ジレンマ



 相変わらず、物音は無かった。だが、向こうに隠れる気が無い時は気配ですぐにそれと分かる。
 夜の訪問者は、いつものように2階の窓からの侵入を果たしたようだ。
 …全く。どうして玄関から入ってこないんだ?カイは嘆息しながら未だ飲み干していない食後の紅茶を置き、静かにテーブルチェアから立ち上がった。
 とはいえ、それを見越して2階の窓にはあまり鍵を掛けないカイもカイなのだが。
 その2階へ向かいながら、カイはふと気付く。どうも気配が不穏だ。おまけに鼻腔を微かに擽る…これは、血の匂い?
「!」
 カイは顔を顰め、階段を駆け上がった。
「ソルッ」
 乱暴に寝室のドアを開け放つ。途端に頬を撫でる、秋口の冷たい夜気。
 無灯の暗い部屋の中、夜風に靡く繊細なレースのカーテンが、冴え渡る月光を包んで青白く浮かび上がる。その開け放たれた窓を背にして、不敵な侵入者はそこに佇んでいた。
「……よぅ」
 ジャケットのベルトに手を掛けながら、悠然とそれだけを返す。投げ遣りな言葉はどこか苛立たしげでもあったが、光を背にして影の掛かった表情はあまり判然としなかった。
「ソル!お前、怪我をしているのか!?」
 不法侵入を咎めることも忘れ、血相を変えて詰め寄るカイをソルは片手で制する。
「俺のじゃねぇよ」少し掠れた声で事も無げにそう言って、ソルはジャケットをその場に脱ぎ捨てた。「…寝床貸せ」
「……」
 カイは安堵すると同時に少し複雑そうな表情をした。漂ってくるほど強い血の匂いを纏う…つまり、それほど大量の血を浴びる行いを為してきたばかりだということだ。
 それが、彼の生き方。結局のところ自分とは住む世界が違うのだから今更咎める気にもならないが、それにしたって気分の良いものではない。
「…ここで寝るのは構わないが、その前にシャワーを浴びてこい」カイは少しうんざりしたようにソルの脱ぎ捨てたジャケットを手に取った。ジャケットは少し強張っていて、カイは溜め息を吐く。「ベッドだろうが下のソファだろうが、血の染みなんて作ったら承知しないからな」
 些か不機嫌な物言いになったのは、仕方が無かったのかも知れない。
 だが、その言葉を聞いたソルの雰囲気が、元々穏やかでなかったそれが不意に底冷えのするような険しいものに変わり、カイはひくんと身を強張らせた。
「…ソル?」
 返事は無かった。代わりに、右の二の腕を荒々しく掴まれる。
「ッ!」
 カイは小さな悲鳴を上げた。それは、締め上げるような尋常でない握力の所為ではなく、何かが突き刺さったような鋭い痛みからだ。
 間もなくカイはそれが錯覚ではないことを自覚して両目を見開いた。ソルの爪が鋭く伸びて、シャツの袖ばかりでなくカイの滑らかで繊細な皮膚までを突き破っていた。
「ソ…」
 困惑して口を噤むカイを尻目に、ソルはそのままカイを引き摺るようにして歩き出した。
「あ!ちょ…ソル!痛い!!離し…」
「てめぇも来い」
 直接的な痛みに本気で抵抗しだすカイを、剣呑な低い声で一蹴してソルはそのまま一階に下りた。真っ直ぐにシャワールームへ向かい、ドアを開け放って軽いカイの身体をその壁に乱暴に叩きつける。
「ぐッ…」
 背中を強打してカイは息を詰まらせた。
 その間にソルは手早く自身の腰のベルトを一本引き抜いて、カイの両手首を一つに纏めて縛り上げる。
「何をする!!やめろッ」
「うるせぇ…」
 激昂するカイをねじ伏せて、ソルは縛ったベルトをカイの頭部より高い位置にあるシャワーフックに引っ掛けた。
「!!」
 完全に腕の自由を奪われた格好になり、カイは狼狽する。
 一体、何が起こっているというのだろう?
