笑い声



産まれるとは、生きるとは、存在するとは、一体何だろうか。
世界は自分一人の存在くらい、別に何とも思っていないだろう。蟻が一匹死ぬのと人間が一人死ぬのと、そう大して変わりはしない。その「誰か」が、例えば最初から存在し得なかったとしても、世界は何の滞りなく機能していく。全体で見たとき、生物に求められるのは個性ではない。繁殖力と生命力だけだ。ただ生き、子を生み、死ぬ。そのサイクルを繰り返しているだけにすぎない。
自分が自分でなくても、世界は困らない。その程度で何か変わるほどに世界は小さくない。もしも自分が生まれてこなくても、円滑にサイクルを繰り返すため、世界は自然にその穴埋めをするだろう。人の記憶も同じだ、結局「その人」の代わりは無数にある。取っ換え引っ換え相手を変えてその度に泣いて怒り、それでも誰かが傍らにいることを望んで新しい相手を見つけるのは、まさにそれの表れだろう。
今ここにいるのが自分でなく他の誰かでも、周りは構わなかったのだろうと思う。ただ楽しく騒ぐために「理由」が欲しかっただけにすぎない。
「IORIー!!」
「きゃー! こっち向いてーッ」
庵はしなやかな長身を僅かに折り曲げ、節張った指で挟んだピックを張りつめた弦に滑らせた。すかさず踊るように滑った左の指が弦を押さえ、次の音を生み出す。合わせるように、マイクを通してボォーカルの声が重なった。
熱い熱気に満たされたコンサート会場でライトを浴びながら、庵は一心にベースを奏でる。たとえ自分が自分でなくても騒ぐであろう人々に囲まれて、ただベースを弾くことだけに集中した。
庵の今までの生涯で、「自分」を必要とされたことはない。八神一族も両親も姉も恋人も、庵でなければならないと思っていたことはないだろう。そこにいたのがたまたま庵だった。最初に生まれてきた男が庵、人が羨む容貌に生まれたのが庵、所詮そういうことだ。
額からツと流れた汗が目に入らないように庵はリズムに合わせて頭を振り、顔を上げた。
無数の人、無数の顔、無数の思い。それらの人々がどんな経緯でここへ集まり、音楽を聴きに来たのかは知らない。別に知りたいとも思わない。
だが、誰がいて誰が聴いていようが、庵は自分がベースを弾いている以上、その瞬間は楽しかった。たとえ自分の代わりが掃いて捨てるほどいたとしても。
音を奏でるのが楽しい。自分が自分の力で生み出す唯一のもの。八尺瓊から受け継いだものでも、オロチの契約で得た力でもない。だから、この瞬間だけが自分を自分だと言えることができる。
ここに自分がいる。それを証明するように、庵は大きな声援の中でベースを弾き続けた。


その日は、庵の誕生日だった。バンドのベーシストとして顔が広い庵<IORI>のプロフィールは公開されているので、ファンの間には当然知られていることでもあった。KOFにも出場するようになってから別の層の人にも知られるようになり、この日のコンサートは満員御礼となった。
コンサート終了後、バンドのメンバーは誕生日の祝いをしようと、庵を打ち上げに誘った。本当はそんなことをされても嬉しくもなんともなかったが、断るのも角が立つ。そのバンドは庵にしては珍しく居心地のそれほど悪くないところだったので、あまり不用意に険悪なムードにはしたくなかった。
そうしてとりあえずは承諾してついていった庵だったが、結局は頃合を見計らって途中で抜け出した。最初はみんな主役の庵に気を遣っていても、二、三次会と続け様に店をハシゴしているうちに、酔いもテンションも最高潮に達して何が何だか分からない状態となってしまっていたのだ。
別にそれが悪いことだとは思わない。そんなものだろうと庵も最初から思っていたので、失礼にはならない程度のタイミングでそつなくそこから離れられた。
家に帰ったら、今日若干間違えて弾いてしまったところをもう一度練習してから寝るか、などと思いながら家路に着いた庵は途中で思いも寄らない人物と顔を合わせた。
「……げ。赤毛」
「人の顔を見て第一声がそれか。白髪」
