Never utter

I found it pleasing to live with you.
But
I never utter it.


「スタンエッジ!」
カイは身を捻って相手の攻撃をかわしながら、鋭い雷撃を放った。
それを、ポチョムキンは巨大な腕で撥ね除ける。
「そんなものか!? 行くぞ、メガフィストォッ!」
直ぐ様突き出された上方から拳を、カイは危ういところで受け止めるが、大きく体がよろめいた。
そこへ容赦なくポチョムキンの追撃がくる。
「ヴェイパースラスト!」
態勢を立て直したカイが、攻撃を逆に掬い上げた。カウンター気味に喰らった衝撃で、ポチョムキンは仰向けに倒れる。
それを目の端で確認すると、カイはバックステップで大きく後退した。そして、素早くスタンエッジ・チャージアタックを放つ態勢に入る。
しかし技が完成する前に、ポチョムキンが起き上がり様にスライドヘッドを放ってきた。
振動が地面を伝って、カイの足を取る。法力は呆気なく霧散し、カイは勢い良く前のめりに倒れ込んでしまった。
「…くっ…」
ズシン、ズシンと音をたてて、ポチョムキンが距離を詰めてくる。近付かれては危険だ。
しかし、投げられてしまうような間合にまでは達していない。
おそらくこちらが起き上がった瞬間に、リーチの長い攻撃で牽制してくるだろう。
それを、ライト・ザ・ライトニングで反撃すればいい。
そう思ってカイが起き上がろうとした時、がくっと不自然に全身の力が抜けた。
(え……?)
技を出すどころではなかった。起き上がれたこと自体が不思議なくらい、体に力が入らない。
しかし突然の不調に戸惑う間もなく、カイはポチョムキンの拳をもろに喰らった。起き上がってしまったことが、災いしたのだ。
「――ッ!」
声なき悲鳴を上げて、カイは後方の壁に全身を叩きつけられる。体がちぎれるかと思うほどの激痛が、爪先まで駆け巡った。肺を急激に圧迫され、息が詰まる。
カイが瓦礫とともに地面へ崩れ落ちた時には、もう既に彼の意識はなかった。
「…?」
ポチョムキンは、倒れたまま動かないカイを怪訝そうに見つめる。先程の攻撃がまさかストレートに入るとは思ってもみなかったのだ。
「どうした…?」
カイがぴくりとも動かないことに、ポチョムキンは不安を覚え始める。
気絶したふりを装って、近付いてきた相手を騙し討ち…などという卑怯な真似を、カイはまずしない。二人共、そういう気質だ。
これは余程打ち所が悪かったのかもしれないと思い、ポチョムキンはゆっくりとカイの方へ歩み寄った。そして、カイの上に伸し掛かっている瓦礫をどけ、細い体に指先で触れてみる。
呼吸はしていた。だが、どうも不規則だ。全身で息をしていると言ってもいい。
ポチョムキンは力を入れすぎないように注意しながら、うつ伏せに倒れているカイを上に向かせた。そして小さな額に、指先を当てる。
「熱があったのか…」
ひどい高熱だった。カイは風邪をひいたまま闘っていたようだ。
「どうしたものか…」
いくら立場的に対立しているとはいえ、このまま放っておくのは忍びない。なによりポチョムキン自身、カイ本人に悪い感情は抱いていなかった。
ポチョムキンは徐に両手でカイを抱え上げて、周辺を見渡した。すぐ近くに病院があれば連れて行こうかと思ったが、生憎なさそうだ。
ツェップに連れ帰って治療を受けさせても構わなかったが、国際警察機構の重役に就いているカイを入国させてしまうのは、ポチョムキンとしても何かと都合が悪かった。
街外れで闘っていたので、いくらか歩けば大通りに出られるはずだ。ポチョムキンの足では着くのが遅くかもしれないが、それまでは耐えてもらうしかない。
そう思ってポチョムキンが歩き出そうとした時、後ろから声が掛かった。
「坊やをどうするつもりだ?」
覚えのある声に、ポチョムキンは体ごと振り返る。
思った通りそこには、封炎剣を携えたソルが立っていた。
ぐったりとしたまま動かないカイを見るソルの表情が、僅かに険しい。
それに気付いたポチョムキンは、一計思い付いて、カイを抱えたままソルにゆっくりと近付いた。
「ちょうど良いところに現れた。この者を預かってくれぬか?」
そう言って、ポチョムキンはソルの目の前にカイを差し出す。
ソルは思い切り顔を歪めた。
「なんで俺が坊やの面倒を見なくちゃならない? 気絶してんなら、その辺に転がしとけばいいだろ」
案の定、文句が返ってくる。
しかし、ポチョムキンは退かなかった。
「気絶しているのではない。風邪で弱っているのだ。放っておけばますますひどくなる。…だからお前がしばらく面倒を見てやってくれ」
ポチョムキンは、無理矢理ソルにカイを押し付ける。だが、頑としてソルは手を出そうとしなかった。面倒事には最初から関わる気はない、といった態度だ。
「坊やはてめぇとじゃれてたんだろ。なら、てめぇが面倒見ろよ。俺は関係ねぇ 」
「ならば、なぜ声を掛けた?」
「…てめぇみたいなデカブツ、嫌でも目につく」
確かにそれは的を射ている。ポチョムキン自身も自覚していることだ。だが―― 、
「振り返った時、お前は私を見ていなかった。見ていたのは――この青年だけだ 」
ポチョムキンは突然カイから手を放した。
ソルは一瞬ぎょっとして、反射的に落ちてきたカイを両腕で抱き留める。
「まかせたぞ」
ソルが受け取ったことを確認して、ポチョムキンは背を向けた。
「おいっ…ちょっと待て!」
流石に焦って、ソルが声を荒げる。その様子に、ポチョムキンは肩越しに振り返った。
「心配なら心配だと、たまには素直に言えば良かろう。…当の本人は眠っているのだからな」
「……」
違う。そんなんじゃない。
咄嗟にソルはそう言いたかったが、なぜか言葉にならなかった。
二の句がつげないままのソルを残して、ポチョムキンはその場を後にする。
一人でどうしようかとソルは思案したが、答えは一つしか浮かばない。
「…やっぱり俺が坊やの面倒を見なくちゃならねぇのか…?」
見捨てることが出来ない以上、面倒を見るしかない。
ソルはむっつりとしながら、とりあえずカイを寝かせられる場所を探し始めた。


