局は衣服を脱がなければならないのは事実だ。しかし、カイはいつも自分が受け身であることを真剣に申し訳なく思っていたので、自分で脱ごうと決めた。
ソルの手をやんわりとどけて、カイは羞恥に頬を染めながらも自分のベルトに手を掛けた。それを見て、ソルは僅かに目を見張ったが、何か思うことがあったのか、「ちょっと待て」と制止してきた。
「どうせやるなら、法力解いてからにしろ。そのままストリップされても面白味がねェ」
「え……?」
一瞬何のことを言われたのか分からず、カイは惚けた顔でソルを見つめ返した。
しかしすぐに「変装していたときのまま」だということについて指摘されたのだと分かって、カイは慌てて呪文を紡ぎ始める。確かに最初のうちはカイも色違いのソルに違和感を覚えていたが、途中から見た目など関係なくなっていたので、すっかり忘れていた。
ただの言葉の羅列に僅かな法力を込めると、それは明確な力を発揮し、ソルとカイを本来の姿に戻した。しかし本来、と言えども、基本的な違いはない。ソルの髪が金から焦げ茶に変わり、肌が日焼け程度の浅黒さに変わったくらいだ。カイ自身は自分の姿を確かめることはできないが、黒髪から金髪に変わっているはずだ。ソルと同じ色合いだった瞳も、青とも緑ともつかない深い色に戻っているだろう。
カイが、これでいいか?と視線で投げかけると、ソルは満足気に口端を上げた。
「んじゃ、さっきの続きだな。見ててやるから脱げよ」
「み、見なくてもいいだろッ」
ソルがタチの悪い笑みを浮かべて促してきたので、カイは真っ赤になって睨付けた。だが怒ってはみたものの、どちらにしろ脱ぐと決めたのは自分なのだから、やらなければならないことに変わりはない。
カイは溜め息を一つつき、残りの衣服を脱ぐためにベッドから降りようとした。
「おい、どこに行く」
「え? だから今脱ぐから、あっち向いてて……ぅわぁっ!?」
話している最中に突然腕を引っ張られ、カイは驚きに間の抜けた悲鳴を上げた。
抜け出したはずのソルの下に再び押さえ込まれ、カイは目を丸くして不機嫌そうなソルを見上げた。
「? 何してるんだ、放してくれないと脱げない」
「俺は、目の前で脱げっつってるんだよ」
呆れを含んだソルの言葉に、カイは真っ赤になって「できるわけないっ」と怒鳴ったが、ソルは「何を今更」と言って一笑に伏してしまった。
「今までに何回抱いたと思ってんだ。坊やの体のどこにホクロがあるか、全部言い当ててやろうか?」
「やめろっ馬鹿!」
からかうソルに、カイは本気で怒鳴り付ける。だがこちらの怒りなど気にもしていないソルは、さも馬鹿にした薄笑いで一蹴するだけだった。
「……ほら、早くしろよ。それとも坊やは手伝ってもらわねぇと、一人で服も脱げねぇのか」
揶揄を含んだソルの物言いにムッとして、カイはやけになりながら自分のベルトを解き始めた。確かに何度も抱かれているのだから今更恥じらう必要はないのだが、やはりこういうことに慣れていないカイには恥ずかしすぎて、火が出そうに熱くなっている顔をあらぬ方向に向けた。
カイが今までの人生の中で、これほど愛しいと思った存在はソルが初めてだった。両親の顔どころ名前も生まれも分からないまま、ずっと大人に囲まれて生きてきたカイにとって、ソルは唯一自分をさらけ出しても大丈夫な相手だった。誰にも心の奥まで踏み込ませなかったカイだが、ソルだけは例外だ。もっと深い部分でも色んなもの共有したいとも思う。自分に大切な人が出来て、しかもその相手が手に入るだなんて、聖騎士団にいた頃には思いもしなかっただろう。
最後の方は半分ソルに手伝ってもらいながら、カイはようやく一糸纏わぬ姿になった。すると、ソルはそれを舐めるように見つめてから、突然カイの足首を掴み上げてきた。
「えっ? なにを……ひゃぁうっ!?」
M字型に足を開けさせられたかと思うと、唐突に後ろの秘部に生暖かい感触が這ったので、カイは思わず甲高い声で悲鳴を上げてしまった。我に返って、カイは慌てて自分の下肢を見る。だが、次の瞬間には見なければ良かったと本気で後悔した。
大きく開いた白い足は、言うまでもなく自分の足だった。本来なら真っ先に隠すべきところが、何の障害もなくさらけ出されている自分の態勢に、憤死しそうになる。だが何よりも、ソルが露になっている恥ずかしい箇所に顔を埋めていたことに一番衝撃を受けた。
