カイはふと目を開いて、周りを見渡した。まだ眠りについてそれほど経ってないようだ。
思わず撥ね除けてしまったシーツを引き寄せ、カイはもう一度寝直そうと、体をベットに横たえようとした。
が――。
「……だからなんでお前がいるんだ……」
カイは眉をひそめて、ベットの大半を占拠している人物を呆れた目で見つめる。
隣に横たわっていたのは、なぜか仰向けに眠るソルだった。
今まで一人用のベットで大の男が二人寝ていたことになる。狭くて仕方ないはずなのに、なぜ気付かなかったのか。いや、それ以前に一体いつ潜り込んできのだろう。
『また来る』。あの言葉はそういう意味だったのか。
さっきまで見ていた夢の中のソルと、横で穏やかに眠っているソルとの表情のギャップに、カイはなんなとく拍子抜けしたが、心のどこかで安堵していた。
あんな目を、もう二度としてほしくはない…。
「…」
そういえばソルをこんなに間近で見たことはなかったなと思って、カイは少しソルの方へと身を乗り出した。
よくよく見ると、小麦色の肌は意外にもきめ細かく、肌触りが良さそうだった。無骨なイメージが強いソルだけに、新しい発見である。顔も案外整っていた。カイのように綺麗だというわけではないが、少なくとも女の人が言い寄ってきても全くおかしくない男らしい顔だ(実際はあの愛想の悪さであまり近寄ってこない)。いずれにせよ、カイにとってはどれも羨ましいパーツである。
シーツから出ているソルの上半身は裸だった。赤いジャケットと黒のランニングが、荷物とともに床へ投げ出されている。その中にズボンが混じっていなかったので、下は流石に履いているらしく、安心した。もしも全裸だったらベットから叩き出してやろうかと密かに考えていたカイである。
そうやってしげしげと観察していて、カイはヘッドギアの存在に気が付いた。服は脱いでいるのに、頭のヘッドギアは外していない。こんな時にまでギアの刻印を隠し続けているソルが、少し哀れに思えた。
自分の正体を偽って同胞を狩り続ける生き方を選んだソル。ギアからは裏切り者と罵られ、人間の中に溶け込むこともできず、時にも見放された体で放浪し続ける人生は、一体どんなものだろう。カイには想像することもできない。しかし、だからといってただ同情するのは何か違う気がした。
ありのままのお前を受け入れられたらいいのに…。
カイは自分の中に根付くギアに対する嫌悪をまだ拭いきれていなかった。昔のようにただ否定することはなくなったけれど、長い間戦争に身を置いていただけに、心の奥底に負の感情が刷り込まれてしまっている。完全にこの感情を消し去るには、もう少し時間が要りそうだった。
ソルをずっと見つめていたカイは、少し逡巡してから恐る恐る手を伸ばしてヘッドギアに触れてみた。どうも見ていると、防具が邪魔で眠りにくそうに思えて仕方がない。
どうか起きませんように、と祈りながら、カイは止め具に手を掛けた。
「なにしてる」
「!」
カイは驚いて、びくっと身を退いた。ソルの目がいつの間にか開いている。赤い瞳が咎めるようにこちらを見ていた。
カイは無言の圧迫に耐えかねて、困ったように口を開く。
「あの…、それが邪魔かなと…思っただけなんです」
おろおろしながら答えるカイに、ソルはさもつまらなさそうな視線を投げてよこした。
「くだらねぇことしてんじゃねぇよ」
そう言うと、ソルはまた目を閉じる。カイはその顔を、ふせめがちにじっと見つめた。
「…あなたが自分の意志を持っている限り、あなたは人間なのだと…私は思います」
苦しそうに言葉を紡ぎながら、カイはソルの方へ再び手を伸ばす。指先が軽くソルの前髪に触れた。
ソルは身じろぎ一つしなかった。
カイはそのまま指を滑らせ、ヘッドギアに刻まれた「Rock You」の文字を確かめるように撫でた。手にかかる髪の感触が心地良く、カイは薄く微笑む。
「…だから、この刻印に意味なんてありません。ただの…綺麗な模様です」
「……」
カイはもう一度、ヘッドギアの止め具に手を掛けた。
今度は何も言わなかった。
「…いいんですか?」
「……」
遠慮がちに聞いてみたが、ソルは目を閉じたままやはり何も言わない。
カイは丁寧に、ソルのヘッドギアを外した。そしてそれを静かに枕元へ置く。
露になった額の刻印を見つめ、カイはなんとはなしに手を伸ばした。
しかし、その手をソルに掴まれる。
「え…?」
カイは思わず疑問の声を上げた。ソルが何も言わなかったので、いいのかと思っていただけに、手首をがっちりと掴まれ戸惑ってしまう。
ソルがゆっくりと目を開いた。
「お、怒っているんですか…? ソ…っわ!」
