< 03:聖騎士団の日常 >
「すみません、失礼致します」
「はい、どうぞー」
鋭さを含んだカイの美しい声に、男はドア越しにおざなりな返事を返してきた。
だがそれが、からかっているとか邪険にしているとかそういう類いの表れではないことを知っていたカイは、了承を得てドアを開けた。静かな足取りで部屋へと踏み込むと、様々な本がそこかしこに置かれているなかで、机に足を乗せて何か分厚い本を読みふける男がいた。
「行儀が悪いですよ」
「んー。今更だろう」
呆れたようにカイはそう言ったが、男は本の方に意識がいっていて、適当なことしか言わなかった。
カイと同様に個室を与えられているこの男は、聖騎士団で最速の移動速度を誇る部隊を率いている隊長だった。階級から考えるならその男はカイと同等の地位にいるわけだが、男の方が以前から団に身を置いているので、カイは先輩と認識していた。
カイがドアを後ろ手に閉めて机の前まで行くと、足を投げ出して椅子に背を預けていた男は読んでいた本から目を離し、こちらをちらりと見た。
「……で、何の用なんだ?」
気のない様子で問う男に、カイはくすりと笑ってから愛想のよい笑みを浮かべて見せた。
「用がなければここに来てはいけないのですか?」
「用がなけりゃ来ない奴が、今更何言ってんだかな」
「おやおや、お見通しのようですね」
「いくら馬鹿な俺でも、何回も騙されりゃ流石に学習する」
男はムスッとした様子でそう言うが、本当はそれほど怒っていないことをカイは分かっていた。普段からも情が厚く、部下の信頼を一身に集める男だ。言うことは厳しいときもあるが、本気で怒ることは実に少ない。
ぽんと読みかけの本を床に放り出し、男は斜めに傾く椅子を体全体でゆらゆら揺らしながら、真っ直ぐに視線を向けてきた。
「今度の頼み事はなんなんだ? 面倒でないことを祈るけど」
「明日の遠征で、あなたの精鋭部隊をお借りしたいんです」
カイが簡潔にそう答えると、男は不思議そうに瞬きをした。
「なんだ、そんなことか。どうぞどうぞ。あいつらも美人に命令されたら喜んで特攻するだろうさ」
「いえ、別にそういうわけでは……」
からからと笑って冗談を言う男に、カイは困ったような苦笑を零す。しかしそれを不意に引っ込め、カイは真面目な表情で男の方に顔を寄せた。
「あと、もう一つお願いがあるんです」
「なんだ?」
男は軽い笑みを浮かべたまま聞き返してきた。それに一度にっこりと無邪気に笑ってから、カイは口許を妖しい笑みで飾った。
「あなたの自慢の武器『ファルコン』をお借りしたいんです」
「!」
男はそれを聞いた途端、バランスを崩しかけて椅子からひっくり返りそうになった。それをかろうじて何とか踏み留まった男は、かなり陰鬱そうな眼差しでカイを見つめた。
「俺がどれだけあれを大事にしてるか分かってて言ってるのか?」
「ええ、よく分かっていますよ。命の次に大事だといつもおっしゃっていますものね。……でも、必要なのです」
カイはにこにこと笑ったまま淡々と答える。男はハァと疲れたような溜め息を漏らした。
「お前に貸すのだけは遠慮したいね。お前の雷は強すぎて『ファルコン』がもたないかもしれない」
「丁寧に扱うつもりですが」
食い下がるカイに、男は眉根を寄せた。
「だいたい、俺の部下をつれていって、そのうえ『ファルコン』を使うってのは尋常じゃないな。明日の遠征は大した場所でもないのに……ああ、読めたぞ」
男は顎に当てていた手をパチンとならした。胡乱げな眼差しから確信に満ちたものへと変え、カイを射抜く。
「そこで籠城してギアに囲まれてるとかいう成金野郎を単独で助けるつもりだろ? 俺の部下を使えばお前の分の穴埋めはできるし、『ファルコン』を使えば武器の耐久度をそれほど気にせずに敵の真ん中へ突っ込んで行けるからな」