真っ赤になって固まってしまったカイを全く気に止めず、ソルは再びそこへ舌を這わせてきた。とんでもない格好のまま後孔に刺激を受けて、カイは目尻に涙を溜めて背を弓なりに逸らせた。
「やぁ…あ…っ! やだぁ、ソルッ」
「どこが嫌がってんだ。ここ、ヒクついてるぜ?」
ソルの頭をそこから退けようと、豊かな髪を掴んで引いてみるが、ソルは余裕の笑みを零すだけでびくともしない。それならなんとか足の自由を取り戻そうと思って暴れてみるのだが、これもしっかり固定されていて動けず、腰だけがうねるので、低い笑いとともに「淫乱だな」という言葉を投げ掛けられてしまった。それに必死で首を打ち振って否定するが、ぴちゃぴちゃと殊更聞こえるように音を立ててそこを舐められ、カイは耳まで真っ赤になって艶かしい悲鳴をあげた。
それを楽しげに笑う低い声が響いたかと思うと、表面を這っていただけの舌がきつい窄まりに押し入ってきた。ただ舐められるだけでも羞恥の極みだというのに、そんなところを舌で弄り回されているだなんて、考えるだけで気が遠くなる。だが、悲しいことにその感触は強烈な快感となって脳の芯まで突き抜けていったので、余計に意識は冴えていった。
そこを舐められるのは初めてではない。だが、こんな風に見えるような方向からされたのは初めてだ。ちらりと自分の下肢を見れば、ソルの頭がとんでもない位置で蠢いており、その愛撫で半ば勃ち上がりかけている己のものがひくひくと震えているのが嫌でも見える。視覚的にも羞恥を煽られ、カイは思わず両手で顔を覆った。
「……こっち見ろよ、坊や」
「や、やだ…ぁあんっ」
ソルの要求に拒否しようとした瞬間、中に押し入っていた熱い舌が執拗に壁を押し広げられ、カイは信じられないほど甲高い声を上げて身悶えた。すっかり乱れた息をなんとか整えようと努力はしてみるが、愛撫のタイミングを巧妙に変えて執拗に嬲られ、カイは爆発しそうになる自身を抑えるのに精一杯だった。
「そろそろいいか?」
「ん…ぅ、ソル…っ」
紅い舌を覗かせながら、ソルは顔を上げて聞いてきた。体を支配する快感が理性を薄れさせ、羞恥よりも何よりも、この自分では制御不可能な体をどうにかしてほしくて、カイは縋るようにソルを見つめて無意識に次の行為を促した。
それに口端を上げて肉食獣のような危険を孕んだ笑みを浮かべたソルは、押さえていたカイの足首から手を放した。そして徐にパンツのジッパーを下ろし、猛々しく勃ち上がった太いものを取り出す。その大きさにおののきながらも、カイは自分の中に疼く欲望が更に強さを増したのを感じて、戸惑った。その熱く脈打つものが唯一自分を満たしてくれるのだと、体が覚えてしまっているのかもしれない。
覆い被さるように伸し掛かってきたソルに、カイは躊躇いながらも腕を伸ばして首にしがみついた。ゆっくり息を整えて出来るだけ力を抜いて、心の準備をしてからカイがソルを見上げると、ソルは満足気に笑みを刻み、一気に体を沈めてきた。
「ぁ、あ……っくぅ」
この行為が果たして何度目か、カイには分からなかったが、やはり侵入されるときは痛い。もともと何か入れるための器官ではないのだから当然と言えば当然だ。特にソルのものは、あまりに大きすぎる。
痛みと苦しさで、カイは無意識にソルの首元に爪を立てた。しかしそれを咎める気配はなく、慣れるまで待ってくれているようだった。
「ソ……ル」
幾らか時間を置いてもまだ残る痛みに眉をひそめて堪えながらも、カイはもう大丈夫だとソルを見つめた。少しでも動かれたら裂けるのではないかという圧迫感と不安感は拭えないままだが、それよりも体の奥で暴れ狂う熱をどうにかしてほしかった。
しかしカイの期待とは裏腹に、ソルは律動を開始しようとはせず、カイの両腕を掴んできた。
「大人しくしてろよ」
「え、何? ちょっ……んんッ」
強く抱き寄せられたかと思うと、突然ソルが上体を起こしたので、反動で繋がったところが擦られ、カイは鼻に掛かった声を漏らした。一瞬力の抜けたカイの体も同じように起こして、ソルはそのまま向きを変える。ソルに向かい合う形でベッドに座り込んだ状態のカイは、一体何をする気だ?と疑問を浮かべながらも、ソルの行動に合わせて移動するしかなかった。なにしろ中にソルが入ったままだ。
結局ほぼ半回転して、ソルは自分だけ枕のある方に悠々と寝そべってしまった。
いつの間にか、ベッドに仰向けに寝転がるソルに跨る形になっていたカイは焦る。これではいつもと全く逆の態勢だ。
