やっとのことで古文書の解読を終えたときには、また「明日」になっている。
カイはいい加減慣れてしまったので、もはや特に眠いと感じなくなっていた。
もうついでだから、書庫の整理でもしてしまおうか。
そんなことを考えながら部屋を覗くと、一気にやる気が失せてしまった。
「……こんなひっくり返したかなぁ……」
思わず冷汗を流しながら、カイは呟く。
元々教会にあった書物と自分が持ち込んだ書物が半々くらいの割合で収められている書庫は、見るも無残にひっくり返っていた。大小様々の本が高く積み上げられていたり、床に散らばったりしている。
日頃から掃除はしているので埃は積もっていないが、膨大な量の本を棚に並べなくてはならないという現実に、カイは溜め息をついた。
「文句を言っても仕方がないか……。自分でやったことなんだし」
今回受けた解読の仕事は、相当な難物だった。おかげで、色々な書物をあたってこの有様だ。
面倒な依頼を受けてしまったことを今更ながら後悔するが、そう思ったところで本は元に戻らない。
カイはしぶしぶ近くにある本から拾い上げて棚に戻していった。
そうして全体の三分の一が片付いた時、突然窓が派手な音をたてて割れる。
「……!」
カイは咄嗟にガラスの破片から顔を庇った。幸いにも窓から離れた場所に立っていたので、大きな破片は飛んでこない。
一緒に流れ込んできた外気に煽られて、金糸の髪が乱されていくが、特に気に止めなかった。
この気配。
確信に近いものを感じながらカイは腕を下ろした。途端、視界がひらける。
真っ先に目に飛び込んできたのは、天使の白い羽根。
そしてその華麗さを見事に裏切る、不敵で屈強な笑み。
「ソル……」
カイは無意識にその名を呟いた。いつの間にか部屋の中な立っていた男は、カイの零した言葉に笑みを深くする。
「覚えてたみたいだな」
体の芯を震わせる、掠れたソルの声。
「なんで……ここにいるんだ」
カイは逞しい体躯の男を茫然と見つめる。自分は確かに忠告したはずだ。遠くに逃げるように、と。
なのに、なぜここにいる?
「ちょっと用があってな」
ソルは低い声で告げながら、戸惑うカイに近付いてきた。ソルが一歩踏み出す毎に、靴の裏でガラスがパキリと鳴る。
間近に立たれて、カイは改めてソルの容貌を見つめた。今日は昨日のような月明かりだけという心もとない状況ではない。部屋には二つのランプが煌々と灯っている。
その光に照らされて影を作るソルの筋肉は常人とは懸け離れた盛り上がり方をしているというのに、なぜかしなやかな印象を与えていた。
しかし獣のしっぽのように長く垂れた茶色の髪は、誰をも寄せ付けない獰猛さを漂わせている。
そして、こちらを見下ろす金色の瞳。
……困ったな。
表面上は平静を装ったままカイはそう思った。
こんなにも近くにいるのに、嫌悪感がないのだ。それが不思議でならない。
魔物も人間と同じく生き物だ。浅はかな人々がいうように悪魔ではない。
それを知っているからこそ、カイは今まで何度も対等の立場で魔物と渡り合ってきた。
だが、どんなに理性に訴えても、心の奥底にある恐怖と嫌悪は拭えなかった。
カイの生気は普通よりも強く、魔物曰く「美味い」らしい。それ故に幼少の頃から常に狙われ続けていた。
魔物は敵。殺さねば殺される。
それは子供の頃に悟ったこと。そして、それは今でも心の奥に在り続けている。
なのに。
なぜ昨夜、この魔物を殺さなかったのだろう。
なぜ、助けてしまったのか。
友人のテスタメントを欺いてまで……。
カイは自分が分からなくて混乱した。こんなことは初めてだ。
いつも第三者の如く冷静に状況を見つめ、自分の心ですら利用してきたというのに……。
カイは一度目を伏せた。
考えるな。
考えなくていい。
今の自分は罪を償うためだけにある。
それ以外は考えなくていい。
「……で、用とはなんだ」
目を開けて、ソルを見上げながらカイは言った。
その瞳に、もう感情はない。
ソルは一瞬、カイの中に迷いを見たような気がしたが、湖面のように静かな瞳を向けられ、その考えを打ち消した。
「お前の生気を奪いに来た」
