カイはクリフに頼まれ、神器の様子を見に行くことが稀にあった。
封印を施され、静かに眠る武器。それらの奇妙なフォルムに、カイはガラス越しに時々魅入っていた。
人類の希望ともいえる最終兵器。だが同時に使い手を選び、そして未だに主を得ないお飾りと化している武器。八つに分かれる前は一つであったと聞くが、一体どんな形をしていたのか。それを知る者はいない。
だが、カイはそれを考えるのがとても好きだった。見ている分には、それらは飽きなかった。人類に残されたこの兵器を作った人物は、最初これらをどんな形にしたのだろう。想像は尽きることなく、浮かんでは消える。
そうして一頻り無邪気に想像を働かせた後、カイはきまって陰りの差した表情をした。人々から希望として捉えられるそれらがこうして飾られていることに誇りを感じると同時に少し哀れにも思えたからだった。
それでもこれらは気高く美しい。汚れて地を這い回る自分がこうして眺めることすら相応しくないほどに……。
カイは静かにその部屋から身を退き、再び結界を施した。滑らかにその唇から言葉を紡ぐ間にも、カイの心は美しい兵器達のもとへとひかれ続ける。
それが油断を生んだことに、カイはその時気付かなかった。空気に溶け込むように背後から現れたその男を知らぬまま、カイは首元に手刀を叩き込まれ、その場で気を失った。
崩れ落ちた細い体を悠々と跨ぎ、男は結界を破って中へと侵入を果たした。
< 04:傷 >
封炎剣の在りかは分かっていた。だが、特殊な魔法が施されていたがために手が出せなかった。
しかしその封印を解いているカイはやたらと無防備だった。常の鋭さは失せ、年相応の表情が見え隠れする。それは戦士として即ち死を表したが、流石にソルも子供を殺すほど馬鹿ではない。
気絶して転がっているカイをよそに、ソルはガラスを割り、乱暴に鎖を引き千切って神器を一つだけ取り出した。
封炎剣。直線的で些か不格好な兵器。何かを斬るというよりは叩きつけた方が効果がありそうなその紅い剣をソルは手に取って状態を確かめた。
手入れは行き届いている。だが誰にも使われずに眠っていただけあって、内包した法力が錆び付いているような感触があった。幾らか慣らさなければ神器も本領を発揮しないだろうし、自分の手にも馴染まないだろう。
目当てのものは手に入れた。もうこの窮屈な場所にいなくていい。ソルはそう思いながら、部屋の最深部から出た。薄暗い入口付近まできて、ふと視界の端にうつ伏せに倒れたままのカイが映り、思わず口許に嘲りの笑みがのぼる。
綺麗なだけのお人形さん。そこそこに力はあるが自分には遠く及びもつかない、ちっぽけな人間。セックスに関しては調教しがいはあったが、所詮はそれまで。
今まで交わっては捨ててきた女どもと同じ、生身のダッチワイフ。
そのお飾りのような体でどこまで聖騎士団を率いていけるか見物だな。ソルは酷薄な笑みを浮かべた。別に聖騎士団などに期待はかけていなかったから。
裏でそれなりに手助けをしてやれば自分の存在は出さずにめでたく聖戦は終わる。聖騎士団率いる人間側の勝利という形で。
ソルは封炎剣を持ったまま、部屋を出ようとした。しかし、これで計画通りにいくと思ってどこか気が緩んでいたのだろう。
後ろから忍び寄る気配に気付くのが遅れた。
「――!」
ソルは背後を振り返った。だが、その行動は災いしたとしか言えなかった。
闇から伸びた手に、ソルの片目は貫かれた。
「――が、ぁ!」
体温がやけに低い青白い手が眼球と瞼の間に滑り込み、細胞や神経を掻き分けてくる。鍛えることなど叶わない眼球に、闇から伸びたその手は容赦なく爪を立て、ソルに激痛を見舞わせた。
余りに突然の事態にソルが硬直したその一瞬、その青白い手は何の躊躇いもなく、そのままソルの紅い目玉を引き抜いていった。毛細血管が絡み付いたその球体が血にまみれながら、ソルの体から分離する。途端に、本来あるべきパーツを失った空洞から紅い飛沫が噴き出し、ソルは声にならない悲鳴をあげた。流石のソルも思わず庇うように眼球を失ったその片目を押さえて体を捩る。いっそのこと腕や足が千切れた方がまだ分かりやすいと思うほどのじくじくと脳に直接響く痛みは、頭を掻き毟りたくなるものだった。
だがそれをせず、ソルは前を睨み付けた。闇に紛れたその気配を視界に収める。肉片や血管が絡み付くソルの眼球を握ったままのその青白い手は、女に見間違うほどのか細い体から生えていた。
