現実世界と同じく、日の暮れた頃。
あらゆる言語の飛び交う酒場で『ソル』と『カイ』は、食事をしながら作戦会議を行っていた。
ゲームの中では必ず2人で行動すること。移動の時は一般ユーザーが多いところを通ること。できる限りチャットでは話さないこと…etc
食事を摂る格好を取りながらもゲーム中では無言のまま、フレデリックとカイはとあるインターネットカフェ内で向かい合って話をしていた。
「……今更こう言うのもなんだが」
「ん……?」
一通り話し終えて、実際に飲み物を注文して口をつけているとき、フレデリックは目の前で安物の紅茶を優雅に飲むカイを見つめた。
インカムのマイクをOFFにして、ゴーグルも首に引っ掛けただけの状態のカイは、カップから視線を上げて続きを促す。
「お前、学校は?」
「……確かに、随分と今更な質問ですね。でも大丈夫ですよ、奨学金もらっているような人間なので、毎日夜が遅くてもさほど問題ありません」
先日の件で用心のために毎回会う場所を変えることにした二人は、それぞれの生活リズム上、夜遅くに集合することが多くなった。それで影響が出ていないかと問うフレデリックに、カイは苦笑しながら答える。
「そういうあなたも、一応社長でしょう? 大丈夫なのですか」
「それこそ愚問だな。抜かりねぇよ。……来月の下旬に、『パーティライフ』のグレードアップとゲーム機の廉価版を出す予定だ」
「……確かに、心配する必要はなさそうですね」
自信に満ちたフレデリックの返答に、カイは思わず苦笑する。さほど年齢は変わらないはずだが、フレデリックがもう既に立派な社会人であることにカイは少し羨望の眼差しを向けた。
「フレデリックさんは凄いですね。こんな異国の地で十分に成功している。それと比べて、私は……」
『あれっ? カイじゃん!』
カイがそう言いかけた時、インカムからよく通る弾んだ声が響いた。自分を呼ぶ男の声に気付いて、カイは慌ててゴーグルを掛ける。フレデリックもまた声を聞きつけて、ゴーグルを掛け直した。
「! シン!」
眼の前で顔を覗き込んでくる男を見つけて、カイは思わずその名を叫ぶ。フレデリックには、ゲーム中の酒場で自分とカイとの間に割り込んだ無粋な男の後頭部しか見えなかった。
「誰だ?」
「お…弟です。言っていた、例の……」
「ああ、計画性皆無のアホっ子か」
「ア……ッ、な…なんて言い方するんですか! 一応私の弟ですよっ!?」
「知るか」
ゴーグルを押し上げて、カイは眼の前のフレデリックを睨みつけて叫ぶが、にべもない答えが返ってくる。納得のいかない顔をするカイを後目に、フレデリックはマイクをONにしてグローブのロックを外した。
「おい、テメェ。邪魔だ。ヒヨコ頭」
「うおッ!? な、なんだよいきなり!」
フレデリックはグローブを嵌めた手を伸ばし、目の前の金髪を鷲掴んで押しやる。グローブのロックを解除すれば動きがゲーム内に反映されるので、ソルの手でシンという男は視界の外へ排除された。
突然割って入ったソルにシンは不満げな目を向けるが、今はカイとの再会の方が重要だったのか、ソルを無視してカイに向き直った。
「なんだよ、カイ。前に、もうこのゲームしないって言ってたのにこんなとこにいるなんてさあ……。あ、いや…別に待ってたとかそんなんじゃねぇからな!」
全力で振っている犬の尻尾が見えてきそうなほどに、シンはカイへとべったり張り付いて話しかける。マイクをONにしたカイは、顔を寄せてくるシンに少し驚いてから柔らかく笑った。
「ええ……ごめんなさい。ちょっと用事があって、久しぶりにやってるんですよ。……シンは元気でしたか?」
「俺はいつでも元気だっての! カイなんかに心配されるほど、ヤワじゃねぇよ」
「そうですか。なら良かった」