なんとか見つけた安い宿にカイを置いて、ソルは薬と水を買って戻ってきた。
薬局で薬を買うなど、実験体にされて以来かもしれないと思いながら、ソルは部屋に入る。
ベットと机と椅子が一つずつしかない殺風景な部屋で、カイはいまだに眠り続けていた。
余計な金をかけたくなかったので、一人部屋にしたのだ。ソル自身は別に椅子でも寝られる。
使い古された椅子を乱暴にベット際に引き寄せ、ソルはそこにどっかりと座った。そして、息苦しそうに眠るカイの額に触れる。
さっきよりも熱が上がっているように思えた。
そのことにソルは思わず舌打ちするが、今更ごちゃごちゃ言っても仕方がないと思い、自分の口に水と薬を含んでカイの唇に押し当てた。
閉じられたままの柔らかい唇を指でこじ開け、出来た隙間から舌を割り込ませる。そして、そのまま喉の奥に水と薬を流し込んだ。
「…ん…っ」
カイが眉根を寄せて、小さく呻く。
ソルは早く飲み込むように促すため、熱を持ったカイの舌を軽くつついた。何か別の生暖かい刺激に、カイの舌がぴくっと震え、気付いたように嚥下する。
これでもう、ソルのできることはすべて終わった。
だが、ソルはなぜか唇を話離す気にれず、そのままさらに舌を侵入させて、カイの柔らかい舌を捕らえて吸い上げる。熱を持った舌は心地好く、ソルはカイの唇を貪るように味わった。
やばい。
頭の端では分かっていたが、薄い胸を探るように動かしている手を止められなかった。
口付けの合間から無意識に零れる甘い吐息に誘われて、白い首筋に花を散らしていった時、不意に遠い記憶の声を思い出す。
『不滅の体で見る、人の一生とは……さぞかし短いものなのだろうな』
あの男は、羨むでもなく哀れむでもなく、ただ思ったことを口にした。――ただそれだけの言葉。
しかし、それで十分だった。
ソルは静かにカイから離れた。
冷静になれば、何の事はない。今ここにある温もりを手放すことは、苦痛でもなんでもなかった。
もっと後に手放さなければならないことを思えば。
今ならまだ間に合う。ここで姿を消してしまえばいい。
そして、もう二度と目の前に現れなければいいだけだ…。
――もう二度と。
「……無理だろうな」
ソルは自嘲気味に笑った。
俺が逃げても……きっとこいつは追いかけてくる。
ギアの情報があれば、否応なしに鉢合わせる二人だ。
だから俺は――また逃げる。
そして、こいつはまた追いかけてくる。
完全なイタチごっこ。
……それでいい。
追いつかれないように――でも、離れすぎないように。
「…早く良くなれよ、坊や。お前が追ってこないと、俺は走れねぇんだ」
ソルはそう呟て、シーツに埋もれる金髪を優しく撫でた。