ソルは端的に答える。それ以外に理由などありはしないと言わんばかりだ。
その言葉にカイはただ、そうかと呟いた。なぜか声の調子が暗くなる。
それが「落胆」であることに、カイは自分で気付かなかった。
「……しかしな、ソル。私は昨日の今日で回復していないし、それに……」
「てめぇの都合なんざ、知ったこっちゃねぇ」
ソルはカイの言葉を遮って、カイの唇を奪った。
強引に顎を引き寄せられて、カイは苦しげに呻く。しかし、唇は固く引き結んだままだ。
ソルはそれをこじ開けようと、無理矢理舌で唇を割る。
――が、勢い良く跳ね上げたカイの膝が、ソルの股間を直撃した。
「――!!」
声無き悲鳴を上げて、ソルはその場にくず折れる。あまりの激痛に、体を折り曲げて床に額を押し付けた。
カイはそれを冷めた目で見つめる。
「調子が良くないのも確かだが、それ以上にお前なんかに構っているヒマはない。分かったら、さっさと帰れ」
「お…お前なぁ……っ」
まだ股間を押さえたままの情けない姿で、ソルはカイを睨付けたが、いまいち迫力がない。
もともとソルを恐れてもいないカイは、床に這いつくばっているソルを無視して部屋を出ていこうとした。
慌ててソルはカイの細い腕を掴む。
「……ソル。別に私でなくても構わないだろう? 他の人から奪ってくればいい 」
「他の人間はお前みてぇに丈夫じゃねぇんだよ。ちょっとのつもりでも……殺しちまう」
ソルの思いがけない真摯な瞳にぶつかって、カイはなるほどと思う。
昨夜出会ったとき、カイはソルが自分を殺さないだろうと直感的に思った。
ソルは確かに周りのものを無差別に殺しそうな気迫を持っている。
だが、それは「気迫」であって「殺気」ではない。
なぜ殺そうとしないのか不思議だったが、なんとなく理由が分かった。
きっと誰かを不本意なままに殺したのだろう。
ならば。
もしそうだというなら。
「私は死んでもいいというのか? 私だって……死なないわけじゃない」
「……!」
ソルの瞳が、はっと揺れ動いた。
虚を突かれて何も言えずにいるソルに、カイは皮肉げな笑みを向ける。
「本当は死のうが生きようが、別にどっちでもいいんだが……私はまだ死ぬことを許されていないんだ。だから、悪いが生気を分けてやれない」
「……」
虚ろな瞳でそう言うカイに、ソルは何を言えばいいか分からなかった。
すべてを悟って、同時に生きることを半ば諦めてしまっている瞳が、長年作り慣れた嘘の微笑をたたえて揺れている。
何かが壊れそうな――いや、もうすでに壊れてしまったようなその様子が痛々しく、ソルは眉を寄せた。
どうすればいいだろう?
この死んだような瞳に、本当の意味で光を取り戻してやるには……。
考えるより先に、ソルはカイの細い体を強く抱き寄せていた。
「ソ……ル?」
驚いたように、カイが戸惑いの声を上げる。しかしカイは腕の中に収まったままで、嫌がる様子はなかった。
ソルはカイの耳元にそっと唇を寄せる。
「考えるな」
「え……?」
「難しいことは考えるな。もっと馬鹿になれよ」
「な、なんだそれは……」
流石にソルの意図が読めず、カイはソルの腕の中でみじろいだ。
しかし柔らかい金髪に顔を埋めながら、ソルは更に強くカイを掻き抱く。
「何も考えずに、見たまま聞いたまま感じろ。……そうやって、何もかも押し殺すな」
「……」
「坊やはまだ大して生きちゃいない。心の殻に閉じ籠もるにはまだ早すぎるぜ」
「……一体なんのこと…っん、う」
話している最中に唇を塞がれ、カイは咎めるようにソルの厚い胸板を叩いた。
だが、そのくらいではびくともせず、更に深く貪るように口付けられ、カイは胸中で悲鳴を上げる。
ソルの熱い舌が唾液を絡ませたまま歯列を割って容赦なく入ってきた。そしてカイの抵抗が弱いのをいいことに、今まで侵入など受けたことのない口腔を乱暴に嬲っていく。
自分とは明らかに違うものが歯茎をなぞっていく感覚に、カイは体が震えそうになった。
「うぅ…んっ、ふ――っは」
カイはなんとかソルの顔を押し退けて濃厚な口付けから逃れる。五分も経っていないのに、カイの心臓はうるさいくらいに早鐘を打っていた。
「ソ、ソルッ! 私はまだ生気を分けてやれないと言ったはずだぞ!?」