カイが惜しげもなく、慈しみの笑みを向ける。『冒険者』はカメラで表情を読み取って再現するシステムだが、流石にカイのにじみ出るような色気までは再現できていないなと、フレデリックは思った。
――でもそれが、例えまやかしだとしても。できれば、その笑みは自分だけに向けていてほしい。
「カイ」
次の瞬間、フレデリックは無意識にカイの手を引いていた。ゲーム中でも同じ距離にある白い手を実際に握りしめ、自分へと引き寄せる。
突然のことに抵抗する間もなく、カイは引きずられるように体をテーブルへと傾けた。一気に、二人の距離が縮む。
「――!」
軽く、触れた唇の感触。生憎と互いにゴーグルを付けているせいで、視野はゲーム中の自分達しか映し出さないが、フレデリックにはカイのなんとも言えぬ深い青の瞳が戸惑いに揺れているのが、見えるような気がした。
カイもまた、突然のことに驚きながらも、鋭い赤茶色の目が柔らかい光を帯びているのを容易に想像できてしまった。
「……、……え?」
「ちょ…何してんだよ、おいッ!!」
どう反応していいか分からず思わずカイが呆然としていると、素早く横合いから伸びてきた腕に引っ張られて、カイとソルとの距離は一気に離れた。1秒にも満たなかったような接触にはまるで幻のようではあったが、痺れるような感触を残す唇に、それが現実であったと思い知らされる。
現実とゲームの連動で、ソルがカイを引き寄せて口づけたことはそのまま反映されていたので、シンは信じられないとばかりに叫び声をあげてカイの両肩を掴んで揺さぶってきた。
「さっきから、なんだよコイツ!? カイ、大丈夫かっ?」
「あ…ああ、落ち着いて、シン。別に大したことじゃないから……」
当事者でもないのに半ばパニックになっているシンを落ちつけるように、カイはそう言葉を掛ける。
だがその向こうで、こちらをじっと凝視するソルの姿が目にとまった。
「……」
カイはまだ色々と叫び続けるシンを置いて、無言でグローブのロックを掛けた。インカムのマイクも音もOFFにし、ゴーグルを外す。
インターネットカフェの一室へと戻った視界の中、カイは目の前にあるフレデリックの顔を見つめた。フレデリックもまた、いつの間にかゴーグルを外している。
ゲームではシンに引きはがされたが、現実ではフレデリックの手はカイを捉えたままだった。
「これは、冗談と取るべきですか?」
「……いや」
カイの問いかけに、フレデリックは緩い曖昧な否定を口にする。その返答にカイは苦笑を零し、フレデリックの顔を覗き込んだ。
「あなたは以前、問いましたね。私が手を貸すことに決めた理由を」
「? ……ああ」
謎かけをするように、カイが遠回しな言い方をすると、フレデリックは一瞬眉をひそめて意味を図りかねたような表情をする。それに笑いかけ、カイはフレデリックの頬に触れた。
「これが、答えです」
「!」
カイは自ら唇を寄せて、フレデリックのそれと合わせる。赤茶色の瞳が、ゆっくりと驚愕に彩られていった。
「……ハッ、お互いさまだったってわけか」
いつの間にか、惹かれていたのは。
カイの意を汲み取ったフレデリックはそう言って、笑った。










END









シン、ガン無視かオイ(爆)

長いこと引っ張ってしまってすみませんでした。
大したオチでもないのにな。ラスボス対決を書いてない時点で、非常に収まりが悪いですヨ…。
あと、途中に出てきたそれっぽい感じの科学的説明は適当ですので、信じないでください;


そしてまたもや恒例、お題無視が発動(笑)。
剣士とか白魔道士とか、1ページ目以外書いてねぇ!
そもそもオンラインゲームとか、すごく反則っぽいな!


すみませんでした… orz