「流石にバレバレですか」
探偵ごっこでもするかのように目を輝かす男に、カイは苦笑を漏らした。
「恩を着せといて、後々パトロンにして金を吸い上げようと……。おー、怖い怖い」
「私はドラキュラではありませんよ?」
冗談半分に自分の肩を抱いて震えてみせる男に、カイは腰に手を当てて怒ってみせた。もちろん本気ではないが。
互いに顔を見合わせて少し笑ったあと、カイは再び真剣な表情へと戻した。
「というわけで、武器をお借りしたいのですが」
「悪いが、それは許可できないな」
男は食えない笑みを浮かべ、即座に断った。それにカイは少し眉をひそめ、男を見下ろす。
「資金面が改善されれば、難民の保護も警護の強化も可能です。必要であることはお分かりでしょう?」
「でも、俺が力を貸さなきゃならない道理はないさ。部下は貸してやるって言ってるんだから、マシな方だろう?」
「……」
男は軽く目を閉じ、息を吐くようにそう呟いた。この男もその必要性は充分わかっているのだろうが、自分の武器の安全性の方を取ったようだった。結局は誰もが利己主義であるのだから……責めても仕方がない。
カイはふぅと肩の力を抜き、一度閉じた目を開けた。
「代償は私の体で払います。……ですから、武器を貸してください」
細く白い指を、カイは自分の下肢に這わせた。肩幅に開いた足の付け根をゆっくりとなぞり、男に見えるようにズボンの上から秘所を探り当ててぐっと指先を埋める。
「ここを、好きにしてもいいですよ」
カイは妖艶な笑みを浮かべ、男を正面から見据えた。その動作を無意識に目で追っていた男は、カイのゾッとするほど色気のある顔に視線移し、静かに口を開いた。
「まだ、そういうことをしてるのか」
「この程度は日常茶飯事です。でも自分を安売りする気はないので、大事な交渉でしかしませんが」
「……」
造ったように美しく飾った笑みを浮かべたカイは、その清廉な雰囲気と裏腹に自分の指で下肢をゆるゆると弄った。それを目の前で見せ付けられた男は一瞬困ったような、どこか物悲しそうな表情を浮かべ、徐に立ち上がる。
「……分かった。じゃあ、前払いでな」
「ありがとうございます」
渋々といった様子で承諾した男に、カイは嘘偽りのない笑みを向け、ベッドまで手を引いた。
横たわった男の体に跨り、自らその猛った楔を体に打ち込んだカイは、その圧迫感と快感にぶるりと体を震わせた。ゆっくりとその熱い塊を奥まで埋め込み、カイが一息ついたところで、男は遠慮もなく腰を乱暴に揺すり上げた。
「んッ、あぁあ!」
急な刺激に、カイは背を弓なりに反らせ、男の腹に手を突っ張る。それに楽しそうな笑みを浮かべた男はカイの細腰を掴んで固定し、波打たせるように腰を何度も突き上げた。ベッドがその振動で軋み、シーツに皺が刻まれる。
「あ、ヤ…ぁッ。早い…っ…ですッ」
「そうか?」
カイが息を詰めて声をあげるのを聞き、男は突然動きを止めてカイの腰を持ち上げた。強引に中のものを引き抜かれ、くわえるものを失ったカイが戸惑いの表情を浮かべる。それに意地悪な笑みを浮かべて返し、男はカイの両足首を掴んで持ち上げた。
足を開かれた状態でベッドに仰向けで引っ繰り返ってしまったカイが、何をする気だと不安げな眼差しで男を見上げると、男は空々しいほど爽やかな笑みを浮かべていた。
「嫌なんだろ? だからもうちょっと慣らしたほうがいいかと思って」
「え……」
男の意図を計りかねて、カイは眉根を寄せた。
既にカイの中は男根を受け入れられるだけに広がっている。なのに、男はわざわざまた慣らすというのだ。男の方も勃起しているうえに、カイもそれが早くほしいくらいに煽られているのだから、カイが言ったうわ言のような言葉を真に受ける道理もあるまい。早く挿れてしまえばいいものを……。