 ソルの雰囲気が尋常でない。酷く苛立っているようで、また殺伐としていた。
 本能的に身の危険を感じ、カイは咄嗟に法力を高めてこの状況を脱しようとする。だが集まりだした雷電は、無慈悲なシャワーの放水でかき消されてしまった。
「あっ…」
 勢いよく顔に水を浴びせられ、カイは思わず両目を瞑る。構わず、ソルはカイの全身にシャワーを被せ、冷水の所為でカイは身を竦めた。ずぶ濡れになった哀れなカイの姿をソルはその金色の目を細めて暫く見詰めた後、放水したままのシャワーヘッドをその場に放り、自分の身体を押し付けるようにしてゆっくりとカイに身体を重ね、その唇を奪った。
「!」
 状況が状況だけにカイは戦慄き、せめて硬く唇を閉ざして抗おうとした。だがソルはその華奢な顎に片手を添えて強引にその口を開かせ、呆気なくその少しざらりとした舌を侵入させてくる。
「んむ…ん」
 微かな悲鳴を漏らした唇を塞いで噛み付くような角度で舌を深く潜り込ませ、尖らせた舌先で口蓋や歯茎の裏を撫でる。擽ったさにカイが僅かに身を捩ったのを見計らって、怯えて奥に引っ込んでいたカイの舌を捉え、ねっとりと執拗に絡みつかせた。
「んあ…は、ぅむ……ん…」

 貪るような荒々しいキスに、カイは翻弄された。まるでそれ自体が一つの意志を持った生き物のように蠢く舌が、カイの舌先、舌の裏…官能を直接刺激する場所ばかりを執拗に攻め立てる。ソルは何度も角度を変えてその度に深く唇を重ね、時折開くカイの唇の合間から唾液の絡み合う音と淫靡な悲鳴が漏れた。
 やがてその唇の端から熱い唾液が溢れてカイの顎を伝うまでに至り、漸くソルは唇を離す。カイは著しく呼吸を乱しながら、だらしなく顎を伝う唾液を拭うことも出来ずにただ弱々しい抗議をその目に宿してソルを見上げる。濡れた髪を張り付かせ、頬を紅潮させて潤んだ瞳で睨み上げるその顔はどうしようもなく扇情的だった。
 少し悦に入ったように唇の端を歪めたソルに、カイは唇を噛む。
「ソル…嫌だ」こんな直接的なキスをされて、その先のことを予見できないほどカイは初心ではない。「嫌だ…こんな」
 こんな場所で、こんな思いやりの欠片も無いやり方で抱かれるのは嫌だ。
 言葉とは裏腹に疼く劣情を持て余しながらも、カイは本気で嫌がっていた。
 第一、どうしていきなりこんなことをされなければならないのか、ソルが苛立っている理由が見当もつかない。これではまるで強姦だ。
 だがソルはカイの反応を見て、一層冷酷な光をその目に宿す。
「黙ってろ」
 どすの利いた声音でそう言い捨て、ソルは赤い滲みの広がっているシャツの袖を掴んで無造作に引き千切った。露わになった細くて白い腕、そこには小さな赤い穴が痛々しく穿たれている。ソルは僅かに首を伸ばし、鮮血が溢れ出しているその傷口に舌を這わせた。
「ぁ…」
 ぴりりとした痛みが走り、カイは小さく身じろいだ。ソルはまるでその味を楽しむかのように丹念に血を嘗めとり、時折音を立てて啜る。
「んッ」
 敏感な場所に唇や舌を這わされ、痛みの中に次第に快楽が介入し始めた。カイの小さな悲鳴に明らかな艶が混じるようになり、ソルはにやっと酷薄な笑みを浮かべてやがてカイから離れる。
「…感じてんじゃねぇか」
 カイの全身を嘗めるように眺めた後、ぽつりと呟かれたソルの台詞にカイは思わず恥じて、ソルから視線を逸らした。
 ソルが離れた所為で、濡れた身体に当たる空気が酷く冷たい。とはいえ、そればかりが理由でもなかろう。ぐっしょりと濡れた薄手の服が身体に張り付き、胸の二つの飾りや股間の尖りをはっきりと示していた。あまつさえ、カイが好む白の服はそれらのあえかな色付きまでも透かし、何とも淫らな態を晒している。
「イイ格好だぜ、坊や…」
 寒さのあまり少し色が悪くなり戦慄き始めた唇を噛み締めて顔を背け、カイは視線の陵辱に必死に耐えた。
「嫌だ…ソル…」