何食わぬ顔でいるソルに、このうえない違和感を感じながら――なにしろ自分がソルを見下ろしている――、困惑したままカイはおずおずと尋ねる。
「ソ、ソル。これは…一体どういう……」
「そのまま動け」
「――は?」
突然かけられた言葉の意味が理解できず、カイは間抜けな声で聞き返した。だが、ソルは表情も変えず顎をしゃくって尚も促す。
「坊やが動けって言ってんだ」
「わ、私がっ?」
ソルが言っていることをやっと理解したが、それと同時にあまりの驚きにカイの声は裏返った。「動け」ということはつまり、ソルの上に跨ったこの姿勢のままで抜き差ししろ……ということだ。しかもソルは一切動かず、こちらの乱れる姿を眺めているだけということになる。
そこまで考えて、カイは思い切り首を横に振って嫌だと意志表示した。しかしすぐさま腰を揺すり上げられ、打ち込まれた楔が奥まで突き上げてきたので、小さな悲鳴とともに思わずソルの盛り上がった腹筋に爪を立てた。
「早くしろ。それともこのまま放って置かれてぇか」
「い、意地悪…ッ」
邪悪な笑みを浮かべるソルを、カイは涙目になりながら睨付けた。いっそのこと頭を殴りつけてやろうかとも思うが、生憎届かない。前に屈めば届くかもしれないが、おそらく殴る前に悲鳴を上げさせられるのはこちらだろう。それだけカイは不利な態勢だった。
悔し涙もまざりながら、カイは唇を噛み締めてゆっくりと腰に力を入れた。僅かに腰を浮かせるだけで、内壁とソルのものとが擦れて、ざわざわと快感が駆け上ってくる。
「ふぁ…ぁ、う」
自分が動くというあまりに慣れない行為に、やはり戸惑いは隠せず、カイはしばらくぎこちない動きを繰り返した。けれどいつもと同じ痺れるような快楽に浸れるのは、不思議だなと思った。態勢が違うことと自分のやり方が下手だということで、感じる度合いは確かにいつもと劣るが、ソルと繋がっているという事実が何よりも理性を蕩けさせていた。他の誰かでは、きっとこれほど気持ちいいとは思わない。
一時痛みに萎えていたカイ自身は、いつの間にか勢いを取り戻し、先端から蜜を溢れさせていた。それで充分に濡れそぼった接合部は、幾分慣れてきたカイの動きに合わせて湿った音を立てる。リズムを取るように腰を上下させて快感を貪る自分の姿を客観的に想像する余裕はどこにもなく、カイは息を荒げながら登り詰めていった。
しかし、中に収まっているソルはそれほど変化がない。それに気付いたカイは、腰の淫らな動きを止められないまま、理性が消し飛んだ目でソルを見つめた。
「ソ、ルは…気持…ち、良く…ない……の?」
「坊やのその格好はかなり見物だがな。もうちょっと上手くできねぇのか?」
少し目を細め、ソルは嘲笑うように口端を上げる。それにカイは少なからずショックを受けて、思わず俯いた。
快感を貪っていたのは自分だけだったのだ。気持ちいいと感じていたのは自分だけで、ソルはさして感じていなかったという事実を知り、カイは愕然とした。
カイはこういう行為に慣れていない。そもそもそういう事柄は嫌悪していたので、いつも目を閉じて耳を塞いで避けていた。しかしそれがまさかこんなところで仇になるとは思わなかった。
どうやったらソルに満足してもらえるのだろうか? カイは真剣に思案した。自分の下手なやり方ではソルを少しも満たすことができなかった事実が、ひどく悲しかった。自分はこんなにも翻弄されるのに、ソルはその半分も感じなかったのだ。きっとその道の女の人の方がよっぽど満足させられることだろう。
「……おい、そんな深刻に受け止めるな」
俯いたまま黙り込んだカイに、ソルは幾分呆れたような表情で声を掛けてきた。その言葉に、カイは僅かに視線を上げたが、続いてその唇から漏れた言葉に、体を強張らせた。
「もともと期待しちゃいねぇしな」
期待なんかしていない。
苦笑とともに漏らしたその一言が、カイにとってどれほど衝撃だったか分からない。役立たずだ、そう言われたような気がした。感覚と呼吸をともにするこの行為のなかで、女性的な体を持ち合わせていないカイでは意味がないのだ。ましてや、やり方もろくに知らない奴など問題外だろう。
眉根を寄せて、カイは血が滲むほど唇を噛み締めた。悔しいかったのも確かだが、何より悲しかった。女のような柔らかな体を持つでもなく、男としてもひどく中途半端な自分の体が憎かった。
カイは不意に目を閉じた。何の光りも入ってこないように、痛くなるほど力を入れる。もともと部屋は明るくもなかったせいか、すぐにカイの意識は暗闇の中へ落ちた。

