もしもカイがソルの部下だったら






「コーヒー、お持ちしました」
「ああ。ついでに前の報告書も書いとけ」
「……………はい」

精一杯の笑顔を向けてコーヒーを差し出したカイに、男は振り返りもせずに次の仕事を投げつけた。
カイは一瞬、般若になりそうな顔をなんとか抑えたが、カップを握っていた手は愛剣を握りたい衝動に駆られて震えていた。

この、先程から私用も含めて自分の仕事を部下のカイに丸投げしている男は、ソル=バッドガイという。
団長であるクリフ=アンダーソンがつい先日聖騎士団にスカウトしてきた賞金稼ぎで、入団したその日に『守護神』に任命された。
守護神とは、聖騎士団の頂点である団長の下にある7大隊の長、各隊長の地位を指す。

つまり、この男は入団していきなり、団長に次ぐ精鋭7人の長のうちの一人に選ばれたのだ。

しかもソルの率いる第4大隊の、『物理攻撃』隊の小隊長はカイだった。
……要するに、カイは自動的にこの新参者の部下になってしまったわけで。


何故か、秘書の如く毎日呼び出されては、面倒な用事を全部押し付けられていた。


「あの……ソル殿」
「ぁん?」
「……お言葉ですが、先の討伐には私はほとんど関わっておりません」
「そうだったか?」
「はい。出動命令が出るよりも先に大隊長殿がひとりで討伐に向かい、私どもが到着した頃には戦闘が終了していました


笑顔は崩さぬまま、カイはどうでも良さそうなソルに向かって語気も強く事実を述べた。
……そう。別にカイは新参者が上司になろうと、実力があるのならば一向に構わないのだ。
こんな戦乱の世の中だ、戦力を得て情勢が良くなるならば、保身ばかりの連中のように異例の抜擢をやっかむつもりもない。


だが、実力が有り過ぎて独走ばかりするとは、どういうことか。


「……そういえばそうだったか。じゃあその辺り、穏便にねつ造しといてくれ」
「ねつ造自体が、穏便ではありませんが?


しかも戦闘能力以外がすべて欠如しているのも、大問題である。


ソルの適当な言いざまに、カイの口元が大いに歪む。
なんとか笑顔を保とうにも、そろそろ限界だ。

戦場での実力は、何者よりも――それこそ団長のクリフさえも凌ぐのではと思わされるものがあるのに、それ以外の大隊長としての役割はすべて放棄してしまっているのは困りものだった。
大隊長会議にも出席せず、結局いつも代理でカイが出る羽目になる。
作戦についても一言二言で終わってしまい、カイの制止も聞かずに先陣切ってギアに突っ込んでいく。
隊員の点呼や健康状態の管理、武器や消耗品・備品の状態把握も、すべてカイに押しつけて知らぬ顔。


戦場以外ではこの男、カイにとってトラブルメーカー以外の何者でもない。


「あの……今回ばかりは、大隊長自ら報告書を作成して頂きたく思います」
「はぁ? なんでだよ、メンドーくせぇ」

控え目にお願いしたカイに対して、何言い出すんだ馬鹿じゃねぇの?みたいなニュアンスで言い返され、笑顔のままハラワタが煮え繰り返る。
その、メンドーくせぇことを人にさせようというのか、お前は……!!
心の絶叫は、とりあえずなんとか現実の声にはならずに済んだ。

「……実際に見ていないギアの形状・行動パターンについて偽りの報告はできません。今後データベースを活用する際に誤りがあると、支障をきたす可能性があります」
「じゃあそのデータベースにある定型ギアを、適当にピックアップして書いとけ。それなら問題ねぇだろ」
「! ですから、そういうことをしては万が一支障が出た時に……!」
「それは無い。あの時の獲物は雑魚だった。――いいから、四の五の言わずに書いちまえ。隊長命令だ」
「……っ……!」
「上の命令は絶対。それが、ここのルールだろ?」


なんとか説得しようとするカイに、ソルが笑いを含んだ言葉を投げて寄越す。
入団した当初から聖騎士団の規則を斜めに見て嘲笑っていたソルは、その『規則』を逆手にとってカイの次の言葉を封じてしまった。

言うことを聞かなければ、『命令違反』だと。

カイはその言い分に激しく理不尽を感じつつも、下唇を噛みしめて耐えるしかなかった。
普段から規則を口うるさく振りかざすのはこちらの方だったから、余計に言い返せない。

カイは無言で、手に持ったままだったコーヒーカップをソルの前に突き出した。

「……冷めますので、早くお召し上がりください」
「返事はどうした? 無視か? カイ=キスク小隊長殿」
「やります……。それで宜しいのでしょう?」

カイの、怒りを押し殺した顔をソルはソファにふんぞり返ったまま、面白そうに見上げてくる。
その馬鹿にした態度にカイは怒鳴りたいのを堪え、YESの答えを口にした。

これでいいのだろう?

