少々苛立ちを露にしながら、ジョニーは自室の扉を乱暴に開けた。しかし、そこに怒りをぶつける相手は見当たらなかった。
「……」
肩透かしを食らったような気分で中に入り、ジョニーはドアを静かに閉める。ソルは確かに目の前にはいなかったが、気配はするのでバスルームにいるのだろう。
野郎のために待つのは嫌だが、今回ばかりはそうも言っていられず、ジョニーは壁に凭れ掛かってソルが出てくるのを待った。すると、程なくしてソルはズボンにジャケットだけを引っ掛けた恰好で現れる。
ソルは最初にジョニーの存在に気付いていた。しかしまるで気が付いていないかのように鮮やかに無視し、部屋を見渡す。言うまでもなく、カイを探しているのだ。
だが、見つかるはずもない。しばらくしてからやっとカイがいないことを認め、ソルはジョニーの方へ視線を向けてきた。
「……坊やはどうした」
「さぁな」
肩を竦めながら、ジョニーは空々しくそう言った。こちらが嘘をついていることは明白だろうが、ソルは顔をしかめただけで、カイの居場所をしつこく聞いてはこなかった。
その代わりに、ソルはこちらを鋭く睨んできた。
「なんでてめぇが警察の肩を持つ?」
「なんだって?」
ソルの質問に、ジョニーは笑い飛ばすような口調で問い返した。実際、笑いたくなる。こうしてカイを気に掛けることを、そんな分類に当てはめられるとは。
濡れた長い髪から雫を落としながらこちらを見据えるソルを、ジョニーは睨み返した。
「カイだから、手を貸してやった。それだけだ。ポリスかどうかなんて関係ないだろう。……それとも、お前はカイをカイとして見てない、そういうことか?」
「……!」
最後の言葉に、ソルが一瞬動揺を見せた。どうやら図星のようである。カイが言っていた、『ソルは自分を見ていない』ということは事実だったのだ。
そのことを非常に残念に思いながら、ジョニーは大きく息を吐いた。なんだか怒るのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「……悪いが、お前にはしばらく強制的にこの船に乗っていてもらう。誰かの代わりとして抱かれるのは嫌だと言って、カイは一人になることを望んでるからな。大人しくここで時間を潰せ」
「違う、代わりじゃねぇ」
ジョニーの宣告でなく、カイの言っていた言葉に対してソルは否定した。口調ははっきりしていたが、先程動揺したのを見てしまったジョニーには、それを滑稽としか捉えられなかった。
「何が違うんだ? 別の女を抱いた後ですぐにカイを抱いたりなんかして、そんな最低限のマナーも守れねぇような奴が、何を偉そうに言ってんだか」
ジョニーも確かに多くの女性と寝ているので人によっては無節操に思えるかもしれないが、まとめて付き合うような真似はしていない。誰彼なしに手を出すというのではなく、恋愛や恋の駆け引きを楽しみながら、一対一でその時間を相手と過ごすのだ。誰かの代わりとか、誰でもいいとか、そんな風に思ったことは一度もない。
ソルはジョニーの言ったことに驚いたらしく、目を瞠っていた。
「別の女って……。なんでてめぇがそんなこと知ってやがる」
「カイ本人から聞いた。お前は隠してたかつもりかもしれねぇが、そういうもんは大体バレてるもんだよ」
俺もよくメイにバレてるんだよな、と内心でこっそり付け足しながら、ジョニーは答える。ソルはそれを聞いて、眉をひそめて苦渋の表情を作った。
その顔が珍しく、ジョニーはもっと困らせてやろうと、更に言い募った。
「ああ、ついでに教えておいてやる。お前さん、寝ぼけてカイを別の名前で呼んだらしいぞ」
「なに……?」
途端、ソルは目を剥いた。何か心当たりがあるのだろう。この男が顔色を失うのは非常に珍しいことだった。
「だから……あんなことを言ったのか……?」
「どれを指して言ってるのかは知らないが、恐らくそうだろうよ」
欠けていたピースが埋まったように、ソルは呆然としながらも何か納得したようだった。その様子を見てから、ジョニーは壁から背中を離してドアに近づく。もう言うこともなくなった。
「代わりにしか思えないなら、カイとは関わるな。それがお互いのためだ」
ジョニーは最後にそう忠告し、部屋を出ようとした。
だが――、
「坊やは代わりじゃねぇ。いなくなったアイツの代わりなんかじゃない」
やけに強い口調で、ソルが言った。その紅い瞳は、かつて見たことがないほど真剣だった。ジョニーは動きを止め、そちらに視線を向ける。
「坊やは坊や、アイツはアイツ。アイツの代わりが坊やにできないのと同じで、坊やの代わりもアイツにできない。一緒なんかじゃねぇんだよ。……そのことに、さっき気が付いた」
ドアを半開きにしたまま、ジョニーはソルの言葉を聞いていた。何も言わなくても、ソルは続ける。恐らくそれらの言葉は、彼自身に聞かせるためのものだったろうから。
「確かに俺はアイツのために仇を取ろうとしてるが……所詮、過去のことでしかない。要するに俺がやろうとしてることは、けじめだ。アイツと坊やは、そもそも必要に思う次元が違った」
ふと、ソルはジョニーの方を向いたまま後ろに下がった。ゆっくりと後退して、ソルは窓に手を掛ける。
なんだ?とジョニーが疑問に思う間もなく、ソルは窓を開け、身を乗り出した。それにぎょっとしたのはジョニーの方だった。
「おいおいおい!? なんのつもりだッ!」
「坊やを探す。軟禁なんざされてる間に逃げられたら元も子もないからな」
飛行中のために容赦なく吹き込んでくる風に、ソルの焦げ茶の髪が忙しなく舞った。その合間から覗く紅い瞳が鮮やかな光彩を放ち、慌てて帽子を押さえていたジョニーを射抜く。
「今度は俺が坊やを追う。捕まえたらもう二度と放さねぇから、安心しろ」
ニッと鋭い八重歯を覗かせて、ソルが笑った。
何の迷いもない、楽しげなその笑い。これだからタチが悪いと、ジョニーは思った。
なぜかこちらもつられて笑ってしまっているのだから。
「まあ精々、着地に気を付けるんだな」
「何とかするさ」
軽く言ってのけたその男は、太陽をバックに、その手を放した。
一瞬でどこに行ったか分からなくなった男の代わりに、ジョニーは燦々と照りつけてくる太陽を窓から見上げていた。
真っ直ぐで、不器用で。退くことを知らずに突進して、傷付け合って。ボロボロになってまで追い詰め合う。それでも決して目は逸らさない。
なんであの二人はあんなにも、自分の気持ちに正直なのだろう。
「恋だねぇ……」
そんなことを冗談交じりに呟きながら、ジョニーはなんとなく二人を羨ましく思った。
―END―
近日中とか言ってて、一週間後になってしまいました; これでも、かつてないほどに早く書いたのですが……全然駄目ですね(汗)。
えーっと、まだハッピーエンドではございませんよ〜(笑)。別に計画が狂ったわけではなく、もともと『うしろの正面だあれ』はイグゼクス関連の話を中心にしていますので、事件が解決した辺りで終わっているのです。
これからはいつもの日常に戻ります。ただし、ソルとカイは『いつもの』日常を送るわけではなく……。
後編でソルの気持ちは決着がついたので、今度はカイ…ですね。
また非難浴びそうな展開にするつもりですが(笑→殴)
ここまで読んでくださってありがとうございました♪