暗い部屋。
月さえ見放した闇で、重なり合って聞こえる息遣い。
笑いを含みながら近づいたそれは、こちらの足を搦め取る。

カイはゾクッと身を震わせた。それは期待や快感ではない。恐怖と嫌悪だった。

泣き叫ぶ自分の声。
それを押さえ付ける無数の手。
抵抗を嘲笑い、無理矢理開かされた体に凶器を打ち込まれる。
鋭い痛みが走った。

思わずソルの腹に爪を立てそうになり、カイは手を離した。閉じていた目を薄く開き、取り繕うようにいつもの微笑みを浮かべてみせる。
「ソル、動くよ……」
その言葉に、ソルは驚いたようだった。
カイは先程とは明らかに違う滑らかな動きで、腰を回し始めた。闇はまだ、そこにある。

溢れた唾液に混じり合うのは白濁の液。
幾度となく叩き込まれたそれは、下からだけでなく唇からも零れ、細く白い喉から声を奪った。
とっくに立てなくなった体の裂け目からは、薄桃色の液体が流れ出す。
それを見て、笑った者がいた。
「――淫売が」

円を描くように動いているカイの腰は、中でソルを強く弱く締め付ける。一杯に入っている熱い肉棒の先端が、最奥で擦れ合った。それに加えて、カイの細腰は上下に動いて抜き差しを繰り返す。

掴み上げられた前髪。だが、もう痛みはなかった。
すべてが麻痺していた。それだけのこと。
ただ言われた通りに腰を動かし、何人もの男根を締め付けていれば良かった。
男に跨り、楔を自ら打ち込み、円を描くように腰を動かし、

締め付けながら引き抜き、緩めながらまた埋め込んでいく。そうすることで、

男は強烈な快感を覚える。

下卑た笑いとともにそんな言葉が漏れだが、それを気に留めることはなかった。
表情を消したまま、ただ腰を動かすだけだった。

カイは泣きそうに顔を歪めたまま、腰を動かしていた。
動きに伴って自分の中を掻き回す熱いものが、別の忌まわしいものと錯覚しそうになっていた。
違う。これはソルの
男の愛しい憎いもの。
この心を肉体を満たとしめる存在。
それは、私、に、、、
恐恐恐快楽を与える。

――淫売が

「坊や」
掛けられた声に、カイはしばらく反応できなかった。慣れた一連の動作は、はたから見ればとてつもなく淫靡な姿だったろう。だが、それはカイの意識を掻き乱すだけだった。自身は完全に萎えたままで、言い知れぬ恐怖に産毛が立っている。体からは血の気が引き、汗ばんだ喉からは呼吸する度にヒューヒューと音を立てていた。