目玉を携えて、その人物が闇からふらりと姿を現す。抜けるように白い肌に、暗闇ですら光彩を放つ金糸の髪。そこにある一際目立つ青緑の瞳は、暗く獰猛な色をたたえてぎらついていた。幾重にも着込んだ真っ白の服が、返り血で紅い。
こちらを射殺しそうなほどに鋭く睨み付け、手に持ったソルの眼球を徐に握りつぶしたその人物がカイだと認識した瞬間、ソルは封炎剣を振っていた。一気に血が上り、残虐な衝動だけに満たされたソルは口許に笑みさえ浮かべ、その刃をお綺麗な人形に叩き付けた。脆い体の人形は胸に血を吹いて、容易くその場で倒れた。
しかしそんなもので衝動は収まらない。ソルは倒れたカイの体を跨いでその顔を見下ろした。地獄に燻る炎のような、全てを飲み込む紅が開いた片目だけに宿る。
「何の真似だぁ? 坊や」
手触りのいい金の前髪を鷲掴み、ソルはカイの顔を覗き込んだ。間近のソルに視線を向けたカイは、斬り付けたときにも閉じなかったその氷点下の眼差しで薄く笑う。
「いいざまだ。神器を持ち出す不届きものにはお似合いだ」
ソルは掴んだ前髪を引き、床にカイの頭を打ち付けた。
「神器だぁ? そうやってお飾りにして何になる。使える奴が使うのが当然だろ」
「……お前のような輩では意味がない。神器を返せ。希望の象徴としてまだいる」
「象徴にしたところで、ギアは減らねぇんだよ。お嬢ちゃん」
もう一度頭を床に叩き付けた。流石に脳はダメージを受けたのか、カイの目許が歪んで焦点が定まらなくなる。
だが、自分には関係ない。
「俺が精々有効活用してやる。安心して寝てろ、お飾りの坊や」
「お飾りであることの何が悪い。それで士気が上がるなら役立たずではない。返せ! その封炎剣を返せッ!」
「うるせェッッ!!」
力任せにお綺麗な顔を殴り付けた。顎が砕けたかと思うくらい凄まじい音が響き、カイの頭が床で跳ねた。
沈黙。髪を振り乱したまま、カイは何も言わなくなった。脳震とうでも起こしたのか、ぴくりとも動かない。ソルは愉悦の笑みを浮かべた。
そうだ、飼い犬が飼い主に噛みつくなど許されない。いや、奴隷が主人に逆らうようなものか。絶対にあってはならないのだ。自分にこの人形が逆らうようなことがあってはならない。逆らおうとすること自体間違っている。
「娼婦の分際で……!」
カイが他の連中とセックスしていることは知っていた。そもそもカイもそれを隠そうとはせず、情痕を残したままでよくよがってきたのだ。
理由は知らない。だが、娼婦に変わりない。どうせ一人では満足できない色魔なのだろう。
くだらない。こんな奴に次期団長などさせてどうする。人類を敗北に導きたいのか。
「もっかい試し斬りでもするか……?」
口端から鋭い歯を覗かせながら、ソルは血にまみれた封炎剣に手を掛けた。ここでこの淫乱な人形を始末すれば、もっと相応しい奴が団長にでもなるだろう。
そして、この人形は誰の目にも晒されずに自分だけのものとして堕ちる。
ソルはひどく満足げに笑い、剣を振り下ろした。
が――、
「異常があったのはどこだ!?」
「こちらです!」
遠くから聞こえた声に、ソルの手はぴたりと止まった。カイの喉に薄く当たったそれは、それ以上進むことなく停止していた。
何をしようとしていたのだろう。ソルはふと冷水でも浴びたように、滾っていた熱が引いていくのを感じた。
カイを殺して、自分に得はないはずだ。お飾りであろうと無能であろうと、ただ一人に全てを任すほど聖騎士団は愚かではなかろうし、クリフもバックについている。とりあえず自分が行動するときに隠れ蓑になる大々的な存在があれば、自分にとって都合はいいはずだった。
なのに、何をしようとしていたのだ。自分は。
「……」
ソルはそのまま封炎剣を手元に引き寄せ、その部屋を出た。
片目であることで距離感が掴みにくかったが、それくらいで聖騎士団の連中を撒けなくなるというとはない。悠々と本部から脱出し、ソルは闇に紛れた。
目を潰されたのは不覚だったが、いずれ元に戻る。
ソルはその夜から、元の賞金稼ぎに戻った。
だが、一度引き抜かれた目は、その後再生しても元通りとはいかなかった。
血のように紅かった目は金を帯び、完全な紅とはならずに朱金となった。
そして同じく、カイの体には胸元から腰に掛けて傷跡が残った。
それは、互いに存在を主張するようだった……。
無理矢理お題に結び付けようとしたら、いきなりバイオレンスになりました;
目ん玉えぐるカイは、怖いっちゅーねん…。
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