カイは息を乱したまま、紅潮した顔でソルを睨付ける。
だが、ソルはカイの言葉を無視して、また強引に唇を奪った。
「んぅ……ふ、ぁ…っ」
腰と頭をがっちりと固定されて、カイは抗う間もなく再びソルの舌に口腔を侵される。
角度が変わるたびに、カイが苦しげに声を漏らしたが、ソルはそれすら飲み込むように唇に喰らいつく。舌と舌が擦れ合う感触に体が跳ねそうになって、カイはきつく目を閉じて耐えた。
ソルはカイが脅えたように体を強張らせていることに気付いて、桜色の艶やかな唇から自分の唇を静かに放した。
「目ェ……開けろよ」
「! なんで……あっ」
ソルに首筋を舐められ、カイは言葉を紡げないままピクッと体を震わせる。
背中を駆け上がる甘い痺れが一体何なのか分からないカイは、不安と恐怖に瞳を揺らめかせた。
それを宥めるように、ソルはカイの背中をゆっくり上下にさすってやる。
「……生気なんて、もうどうでもいい」
「え……?」
耳元で囁かれた言葉に、カイは耳を疑った。
「何を、言っているんだ……? そのためにここへ来たんじゃ…」
困惑しているカイに、ソルは苦笑を漏らす。
「……そのつもりだったさ。でも今は……お前が欲しくてたまらない」
「な……っあ、ふ…ぁ」
耳の後ろを舐められ、カイは体をわななかせた。薄い唇からか細い吐息が漏れる。
ソルが首筋から鎖骨にかけて舌を這わせながら、カイの服を寛がせて胸の突起をきゅっと摘むと、カイは泣きそうな声を上げた。いっそのこと泣かしてやりたいという欲望に駆られたソルは、一方を口に含み、もう一方を指で潰すように胸の飾りを弄り始める。
「やめ…ろ、ソ…ああっ」
今までに感じたことのない快感に、カイは恐怖した。
何かを強引に変えられてしまいそうな気がする。
自我が崩れていくのではないかという恐ろしさに支配され、カイはソルの手から逃れようと身を捩った。
「いやだ…っ、ソル! やめろ…」
ソルを押し退けようと必死になるカイを、ソルはさらに強く抱き寄せ、空いている手を下肢に這わせる。
カイは息を止めて体を強張らせた。
ゆっくりと内腿をたゆたい、熱を持ち始めた箇所を布越しに擦り上げられる感触に、カイは口を閉じるのも忘れて淫らに息を吐く。
「ホントに嫌なら、殴って逃げろよ」
笑いを含んだソルの言葉に、カイは苦しげに眉を寄せた。
殴って逃げる。出来たらそうしたい。
でも……触れてほしいというのも本当で……。
心の中で暴れ狂う理性と本能に揺さぶられて、カイはどうしていいか分からずにただ困惑するばかりだった。
「なんだ、逃げねェのか?」
常の冷静さを失って頬を桜色に染めるカイがあまりに可愛らしく、ソルはズボンのジッパーを下ろしてカイ自身に直接触れて、軽くなぞり上げてやった。
途端にカイが短い悲鳴を上げて背中をくっと反らす。
「どうなんだ? 思ったまま口にしてみろよ。……望み通りにしてやるから」
中心に愛撫を与えながら、ソルはできるだけ優しい声音で囁きかけた。
カイは下肢の刺激に途切れ途切れの声を漏らして耐えながら、ふるふると首を横に振る。
「わ…からな…い…っ」
下の熱をゆるゆると扱かれながら胸の飾りにも歯をたてられるという、拷問にも等しい快楽に身悶えながら、カイは本当に分からなくて助けを求めるように声を絞り出した。
本当に分からないのだ――自分が。
様々な感情が溢れてきて、それをなんと呼ぶべきなのか分からない。
何を望んでいるのか自分でも分からないのだ。そもそも「望み」が自分の中にあること自体が考えられないことだった。
この「強い」感情はなんだろう。
まるであの時のような――。
「ああああああ!!」
「!?」
突然二人の間を割るように雷が発生した。
驚いたソルは思わずカイから離れる。
支えを失ったカイの体は、壁に背中を預けながら、ずるずるとその場にしゃがみこんでしまった。
ソルはすぐにでもカイを助け起こしたかったが、カイの周りに発生する恐ろしいほど高圧な雷の塊に阻まれる。
青白い光がせわしなく衝突を繰り返し、火花を散らす向こうで、時空さえもが時折歪んでいた。
これが人間一人が扱う力か?
