「おい、クソガキご主人。有り難く俺の奉仕を受け取りやがれ」
「……へ?」


そこは旅の途中で、森の中。
鍛え抜かれた丸太のような腕に鋼鉄の硬さを備えた体躯。男臭さが満載で漂うその男は、白と紺のヒラヒラな衣装を纏っていた。
突然目の前に現れた巨漢のメイド(?)に、藪から棒にそう言われたシンは、間抜けな声をあげていた。

全く事態が呑み込めずに呆然としていると、巨漢の隣に立つメイド(こちらは至って普通)が説明をし始める。
「今、ソル……様はお仕事で単身、南米へと向かわれているとお聞きしました。シン様ひとり残すには不用心ということで、カイ=キスク王の命により、私達はイリュリアから派遣されたのです。短い間ですが、どうぞ宜しくお願いしますね、シン様」
「へえ……ええっ!?
黒のワンピースに白いひらひらのエプロンを身に纏い、完璧な笑みを浮かべるメイドにシンはただ悲鳴のような声をあげるしかなった。口を挟む余地なしに、一方的に告げられてしまったためだ。

話の概略としては、ソルが単独で出掛けているのでシンのお守りをこの二人が受け持つということだった。
だが、護衛や世話役がいるほどシンはもう子供ではない。大体、実父を毛嫌いしているシンは、カイからの命令で来たという彼女(?)達を、受け入れるつもりはさらさらない。

――しかし何よりも、長いブロンドの女性はともかく、筋肉隆々の体にメイド服を纏う人物は、目の前にいるだけで耐えがたい存在だった。
本気で、視覚の暴力だとシンは思う。


「そういうわけだ。保護者の代わりにキッチリ面倒みてやるから、覚悟しろ」
コハーッと白い煙を吐きそうな勢いで眼を光らせるメイドまがいが、くっくっと薄ら寒い笑い声をあげてそう言った。

怖いやら気持ち悪いやらで、思わず普段より頭の回転が鈍くなってしまったシンは、どうして給仕を受ける側が覚悟をしなければならないんだ?という問いの前に、ぶるぶる震える指で目の前のメイド服を着た野獣を指差した。
「ええっと、あー……たぶん? メイドってやつだよ、なぁ……?? あんた……」
「それ以外、何に見える。テメェの目ン玉は、ビー玉か?」
とりあえず生態を確かめるべきだと思って聞いた問いに、マッチョなメイドが不機嫌そうに答える。

やはり、これでメイドのつもりらしい。

できれば信じたくない現実を叩きつけられ、フリーズしているシンに、ブロンドのメイドが笑顔を湛えて鈴のように笑った。
「メイドというよりは、『冥土』という感じになってますけどね。字面的に」
「…んだとぉ、テメェ。無理矢理着せたくせに何言っ――おごッ!?
「あれ、どうしたんですか。急に蹲って。何か落としました?」
ドスッと鈍い音の後に、突然巨漢メイドが膝を折って項垂れる。そんな彼女(?)を、もう一人のメイドが心配そうに見た。しかし目の錯覚だろうか、巨漢の肩が震えて見えるのは。

何やら見えないやり取りに薄ら寒いものを感じつつも、シンはまじまじとその二人を眺めて眉間に皺を寄せた。
「信じられねぇけど、やっぱり……メイド、だよな。格好だけは。……前にオヤジに連れてかれた、コスプレクラブで見たのとよく似て――」
「おや、こんなところに虫が」
「うごぁッッ!」
立て続けに、ゴン!という音が鳴り響く。ぎょっとしてシンが見やると、何故かマッチョなメイドが地面にめり込んでいた。屈んでいた状態から更に下へ――頭だけ地面に埋まってしまっている。
瞬間的に黒い塊が視界を掠めたように思ったが、ギアの血を受け継ぐシンですら何が起こったのか、はっきりとは捉え切れなかった。
ただ、とりあえず。かなりの美人であるはずのブロンドのメイドが浮かべる笑みが、ひたすらに怖く感じた。

「ふふふ……後でその事について詳しく聞かせくださいね、シン
「え、あ……うん
何故だか拒否できない雰囲気を漂わせるメイドに、シンは思わず首を縦に振る。いつの間にやら呼び捨てにされているのが少し気になるが、今ここで首を横に振るとただでは済まなさそうな気がした。

「……ぉい、こらテメェ」
唐突にボコリと土から頭を引き抜き、マッチョなメイドが顔を出す。額に青筋を浮かべながら、隣のメイドを睨み上げて地を這うような唸り声をあげた。
驚くべきことに、逆さに首まで埋まっていた割にはノーダメージのようで、怪しげな白い仮面もずれることなくそのまま付いていた。
しかしギラギラと光る金色の両眼に怯むことなく、美人メイドは冷ややかに見下ろす。

「いつまでそうしている気ですか? どん臭いですね」
「はン、全く可愛くねぇなぁオイ。折角、レース付きのパンツ履いてんのによ
!? どこを見ているッ、貴様!」
マッチョのセクハラ発言に、青い瞳をカッと見開いて美人のメイドが声を荒げる。

ゴヒュッという危険な音とともに、今度こそ何か黒い物体が、その手に握られているのがシンにも捉えられた。
同じく気配に気付いたマッチョメイドも、三度目の襲撃は軽々と避ける。
半瞬後、マッチョのいた場所には深々とフライパンが刺さっていた。

――フライパンかよ!

