私は決死の思いで首を横に振った。

「む、無理です! 別のことでなら幾らでも償いますが、あなたの望む形では答えられません!」

言い終わるや否や、私は窓へと近付き、いつでも逃げられるように開け放った。
ソルが本気になれば恐らく扉を容易く吹き飛ばすであろうことを予想してである。
窓の外は夜空が広がりっており、眼下には庭がある。
ここから下に降りても芝生があるので、衝撃は極めて少なく済む。

「おい坊や……何、偉そうに拒否してやがる。俺はテメェにお願いなんかしてねぇぞ。命令してんだコラァ!」

部屋全体をも震わせる勢いで、ソルが咆哮をあげた。
私の返答は、相当気分を害させたらしい。
冷汗を流して私が見守る壁の向こう側から続いて、「ドラゴンインストォォールッッ!!」と叫ぶ声が聞こえた。
一気に膨れ上がった殺気と怒気に、思わず泣きそうになる。
今日、ソルは風呂上がりでヘッドギアを付けていなかった。
つまりこれは抑制も何もなく、正真正銘の本気モードなのである。

果たしてそんなソルから逃げられるのか? いや、どう考えたって無理だ(泣)。

しかしこのまま大人しく待ったところで、今更ソルが理性のある対応をしてくれるとは到底思えない。
もうこれは逃げ切るしかない!
私は胸中でそう叫び、窓枠に足を掛けた。
それとほぼ同時に、後ろで扉が吹き飛ばされて轟音が響く。
鍵も結界も、圧倒的な力の前では全く意味を成さなかったようだ。
慌てて私は外へと身を躍らせた。
しかし、落下感に身を任せた矢先で何かに襟首を掴まれ、中途半端なところでぶら下がる形になってしまった。
足場のない浮遊感を味わいながら、私は顔面を蒼白にして後ろを恐る恐る見上げた。

「俺から逃げられるとでも思ってんのか? 坊や」
「は、ははは……」

悪鬼の如くこちらを見下ろすソルと目が合い、私は恐怖のあまり、意味のない引き攣った笑いを漏らした。
やはり本気のソルから逃げることは到底無理だったようだ。一足飛びでこちらに近付いたそのスピードは尋常ではない。
色を失って硬直している私を見つめていたソルは、徐に私を引き揚げ、床に放り出した。
寝室へ逆戻りした私は弾かれたように我に返り、這ってでもソルから遠ざかろうとしたのだが、そこを容易く押さえ込まれてしまう。頭と足を床に縫い止められ、身動きが取れなくなった私のスラックスにソルの手が伸びる。

「往生際が悪いぜ、坊や」

クックッと笑いを漏らし、ソルは力任せにスラックスを引き裂いた。
途端に下半身が外気に晒され、私は寒さと恐ろしさで身を震わせる。

「ソ、ソル…っ!」

制止するように叫ぶ私を嘲笑い、ソルはいきなり臀部へと触れた。私の頭を押さえ付けていた手を退けて、ソルは両手で双丘を割り、後ろの奥へと舌先を潜り込ませてきた。

「ぁ…ッ! や、め…っ」

ぬるりとした感触に私は悲鳴をあげるが、ソルは全く無視して、狭い窄まりに唾液を丹念に塗り込んでいく。
他には何の愛撫もなく、繋がる箇所だけを慣らすその行為は気恥ずかしくももどかしく、私の体を徐々に快感で侵食していった。足を押さえ込まれているので逃れることもできず、止めて欲しいようなもっと触れて欲しいような、極めて曖昧でそれ故拷問にも等しい愛撫に、為す術もなく身もだえるしかなかった。

「ふ…ッ、ぅ…!」

床に爪を立てて耐える私に、ソルは顔を上げて不穏な笑い声を響かせる。不安に駆られて視線を後ろにやると、体をお越して、背中から覆いかぶさるソルと目が合った。
髪の梳けたソルは覗く額に暗く輝く紋章を携え、獰猛に光る金の瞳をゆっくりと細める。ニッと笑う口元からは常より伸びた犬歯が覗いた。
それが自分の息の根をいとも簡単に止めてしまえるであろう脅威の存在にも関わらず……いや、その極限の緊張の中だからこそ体の芯まで貫く昂揚を感じるのかもしれない。
野性の雄の匂いを漂わせるソルが、私には目眩を覚える程に美しく見えた。
秘所に押し付けられた熱い存在を感じながら、私は支配される倒錯的な悦びに打ち震える。この完成された造形物のような美しさを備えた獣は、それでいて機能的なしなやかなさを持っており、それに食まれる悦びはすなわち彼を自分だけのものにするのと同等の意味を持つ。
私は体の奥底から沸き上がる強烈なエクスタシーを感じながら、頬が触れ合うほどの距離でソルの顔を見つめた。紅潮した頬と潤んだ瞳に情欲の匂いを嗅ぎ取ったソルは楽しげに笑い、私の中に身を押し進める。

「そんな物欲しげに見なくても、今やるよ。可愛い坊や……」
「ぁ、あ…っ! ソ、ル…っ」

後ろから揺するように犯され、私は苦しさからか嬉しさからか判別の付かない、掠れた喘ぎを漏らした。
荒々しく数度突かれ、望んだものよりも遥かに強い快感が走り抜け、私は体をびくびくと跳ねさせる。