あまりに強力な法力に、ソルは愕然とした。
もちろんソルが本調子ならこれに匹敵する力くらいは出せる。だが、それは魔物であるがゆえであり、人間が扱うなどもはや論外だ。
しかも、この危険な力をカイは操りきれていない。
乱れた半裸の姿で、カイは暴走しそうになる力を必死で抑え込もうと、自身の白い肌に爪を立てて自らの肩を抱いている。
「逃げろ……ソル」
青ざめた顔に脂汗を滲ませて、カイは震える声で言った。
もう誰も殺したくないないのだと、目が語る。
だが、ソルはそれを無視して近付いた。
「! 馬鹿っ、死にたいのか……!?」
「それはお前次第だろ?」
「違う! これは私の意思とは無関係に……っ」
「んなのはガキの言い訳だ」
ソルは歩を緩めず、さらに近付く。
「それはお前の力であることに変わりはねぇんだよ。俺を殺すんだとしたら、それはお前が望んだことだったってだけだ」
「違うっ、私はお前を殺したいわけじゃ……!」
「なら、証明してみせろよ」
ソルは徐に、カイの方へ手を伸ばした。
カイはソルを殺してしまうのではないかという恐怖に、ぎゅっと目を閉じた。
瞼の裏には、昔の悪夢が蘇る。
感情のままに怒りをぶつけた途端に屍と化した友人。
それを見て悲鳴を上げる周りの大人達。
そしてその場から逃げ出すことしかできなかった自分。
――カイの頬を、涙が伝った。
もう何かを失うのは嫌だ。
ましてや自分の手で失うだなんて……!
「泣くな、坊や…」
低く静かな声とともに、大きな手が頬に触れ、涙を拭っていった。
カイは驚いて目を見開く。
「ソ…ル…?」
目の前で、ソルは穏やかに笑っていた。屈み込んで、こちらを見ている。
カイの周囲では、相変わらず力が暴れていた。
だが、どういうわけかソルには何も危害を加えていない。まるで故意に避けているようだった。
「やればできるじゃねぇか、なあ?」
ソルが楽しそうに笑う。
まさか……自分の意思で力を操っている?
「でも……力が収まらない」
言うことを聞かない力が近くの本を跳ね飛ばして焦がすのを、カイは目の端に留める。
確かにソルを攻撃しなくなったが、依然として雷は暴れ狂っていて、このままでは建物を壊しかねない。
ソルは、子供のように当惑するカイの額にキスを落とした。
「お前がその力を受け入れようとしねぇから、思い通りになんねぇんだよ」
「そんな……」
カイは泣き出しそうに弱々しげな顔をする。
それがソルの嗜虐心をくすぐったが、流石にここで苛めるわけにはいかない。
ソルはあやすようにカイの髪を梳いてやった。
「情けねぇ顔してんじゃねぇ。ほら、力抜け」
「んぅ……」
言い様、ソルに唇を奪われ、カイは筋肉質の腕にしがみつく。
滑り込んできた分厚い舌が口腔を嬲っていく感触に頬を染めながらも、カイは言われた通りに全身の力を抜いていった。
すると、体の奥をビリビリと脅かしていた法力が、まるで波が退いていくかのように収まっていた。騒がしく空気中の粒子を震わす振動もいつの間にか消え失せていく。
――残ったのは、お互いの舌を求めて生まれる淫靡な音だけだった。
「ふっ…ぅ…」
キスの合間に漏れるカイの甘い声がどうしようもなく心地好くて、ソルは何度もカイの柔らかい舌を嬲り、強く吸い上げる。
カイも縋り付くようにソルの首に腕を搦めて、口付けを受け止め続けた。
永遠かと思われるほどの長いキスを終えると、不意にソルがカイを抱き上げる。
「え……。ソル?」
突然、俗にいうお姫様だっこをされてびっくりしたカイは、ソルの服をぎゅっと掴んだ。
「寝室、どっちだ?」
「え。あっちだけど……なんでそんなこと聞くんだ?」
これからすることを全然分かっていないカイに、ソルは流石に閉口する。
そっちの方面にはとことん疎いらしい。
「セックスするに決まってんだろ。二人で寝室入って、他に何するってんだ」
遠回しに言うのも面倒で、ソルはそのまま口にする。