 譫言のようにそう繰り返す。ソルは喉の奥でくっと笑った後、徐にシャツの上からその胸の尖りをきゅっと摘んだ。
「ぃやっ…!」
 不意に強い刺激を与えられてカイは泣きそうな声を上げる。拒絶にしてはあまりに艶やかなその声にソルは嘲るような言葉を返した。
「カラダは嫌がってねぇみてえだぜ?」
 揶揄を受けてカイはきっとソルを睨み上げた。
 このままだと本当に流されてしまう。こんな風に抱かれるのは嫌なのに。
 本気で嫌がっていることを示すため、遂にカイは自由なままの脚から鋭い膝蹴りをソルに見舞った。
「!」
 カイが簡単に陥落すると思い込んでいたソルは、その思わぬ反撃に少し驚いたような表情を見せたが、その膝蹴りは難なく受け止めてみせた。
「暴れるんじゃねぇよ…」
 露骨に不快そうな表情をし、そのまま押さえつけるようにして再びカイに覆い被さる。抗う術を無くして身を強張らせるカイの耳元に、掠れた声で囁いた。
「……制御が緩い……大人しく感じてろ…」
 熱に浮かされたようで、しかしどこか真剣な響き。
「…え?」
 訝しむカイがその言葉の真意を測る間もなく、ソルはカイの耳に噛み付いた。甘噛みではなく、鋭い犬歯が柔らかな耳朶に食い込む。
「つぅッ…あ、はっ…」
 カイが痛さに顔を歪めると、すぐさま今度はたっぷりと唾液を乗せた熱い舌がその部分をいたわるように撫でさする。同時に摘んだままだった胸の先端を、指先で転がしたり押し潰したりして刺激する。痛みと快感を交互に与えられ、カイは為す術無くソルの愛撫に自制心を流されてゆく。
「あ…ぅんっ…」
 カイは鼻に掛かった甘い喘ぎを漏らしてソルを煽った。ソルはそれに誘われるように、しっかりと紅い鬱血痕を残しながら徐々に唇を耳の裏、首筋、鎖骨へと下ろしてゆく。カイの身体に張り付くシャツの襟に手を掛け、左右に引き裂くようにして乱暴にその胸をはだけさせた。弾けとんだボタンが、足下を絶え間なく流れるシャワーの水にぽちゃんと落ちた。
「ソル…」
 咎めるようなカイの呼びかけを聞き流し、ソルはすっかり冷たくなってしまったカイの薄い胸に手を這わせながらそのピンク色の小さな果実を食んだ。
「ひぅ!…」
 熱くぬめったものに覆われ、カイは一際甲高い声を上げてその背を弓なりに反らせた。両手首を戒めたままのベルトが、ぎちりと無情な音を立てる。硬い革が皮膚に食い込んで、鈍い痛みを伝えてきた。
「ソル…やめ…」
 カイの弱々しい制止は、勿論ソルを止める力とはならない。ちゅ、くちゅ…と卑猥な音を立ててソルはそこを嫌らしく嘗め回し、きつく吸い上げた。抗し難い快感にカイは熱い吐息を漏らしながら、微かに身を揺すり、やがて無意識ながら切なげに内腿を擦り合わせ始めた。屹立し始めた自身に濡れた下着が纏わりつき、何とももどかしい感覚を与えてくる。
 ソルはそんないじらしいカイの嬌態をじっくり眺めて堪能しながら、再び酷薄な笑みを浮かべてそこにも手を這わせた。
「あっ!」
 狼狽する反面、待ち望んでいた刺激にカイはびくびくと身体を震わせる。ソルは熱を帯びたカイ自身に掌を押し付けるようにして布の上から摩り、その頂点に指先を当ててくりくりと捏ね回した。
「あ、あ!…ソル…待っ…!!」
 ソルの手に包まれたそこへ熱が一気に集中し、解放を求めて暴れまわる奔流となる。カイは焦ってソルに制止を懇願したが、ソルは反って愛撫の手を強くした。
「あっ…ソルぅ!駄目ッ…!!」
 甘い悲鳴と共に、カイは達してしまった。熱いものがじわりと下着に広がり、カイは恥ずかしさのあまり涙を零し始める。
「ソル……もう、嫌だ…」
 訳が分からないまま、どうしてこんな辱めを受けなければならないのか。その言葉は切なる訴えだったが、ソルは微塵もその表情を動かさない。
「離してくれ…もう、止めてくれっ…」
 カイは気付いていない。涙ながらの懇願など、今はソルを煽らせるだけでしかないことに。
