私は玄関へと直行した。
背後から追い縋る気配に、煙幕代わりの電撃を撒き散らす。
流石にソルが足を止めることはないが歩速が緩んだのを感じ取り、私は一気に距離を離して家の外へと飛び出した。
既に深夜に差し掛かっていたため、外は真っ暗で静寂に包まれていた。
しかしこの辺りの住宅地を抜けると、まだ明かりをつけて賑わう街の表通りに出られる。
僅かな逡巡の後、私は街へと足を向けた。やはり人込みに紛れるのが一番だろう。
流石に人の目があればソルも無茶な手段には出られまい。
私はそう判断して街へと全速力で駆け出した。気配を殺すことに気は配らず、とにかく人のいるところへ辿り着くことだけに専念する。
背後から迫る怒気を妊んだ気配に冷汗を流しつつ、私はひたすらに走り、この時刻でありながら喧騒に包まれている街に飛び込んだ。
大方の店は閉まっているが、夜間経営の飲食店やバーは開いているので人通りが全くないということはないが、やはり昼間ほどの賑わいではない。
これはどこかの店に入ってしまった方がいいのだろうか。客として紛れれば、探すのに手間がかかるはずだ。
しかし運悪く見つかればそこから逃れることは絶対にできないだろう。
私は散々迷った末、目に付いた近くの店に飛び込んだ。
そこは洒落た感じのバーで、幸いにもいかがわしい雰囲気のところではなかった。
マスターの和やかな挨拶もほとんど聞き流し、私は店内に視線を走らせる。

「……!」

それほど大きくもないその場で、彼の人物を目に止めるのは容易なことだった。
私は途端に顔を綻ばせ、隅の席へと近付いた。

「お久しぶりです、元気でしたでしょうか。アクセルさん」
「え……? あ、カイちゃん!」

向こうも気付き、ぱっと顔を上げる。
偶然にもその場に居合わせたのは、時の旅人であるアクセル=ロウだった。
私は彼の顔を見た途端にある可能性に気付いて、アクセルに縋り付く。

「アクセルさんッ! 唐突で本当にすみませんが、QUEENのレコードを持っていませんか!?」
「えッ? 何、どゆこと??」

突然の展開に、アクセルが驚いた声をあげた。
しかし私が必死の形相で事の顛末を語ると、アクセルは納得する。

「あ〜、なんだそういうことだったのか。てっきりカイちゃんが旦那の趣味に感化されたのかと思って、俺様びっくりしちゃったよ〜。うん、でもそれなら任せて! 俺の持ってる歌詞カードをあげるよ。レコード本体は無事なんでしょ?」

にこにこと快くそう頷いたアクセルに私は心底感謝して頭を下げた。

「すみません…、本当にすみません。恩に着させていただきます。代価はできる限り払わさせていただきますので……」
「そんな、別にいいよっ。俺、いつもこの時代に来たらカイちゃんにお世話になってばっかりだし、こんな時くらい恩返ししないとね!」

それに、俺にとったらレコードはそんなに貴重品ってわけじゃないし。

そう朗らかに微笑むアクセルに、私はなるほどと思った。
確かにアクセルは(自分の意思ではないものの)時空を行き来できるのでレコードを手に入れる機会には恵まれている。
だが、やはり貴重なものであることには変わりないので、私はテーブルにぶつけそうになるほど頭を下げた。

「ありがとうございます、本当に。アクセルさんは命の恩人です」
「え、いや、そりゃ大げさだってば〜!」
「大げさなんかではありません、本当に殺させる寸前だったんですから」

ただ殺されるというよりは、犯り殺される、というのが正しいところだが。

その真実は胸中だけに収め、私はアクセルに約束をした。

「今は時間がありませんが、明日にでも……いえ、他の機会でも構いませんので、何でも私に頼んでください。助けてくださったお礼は必ずさせてもらいますので」
「だから、そんなに気を遣わなくてもいいって……」

「おい坊や、テメェは誰と勝手に契約してんだ」

噴火寸前の活火山のような危険を孕んだ声が、突然割り込む。
私とアクセルは顔を引きつらせて、店の入り口へと視線を向けた。
案の条というべきか、そこには悪鬼の表情で佇むソルがいた。

