後日、ソルが事の次第を全て包み隠さず話すと、思った通り王は怒る様子を見せなかった。しかもそれどころか、王は明らさまに安堵して微笑んでいた。
「お前があの王子を殺さなくて、本当に良かった」
「どういう意味だ……?」
豪華なプライベートルームの中央で突っ立ったまま、ソルは怪訝な眼差しを王に向ける。気さくだがいつも腹に一物抱えた油断ならないこの男が、ここまでホッとした表情を見せるのは非常に珍しい。
疑問の表情に、王は苦笑いを浮かべながら答えた。
「いやな、彼は前々から個人的に目を付けていたんだが、こちらの立場上、どうしても都合の悪い存在だったからああするしかなくてな。みすみす死なせるには惜しいと思っていたんだ」
王もカイを気に入っていたと分かり、ソルの眉間に皺が寄った。ニコニコと笑う王に、不機嫌を隠しもせずにソルは釘を刺す。
「あいつは俺のだ。テメェにゃ、やらねぇぞ」
「ああ、勘違いしないでくれ。私が彼に目を付けていたのは、さぞかし君と似合うだろうと思ったからだよ」
「……なんだと?」
王の意外な告白に、ソルの方が反撃を受けて目を見開いた。それを楽しそうに見遣り、王は芝居がかった動作で肩を竦めてここぞとばかりに言い募る。
「きっと気に入るだろうと思って、折角騎士に仕立てあげてまで彼と会う機会を何度か作ってやったのに、君はまるで無視してくれるんだものなぁ〜。いや全く、あれには参ったよ」
横行に溜息をついて明かされた衝撃の真相に、ソルは今度こそ絶句した。
この男が嫌がるソルを無理矢理騎士にした理由が、実はカイと会わせるためだけだったとは! そんなことで二年間好きでもない仕事をやらされて振り回されていたかと思うと、ソルの中で抑え切れない怒りがふつふつと沸いてきた。
「テメェ、んなこと一言も言わなかったじゃねぇかッ!」
ソルは声を荒げて吠えるが、王はそれを平静な顔で受け止め、いつになく真剣な表情でこちらを見据えていた。
「当然だろう。言ってしまったら意味がない。……先入観がなかったからこそ、君は彼の魅力に気付いたんじゃないのかい?」
「……!」
思わぬ言葉に、ソルは咄嗟に言い返すことができず、押し黙った。自分自身、思い当たる節があったからだ。
もしも事前に知らされていたなら、自分はニュートラルな目でカイを見ることはできなかっただろうと思う。魅せられるであろうことは同じだと思うが、斜めに見る自分では最後に踏ん切りがつかず、あの時にカイを絞め殺してしまっていた可能性が高い。くだらない意地で、本当の心に蓋をして見ない振りを決め込んでいただろう。
的を射ていただけに言い返すことが出来ず、ソルは苛立ちのままに髪を掻き乱した。
「結局、テメェの掌の上で躍らされてたってわけか……」
「それは違うよ」
ソルの呟きに、王は強い口調で否定した。語気の強さに驚いてそちらを見遣ると、王の真っすぐな眼とぶつかった。
「君が実際に彼を気に入るかどうかは、流石に私も分からなかった。……お膳立てをしたのは確かに私だが、選んだのは君自身だよ」
慈愛に満ちた笑みを浮かべる王から、ソルはさりげなく視線を外す。確かにその通りだとは思うが、そんなことを面と向かって言い切られては恥ずかしさでいたたまれない。
そっぽを向いて照れ隠しをするソルに王は小さく笑い、徐に持っていた二本の剣を差し出した。それに気付いて視線をそちらに向けたが、ソルは途端に怪訝な表情を浮かべる。
二本の剣のうち、片方はソルが元々所有していた炎の紋章を持つ神器だったが、もう片方には見覚えがない。疑問を抱いて王を見ると、彼は穏やかな表情を崩さぬまま言った。
「これを彼に渡してくれ。我が国の持つ神器の一つだ」
「おいおい……何のつもりだ」
「なぁに、餞別代わりだよ」
国宝を餞別と言ってのける男にソルは呆れた眼差しを向けたものの、素直に二つとも受け取った。貰えるものは貰っておくべきだろう。何よりこの可笑しな王のことだ、王子に似合いそうだから国を一つばかり滅ぼして手に入れたんだよ、などと軽く言いかねない。
二つの剣を片手でまとめて持ち、ソルは無造作に外套を羽織った。
「あいつ待たせてるから、もう行くぜ?」
「ちょっとゆっくりしていけばいいのに……と言いたいところだが、仕方ないね。また機会があれば寄ってくれ。歓迎するよ」
「ああ、また来る。土産話、楽しみにしとけ」
国政に縛られて動けない王にソルがぶっきらぼうながらも気遣いの言葉を残して背を向けると、男が嬉しそうに笑うのが聞こえた。
「今度は是非、二人で私の国を訪ねてくるといい」