「ふ…ッん! あ…ぁ…、ッう」
「……後ろだけしか触ってねぇのに、すげぇ締め付けだな」

耳朶を甘噛みしながら、ソルが興奮に高ぶった声音で囁きかける。秘所を裂きそうな質量を持つそれが、叩き付けるような腰の動きに合わせて出入りする感触に、私は声にならない声をあげた。常よりも遥かに早く、えぐり方の深いそのピストン運動は、ソルがギアとして半分覚醒しているからかもしれない。快感を快感として認識する暇さえない怒涛のような攻めに、私は体を乱暴に揺すられて床に顔を擦りつけながら引っ切りなしに嬌声をあげた。

「ひ…ッあ、あ、あ、ぁん! ふぁ…っ、んぅッ」

熱を持って張り詰めた前の欲望も剥き出しのままでリズムに合わせて床に擦られ、私は感極まって首を振りながら絶頂を極める。ぎゅっと絞りきった後ろの最奥で、ソルも欲望を弾けさせたのが分かった。
二、三度に分けてビュクッと奥に放出される熱い液体に、私はまた体を過敏に跳ねさせて、吐息をつく。

「……坊やは淫乱だな。もっとこれがほしいんじゃないか?」
「あッ!」

熱い息を首筋にかけられ、繋がったままで腰を回された私は、期待の交じった悲鳴をあげた。内臓を引っ掻き回されるような不快感は、ソルという存在一つで何にも変え難い快感に変わる。
この獣に魅せられてしまえば、もう拒むことなどできはしない。
再び力を持ち始めたソルに揺さぶられ、私はまた快感にとろけた喘ぎを漏らし始めた。

「しばらく止まらねぇからな、付き合えよ」

畏怖さえ与えるその存在が気を高ぶらせ、私の背に覆いかぶさる。下肢を間断なく攻め立てながら、動脈を探すように項を這い回る舌と犬歯に、私は竦み上がった。それは恐怖なのか歓喜なのか自分でも分からない。
ただ、ソルに触れられ、犯されるという事実が私を狂わせる。
体を乱暴に引き揚げられ、四つん這いの姿勢で何度も穿たれる衝撃に、私はあられもない声をあげてソルの名を叫び続けた。

「ソ、ルッ! ぁんっ、ひ、うッ。ソルっ、ソ…ルぅ…!」
「もっと呼べ、坊や……。お前の声はイイ」

吐息交じりに首筋を食み、背後から立て続けに突き上げてくるソルの情欲に染まった声に私は尚も酔わされ、獣の性交と同じ姿勢での交わりを溺れるように受け続けた。







爽やかな朝日が窓から差し込む中で、私は身動きが全く取れないままぼんやりと天井を眺めた。
腕や足にはシーツが絡まるだけで痛みを訴える擦り傷が無数に残っている。一晩中床で行為に身を任せていたのだから当然だ。
今までにないほど精液でべたべたに汚した下肢が些か気持ち悪いが、嫌な気はしなかった。
これから一週間、ソルを自分の体で縫い止めることができるのだ、悪い気はしない。行為の合間に、レコードの弁償代わりとして一週間の束縛を、私は約束させられていた。
惚れてしまった方が負けだ。結局何をされても許してしまう。
ふと、シャワーから上がったソルが部屋に入ってきたので、私はそちらに視線を向けた。

「ソル……水がほしい」

見事に掠れてしまった声で私がそう頼むと、ソルは片手に持っていたボトルウォーターをこちらに放った。ベッドの上でぽんと跳ねたそれを引き寄せ、私はキャップを開けて口をつける。

「……一週間、坊やは性奴隷だ。分かってんだろうな」

くっと邪悪に笑むソルを見つめながら、私はボトルから唇を離し、濡れた口元を拭った。

「それでソルの怒りがおさまるなら……」

構わない、と訴えると、ソルは徐に近付いてきて全裸の体を見せ付けて言う。

「じゃあさっそくだが、朝のミルクでも飲んでもらおうか」
「……なんでそう卑猥なことばかり……。趣味ですか?」
「ごちゃごちゃうっせぇぞ。言う通りにしてろ、おら」

私の反抗を軽くいなして、ソルは休止状態の下肢を近付けた。
しかし生憎と体力を使い果たしてしまった私は、ゆるゆると首を横に振って無理だと伝える。
「体も……起こせないんです。どうしてもというなら、申し訳ないのですが、上に跨がってもらえませんか?」
「なんだそりゃ。坊やはまた随分と大胆なことを言うんだな」
楽しげに笑うソルの言っている意味が分からずに『?』を浮かべる私に、ソルは構わず近付き、ベッドに乗り上げた。片膝をついた恰好で私の頭を跨ぎ、自身を私の唇に押し込んできたソルは、くつくつと笑う。

「坊やはレイプがお好みか?って聞いてんだよ」
「な…っ、違……んぐ!」

喉の奥まで一気に突かれ、私は噎せた。しかしすぐに懸命に舌を這わせて愛撫を施そうとすると、ソルは落ち着いた朱色の眼を細める。

「そういう坊やの顔も、好きだぜ」
「ふっ…んんッ」

ちろりと舌を覗かせて囁くソルに、私は頬を赤らめた。
ああもう……結局この男には敵わないのだから、自分が嫌になる。






END



…鬼畜エンド…かな? バッドエンドとも言う(笑)