「ソ、ソル…っ…」
「俺のことはころっと忘れて、イギリス人と仲良く談笑か。いい根性してんじゃねぇか、坊や?」

思わず戸惑う私に、ソルはズカズカと歩み寄り、鼻が触れ合うほどの距離で口端を釣り上げて笑う。
間近で不機嫌全開の笑みを向けられ、私は恐ろしさに言葉が喉で詰まるのを感じた。

「あ、あ、あの…そんなつもりは……」
「ない、だって? ざけてんじゃねぇぞコラ。無防備にへらへら笑ってんのが外から丸見えだったぜ」
「えっとあの、だ、だから! 私はアクセルさんにレコードの歌詞カードを譲っていただけると分かって安心しただけで……ッ」
「……あ? なんだって?」

私が必死でそう叫ぶと、ソルは眉をひそめて胡乱げな視線を向けてきた。

「あ〜、だからね。俺様もQUEENのレコードは全部持ってるからさ、それを譲ろっか?って話してたわけよ、旦那」

蛇に睨まれた蛙状態で色を失くしている私に代わって、アクセルが間に入って説明を補足してくれた。それにこくこくと頷き、私は縋るようにアクセルの方へと移動する。
その様子を見て、なぜかソルの眉間に皺が2割増しで刻み込まれた。
不機嫌オーラが増したそれに冷汗を流しつつ、私は必死で言葉を紡ぐ。

「そ、そうなんです。だから、台無しにしたものと同じものを用意しますので、それで勘弁してくれませんか?」

同じものを用意できれば、ソルの怒りも治まるはず。

そう思って提案したのだが……、

「ダメだ」
「……え?」

なぜかソルは、思い切り低い声音で拒否した。
これで解決すると思っていた私は、途端に混乱に陥り、慌てた。

「な、なんでですか!? 同じものですよ!?」
「ダメだ」
「元通りになればそれで構わないはずでしょう!?」
「ダメっつったら、ダメなんだ。却下。」
「だから! なんでですかッ!!」
「うっせぇな! いらねぇっつってんだろが!」

むきになったように拒むソルに、私はますます混乱した。
確かにアクセルから譲り受けるとなると「中古」ということになるのかもしれないが、それでも紅茶の染みが付いたものではないだろうから、ほぼ元のものと変わらない。
大事なものが元通りになるのに、なぜソルは嫌がる?
私は眉をひそめて、ソルを見た。

「わけが分かりませんよ? あなたの主張は。弁償するのだから、それでいいはずでしょう?」
「……気に入らねぇ」

詰問に、ソルはぼそりと呟いた。
私はその言葉に、目をぱちくりさせた。

「は……?? な、何がですか」
「……なんで、ここでイギリス人がしゃしゃり出てくる。もとはといえば坊やの仕出かしたことだろ。テメェのケツはテメェで拭きな」
「そ…それは確かにそうかもしれませんが! しかし、弁償のできないものだったからアクセルさんにお願いしたんです! それにあれはあなたが大事にしていたものだったから、お金には代えられないでしょうし……」
「だから、坊やが体で払えば許してやるっつってんだろっ。ほら、こっちに来い!」
「え、ちょ、ちょっと……ッ!?」

アクセルから引き剥がすように、私は力任せにソルの方へ引っ張られた。
しっかりと手首を掴むソルに、私は焦りと困惑の眼差しを向ける。

「い、嫌ですよっ! 放して下さい! ちょっと、ソル!?」
「ぎゃんぎゃんうるせぇ。てめぇは俺のもんだ。黙ってろ」

私の抵抗など無視して、ソルはずんずん店の外へと向かう。
引きずられながら、私は助けを求めるようにアクセルの方へと振り向いた。
しかし、なぜかアクセルはこちらの騒ぎを苦笑で以って見守っていて、尚且つひらひらと手を振って見送っていたりなんかした。

「なんか俺様、痴話喧嘩にあてられちゃっただけっぽいね〜。んじゃ、頑張れ☆カイちゃん」
「な…!? た、助けてくださいよっ! アクセルさんっ」
「人の恋路を邪魔する奴はなんとやらっていうし、俺様、遠慮するよ〜」
「いや、遠慮とかってそんな問題じゃ……!」
「坊や、あんまうるせぇとキスで口を塞ぐぞ」
「う……っ!」

不穏な声でそう告げるソルに、私は敢えなく口を閉じた。
どうやら、私を助けてくれる者はいないようだ。

自宅へとソルに引きずられながら、私はこれからの自分の身を案じた……。







END




ギャグ風味でノーマルエンド。軽く旦那の嫉妬でしめてみたり。