焦点を失っていたくすんだ瞳は、外界の音にやっと気付き、本来の青さを取り戻す。不自然な体調の変化を自覚しながらも、カイは慈しみを滲ませてソルに聞き返した。
「なに?」
微笑んだ。ソルを愛しく思うのは事実だったから。
だが、ソルの冷めた無表情に気付き、その笑みは凍り付いた。
「……坊や。それを、どこで覚えた?」
「え……」
ソルの表情と口調。それだけで分かってしまう、一体何を咎めているのか。この紅い瞳を見ただけで感情が読み取れてしまったことが災いして、カイの細い裸体はビクリと跳ねた。己の罪を見透かされたように思えたのだ。
その過剰な反応を見逃すはずもなく、ソルの目がスッと細められる。
「……アイツらか?」
「ア…イツ、ら…?」
ソルが不意に零した言葉が理解できず、カイは辿々しく繰り返した。「アイツ」が一体誰を指しているのか分からない。
だが、ソルが怒っているのは明らかだった。硬直していたカイの体は、ソルの不穏な雰囲気を感じて無意識に逃げを打つ。しかし、怒張して内に埋まったままのものを残して腰を退きかけた瞬間、突然髪を鷲掴まれた。
「ッ……!」
抗うことも許さない強い力で髪を根元から引っ張られ、カイは声にならない悲鳴をあげる。顎が天井を向くほどに顔を上向けられ、いつの間にか体を起こして近づいてきた紅い瞳が、獰猛な色をたたえてこちらを覗き込んだ。
「バイオレットスコーピオンの連中と寝たのかって聞いてんだ」
「……!?」
あまりに予想外の投げ掛けに、カイは目を見開く。あんな犯罪者達と寝たなどと、そんなことを問われるとは思わなかった。組織を内部から崩すために一週間ほど寝食を共にせざるを得なかったのは事実だが、まさかそんなことを望むはずはないし、無理に事に及ばれても撥ね除ける力は充分に持ち合わせている。実際、初日の夜は夜這いをかけに来た愚か者がいたが、眼前で爆発を起こしてやると一目散に逃げて行った。
一瞬呆気に取られていたカイはすぐに我に返り、慌てて首を横に振った。
「そんなこと、あるわけない……っ!」
「じゃあ誰だ。どう見てもさっきのは、手慣れた動きだったよなァ?」
鼻に皺を寄せ、ソルは犬歯を見せて笑った。目は刺すように鋭く、カイは背筋に氷の固まりでも押し当てられたような気がして、思わず体を強張らせる。その怯えるような仕種に、ソルは更に気分を害したようだった。
突然、ソルに跨っていたカイを有無を言わさぬ勢いで押しやり、自身を引き抜いた。心構えもなく中から引きずり出されていく感触に、カイは一瞬悩ましい声を漏らした。しかしすぐにまたソルに頭を掴まれたかと思うと、今度は前のめりに引き倒されて顔をベッドに押し付けられた。
「ソ……!」
「それとも、雇われてた法力使いの連中に仕込まれたか? ……確か、事前に逃がそうとか言い出したのは坊やの方だったよな」
「! ち、違う……! そんな理由じゃ……」
もともとあまり柔らかくないベッドに、顔が沈み込むほど押さえ付けられ、カイは強い否定の気持ちとともにソルの手に抗ったが、全くびくともしなかった。雇われていた法力使い達と少し話したことはあったが、その連中を好いたために逃げるよう警告したわけでは決してない。雇われの身を考慮したうえで特に罪状がなければ見逃したにすぎない。
ソルの誤解を解きたくて、カイは必死に「違う」と叫び続けていると、ソルの低い笑い声が響いた。
「なら、誰だ? 俺より具合がいいそいつは」
頭上から降り注ぐ冷え冷えとした声に、カイは不用意な行いに出たことを後悔した。ただ気持ち良くなってほしかっただけだったのに……。
悲しくなって、カイが抵抗をやめて唇を噛んでいると、ソルが僅かに動く気配がした。とはいえ、押さえ付けられている頭はそのままだったので、カイはソルの行動が見えない。
不意にソルが耳元まで唇を寄せ、囁く。
「早く言えよ。別にそれでどうとは言わねぇ。……じゃねぇと痛い目見るぜ」
「え……ひ!?」
不穏な言葉とともに、先程までソルを銜え込んでいた場所に痛みが走って、カイは驚いた。座った状態から前のめりに倒されているカイは、その部分を突き出すような態勢になっていたので、そこに触れるのは容易だったろう。ただ問題は、ソルの方に頭を向けていたので、自分の秘部に触れているものがソルのものではありえないということだ。ソルとは反対方向に突き出している尻に届くとしたら、手くらいのものだろうが、それにしては何か異質な感触だった。
「何、を…っ。や、ああッ」
指にしては太く、固い。何か無機物だということは分かるが、目で確かめようとした瞬間にそれは押し入ってきて、カイはそれどころではなくなった。