突然カイの視界が反転する。強い力でベットに押さえ付けられ、反射的に目を閉じた。一体何がどうなったのか分からずに混乱するカイの唇に、熱くやわらいものが押し付けられ、驚きに目を見開く。
「んん…っ!」
カイに覆い被さるような格好で、ソルが貪るように口付けてきた。何をされているのかにやっと気が付いたカイは、慌てて顔を背けようとする。しかし、ごつごつとした大きな手が顎を強く掴んできて、動きを阻んだ。
最初に掴まれた右手は頭上に縫い止められていて、動かない。カイは自由な左手でソルの厚い胸板を押し返そうと力を入れた。だが、下唇を舌で舐められる感触に驚いて、一瞬力が抜ける。咄嗟に抗議を口にしようとして唇を開いた瞬間、ソルの舌が強引に割って入ってきた。
「んぅっ! …ん、ふ…っ」
後頭部を固定され、より深い口付けを強要させられる。逃げることも叶わず、舌を搦め取られて強く吸われた。ソルの舌が口腔内で暴れ回るのを、カイは強張る体で受け止め続ける。
頭がぼうっとして意識が遠のきかけたとき、ソルがやっと解放してくれた。
「…っは、…はぁ…っ」
肩で息をしながら、カイは酸素を取り込もうと喘ぐ。その様子を、ソルは涼しい顔で見ていた。
「この程度で息が上がんのか? 情けねぇな」
「お、お前は突然なにを…っ!?」
「拝観料」
「……はぁ?」
カイは目をぱちくりさせて、ソルを見上げた。
「俺の秘密を見たんだぜ? 普通なら首をもらってるところだ」
ソルは不意に底意地の悪い笑みを浮かべると、カイの方にぐっと顔を近づける。カイは緊張した面持ちで、間近のソルを見つめ返した。
先程の余韻が残るカイの潤んだ瞳が、ソルの目に留まる。
「…それを、カワイイ坊やに免じてキスで済ましてやったんだから、ありがたく思えよ」
軽く鼻で笑うソルに、カイはカッと紅くなって勇ましげに睨みつけた。
「な、何がありがたくだっ! 大体にして、今さらだろう! 前にも一度見ているのだし…っ」
「なら、もう一回分払ってもらおうか」
言い様、ソルはカイの顎をぐいっと掴む。同時に腕も押さえ込まれたカイは慌てた。
「な…っ! んんんっ…ふ、ぁ」
逃れようと体の下で暴れるカイに、巧みに体重をかけて動きを封じながら、ソルはカイのやわらかな唇を堪能する。流れる金髪を手で梳きながら唇を舐め上げると、カイは自然に唇を開いてきた。
無意識の行動なのかもしれない。カイの体は相変わらず逃げ腰なのだが、熱く熟れた舌はソルに捕らえられるのを待っているように思えた。
望み通りにソルが唾液を含ませた舌を絡めてやると、カイはぎゅっとソルの後ろ髪を握って、飲み込まれそうなキスを甘受する。
角度を変えて口付ける度に、カイの体から徐々に力が抜けていき、息継ぎの合間から漏れる音が艶やかな声に変わっていった。それに満足したソルは、服の裾を捲り上げて、カイの白く滑らかな肌に手を這わす。
それに驚いたカイは、制止の声を上げた。
「ちょ…やめてください! 話が違うじゃないですかっ!」
自分より遥かに重い体を必死に押し返そうとするカイを見て、ソルは不機嫌そうに眉をひそめる。
「なんだぁ? 自分だけ満足しようってんなら、ムシが良すぎるぜ」
「!? ば、馬鹿なことを言うな! 誰が嬉しがってる。さっきから嫌がってるのが分からないのか!?」
男にキスされて喜ぶ男は、普通いない。
しかし、艶かしく上気したその顔はどう説明するのか…。
もちろん納得のいかないソルは、抗議など無視してそのままカイの服をさっさと脱がしていく。
「や…やめろと言ってるだろォッ!!」
「…!」
怒ったカイが、ソルの顔に枕を思い切りぶつけた。
一瞬ソルの力が抜けた隙に、カイはベットから慌てて抜け出す。
「私はソファで寝ますから、あなたはそのベットで勝手に寝ててくださいっ!! 」
桜色に染まった顔で、カイは怒ったような声で叫んだ。そして、ばたばたと逃げるように部屋を出て行ってしまう。
折角のってきたところでまんまと逃げられ、ソルはチッと舌打ちした。
しかし次の瞬間には、思わず破顔してしまう。
(ま、たまにはこういうのも悪くない…か)
ヘッドギアの付けられていない額に触れながら、ソルはそう思った。

その後……味を占めたソルが、頻繁にカイの家へ訪ねて来るようになったのは言うまでもない。




END







…というわけで、軽い感じのソルカイでした☆ 女っぽいカイも鬼畜なソルもあんまり好きじゃない私が書くと、こんな風に結構ドライになってしまいます。ごめんなさい。
そうそう。タイトルの「affect」は、「…に影響する」ではなく「…のふりをする」の意味で使ってますのであしからず。英語は苦手なので、文法的にあってるかどうかは知りません(滝汗)。
…えっと、最後に一つ…。血まみれのソファでどうやって寝る気だ、カイ…。