どこか投げ遣りな気持ちになりながら了承したカイに、しかしソルは肩越しにこちらを見上げたままスッと目を眇めた。
人を馬鹿にした笑みが消えたと思った途端、鋭く重い眼光を放つ紅い双眸に睨まれたカイはその表情の変化に驚く。

いつの間にソルの口もとは真一文字に引き結ばれ、気圧されるほどの不機嫌な雰囲気が滲み出していた。


「おい、小僧」
「……な、んでしょうか」


至近距離で睨み据えられたままソルに声をかけられ、カイはどもり気味に返事を返す。
突然の変化の理由が分からず、戸惑った眼差しを向けるカイに目を合わせたまま、ソルは銜えていた煙草を法力で燃やして灰にした。

戦場でギアと対峙した時に見せる、忌々しそうな眼差しに晒され、自然とカイの体は畏怖で強張る。

「お前、なんでそこで、やるって言った?」
「……? それを望まれたのは……ソル殿の方でしょう?」
「ああ、そうだ。……だが、結局テメェはそれを受け入れた。何故だ?」
「な、何故って……」

突然の詰問に、先刻までの怒りも忘れてカイは狼狽えた。
ソルの言わんとすることが、分からない。

視線を彷徨わせて何も言葉を口にしないカイに、今度はソルがはっきりと口を歪めた。

「嫌な命令を受け入れた理由を聞いてる。何故だ?」
「……それは……あなたの命令だから」
「俺だから? じゃあ、俺が死ねっつったら、テメェは死ぬのか?」
「! そ、そいう問題ではないでしょう……!?」
「そういう問題だ。『上司の命令には従うべし』ってのは、言われたことに疑問を持たずに従えってことだろ」
「……ッ! そ、そんなの……理屈が通らないっ」

ソルの容赦ない問いに、カイは混乱しかける脳を叱咤して反論する。
しかしその言葉に、ソルはクッと暗い笑みを零した。

「ああ、その通りだ。死ねって言われたから死ぬ? てんで理屈が通らねぇなぁ…」
「そ、そうでしょう。……というか、先程から何が言いたいん……」
「その理屈の通らないことを、テメェが甘受してるって言いたいんだよ。報告書を書けにしろ、死ねの命令にしろ、理屈が通らねぇことに変わりはないはずだろうが?」
「――っ」


ソルの鋭い指摘に、カイは愕然とした。
咄嗟に反論の言葉は浮かばず、顔が歪むだけだった。

ソルの言い分は、否応なく、的を射ていたからだ。

上司の命令には従え、上の言うことは正しいのだから。
そういうことが当たり前になっている聖騎士団の不自然さを、ソルは暗に指摘していた。

思わず血の気の引いた顔をするカイに、ソルがニヤリと笑い、やっと気づいたか?と呟く。

「ちったぁ疑問を持て。規則だか秩序だかより、もっと大切なもんがあるだろう? テメェの命とか、な」
「……私の、命?」
「全然気づいてなかっただろうが、前の大隊長、テメェを『戦死』させようと躍起になってたんだぜ?」
「――!!?」

ソルの口にした言葉に、カイは驚愕で目を瞠った。

前大隊長が、私の死を願っていた、と?
何を……言っている?

言われた衝撃の事実が信じられず、カイは眉を寄せて僅かに後ずさった。

「そんな……ッ、嘘だ!」
「嘘? めでたいオツムしてやがんな。御大層なこと掲げたって、ここも『組織』だ。目障りになりそうなやつを早めに潰しておこうって考える奴がいるのは、当たり前だろ」
「……そんな、そんなはずは……っ!」
「無い? じゃあ聞くけどよ、なんでこの第4大隊だけ危険地域にばっかり遠征で、しかも物理攻撃隊が法支援隊を従えずにギアの群れの中心に投入されることが多かったんだ?」
「っ……!」
「最近の負傷者のデータを見りゃ一目瞭然だ。……幸い、テメェの手腕で戦死者は少ないが、負傷者は他の群を抜く」
「――」
「さぁ、どうした。お得意の、反論は?」