一度は濡れてソルのものを銜え込んでいた場所だけあって、それは多少の痛みを伴いつつも簡単に飲み込まれていくが、ソルのものよりは幾分細いとはいえ、何か表面がごつごつしているせいか、内壁にダイレクトに当たる。固い分だけ擦れる度合いが強く、カイに痛みと恐怖と快楽を同時に与えた。
「な、何…これ…っ…」
「あぁ? 坊やもよく知ってるもんだろ」
御構いなしに奥まで侵入してくるそれに怯えながらカイが言葉を紡ぐと、クックッとサディスティックな笑いが聞こえた。自分で確かめろということなのか、最奥へ辿り着くまでにそれは止まり、カイの頭を押さえ付けている力が僅かに緩む。
イスラム教徒が聖地メッカの方を向いて礼拝するかのような姿勢のまま、カイは首だけを巡らせて自分の下肢を横目で見た。
「な……!?」
視界に映ったものに、カイは愕然とする。自分の臀部から生えていたのは、ソルがいつも持ち歩く神器の刃の部分だったのだ。
まさか自分の中に入っているのは、封炎剣の柄――!?
「どうだ、これの味は。元聖騎士団団長の意見を是非とも聞かせてもらいてェな」
あまりにとんでもないものが入っていた事実に半ば茫然としているところで、突然それが動き出す。確か妙なカーブを描いていたと記憶していたグリップが、一気に引き抜かれかけ、カイは声にならない悲鳴をあげながらシーツに爪を立てた。太さから言えばソルのものの方がよっぽど大きかったが、封炎剣の柄も大概太い。内蔵ごと引っ張り出されるような異様な感触に、カイは呻いて耐えるしかなった。
だが、一度大きく引っ張り出されたそれはすぐに再び突き入れられた。衝撃に耐え切れず、カイの体はソルに押さえ付けられたままで跳ねる。
「んだァ? まさかこんなもんで感じるのか、淫乱な団長様は」
明らかな嘲りの言葉にカイは顔を紅潮させたが、言葉と同様に容赦のない抜き差しに、カイは反論の余地を持たなかった。固いものが円を描くように中を掻き回し、退いては突き上げてくるその苦痛と恍惚に、カイは声を殺すだけで精一杯だった。
封炎剣の動きは、ソルのものと非常に似た動きをしていた。焦らすように奥までは侵入せず、入口付近で何度も行ったり来たりを繰り返し、こちらが思わず絡み付くようになると、突然奥の壁を穿ってくる。無機物であることに違和感は感じるが、ソルと繋がっているような錯覚を起こさせるその動きに、カイは次第に快感の度合いが増していくのを自覚した。動きもそうだが、 何よりソルの所有物である封炎剣が入っているということが最も快感を煽る要因だったのかもしれない。
「封炎剣にヤられて感じてやがる。……これじゃあ意味がねぇな」
言い様、ソルは濡れた声を漏らすカイの髪を強引に引き上げた。顔を無理矢理上げさせられたカイは、ソルの冷ややかな眼差しを正面から受け、快楽に蕩けた神経が凍っていくのを感じた。
こんな淫乱な体。ソルはそれを目の当りにしてどれだけ失望したことだろう。そう思うだけで、カイは絶望的な気持ちになった。
しかし、言えない。過去の出来事をありのままに話せば、きっと今以上に鋭い視線を浴びることになるだろう。いや、あるいは視界にさえ入れてくれなくなるかもしれない。
それはどうしても避けたかった。また以前のようにソルの背中を追いかけることしか出来ない状況には戻りたくない。それほどまでに、ソルが聖騎士団から抜けて行方をくらましてから再び会うまでの五年間が、カイにはひどく辛かった。
頑なに口を開こうとしないカイに相当気分を害したのか、ソルは封炎剣でカイの内を弄る手を休めぬまま、突然剥き出しだった自身にカイの顔を近付けた。股間に顔を寄せられ、目と鼻の先に突き付けられたその巨根に、カイは戸惑って視線さ迷わせる。
「俺のを銜えろ。嫌だったら、今すぐホントのことを言いな」
最後のチャンスだぞ。
言外にそう言うソルに、カイは困惑して押し黙った。
話すべきなのだろうか。正直に言ったとしても、果たしてそれをソルは許してくれるだろうか。こんな汚れた体と知っていたら手を出さなかったと、言われてしまわないだろうか……。
神の前で懺悔した方がどれだけマシだろう。真剣にそう思った。神は反省の機会を与えてくれるが、人はそうではない。幾ら寛容な人でも限界はあるだろうし、人によって物事の受け取り方は一律ではない。そして何より、過ぎた時間は取り戻せない。一度壊れた関係がもとに戻る保証はどこにもないのだ。
本気で人を好きになったことなど皆無に等しかったカイには、ソルとの関係が壊れることが何より恐ろしかった。得たものはいずれ失うときが来る。それを理性では充分に理解していたが、自ら関係の崩壊に繋ぐ事柄を話す勇気はなかった。
「タイムオーバーだ」
口を閉ざしたまま動きを見せないカイに、ソルは冷たくそう言い放った。その言葉に、カイは俯いたまま肩を揺らしたが、結局顔は上げられなかった。