驚いたカイは、顔を真っ赤にしてソルから逃れようと、わたわたと暴れた。
「ちょ…ちょっと待て! 私もお前も男であって、そんなことできるはずが……!」
「……お前、どこまで知識がないんだ……」
ソルは思わず呆れてしまったが、だからといってカイを解放する気はさらさらない。
無駄な抵抗を続けるカイを抱きかかえたまま、ソルは寝室に入った。
そして、成人男性にしては軽すぎる体をベッドの上に放り出す。
カイはすぐに起き上がろうと上体を起こしたが、ソルに上から抑え込まれてしまって、シーツに埋もれたまま身動きが取れなくなった。
「ソル、ちょっと待……」
「待たねぇよ」
うるさい唇を塞いで、ソルはカイの下肢を一気に剥く。
カイがくぐもった悲鳴を喉の奥で上げたが、ソルはそれをきれいに黙殺して、カイの細い太腿に手を滑らせた。
膝の裏から足の付け根までゆっくり這い上がってから、そのまま下る。
白い首筋に舌を這わせながら、それを何度も繰り返すと、なかなかいいところに触れてもらえないもどかしさに、カイが切ない声を上げた。
「あぁ……ソ、ルぅ……っ」
鼻にかかった甘い声で、カイは無意識にソルを誘う。
それを了承と取って、ソルはカイの敏感な箇所に手を添え、強弱をつけて扱き始めた。
カイはその刺激にヒクンと体を震わせ、ソルにしがみつく。足もとから満たし、押し寄せてくる快楽の波に、カイはシーツの上で金糸の髪を散らして喘いだ。
「もっと声、聞かせろよ……」
手の中で熱を持って潤んでいるものをいたずらに苛めながら、ソルはカイの耳元で囁く。
それを聞いたカイは、自分の乱れた姿に気付いて声を殺そうとした。
――だか、ソルに先端を爪で引っ掻かれ、カイはのけぞって嬌声を上げてしまう。
「そうやって感情を殺して逃げようとするから、いつまで経っても力がコントロールできねぇんだぜ?」
「ん…ああっ、う…」
「ほら、もっと鳴け。喉が枯れるまで声あげてみろ。……冷静なふりなんて、やめちまえ」
「んんぅっ、ふ――あああっ!」
白い背中をくっと弓なりに反らして、カイはソルの手の中に欲望を吐き出した。
脱力してシーツに沈んだカイは、火照る体と乱れる息を整えようと、大きく息を吐く。
しかし、ソルの指が精液を絡ませたまま奥に潜り込もうとする気配に、カイはぎょっとして体を起こしかけた。
「な、何を……ひっ、あ!」
思わぬ場所に異物が無理矢理侵入してくる感触に、カイは悲鳴をあげて、再びシーツに沈んだ。
ソルの骨張った指が内襞を擦り上げるように蠢いて、容赦なく奥まで入り込んでくるのを、カイは嫌がるようにあとずさったが、ソルはそれを許さず、細い腰を掴んで固定し、引っ掻くように指を動かした。
「んっ…あ、あん…っ」
徐々に慣れ始めたそこは、二本目も容易く飲み込み、カイの奥に疼く快楽を呼び覚ましていく。
媚肉が指に甘く絡み付く感触に、ソルは僅かに目を細めた。
「……挿れるぞ」
「え……?」
熱に浮かされたまま、カイは意味が分からずぼんやりとソルを見上げる。
が、突然指がずるっと抜かれて、カイは物足りなさに、泣きそうに顔を歪めた。
そんな姿を愛しく思いながら、ソルはカイの額にキスを落として自分のものをあてがう。
熱いものが触れていることに気付いて、カイは戸惑った。
「力、抜け」
「ぁ……あああっ」
奥まで一気に貫かれ、カイはあまりの激痛に悲鳴をあげる。
中は充分に濡れていたが、ソルのものは指より遥かに大きく、裂けてしまうのではないかと思うほどの痛みを与えてくる。
そしてそれをカイが無意識にきつく締め上げるので、ますますそれは体積を増して、余計にカイを苦しめた。
苦痛の悪循環に陥って、ポロポロと涙を流すカイを可哀相だと思いながらも、今更抜くこともできないソルは、せめて快感をおわせてやろうと、前に愛撫を加えながらカイが慣れるのを待つ。