殺されたはずの隣国の王子ということもあって、カイは城の広大な敷地の一角にある森で待たせてあった。木陰で所在なげに佇んでいたカイはソルが近付いてきたことに気付いて顔を上げる。
「もっと時間が掛かるかと思っていたが……もういいのか?」
「ああ。待たせて悪かったな」
嬉しそうに顔を綻ばせたカイは、日の光にもよく映えた。
この王子と出会ったことが王の策略によるものだということは面白くないが、それでも感謝したいと思う。一級品な外見はもちろん、真っ直ぐで意志の強い中身がソルは特に気に入っていた。
昨晩からろくな態度を取っていないと思うのだがカイはソルを好意的に思っているらしく、気遣わしげにこちらを見る。
「何かされたということは、なかったか?」
「心配ねぇよ。……大体、俺にどうこうできる奴なんていないしな」
口止めに脅されやしなかったかと心配するカイに素っ気なく返し、ソルは目の前の蜜色の髪を一房掬い上げた。指通りのいいそれに目を細めて楽しんでいると、カイは大きな瞳をぱちぱち瞬かせてしばしその動きを目で追っていたが、ふと気付いたようにカイはソルの手元へと視線を移した。
「それは……?」
「ん、ああ。こっちは俺のだが、この青いのはお前のだ」
「え……。どういうことだ?」
刃渡りの長い細身の剣を手渡すと、カイは受け取りつつも怪訝な顔をした。白銀に輝く白と鮮やかな青に装飾されたそれは、まるで誂えたかのようにカイの繊細な雰囲気と合っている。
「王からの餞別だと」
「え! ほ、本当に事実を話したのか……!?」
「ああ。で、是非宜しくだとよ」
あまりにもソルが軽く言ってのけたからだろうか、カイはまさに目が点になっている。そうなるのは、まあ仕方のないことだろう。死ぬ以外ないと思っていたのに、こうもあっさり生きることを認められてしまったのだから。
惚けるカイの頬を軽く叩き、無理矢理こちらに意識を戻させ、ソルは秀麗な顔を間近で覗き込んで問うた。
「さて、どうする? どこか行きたいところ、あるか?」
「え、あ、ああ……」
長い睫毛を忙しなく動かし、カイが生返事をする。その様子にソルは苦笑を零し、半ば意識を持っていかれたままのカイに、ここぞとばかりに爆弾を落とした。
「お前が望むなら、天国だろうが地獄だろうが喜んで行ってやるよ」
「……な……ッッ!?」
とんでもない言葉に、カイが絶句する。この容姿ならば言い寄られたことは数知れないだろうに、途端に茹蛸の如く真っ赤になって初心な反応を返した。
二の句が次げずに口をぱくぱくさせて狼狽えるカイに、ソルはトドメとばかりに軽く口付けを落とし、さっさと背を向けた。
「おら、早く来ねぇと置いてくぞ」
「……あッ、待って! ソルっ!」
硬直から解けたらしいカイが、慌てて後ろから追い縋って来る。その気配に意地悪く喉の奥で笑っていたソルは、不意に腕を引かれ、肩越しに後ろを振り返った。
「私も、ソルと一緒なら……どこであろうと幸せだよ」
鮮やかに笑い、そう告げたカイと視線を絡み合わせ、ソルは自然と口許に笑みをのぼらせた。







END










騎士と王子という設定で敵同士にしてバトルに持ち込むのは私くらいだろうなと思ったり。ひねくれすぎですね。しかも最後には二人とも身分を放棄してるので全くお題に添えてない感じ。バックグラウンドが暗くないせいか、当社比2倍な感じでソルがクサイ台詞を口にしてるし…。
とりあえずは終わりはめでたしめでたし、ですね!(強引)


ちなみに曲者な国王は、『あの男』です。友情出演(笑)