大袈裟に顔を引きつらせてのけ反るように身を引く目の前の大男を、庵は呆れたような眼差しで見つめる。
夜でも賑やかさを失わない都心の街並からは少し離れた場で偶然出くわした男は、七枷社だった。KOFの97年の大会にデザイナーであるシェルミーという女性と謎の美少年のクリスとともに突然現れた社は、遥か昔にスサノオによって封じられたオロチの意志を受け継ぐ「オロチ八傑集」の一人で、封の解かれたオロチを完全復活させようと目論んだ男である。同じく八傑集であったシェルミーの血と己の血を捧げることにより、クリスを依代としてオロチを復活させたのも束の間、三種の神器として力を発揮した草薙京・八神庵・神楽ちづるの手によって反撃を受ける。弱ったオロチは、神器としてでなくオロチの契約を受けた八神の血に働き掛け、庵を手駒にしようと精神を蝕んだ。自らの意志を離れて殺戮のためだけに力を暴走させてしまいそうになった庵は、最後に残った一片の理性により、牙を向ける標的を咄嗟に京とちづるからオロチへとすり替えた。そうしてオロチの動きを封じている間に、払う者である草薙京によってオロチは消滅した。正確には、オロチは依代に定着するための力さえも奪われて姿を消しただけに過ぎず、根本的にオロチを倒したわけではない。オロチは地球意志であると自らいう通り、これだと言い切れるような実態を持たないのである。
それはさておき。とりあえず目の前の脅威が去った後、オロチ八傑集であった社とシェルミーとクリスは以前の生活を取り戻し、至って普通の暮らしをしていた。オロチ復活のために自らの肉体を捧げた三人は、死んだかに思えた。ただの人間ならば本来死んでいたであろう致命傷を受けていたにも関わらず一命を取り留めたのは、オロチの恩恵によるところが大きいだろう。血族でなく魂の輪廻によって継がれるオロチ八傑集は、オロチ自身のように依代を簡単に取り替えることが難しく、たとえ転生しても活発に行動が起こせる年齢に達するまで年月を要する。使い捨てにするよりは肉体を修復してもうしばらく使えるようにした方が建設的であるとオロチは判断したようだった。
そうして普通の生活に戻った社とシェルミーとクリスだったが、意識の持ち方は以前と全く同様とはいかなかったようだった。オロチ復活の失敗を契機に、オロチ復活のためだけにすべてを賭けて生きていた人生に疑問を感じ始めたようだった。
もう彼らは「愚かな人間ども」とは言わなくなった。それぞれに今送る生活に楽しみを見出し、別の道を歩み始めていた。
それを庵は否定しようとは思わない。もちろん肯定する気もないが、忌ま忌ましい宿命に同じく振り回されている身としては気持ちが分からないでもなかった。
こちらを嫌そうに凝視しながらその場で固まっている社に留めていた視線を外し、庵はその横を黙ったまま通り過ぎた。別に親しい間柄でもない、何かを話さなければならないわけではなかった。
だが何を思ったか、社は慌てたようにこちらの後をついてきた。
「なあ、おい」
「……なんだ、白髪」
「なんだとコラっ!?」
「髪の色は事実だろうが」
フンと鼻で笑って吐き捨てる庵にカチンときたらしい社は、ずんずんと大股でこちらに追いついてくる。かなり険しい目付きで睨んでくる社をあっさり無視して、庵はマイペースに足を運んでいた。
「じゃあテメェは赤毛って呼ぶぞ」
「貴様がそう呼ぶから言い返した。嫌味にも気付かんほど阿呆か? ……重症だな」
「黙って聞いてりゃこの……ッ!」
青筋を立てた社が声を荒げながらこちらの肩を掴む。普段は意外に冷めた面を見せる社だが、バンド間で何やら庵と確執があるらしい――実のところ庵には全く心当たりがないが、一方的にこちらを疎ましく思っているようなので適当にからかうだけですぐに血がのぼってしまう。
「スカした態度取りやがって……!」
「で、一体なんだ。用があるからついてくるんだろう」
叫ぼうとした社の出鼻を挫くように庵は言葉を重ねた。延々と意味もなく突っ掛かられるのは正直疲れる。