カイは額に汗を浮かべて浅く呼吸を繰り返しながら、下肢の快楽に意識を集中しようと努力した。
そのうち次第に内部が慣れてきて、カイが険しく寄せていた眉を解くと、ソルはゆっくりと腰を使い始める。
「ふ…あぅ、あっ…」
揺さぶられるたびに熱く熟れた内襞がソルのものと擦れ合って、淫靡な音を響かせる。
痛みの代わりに快楽がカイの背中を駆け抜けるようになると、閉じることを忘れた悩ましい唇から喘ぎが漏れ始めた。
ソルは、悦びに蕩けるカイに口付けながら、奥にあるイイところを探しあてて、何度も執拗に攻め立てる。
「んっ…は…ぁあっ」
カイはソルの首にしがみついて、耐え切れずに甘い悲鳴を上げた。
淫らな声に煽られて、ソルが動きを早めていくと、一層高い声でカイが誘う。
「ソ…ルぅ…!」
「……っ」
二人は同時に頂点を上り詰めて、互いの体を熱い体液で濡らした。


まだすべてが闇に包まれている中で。
カイは目に毒なほど白く透き通った肌をさらけ出したまま、上半身を起こして窓から覗く月を眺めていた。
月は太陽と違って愛でるには最適だと、カイは思う。
強くない光は妖しく地上を照らし、深い闇まで暴こうとはしない。もしも夜という概念がなく、一日中太陽が空を支配していたら、きっと自分は生きてはいられなかっただろう。あの光は強すぎる。
不意に自分の横からごそっとみじろぐ音が聞こえて、カイはそちらに視線を流した。
肩越しに振り返った先で、月と同じ色をした瞳にぶつかる。
太陽神の名を冠せられながら、闇を照らす金色の瞳を持つ男が、背中の翼を痛めないように肘を立てて上半身を支えながら、こちらを見つめていた。
「どうした?」
下半身のみをシーツで隠した状態のソルが、低い声で聞いた。
カイは無表情のままで、僅かに首を傾げる。
「何が?」
ソルの問う意味が分からず、聞き返す。
それを聞いたソルは、少し眉をひそめた。
「お前また半分死んだような目ェしてるぞ…」
何も言わずに、かいは微笑む。人を安心させる、穏やかな笑み。
だが、それがソルにとって気にくわなかった。
身を起こして、カイの頬を無造作につねる。
「痛ッ! いきなり何す……」
「るせぇ。俺の前で作り笑いなんかするな」
ソルがぶっきらぼうに言うと、カイは一瞬きょとんとして、不意に泣き笑いの表情を作った。
随分幼い印象を受けたが、これが本当の顔なのだろう。
ソルはカイの髪をくしゃっと撫でて、自分の方に引き寄せた。カイは安心しきった様子で、体を預けてくる。
心地良い重みのある熱を、触れ合った肌から感じながら、ソルがゆっくり金髪を梳いていると、カイは静かな声で話し始めた。
「私は最初、孤児院にいたんだ。でも力が頻繁に暴走して、いられなくなった。 そうして引き取られたさきは――『夜の狩人』だった」
ソルはぴたりと動きを止めた。
そのことに気付いているのかいないのか、カイは淡々と語る。
「リーダーのクリフ様は、私にとって父親も同然だったよ。でも、あの職業は死がつきものだ。仕事を終えるごとに仲間の誰かが欠けて、その代わりを誰かが埋める。毎日がそれの繰り返し……」
カイは、大きなソルの手に自分の手を添えた。
「いつの頃からか、自分の存在意義がよく分からなくってた。確かに私が仕事をこなすことで他の人が安全に暮らしていけるんだと思う。でもそれは、いくらでも代わりの利くもので……。私でなくてもいいじゃないかって思った瞬間、戦闘中にも関わらず、力が暴走してた……」
青白く血の気の引いた手を、ソルは優しく握り返す。カイは薄く笑みを浮かべた。それはまるで凍った表情で、何も感じ取らせないものだった。
「気が付いたときには、周囲一帯が血の海だった。敵も味方も分からないくらい、ぐちゃぐちゃだったんだ……。ひどいだろう? その場で生き残ったのは私とクリフ様だけだった」
カイは冷たい笑みで自らを嘲笑う。