「……ちっ。避けましたね」
「当たり前だろ。そう何度も喰らうか」
顔をしかめて舌打ちするメイドに、マッチョはうっそりと笑う。
そしてフライパンを地面から引き抜く前に、マッチョは極悪な笑みを浮かべて美人メイドに飛び掛かった。

「わひゃっっ!?」

無防備なところを突かれ、美人メイドは一瞬でマッチョに羽交い絞めにされてしまった。大きな手が無遠慮に胸を鷲掴む感触に、美人メイドは悲鳴をあげる。
スレンダーな体型の割にはかなり豊満な胸に、マッチョの指がぐにゅっと食い込み、かなり卑猥な光景が繰り広げられた。

「ちょ…何して……ッッ!? は、放しなさい!!」
「あぁん? 別にいいだろ、減るもんじゃなし」
「減ります! 汚れます! はーなーせーっっ!」
「減らねぇって。こうすりゃ、むしろ増えるんじゃねぇか?」
「! ぃや…ぁッ、ちょ…やめ…! も、揉むなーっっ!!」

美人メイドをがっちりホールドしたまま、マッチョがわきわきと手を動かして胸を揉みしだく。必死でその拘束から逃れようとメイドは暴れるが、マッチョの手が緩む気配はない。
むしろジタバタ暴れるせいで、美人メイドのエプロンの方が緩み始めていた。それに気付いたマッチョが、すかさず白いエプロンと黒いワンピースとの間に手を突っ込む。

「!! …や、ぁあ…ッ。 お願…、や…めて……!」
「…ふん、ホントは気持ちいいんだろ? なぁオイ」
「違……、は…ぁっ…。放…して…!」
マッチョのごつい指は的確に弱いところを押さえているのか、美人メイドの顔は既に真っ赤で、悲鳴というよりは喘ぎに近い声をあげていた。
あまりに刺激の強い光景にリアクションも取れずに固まるシンを尻目に、マッチョはメイドのスカートを捲り上げようと手を差し込む。

「もうちょっと堪能させろよ。折角、イカレ医者の薬で性転換してんだか――」
「黙れ〜〜〜〜ッッ!!」
「あがッッ!?」


明らかに劣勢、むしろ陥落寸前だった美人メイドが、唐突に吼えてマッチョの首をゴキン!と有り得ない方向にねじ曲げた。
途端に、背後のマッチョは悶絶して地に沈む。

「――ッッッ!!?」
「天罰です!!」

地面でのた打つマッチョに目もくれず、高飛車に鼻息も荒く美人メイドが身を翻した。
ぴくぴくしているマッチョの様子に顔を引き攣らせるシンだったが、目の前までメイドがやってきたので思わず息を呑む。

「さて、シン」
「え、は……はいっ?」

怖いほどに完璧な笑みを浮かべる彼女に薄ら寒いものを感じて、シンは反射的に姿勢を正して声を上擦らせた。
ニコッと黒薔薇を思わせる笑みを見せて、美人メイドはシンの手を取る。

「この私が、直々に再教育してあげます」
「へ…っ?」
「あんな野蛮で汚らわしい男に預けたのが、そもそもの間違いでした。勉学から作法、戦闘術までしっかりガッチリ教えて差し上げます。……お覚悟を
「……ぅぇえええッ!?」


思わず悲鳴をあげたシンだったが、笑ったままのメイドの手は放すまいとしっかり握られており、振りほどけそうな気配はなかった。



美人は、完璧に笑うと怖い。
それを身に沁みて感じたシンだった……。








END




はい、すみません。
やっちまいました …OTZ

ごめん。もう原作読んでて、メイドガイがソルにしか見えないんだよ。重症だよ、私…。


リクを頂いていた、「もしもカイが女だったら」でした。
読んでくださってありがとうございました。リクエストしてくださって有難うございました。
……でも返品不可ですよ?(ニコリ)


いや、最初は普通に女体化話を書いてたんですよ。ホントですよ。嘘じゃないですって…!(´д`)∵∴
でもあんまりにも普通の展開過ぎたというかなんというか……意外性がないよ、つまらんよ、と思って捻りを加えたら
いつの間にやら180°方向性が変わってましたvv(氏ね)

どちらにせよ、ソルカイ主体になると蔑ろにされてしまう傾向の、シンが可哀想だと思う今日この頃…。



お粗末様でしたm(_ _)m