庵の不意な言葉に、社は不自然に黙り込んだ。用なんかあるかと突っ撥ねられるかと思ったが、社には何か思うことがあったらしい。そちらに目を向けることなく、庵は肩に掛けているギターを担ぎ直し、社が何か話し出すまで待った。
自然と足を止めていた二人は、暗闇に埋もれていて互いの姿もあまり確認できないような状態だった。
「……お前、コンサートの帰りだよな」
「そういう貴様もコンサート帰りだろう」
同じく肩にギターを担いでいる社を、庵は一瞥した。黒いケースに入っていたので確認しづらいが、当たっていたらしく、社は無言の肯定を寄越す。
「お前は……楽しいか? 音楽やってて」
「面白くもないものは最初からやらん」
「でも俺らは違った」
社は両手をポケットに突っ込み、静かに言う。そこに表情はなかった。
「正体を隠すためのカモフラージュにすぎなかった。本当は他の何でも良かった」
「ならばさっさとそのギターを手放せ。そして俺の前から消えろ」
冷めた眼差しを向け、庵は言い放った。人それぞれに事情は違うだろう、しかし音楽を純粋に愛している庵にはその理由が不愉快に思える。
さらに何かごねるかと思ったが、社はただ苦笑を漏らしただけだった。
「……だな。前の俺ならそう言われて躊躇いなく投げ出してたさ。『くだらない』って言ってな」
「今は違う、と言いたげだな」
「ああ。今は楽しくて仕方ない」
にぃっと豪快に笑い、社はそんなことを言った。それがあまりにあっさりとした態度だったので、庵は呆気に取られ、そして思わず口許を緩めてしまった。
「奇妙な奴だな。ヘビのくせに」
「お前もヘビだろーがよ」
なんとなく睨み合い、だが次の瞬間には二人して笑っていた。何が可笑しかったのかは分からない。でも微かに声を立てて笑っていた。
「……だからさ、生きててよかったって思うわけだ」
ふと笑いを引っ込め、社は呟く。そこから笑みは消えても、真面目に言っていることはよく分かる。庵も口を閉じ、その赤茶の瞳を見つめた。
「たとえそれがオロチの意志とは違ったとしても、やっぱ俺は楽しいって思う」
「そうか」
宿命ありき、使命ありきで生きてきたとしとも感じることや思うことまで縛ることはできない。実際に社は今後、庵の敵に回る可能性を秘めているとしても、その行動だけが彼の意志とは限らない、そういうことだ。
「……それで、お前は? 生きてて良かったって思うか?」
「俺は……」
こちらの顔を覗き込むように尋ねてくる社に、庵は言葉を詰まらせた。ちょうどコンサート中考えていたことだったのだ。
自分の生きる意味はどこにあるのか。代わりがいたとしてもこの世は何も変わらなかった。いや、むしろ自分が自分でなかった方が良かったかもしれない。母の胎内で起こる受精の瞬間、自分ではない別の精子が入り込んでいたとしたら今ここにいる人間は八神庵という名の自分ではない別の人物であっただろう。
ならばなぜ、実際に生まれてきたのは自分だったのか。他の誰かでなく自分が選ばれた理由、それは偶然かそれとも定めか。
「……ま、お前の場合は簡単に答えが出せるわけじゃないだろうさ」
「……」
沈黙した庵に、社は苦笑を漏らしながら話題を打ち切るようにそう付け足した。社の言う通り、その答えを出すのには恐らく一生掛かるのだろうと庵も思った。
気まずい雰囲気を払うように社は口許だけで笑みを浮かべ、ひらひらと手を振った。
「ああ、そうそう。お前にやろうと思ってたのがあるんだ」
「?」
思い出したように、社はギターケースのポケットを探る。怪訝な顔をしていた庵の目の前に、社は手に握った小さなものを突き出した。
「確かお前、今日が誕生日だろ。だから、やる」
「なんで貴様がそれを知っている」
「うちの客をてめーに根こそぎ持ってかれたから、嫌でも耳に入ってくんだよ」
かなり不機嫌そうに眉を寄せてそう言い、社はその手に握っていたものを庵に投げて寄越した。それを難なく受け止め、庵は自分の掌に視線を落とした。
「ピック……?」
「そ。俺様のサイン入りだぜ」
「尚更いらんわ」
「あッ、てめ……!」