次々に切り込まれる鋭い指摘の数々に、カイは何も言えなくなった。
言葉を紡ごうとした口は半開きのまま、何も発せられない。

すべて、図星だった。

ソルの言ったことは事実だ。危険地域に無理な討伐を命じられたことが、何度もあった。
「君でなければ事態を収められないのだよ」という宥めの言葉と共に。

蒼白になったカイの手から滑り落ちるマグカップを、流れるような動作で受け取ったソルが大仰に肩を竦めて見せた。

「最初はジジイがなんで、俺をこんな面倒な地位に就けたのか分からなかった。…が、テメェを見ててすぐに謎が解けた。戦いの才能はピカ一のくせに、規律に忠実すぎて危なっかしい」

いつ、死んでも可笑しくねぇって……心底思ったぜ?

冗談混じりな口調でそう言うソルだったが、その紅い瞳は怖いくらいに真摯だった。
その真剣な瞳が語る、事態の重大さにカイはその話を信じざるをえなくなる。

睨み据えていた目を外し、ソルが何食わぬ顔でコーヒーをすすり始めた途端に、カイの足のもとの力が抜けた。

「……そんな……、私は…今まで何を……」

床に跪き、カイは茫然と呻く。

皆が団結するには規則が必要で、それは守らなくてはいけないもので。
上に立つ者は最良の選択をして、最小の被害で最大の成果を挙げるのが義務で。
それに命を懸けて全力を尽くすのが騎士の使命で。

……違ったのか?
今までやったことは、間違っていたのか?


「別に、テメェのやってきたこと全部を否定する気はねぇ。……ただ少し、自分で考えるってことを身につけな。自分の命を守れんのは、自分だけだぜ」

「……ソル、殿」

まるで心を読んだように、ソルの言葉が降り注ぐ。
それは冷えたカイの心臓を柔らかく温めていった。

鋭い言葉の向こうに、気遣いが見える。
カイは強張っていた顔が自然に溶けていくのを感じた。
上辺だけの慰めの言葉などよりも心に響く、ソルの言葉。

カイはゆっくりと俯いていた顔を上げた。
一言感謝を述べようと思い、緩慢な動作ながら立ち上がる。

「ご忠告……有難うございます」

マイペースにコーヒーを飲み干すソルに、カイは万感を込めて頭を下げた。
ソルにとってはさしたることではないだろうが、カイには大きな変革だった。
こうして詰問されなければ、きっと気づくことはなかっただろうから。

そうして、精一杯の感謝の意を表すカイに、ソルは徐に空いた方の手を伸ばした。


「礼は形で。」
「……え?」


突然のソルの言葉に、カイは目を瞬く。
意味を測りかねて茫然としている間に、グローブに覆われたソルの大きな手がカイの後頭部に掛かった。

そして、ゆるりと顔を引き寄せられる。







「――ッ!?」
「ま、指導料にこれくらいは貰っておかねぇとな」

くつくつと喉で笑うソルが、合わせた唇を離してそんなことを言う。
カイは半瞬遅れて何をされたのかを理解し、息を詰めて顔を真っ赤に染めた。

「ちょ、な…何を……――ッッ!!」
「なんだ、キスくらいケチケチすんなよ。減るもんじゃなし」
「そそそそいう問題じゃなくっ!!」

にやにや笑いつつそんなことをいけしゃあしゃあとのたまうソルに、カイは後ずさって非難の声をあげる。
しかし仕掛けた当人は涼しい顔で、慌てふためくカイを眺めていた。

「この程度で、なに驚いてんだ。お子様だな、全く」
「なっ!? セクハラしておいて、よくそんなことが言えますね…! 訴えますよ!!?」
「お? 上司を訴えるってのか?」
「ええ! ご忠告通り、あなたの存在を疑ってますから!!」
「俺の存在、全否定かよテメェ……」


元気よく抗議するカイに、ソルが喉の奥で唸る。
だがその表情はどこか楽しそうにも見え、同様にカイの頬は紅潮したままで嫌悪の色は見受けられなかった――。











リクエスト頂いた「もしもカイがソルの部下だったら」でした。
上司権限でウフフでムハハな展開っていうのも考えたのですが、それでは予想通りかなと……ひねってみました。
あ、そっち方面を期待されていたでしょうか…(滝汗)

ソルに敬語を使い、あまつさえ「殿」付けで呼ぶカイが
自分で書いてて非常に可笑しかったです(笑)
でもこれはこれで書いてて楽しませていただきました。
リクエスト有難うございますvv




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「もしも、○○が○○だったら」という感じで
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できればソルとカイに関連するものでお願いいたします。