 ソルは無言のまま、汚れた下着ごとカイのズボンを摺り下げる。
「!」
 訴えが棄却されたことをまざまざと見せ付ける行為に、カイは項垂れて唇を噛み締める。そんなカイを更に追い立てるように、ソルは自らのパンツのジッパーを下ろしてその昂ぶりを露わにし、達したばかりのカイ自身に擦り合わせる様にして腰を押し付けてきた。
「あ…」
 困惑の声を上げて見詰めてくるカイに、ソルは意地悪く唇の端を吊り上げる。
「今更…止められると思うかよ」
 そうして、あたかも身体を繋げた時のようにゆっくりと腰を突き上げた。
「ああ…あん…」
 張り詰めたソルの熱を直に感じ、カイは内部を突き上げられているような錯覚に陥ってぎゅっと目を閉じた。そうして何度か腰を揺らされただけで、ソルに擦られていたカイ自身も再びその頭を擡げる。先の吐精の余韻と新たな先走りがそこから零れ始め、ソルは僅かに身体を離してそれを指先に絡めた。
 そして、その濡れた指先を奥の窄まりに宛がい、僅かに緊張した口の周りを擽るように2、3度撫でた後、唐突にその中へと指を突き立てる。
「んん!」
 カイの蕾は既に受け入れることに貪欲になっていた。指は易々と侵入を果たし、大きな収縮を繰り返す内部を解きほぐす様に愛撫する。入り口は間もなく緩み始め、ソルの無骨な指を2本3本と淫らに招き入れた。
「んぁ…ソル…」
 ぐにゅぐにゅと内部を掻き回されて、カイはもはや抗うことを忘れ蕩けるような声を上げた。それは半ば諦めと開き直りによるものだったが、何よりカイは限界まで高められた内部の熱が既にソル自身によってしか解放し得ないことを知っていた。
 微かな催促にソルは満足そうに目を細め、指を引き抜いた。内側からカイの片足の膝裏に手を掛けてひょいと持ち上げ、露わにしたその秘部に鋭利な昂ぶりを宛がう。
「あああっ!!」
 躊躇いもなく穿たれ、カイは甲高い悲鳴を上げた。高い所で手首を戒められ、片脚を持ち上げられた不安定な姿勢は、カイに拷問にも近い苦痛と快楽を齎す。持ち上げられていないもう一方の足も爪先立ちで何とか自分の体重を支えられる程度、ソルが強く突き上げてくればその足先すら床から離れ、完全に自分の体重を預ける形でカイは余計深々とソルを受け入れなければならなかった。
「ああっ!んっあ…ソ、ルッ!!ソルぅッ…」
 揺さぶられ、突き上げられ、カイはあられもない淫らな声を上げ続けた。膨張するソルの熱が内部を満たし、内壁を擦り、最奥の敏感な場所へ打ち付けられ、気が遠退くような快楽の底にカイを沈めてゆく。激しい動きにやがて手首のベルトがその柔肌を引き裂いたが、その痛みすら快感に近い感覚に摩り替わってカイを攻め立てた。
「あ、あっあ…ん!あぁああっ!!」
「…くっ」
 間もなくカイは絶頂を極め、2度目の吐精を迎えた。同時に内部が一際強く収縮し、ソルも昇り詰めてカイの内部に熱の奔流を叩きつける。
「はぁ…はっ…ソル…」
 カイは荒い呼吸を繰り返しながらぐったりとした表情になったが、兎も角もソルの解放を感じて、終わりの予感に微かに安堵したようにも見えた。
 だが、ソルはそこから動かない。身体を繋げたまま大きく胸を上下させるカイの身体をやんわりと抱き締め、その肩口に力なく頭を埋める。
 そして、ぽつりと呟いた。
「…まだだ。足りねぇ…」
「なっ…!!」
 カイは気色ばんで身を竦めたが、ソルはカイの意識が逃げを打つ前にその白濁の蜜にまみれたカイ自身を握り込んだ。
「あっ!や、やめっ…」
「悪ぃ、坊や………」
自らが強いているというのにまるで意図の分からない謝罪を口にして、ソルは行 為を再開した。萎えたカイ自身を包み込み、下から扱き上げるようにして何度も 手を上下させる。
「や、やぁっ…も、やめ…」
