空き箱



いつも向けられる視線の意味には気付いていた。
分からないほど、馬鹿ではなかった。理解できないほど、彼の歩んだ道を知らないわけではなかった。自分の父親が何をしたか、知らないわけではなかった。
だから、彼の行動は心のどこかで予想していたことだった。
「ん…ァっ……」
外気に晒された肌の上を滑る熱い手に、ロックは無意識に声を漏らす。だがそれは一瞬のことで、すぐに唇を噛んでまだ慣れない快楽の波から逃れるように体を捩った。
しかしロックの両腕を床に縫いとめる彼は覆いかぶさったまま、その行動を薄く笑って嘲った。
「気持ちいいんだろ? 別に恥ずかしがることないさ」
程よく低く、だが張りのあるその魅惑的な声が、耳元で吐息と共に囁かれる。首筋に触れる、彼特有の芯のある艶やかな金糸の髪に、ロックは眉を顰めた。気持ち悪いわけではない、むしろ体温が上昇していくのを自覚できるくらいに煽られているのが分かる。
気持ち悪いのは、彼の行動を悦んでいる自分自身だ。淫らな感情を抱くのは自分だけでなく、彼も同じだと思うと体が狂喜に満たされてしまう。
しかしその熱情は純粋とは程遠く、どす黒い。
ロックは知っていたのだ。彼が自分をこうして力ずくで犯そうとする行動の根本的な原因を。
それを知っていたが故に、自分の彼に対する劣情を満たす目的で、わざと刺激を与えて利用した。
「……ッハ、ぁ…っ」
「ロック……」
それを彼は知るわけもない。そして自覚もない。
少しかさついた彼の手の平がロックの内股を伝い、一番熱を持つ箇所へ潜り込んでいく。同時に胸の突起をきつく吸われ、ロックは口元を押さえて顔を逸らせた。涙で霞みかけた視界には、脱ぎ散らかされた服が点々と床に放り出されていた。
昨日、ロックは買い物行ったきり、その日はテリーのもとに帰らなかった。その日にそういう行動を取ったことに特に意味はない。明日でも一年後でも構わなかった。ただ、きっかけがあったからそうなっただけにすぎない。
普段、彼はいつも茶化してロックに彼女は作らないのかと問う。それが、本当にそう望んで彼が親としての心配をしているのだと、ロックは思っていない。事実、そうだった。そうしてほしくないと心の中で思っているのにそれを彼自身が認めていないから、裏腹な言葉を舌に乗せていたのだ。
それを見透かしていたロックは、昨日たまたま道を聞かれ、そのまましばらく談笑した女の子とホテルに泊まった。若い男女がホテルに泊まってすることなど、一つしかない。世界を転々としていたロックは、その日初めて女の体を知った。
それなりに気の合う相手。何より音楽の話で盛り上がれたのは良かった。自分としてもかなり好感度の高い女の子だったろう。
だが、初めてのセックスに夢中になるどころか、この事実を知った彼がどう思うかが気になって仕方がなかった。
だって、彼はロックを無意識に独占したがっている。理由は至って簡単。
彼は、あの男の『器』をどうしても手に入れたかったのだ。あの男自身がすでに手に入らないものになってしまった今だから。
案の定、彼は朝帰りしたロックをとてつもない形相で出迎えた。そうして口論になり、殴り合い、いつの間にかこんな獣じみたセックスへとなだれ込んだ。
全部、全部、分かっていたことだ。本当は。
ロックは彼の隠そうとしている弱い箇所を突付いただけだ。もともと、こうなる要因は多くあった。
ただ、それを彼は自覚していない。
あの男で得られなかったものをロックに求めていること。繋ぎとめられなかったからロックを強引にでも今度こそはと繋ぎとめようとしていること。
無自覚な彼は愚かだ。だが、それを分かっていて利用している自分は最低だ。
自分の彼に対する感情は確かに純粋であるのに、彼が自分に向ける感情が偽物だと分かっていて黙認している。どうせ心は得られないのだから、あの大嫌いな男の代わりとして体だけでも満たされればいい。そんな風に思っている。
彼から見れば、ロックは中身のない空き箱同然。独占できる、あの男の血が流れた肉体があれば、彼はそれでいいのだ。
「テ、リー…ッ」
「……ん?」
女とのセックスでは使うわけもなかった奥の窄まりに熱の塊を押し付けられたとき、ロックは彼の首にしがみついた。彼はそれを怯えと不安に取ったのか、微かに笑みを零して頭を撫でてくる。
テリー……。俺、幸せだよ。
彼の耳に齧り付くように、ロックは言葉を解き放った。
嘘にまみれた、甘い言葉を。
「……そっか」
彼こそが幸せだというように、整った顔が間近で綻ぶ。それを見て、ロックも自然に笑った。
ただ、貫かれる次の瞬間、口腔に血の味が広がるほどに歯を食いしばり、ロックは顔を歪めた。






END






突然、ダーク系を書いてみたくなるのは困ったものなのですが…。
テリーとロックの関係は設定自体に暗い影があるので、余計書いてみたくなってしまいます;
明るいものの方がやっぱりいいですけれどね(^^;)