冷ややかな一言に、社がムカっと目をつり上げる。しかし再びうるさくなる前に庵はそのギターピックを胸ポケットに入れた。
「だが、貰えるものは貰っておく」
「……あ、そ」
勢いをそがれたように気の抜けた生返事を返した社に、庵はクッと笑った。
「話はそれで終わりか。ならばここでお別れだな」
話している間に駅の前まで来ていたことを視線で教え、庵は紅い前髪の奥で楽しげに目を細めた。社も声は立てずに笑みを零し、頭を掻いた。
「おう。じゃ、まあ……せいぜい死なんようにな」
「貴様こそな」
早々に背を向け、庵は地下への階段を降りる。それ以上の語らいは無用だった。
ギターを担いだまま澱みなく歩いていった庵の後ろから、社が不意に叫んだ。
「寄り道せずに帰れよ、赤毛!」
「……?」
僅かに笑いを含んだその言葉に庵は違和感を感じたが、気に止めることなくそのまま改札口へと向かった。


電車を乗り次いで自分の住むマンションに近付いたとき、庵は社が最後に笑っていた意味を知った。しかし時すでに遅し。
「よぉ、八神!」
「京……」
点々としか配置されていない街灯の影に溶け込んで道の真ん中に仁王立ちしていた人物に出会ってしまってから、庵はなんとも複雑な気分のまま息を吐いた。なんで貴様がここにいる、とか色々言いたいことは尽きなかったが、なんとなく予想はついていたので敢えて聞こうとはしなかった。
黒髪に黒の瞳、自分とそう大して変わらない体形のその男は紅い炎の使い手である草薙京だった。六六〇年前の一族同士の決別から、草薙と八神はいがみ合ってきた。彼を殺すために庵は技を教えられ、そのためだけに育てられたと言ってもいい。今ではそれを、影でしか生きることのできなかった八神一族の妬みにすぎなかったのだろうと冷静に思う。この争いが無意味であること、何も成さないことを庵は理解していたが、それでも庵は執拗に京を追いかけ、「殺す」と何度も口にした。それは刷り込まれた感情も多分にはあったと思うが、自分の意志によるところが大きかった。
草薙京と闘いたい。そして勝ちたい。
同じ炎を使い、似た技を使う。どちらにもハンデはなく、真にフェアな闘い。どちらがより強いか、全力を出して計れる相手。
なのに京という人格はまるで自分とは正反対。自信に満ちた笑みを浮かべ、太陽を背負うように輝くその男に、惹かれない理由はなかった。
だが、日頃から殺すと何度も言う庵に臆することなく京は普通に接してくる。もちろん闘うときは互いに殺す勢いで真剣そのものだが、それ以外は屈託なく話掛けてくることもしばしばだった。
今がまさにその良い例だろう。
「あの白髪アタマの大男から連絡受けてよぉ。待ち伏せしてたんだぜ♪」
「ご苦労なことだな……」
それ以上コメントの仕様がなくて、庵は京を静かに見つめる。
先の騒動で、京はネスツという組織に攫われて遺伝子を盗まれた。京のクローンを大量に生産し、草薙一族の持つ紅い炎を手に入れたかに見えたが、ネスツは結局飼い犬に手を噛まれることになった。京の遺伝子を組み込まれたK'にK9999(ケイフォーナイン)、体に改造を受けたマキシマ、クーラ、アンヘル、そして組織に忠実であったがために組織の変革に不満を抱いたダイアナ、フォクシーとK'の姉のクローンであるウィップによってネスツは報復を受け、壊滅した。
ネスツから単身脱出した京は、オリジナルとして命を狙われ続けていた。逃亡の日々を余儀なくされていた京だったが、ネスツの壊滅によってやっと平穏を手に入れたのだった。
確かにもう人前から姿を隠す必要はどこにもないが。だからといってわざわざ殺意を抱いていると公言して憚らない男の前に自ら踊り出てくることもないだろうに。
庵はまた溜め息をついてから、肩に背負っているギターケースのベルトに力を入れた。
「今日はコンサートで疲れたからな。貴様の戯言には付き合ってられん」
「あ、待てこらヘビ野郎!」
庵が早足で横を通り抜けようとすると、京が怒ったようにこちらの腕を引っ張ってくる。ギダーを肩に掛けている方の腕だったのでそれを払うのも儘ならず、庵はしぶしぶ一度足を止めた。