カイは辛そうにふるふると頭を振ったが、裏腹にカイの先端は若々しくまた勢い を取り戻し始めていた。それに触発される形でソルを受け入れたままの内部もま た収縮運動を始め、ソルを導いてゆく。乱れるカイの表情と、甘い声と媚肉の刺 激でソルもまたすぐに猛り、カイを圧迫する。確かめるようにゆっくり腰を突き 出すと、カイは予想以上に敏感な反応を示してソルを悦ばせた。
「ぃ、やだッ…あッ!!…いやぁ!!」
抜き差しの度、びくびくっと震える身体。泣き叫ぶ、とも形容できそうなその嬌 声に駆り立てられ、ソルはますます激しく、緩急をつけて突き上げた。
「やぅ…あぁ!い、痛いぃ…」
不意に、カイの声に明らかに悦楽のそれとは違う訴えが混じり始めた。目を細め るソルの視界に、青白くなった腕を滴る血の筋が映りこむ。 激しい上下運動で手首が擦り切れ、そこにまた革が食い込んでどんどん傷口を広 げていたのだ。
ソルは束の間我に返り、やっと動きを止めた。滴り落ちる血を先程と同じように 官能的に嘗め取りながら、漸くカイの戒めを外しにかかる。
ベルトが解けた瞬間 、カイは血の通わなくなった両腕をどうする事も出来ずにだらりと下に落とした 。 それでも、痛みの元凶を取り払われて少し安堵したらしい。ソルとの接合部と背 後の壁に力なく体重を預けながら、カイは多少穏やかになった目でソルを見上げ た。
それを見て何か思うところがあったのか、ソルは小さく息を吐いて不意に自身を 抜いた。驚くと同時にずるりと崩れ落ちそうになったカイの身体を支え、ずっと 出しっ放しにしていたシャワーの水を止めてゆっくりと冷たいタイルの上に横た わらせる。
「ソル…?」
訳が分からずされるがままのカイの不安げな呼び掛けには答えず、ソルは徐にシ ャツを脱いだ。それから床に放置されたままのカイのズボンとそのシャツを重ね て、カイの頭の下に敷いてやる。そして、にやりと残忍な笑みを浮かべてカイを 見下ろした。
「…こっちの方が、心置きなくやれるからな」
「!」
不吉な言葉にカイが表情を強張らせる間もなく、ソルは再びカイを貫いた。
「あーッ!!あぁっ…」
カイは大きくその背を仰け反らせながらソルを受け入れた。ソルは今度こそ容赦 なく腰を叩きつけ、カイを苛む。
「あぁ!やぁ!ソ、ルッ…!」
「もっとだ…もっと締め付けろッ…」
「あっん!…む、り…ぃっ言う、なぁっ!!もう、やめッッ…!!」
乱暴に出し入れを繰り返しながら熱っぽく囁くソルに、カイは悲鳴混じりに精一 杯の抗議をする。無論、それが聞き入れられる筈もなく。
「あぁ、ハァッ…あーッッ!!」
カイは三度目の絶頂を迎えた。それによって内部が強く窄まり、同時にソルも、 という時。 ソルはいきなり怒張した自身を引き抜き、そして。
「ひあ…!!」
しどけなく寝そべったカイの顔に欲望をぶちまけた。白濁は喘いでいたカイの口 の中にまで飛び散り、カイは反射的にそれをこくんと飲み干した後、その苦味と 顔を汚された恥辱とで戸惑いながらソルを睨みつける。 その余りに淫猥で扇情的な姿に、ソルは悦楽の笑みを浮かべる。
「イイ顔だぜ、坊や…そのまま、俺が満足するまで付き合え…」
更なる陵辱の宣言に、カイはもはや抗議する気さえ起きず。
「ケダモノめ…」
殆ど力無く、物事を考えるのも億劫といった態でそれだけ悪態をついて、カイは 観念したように瞼を閉じた。



 結局、カイがソルの苛立ちの真相を聞かされたのは翌朝…いや、既に昼といっていい時刻になってからのことだった。
「時々…な」
 バツが悪そうに頭を掻きながらソルは歯切れの悪い口調で説明する。
 周期などは全くの不明なのだが、ソルは時々、"発作"に見舞われることがあるという。
 ギアの兵器としての本能が、殺戮と破壊を求めてどうしようもなく猛り狂う。
 賞金稼ぎとして生きる限りは殺せる人間に困らないから、さしてそれに煩わされることはなかったのだが、今回ばかりは巡り合わせが悪かった。最近は手頃な賞金首の話も少なく、それならば良い情報が浮上するまで待とうかと巴里へ向かっていた矢先に、発作が起きた。