少しでも力を入れすぎたら折れてしまいそうな体を、ソルは後ろから抱いた。
「私は多くの人と魔物を殺した……この罪が消えること決してないんだろうね」
カイは冗談事のように笑う。しかしそこには楽しげな雰囲気はなかった。
ソルは無骨な手で、カイの頭を撫でる。
「それで今は牧師様ってわけか。ご苦労なこった」
「……気休めでしかないだろうけどな」
月を見上げて、カイは呟く。
ソルはそれを聞いて、ふと別のことに思い当たった。
聞くか聞くまいか逡巡してから、意を決したようにソルは口を開く。
「やっちまってから聞くのもなんだが……よかったのか? 聖職者があんなことして」
あんなこと。
要するにさっきの行為のことだ。
カイは僅かに頬を染めて、ぷいっと顔を逸らす。
「……そういうことは事前に聞いてほしいものだな」
意外に手厳しく、カイが言う。
可愛げのない態度にソルは不機嫌最高潮でカイの雄をぎゅっと掴んだ。
「ッ! ソ…あ、ぃや…っ」
何も身に付けていない下肢を直接弄られ、途端に体がざわつく。
それを揶揄るようにソルが耳元で囁いた。
「んな可愛い声で誘っといて、今更『神よ、私は汚れてしまいました』とかって言うつもりか?」
「〜〜! あーもー黙れッ!!」
がすっと、ソルの脇腹に肘鉄。
流石に痛くて、ソルは腹を押さえたまま押し黙った。
カイはベッドの上をズルズルと移動して、ソルから距離を取る。
「……でもまあ、厳密に言えば私はキリスト教徒じゃないから関係ないと思うよ」
「……は?」
シーツを引き寄せながら言うカイを、ソルは唖然と見つめた。
「何言ってんだ、お前。牧師は教徒じゃねぇとなれねぇだろが」
「あれ? よく知ってるな。意外だ」
「……てめぇ、俺を馬鹿にしてんだろ」
ソルは半眼で唸る。
それを見て、カイはくすくす笑った。
「ああ……ごめん。別に馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ……私は必要に迫られて牧師になっただけだから、世間的には教徒でも、心から信じているわけじゃないんだって……そう言いたかっただけ」
「……必要に迫られて…って」
「私は魔物を引き付けやすい体質なんだ。だから私の周囲には常に危険が付き纏う」
それで、教会を管理するという名目で街外れに住んでいるのだと言う。
ソルは呆れた目でカイを見た。
「……とんだ冒涜者だぜ」
「お前に言われたくはないな」
ふんっと鼻を鳴らして、カイがわざとらしく言う。しかし目は態度と裏腹に穏やかな色を讃えていた。
「しかし……流石のお前も後悔しただろう? もと『夜の狩人』のエセ牧師なんかと関わってしまって」
カイはいたずらっぽく笑みを浮かべる。
ソルは対抗するように人の悪い笑みを浮かべた。
「いや、最高に面白ぇ」
二人は互いに顔を見合わせた。
そして、不意に声をあげて笑い出す。
こんなに心底笑ったのは一体何年ぶりだろう……。
カイはそんなことを思いながら、珍しく楽しそうに笑うソルを見つめた。
だが――。
二人の笑みは次の瞬間、凍りついた。
「なんだ……? この大きな力は――」
目を見張ったまま、カイは神経を張り詰める。
何か恐ろしく強大な力の塊がこちらに近づいてきているのが、嫌というほど肌から感じられた。
隣のソルも、緊張した面持ちで外を睨み付けている。
「ついに来やがったか……ジャスティス」
ソルの零した言葉に、カイは体の芯が冷えていくのを自覚した。

ジャスティス。
それは最強最悪の魔物として知られている名だった。



後編に続く



ああー……マジで長かった…。
理屈っぽい性格が祟って、ややこしい話になってしまいました。
つーか、エロシーンが強烈に手間取ってしまいましたよ、とほほ。
途中で書き直したくらいですし。
後編はたぶんちゃっちゃと書けると思います。
前編で全体の八割は終わってるのでね…。