「一体なんだ」
「ちょい、用事があんだよ。俺だって面倒くせェけど、みんなに頼まれちまったことだし投げ出すわけにはいかねぇんだ」
ふんぞり返るような不貞不貞しい態度で言いながらこちらの右腕をがっちり押さえる力は有無を言わせぬもので、何より京が言うみんなとは一体誰を指しているのかが気になった。庵は去りかけた態勢から、無言のまま京の方に体ごと向き直る。さっさと続きを話せと視線で促した。
庵が折れたことに気付いて、京は機嫌良く笑った。
「実はさ、みんなからプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「だってお前、今日が誕生日だろ。毎年KOFで書いてんじゃん」
「いや、それはそうだが。……みんな?」
「そ。」
どうやら後ろに隠し持っていたらしい大きな紙袋を、京は取り出してみせた。怪訝な顔をする庵を尻目に、京は紙袋をがさがさと漁り始めた。
「このムースは紅丸からで……」
「俺はあんな髪型にする気はないぞ」
「こっちの汗臭いハチマキは大門からで……」
「それをどうしろと」
「このボロいシューズと帯とトランクスは、餓狼チームからのお古で……」
「それはただいらん物を押し付けてるだけだろうが」
「こっちの壊れたサングラスと大量のネジはK´とマキシマからで……」
「どっちも無意味だ。活用法が思い浮かばん」
「それでこっちのサイン色紙は麻宮アテナからで……」
「いらん。全く、いらん」
「で、この肉まんは椎拳崇からなわけで……」
「今までの物と全部一緒くたに入れてた肉まんなぞ、食えるか」
「このソバはあの貧乏一家のタクマ・サカザキからな」
「いや、それは返してこい。食うに困ってるんだろう」
「『三倍返し、期待してるからねvv』ってユリちゃんが言ってたぜ」
「それが狙いか……」
「んで最後にビリー・カーンから不幸の手紙」
「燃やせ、今すぐ」
本当にろくな物がない。
痛くなってきた頭を抱え、庵は沈黙した。一体なんのつもりか知らないが、要らないものばかりで何がプレゼントだ。
「ガラクタばかり押し付けてきよって……俺をなんだと思ってるんだ」
「ははは! 愛されてんじゃねーの? な、八神!」
バシンッと背中を京に叩かれ、庵は思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。ついでとばかりに京から、そのプレゼントを全部詰め込んだよく分からない匂いを放つ紙袋を無理矢理持たされてしまう。
すぐにでもそれを手放したくなった庵は眉間に皺を寄せながら、目の前の京をねめつけた。不機嫌を露にしている庵に気付き、京はふと真顔に戻り――にやりと小生意気に笑った。
「で、シメは俺様からだな。『誕生日おめでとう、八神庵』」
「……!」
息がつまりそうになるほど、驚いた。義理でもまさかそんな言葉が飛び出してくるとは思わなかったのだ。
何をどう反応を返していいのか。そうあることではないが、このときばかりは頭が真っ白になってしまって何を言うこともできずに庵は目を瞠ったまま黙り込んでしまった。
固まった庵に、京はきょとんとしてから、不意に笑い出した。
「なに、んなハトが豆鉄砲食らったような顔してんだよ! らっしくねーッ!」
「だ、黙れッ。貴様が突然奇妙なことを言い出すからだっ」
「あ、何。俺の祝いが受け取れねぇってのか!?」
「願い下げに決まってるだろう! 貴様は俺が殺すのだからな!」
いつの間にやら互いに睨み合い、それぞれ利き手に炎を灯らせた。
暗闇でいつものように火花を散らせた庵と京だったが、その顔に笑みさえ浮かべていた。
楽しい。そう感じるこの瞬間が大切なのだと思う。
たったそれだけで、今ここに自分がいる理由はきっと充分なのだろうと、そう思う。






END






遅れた…。やっぱり遅れた…(滝汗)。二日間頑張ってみたけどやっぱ遅かった…。
遅刻したけど、庵さん。お誕生日おめでとう。