鳥が小さく騒ぐ朝の日差しを受けて、カイは震える瞼を開けた時、自分がどこにいるのか全く認識できなかった。
「あれ…?」
見たこともない古びた部屋。壁紙は端から剥がれかけており、床板は歩くごとに軋みそうな傷み具合という、ひどいものだった。
明らかに自分の部屋ではない。
何が何だか分からず、カイは状況を確かめようと上半身を起こした。
すると、額から何かが滑り落ちる。
「……?」
それは、生暖かくなったタオルだった。ふと横を見ると、水を張った陶器の洗面器が、机の上に置かれている。
熱を出した人間に対する、典型的な措置。
それを、自分が受けていた?
「あ…。そういえば、ポチョムキンさんと闘っていたような…」
カイはやっとその事実を思い出した。しかし、あまり細かいところまで思い出すことができない。
ぼんやりとした頭をはっきりさせようと、カイは軽く頭を振るが、途端に目眩で倒れそうになった。
「…またぶっ倒れるぞ」
低く心地好い声が、甘く耳を掠める。
「ソル…」
カイは目を見開いて、すぐ側で椅子に腰掛けているソルを見つめた。
窓から差し込む日差しが逆光になっていて、ソルの暗い目許はよく見えない。しかし、ソルがこちらをじっと見つめていることは分かった。
「なんで…お前なんかがここにいるんだ…?」
カイは困惑した呟きを零すと、ソルは徐に腕を組んで上体を僅かに反らした。
「随分なお言葉だぜ。一晩中看病してやったってのに、その言い草はひでぇんじゃねぇか?」
「看病? なんで…」
自覚症状のないカイに、ソルは呆れた視線を送る。
「お気楽な坊やだな。あれだけ熱が出てて、気付きもしねぇのか」
「え……」
カイは自分の額に手を当ててみた。しかし自分自身の手も火照っているので、よく分からない。
首を傾げるカイに、ソルは立ち上がって近付いた。
そして、カイの前髪を掻き上げて、剥き出しになった額に唇を押し当てる。
「…!」
カイはびくっと肩を震わせて硬直した。
強張るカイの体が戸惑いの色に染まっていることに気付いていたが、それに構わずソルはカイの額から体温を探る。
どうやら熱はほとんど下がったようだ。多少熱が残ってはいるが、それほど支障はないだろう。
それを確認したソルは、カイの額から唇を離した。
病気が治ったのなら、もう自分は用なしだ。
「熱も下がったみてぇだし……俺は退散するぜ」
そう言う残して、部屋から出ようと背を向けた。
あまり長くそばにいると情が移りそうで恐かったのだ。いや――もう疾っくの昔に情は移っているのかもしれない。ただ、それを悟られるわけにはいかなかった。
「あ……待て、ソルっ!」
なのにカイはソルを引き止めようと、ベットから慌てて這い出てくる。
しかし、カイの弱った体は容易くバランスを失った。
「おい、急に起きるな」
それを寸でのところで受け止め、ソルは腕の中のカイを見つめる。
カイは厚い胸板に押し付けてしまった顔を、恐る恐る上げた。
「あ、あの…助けてもらったのが本当なら……お礼くらい、言わせて下さい」
微熱のせいか、潤んだ瞳でカイはしどろもどろに呟く。
やめてくれ。そういう顔をされたら…。
「…礼はいらねぇ。代わりに唇、もらうぜ」
心の制止をよそに、ソルはカイの顎を取って口付けていた。
カイの大きな瞳が、更に大きく見開かれる。
『たまには素直に言えば良かろう』
知らず、ポチョムキンの言葉が脳裏に蘇った。
……無理さ。
ソルは心の中でやんわりと否定する。
軽口をたたいて突き離さないと保てないこの距離を……壊したくないだけだ。
これ以上望んだら罰があたる。
神など信じてもいないソルは、そう嘯いた。
「坊やはそこいらの女よりよっぽど美人だからな。これで十分だ」
唇を軽く触れさせただけで、ソルはすぐにカイから離れる。
これでも精一杯の自制だった。
「……美人?」
突然のことで呆気に取られていたカイが、不意に眉根を寄せる。
「ああ、美人だぜ。…何か不満か?」
そう言ってやると、カイはじろっと睨んできた。
違うところに不快の色を見せ始めたカイに、ソルは内心戸惑う。
「お前まで…私を女みたいだと言うのか?」
カイの瞳に、明確な怒りが宿っていた。
「女ぁ? …まあ、確かにお前は女みたいなツラはしてるが…」
「やっぱりお前は、私が女みたいだと言いたいわけだな!?」
なぜか本気で怒っている。
まさかそんなところで怒られるとは思ってもみなかったソルは、どうしていいのか分からず、呆然とカイを見つめた。
「一部の人が、陰で私のことを女みたいな奴だとか言っているのは知っていたが……お前までそう言うのか!!」
別に俺は悪い意味で言ったんじゃないんだが……。
――っていうか、何かあったのか? 尋常な怒り方じゃないぞ、お前。
そう言いたかったが、ソルは敢えなくその言葉を飲み込んだ。
カイの体から、怒りに任せて青白い雷がパチパチと音を立てて発生している。
封雷剣を持ってはいないものの、ライト・ザ・ライトニングでもぶっ放しそうな勢いだった。
これは……本気で退散した方が良さそうだ……。
「何を怒ってるんだか知らねぇが……俺は帰るぜ」
「逃げるのか、ソルッ!!」
ズドオォォンッッ!
暴発した法力で、辺りが吹き飛んだ。
幸い音のわりには攻撃範囲がそれほど広くなかったおかげで、ソルは直撃を免れる。
(今回はまた妙な別れ方をしたもんだな…)
そう思いながら、ソルは素早い身のこなしで宿を飛び出していた。
(……いや、俺達らしくていいか)
しんみりした別れ方など似合わない。むしろドタバタな展開の方が、よっぽどお似合いだ。
(…それでいい)
ソルは苦笑しながら胸中で呟く。
もう背後で轟音は鳴っていなかったが、ソルはまた再会できる日を願って、後ろを振り返らなかった。