 この辺りの賞金首は、拠点に出来る場所がある所為で既に自分が根こそぎ狩り取ってしまっていた。偶々放っておいたどうしようもない雑魚――飽くまでソルにしてみればの話で、世間から見れば立派な賞金首である――を狩ってはみたが、その血を浴びても、発作は治まる気配を見せない。
 どうしたものかと思案する内、次第に自制が利かなくなってきて…傷付けるかも知れないという恐れから冷静な時には忌避していた、カイの家へ、ソルは無意識の内にやってきてしまった。
 兎も角も眠って誤魔化そうと考えていたのだが、いざカイの姿を見るとどうしても衝動を抑えられなくなり。
 ソルは咄嗟にその殺戮欲求を、脳内の最も近くにある別の衝動…つまり、性衝動に切り替えたのだ。
「…それで、あんな真似をしてくれたわけだ」
 カイは柔らかな枕に頭を埋めたまま、不機嫌極まりない声で近くのソルを見上げた。椅子に腰掛けたソルは憮然としながらも謝罪を口にする。
「悪かった」
 言いながら、カイの額に乗せた濡れタオルを冷たい別のものと取り替えてやる。だがカイは、責めるように殊更な嘆息をした。
「…ソル。私は人形じゃないんだ。乱暴をされれば痛いし、冷たい水を浴びて放置されれば風邪をひく」
「……だから、悪かったと言ってる」
「本当にそう思っているのか?」
「思ってる」
「なら、私の風邪が治るまで家事と私の面倒を全部みろ」
「……」
「返事は」
「了解、団長様」
 高熱にも拘らず強気なカイにまくし立てられて、ソルは観念したようにそう答えた。それから席を立ち上がり、紅く火照ったカイの頬を優しく撫でて、「先ずはメシだな」と言って部屋を出て行った。
 独り寝室に残されたカイは、ほうっと熱っぽい溜め息を吐いた。高熱に加えて腰や手首の強烈な痛み、コンディションは最悪だった。おまけに警察の方に欠勤の連絡をしたのが、出勤予定時間を2時間も過ぎての事だったから、散々な目に合ったといえる。
 …本当に、勝手な奴だ。
 毛布を被りながら、カイは心中で毒突く。
 こちらに思いやりの欠片も無い、人形を抱くかのようなあんな乱暴なセックスなど冗談ではなかった。こちらの存在意義を根本から否定されるようで、遣る瀬無い。
 …だけど、とカイは思う。
 もしそれで同じようにして夜の街の辻君を抱いてこようものなら私はもっとふて腐れただろうな、と。
 そして、ここへ来たのは半ば無意識だった、とソルは自分の落ち度をはっきりと認めた。それは取りも直さず、無意識の内に私を求めたからではなかったのか、と。
 許せる訳ではないけれど。少し嬉しいかも知れない。
 自分は結局、ソルの発作を治めることが出来たのだから。
 そして、意外にもソルは真摯に謝ってくれたから。
 カイは毛布の中で、くすくすと笑った。あんな酷いことをされて喜ぶなんて、全く私もどうかしている。
 それでも、綻んだ口元は暫く戻らなかった。
 やがて、ソルがパン粥を作って持ってきた。カイは意図的に不機嫌な表情を装いながら毛布から顔を出し、身体を起こしてスープ皿を受け取る。
 一口食べ、口に広がるミルクと蜂蜜の優しい甘さに、カイの装いはすぐに剥がれてしまった。
「美味しい」
 上機嫌な笑顔は先程と打って変わり、ソルは微かに訝しんだが、子供の癇癪を鎮めた父親のような安堵を覚えてずっとその幸せそうな笑顔を眺めていた。


END



■金夏のコメント■
流血沙汰になってちゃって鬼畜炸裂☆って感じですが、二人には愛があるからいいの!(笑) ちゃんと謝ってくれる旦那もなにげにカワイイし♪ カイも旦那が相手なら許せちゃうし♪ ああ、口元が緩む〜〜ッッ!!


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