まさか、このままずっと焦らす気か。
カイがそう思い当たったと同時に、男はカイの秘部に顔を埋めて舌を這わせてきた。
「あっ…!」
濡れた感触に、カイは身を震わせた。既に緩み、物欲しげに収縮を繰り返すそこを舌で弄られ、もどかしさに声が漏れる。男はわざととしか思えない動きで、秘所の周辺だけを丹念に舐め始めたのだ。
もっと熱くて太いものがほしいのに。
一度なかに肉棒を収めてしまっただけに、余計に焦がれる。問答無用で自分を蹂躙する、あの激しさがほしい。
愛撫はいらない。優しさもいらない。意識を麻痺させる快楽だけでいいのに。
そうでなければ、やっていられない。
「やめ…っ、もう挿れてください……!」
「んー? 別に俺は急がないけどな?」
カイの悲壮な叫びに、男は笑顔ではぐらかす。その表情で、確信犯だと知れた。男は長い付き合いのせいで、カイの精神状態をよく把握している。
カイはぎりっと唇を噛んだ。この男は、カイを精神的にいたぶろうとしている。それが分かり、怒りが込み上げた。
アイツなら、こんなことはしない。ただ欲望のままに、カイが欲するままに快楽を与えてくれる。ただ抱き合って獣になれる。いつもはカイの言葉に耳など傾けないが、抱き合うときだけはなんでも聞いてくれる。
カイが怒りを含んだ目で足の間に顔を埋める男を睨み付けると、男はふと顔を上げてこちらを見た。
「なあ、ところで……この跡は誰が付けたんだ?」
「……?」
言われた意味が分からず、カイは怪訝な顔をした。すると、男は足の付け根の辺りを突ついて一点を示した。
「ここのキスマーク、誰が付けたんだ? またパトロンの誰かか?」
「……!」
二度目で意味を飲み込み、カイはやっと気付いた。そんなところに鬱血の跡を残すなど、アイツ以外にいない。咄嗟にどう答えようか悩んだが、カイはすぐに視線を上げた。
「コーチに付けられました」
「ふーん」
淡々とカイがそう答えると、意外に気のない返事が返ってくる。特にどうでも良かったことらしい。一瞬ひやりとしたのが、少々馬鹿馬鹿しかった。
……あれ? ひやりとした?
自分で感じたことに違和感を覚え、カイは訝しんだ。別にアイツとの関係はバレたところでさして問題もないはずだが……。
「――ッは、あぁぁあ!」
考えに耽りかけたところで男が突然肉棒を穿ってきたので、カイは思わず悲鳴をあげた。反射的にカイはキッと男を睨み付けたが、それを面白そうに見ながらも、朗らかに笑っている男の顔と出くわして目を瞠った。
「そいつ、お前の恋人?」
「なッ、…ぁ? そんなことあるわけないでしょう……!?」
唐突な質問に、カイは声が引っ繰り返った。動揺とかではなく、単純に驚いたのだ。
その様子を見た男は、見るからに残念そうな顔をしてみせ、カイを余計に混乱させた。
「なんだ、違うのか。そうだったら良かったのに」
「え……?」
意味が分からず、カイは疑問符を投げかける。しかし男はそれに答える気はないらしく、カイの腰を強く掴んで叩きつけてきた。
「あっ……ぁッ!」
「ホントに、そうだったら良かったのになぁ…」
再度同じことを呟いたのを最後に、男はそれ以上何も言わずに行為へ没頭した。
もしそうだったなら、お前の腐った日常がちょっとは変わったかもしれないのにな。
その呟きは、男の胸中だけに収められた。
遂にやってしまいました; ソル以外の奴とエロシーン…。
妙な奴が出てきてしまいましたが、こいつは一発キャラなのでここで見納め。成仏してくれ(南無阿弥陀〜)。
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