衝撃の余波で舞い上がった砂塵の中で、カイは消えていった広い背中を悲しい目で見ていた。
「女みたいだから……キスしたのか…?」
私だから、ではなく?
カイは、ふっと自嘲の笑みを漏らした。
「美人なら、誰でもいいんだな…」
そう思うと、キスされたことを一瞬でも喜んだ自分が、ひどく馬鹿みたいに思えた。
あいつにとってのキスは、自分が考えているほどに意味を持っていないのだろう。
だから、軽々しくそんなことができる。
「……」
カイは無言で唇を拭った。
こんなキスはいらない。
自分が望むものじゃない。
カイは頬を伝う涙を砂塵のせいにして、静かに目を閉じた。





END





互いに意地張ったせいで、すれ違いまくってます(汗)。
この話、本当は漫画用に考えていたやつでした。
だから、カイがキレちゃった辺りがギャグっぽいでしょう? うん、ギャグだったんです(笑)。
ちなみに漫画でのラストは、宿の主人が出てきて「お客さん、壊した分は弁償してくださいね(怒)」という感じの予定だったんですが、流石に小説でそれやるとみもふたもないのでやめました。(←でも、こんなところでバラしてる)
最初のカイVSポチョのシーン、なんだかまともっぽいですが、実際自分がやるときは、遠くに離れてひたすらスタンエッジ連発で勝ってます。ひっきょー…。