頭上で軽い溜め息が漏れたかと思った次の瞬間、ごつい手に顎を掴まれ、カイは無理矢理口をこじ開けられた。それに抗う間もなく、半勃ちになっていたそれを口一杯に突っ込まれ、カイは顔をしかめる。
「ふ、んぐ…っ…!」
自分のものとは比較にならないその大きなものに、一気に喉の奥まで突かれてむせるが、吐き出すことも許されず、更に頭を押さえ付けられた。生理的な涙が滲み、くぐもった呻きをあげるが冷たく無視され、引き上げては押し付けるという動作を繰り返される。その乱暴な仕種は普段の愛撫とは程遠く、こちらのことなど何の配慮もしないものだった。
抗おうとするカイの力など何も感じない様子で、機械的に何度もいっぱいに含まされ、容赦なく口腔を穿たれる。自分の意志とは無関係に出入りするその男根にカイの唾液と滲み始めた蜜とが混ざり合い、擦れ合う度に口端から滴り落ちていった。その唇と歯が擦れる刺激に膨脹したそれは、更にカイの喉を圧迫して苦しませたが、後ろに埋められたままの封炎剣がまた別の動きで中を引っ掻き回してくるので、もはや苦しいのか気持ちいいのか分からなくなり始めていた。
「言えば…いいだけなのに、よ……」
苦渋の混ざった声が、僅かに上がった息継ぎの合間で聞こえたが、カイにはぼんやりとしか認識できなかった。口に含んだものが熱く脈打つ感触や後ろから異物が突き上げてくる感触、力を取り戻して勃ち上がりかけている己のものが体を揺さぶられる度に先端がシーツと擦れ合う感触の方が余程生々しい刺激を与えてくるので、言葉を脳が理解してくれない。
手でカイの頭を無理矢理動かすばかりでなく、時々自ら腰を叩き付けるように穿ってきたソルは、こちらの思考がまともに働いていないことを承知の上でか、尚も独り言のように言葉を紡いだ。
「……お前に指図する権利なんか、ねぇから…な」
突き放したような、どこか冷めたものの言い方に、カイは瞠目した。冷水でも浴びせられたかのように、意識が冴えていく。
ソルは疎外されたことに苛立っていたのだ。内容よりも、カイが口を割らないという事実に怒りを感じていたのだろう。もちろんそれはまだ内容を聞いていないからではあるが、それでもカイには嬉しい事実だった。ソルはいつも他人に無関心な男だし、何より人と関わることを特に嫌った。他人の事情など知ったことではない、という態度が常であるソルが、自分に関して知りたいと思ってくれたということが、嬉しかった。
話しても大丈夫だろうか。嫌われはしないだろうか。その危惧は拭えるはずもないが、このまま隠し通して、果たして自分は納得できるのか。わだかまりを残したままでこれからも過ごすことなど、できるだろうか?
……嫌われてもいい。話そう。カイはそう思った。ソルが好きだという事実だけでも、自分には充分だ。
去られたとしても、また追いかければいい。
「んぅ…っ――んんッッ!」
意識とは別に、体はソルとの行為で限界まで高まっていたカイは、ソルが精液を叩き付けてきた瞬間、煽られて同時に果てた。喉の奥に放たれた白濁の液にむせ返り、カイが思わず口を放したがために、顔面も汚される。だが、ソルのものだと思えば決して嫌な気はしなかった。
口端や頬から滴る液体を拭いながら、カイは体を起こした。こちらを押さえ付けていた手はいつの間にか解かれていたので、自分の下肢に手を伸ばして後ろに入ったままの封炎剣をゆっくりと引き抜く。ガランッと音を立てて神器は床に落ちていったが、そちらは見向きもせずに、カイは顔を上げてソルを見つめた。
ソルは薄く汗を滲ませていたが、顔には何の表情も浮かんでいなかった。怒っていたりすればまだ良かっただろうに。その無表情が、カイの心を痛めた。自分はソルの信頼を少なからず裏切ってしまったのだ。
「――孤児院にいたとき、何人かの男に犯されたことがあります……」
懺悔のつもりはなかったが、カイは僅かに項垂れた。孤児院、と聞いてソルの顔に驚きの表情が浮かぶ。それほど前の話だとは思わなかったのだろう。
カイに両親はいない。誰であったかも、なぜ自分を置いていったのかも分からなし、カイ自身も幼すぎて覚えていない。だが、ギアに襲撃された村で倒れていたところを助けられたらしいので、大方両親はギアに殺されたのだろうと思う。だからカイの中には両親と過ごした記憶はなかった。
そうして、記憶に残っているのは孤児院であったことくらいだった。
「あの頃は特に混沌としていたから、少しでも聖騎士団の管轄から外れると、ほとんど無法地帯だった。だから、力の強い者が弱い者を虐げるのは当たり前のようにあったんだ」
都心から離れた小さな村に、強い者など居はしない。強盗や虐殺を好む荒くれ者の集団を止められるわけもなく、最小限の犠牲で平和を手に入れるしかなかった。そしてその犠牲の一つに、カイは運悪く選ばれた。……いや、容姿の端麗さから考えれば必然だったかもしれない。男という点でも都合が良かったのだろう。
「少なくて三、四人……多くて十人近いときも、あったと思う…。二週間くらいは毎晩相手にさせられてた気がする」
急に痛み出した頭を押さえながら、カイは覚えていることを辿々しく口にした。はっきり言うと、いつもいつも忘れようしていたので本当に記憶が消えかけている。
だが、体に刷り込まれた恐怖はなかなか消えなかった。子供だった自分にとって、性行為はただの暴力でしかなかったのだ。痛い、怖い、気持ち悪いという感覚しか覚えておらず、一体何をやらされていたのか当時はあまり自覚がなかった。
そうして簡単に弱者が踏みにじられ、周りが誰も助けないという社会の理不尽に絶望したことが、今のカイ自身の在り方に影響していた。自分と同じ目に遭う者がいないように。誰にも助けられずに絶望する者がいないように。
徹底して弱者のために戦い、犯罪者を容赦なく裁くこの性格は、それに起因しているところが大きかった。
「それから……そこもギアの襲撃を受けて……私だけなんとか逃げ延びた。その後は聖騎士団に所属してたくらいだから……」
話はこれで終わり、とカイは出来るだけ明るい口調で言い、微笑んだ。変な笑みになっていないだろうかと内心危惧しながら、カイはソルの反応を待った。しかし、怖くて目は合わせられず、自然と目線は下がる。
「……最低だな」
充分すぎる間を置いて、ソルがぽつりと呟いた。その言葉に、カイは僅かに肩を揺らした。血の気が引いていくのをまざまざと感じる。
やっぱり、拒絶された……。だが、当然と言えば当然だ。一体誰が、何度も強姦された奴を抱きたいと思うだろう。……こんな汚れた体など捨ててしまいたい。
「最低、か……」
震えそうになる声を懸命に絞り出して、カイは笑い飛ばすような口調で言葉を紡いだ。俯いたまま、長めの前髪で涙を隠す。
「でもね……」
カイはぱたぱたと落ちる液体がシーツを濡らしていくのを眺めながら、囁いた。
「でも……好きなんだ。ソルのことが」
変えられない。どうしたって変わることはない。ソルに惹かれたこの心は。理屈などどこにもないから、余計に諦めるのは容易ではない。
だから――
「置いていかないで……」
いつまでも隣を歩いていたいから。いつか来る終わりの時まで、ずっと。
それでもやはりソルの背中にを追わなければならなくなるのだろうか、とカイが思ったとき、柔らかく頭に大きな手がのせられた。
「勘違いすんな、坊や。最低なのは俺だ」
「……え?」
カイはソルの言葉が理解できず、顔を上げてソルを見つめた。そこには、いつもの無表情の中に僅かな苦渋の色が見え隠れしていた。
「お前が一番嫌う、強引な方法で抱いたんだ。……最低だ」
「そんなことない……!」
思わず強く否定して、カイはソルの手を両手で掴んだ。ソルがカイを非難するならまだしも、自身を責めるなど、それこそ間違っている。
分厚いその手に唇を寄せ、カイはソルと視線を合わせたまま、囁いた。
「ソルだったら、いい。乱暴にされても。……その代わり、他の人とは絶対に嫌だけど」
最後は少し悪戯っぽく付け加えて、カイは微笑む。もう、無理に笑みを作る必要もなかった。取り繕うことなく、自然に溢れ出てくる。
それに驚いたのか、ソルはしばらくこちらを見つめていたが、不意に苦笑を零した。
「……いいのか?」
「ああ。私はソルなら構わない」
カイが悪戯っぽく笑い返して手を引くと、ソルはそのまま覆い被さってきた。間近で、意外に整ったその顔立ちをカイが見つめていると、なぜかソルは不意に意地の悪い笑みを浮かべた。
「じゃあ、三日は付き合えるよな」
「……え?」
「仕事の報酬。まさか忘れたわけじゃねぇだろうな」
あくまで穏やかな口調。だが、こちらの肩を押さえる力は有無を言わせないものだ。
何か嫌な予感がして、カイは顔を引きつらせた。
「三日分の休暇、出しとけよ。服着る暇ねぇくらい、いい思い出にしてやるからな」
「それは『いい思い出』とは言わないだろーッッ!!」

非難の声も虚しく、カイはその後散々鳴かされたのは、もはやいつものことである……。




END






鬼畜路線を行こうと、すんごい頑張ったつもりです……が、全ッ然なってませんね(爆)。結局ラブラブだし、終わりはギャグオチだし、どうしてこう格好良くシリアスでまとまんないのか。こういうところは私という人間の本質が表れてますね(とほほ)。
でも、ずっとやりたかった封炎剣ネタが出せました。こうして一個ずつ野望を達成していきたいですね(爆)。