台本のないドラマ




随分前から落ち着きはなくなっていた。だが、それをそのまま態度に表すほどロックは子供でもなかった。
毎日の家事は当然こなす。合間に配達のアルバイトでバイクを走らせ、夜は時々バーの手伝いにいく。仕事に支障が出ることはない。誰も気付いてはいない。けれど部屋にいることが息苦しくて、ロックは外に出掛けることが多くなった。部屋にはテリーがいる。いないときもあるが、いるときは無意識に避けるようになってしまった。理由は自分でも分かっているが、テリーには分からないだろう。なぜならテリーに一切非はなかったからだ。テリーは何も悪くない。
それを頭で理解できていても感情の方はついていかず、不機嫌を態度に出してしまいそうだったロックは自然にテリーを避ける形になっていた。ただ、露骨な態度ではなかったのでテリーがそれに気付いているかどうかは疑わしい。いや、むしろロックは気付かれていないことを望んだ。
近所の子供達とバスケットボールをしてちょうど帰ってきたテリーを見るなり、ロックは財布を手に部屋を出た。入れ違いのようになってしまったことにテリーは驚いた顔をしたが、ロックは気付かぬふりのまま外へと出た。買い物に行くという名目で出来るだけ顔を突き合わせないようにした。
しかし街に出ると、今度は別の憂鬱がロックを悩ませた。道を歩いていると嫌でも目につく看板があるからだ。
それを避けるように毎日を過ごしていたロックだったが、流石に避け続けることに疲労を覚え始め、その日は買い物を済ませた後に自然とそこへ足を運んでいた。買い物袋を下げたままその看板の前に立ったロックは、無表情でそれを見つめる。
『ロスト・タウン』
そう銘打たれたその看板は、上映中の映画の宣伝だった。荒んだ街並みを背景に銃を持って佇む主演の男が映っている、何の変哲もない写真。
だがその主演の男の後ろで、女性の肩を優しく抱き寄せて立つ男がもう一人いた。それがロックの心を掻き乱す原因に他ならない。
その助演男優は、テリーだった。明るいが渋く落ち着いた光沢を見せる長めの金髪を後ろで無造作にくくり、黒いレザージャケットを羽織ったその人は、紛れもなくテリー・ボガードだった。
テリーは主にストリートファイトをして生活している。とはいえサウスタウンの伝説の狼として名高いテリーは普通のファイターより遥かに稼ぎ口が多く、ストリートファイトの割には高い金額が手に入った。その大半は孤児院に寄付したりボランティア活動の援助資金にしたりと、有効に使っている。生活費や旅費などはロックのアルバイト代で充分賄えたからだ。テリーもロックも特別贅沢をしたいとも思わないので、それで何も支障はなかった。
そうした支援活動を活発に行ってきたテリーは、いつの間にか多くの人に知れ渡る存在となっていた。今まではストリートファイトとして英雄的な存在であったとしても、それ以外の――闘いとは程遠い世界、あるいは興味のなかった人々の間では全く与り知らぬところであった。しかし諸処の活動でテリーは少しづつ知られるようになり、その生来の明るい性格と包容力のある優しい態度でファンを男女共に増やしていった。
そこで舞い込んできたのが、映画出演の話だった。いくらストリートファイトのプロでも俳優としては素人なので流石に主演は無理だったが、その次に重要な助演に是非とも出てくれないかと言われ、テリーは映画に出ることになった。その話にテリーは別に乗り気だったわけではなかったが、特に断る理由もなかった。
どうするべきか悩んでいたテリーに、「そう滅多にこんなこと出来る機会なんてないんだから、やったら?」と言って背中を押したのは紛れもなくロック自身だった。
だが、まさかそれがこんな結果になるとは。
看板をじっと見つめていたロックは、視線をそこから外して足元を見つめた。長い時間をかけて撮られたその映画はやっと完成し、上映されることになったのだが――ロックは未だにその看板さえまともに見ることが出来なかった。
映画に出ている別人のようなテリー。どうしても遠い存在のように思えてならない。そしてその感を、テリーが抱き寄せている女優の存在が助長していた。
この『ロスト・タウン』でテリーの演じる役は、主演の男と固い信頼関係にある、街一番のファイターだ。便利屋をやっている主演の男に手を貸し、陰ながら力強く支える……そんな役だ。
それだけなら別に良かっただろう。軽やかに銃を使って敵を蹴散らす主役とは対照的に、敵を拳で殴り倒しす力強い陰の補佐役はテリーに向いている。人物設定も、テリーが演技に関しては素人であることを考えて、テリー本来の性格をほぼそのまま落とし込んだようなものになっていた。
ただ一つ問題なのは、テリーの役は女優と絡むシーンが多いことだった。主演はそれを上回ってセックスシーンなどがあったが、助演のテリーも負けず劣らず熱い抱擁や濃厚なキスシーンがあり、それをロックが知ったのはすでに映画の撮影が始まってしまってからのことだった。
豊満な女性と絡むテリーの姿を想像し、ロックは昔から懸念していたことを的確に刺激された気がした。いつかテリーは綺麗な女性と結婚して家庭を持つ日が来るのではないだろうか。そんな考えは幼い日のロックに不安を与え、今は絶望を与える。自分の家庭を持てばきっとテリーは自分の存在を忘れてしまうと心の奥底で恐怖していた幼いロックは、家事全般を積極的に受け持って自分の存在意義をアピールした。昔はそれで良かったかもしれない。でも、今のロックはテリーと恋人でもあるつもりだったので、それだけの不安では済まされなかった。
家事をこなすだけの存在価値では、とても満足できない。テリーの心がこちらに向いていないのは、耐えられない。そんな我儘な感情を持つようになってしまっていた。
身勝手なことは承知だ。テリーの幸せや将来を考えるなら自分よりももっと相応しい女性が沢山いるだろう。ただでさえ自分の生い立ちや実父のせいでテリーは何かと縛られ通しだった。もういい加減、解放してあげなければいけない。分かっている、分かっているけど――。
「……」
ロックは落としていた視線を看板に引き戻し、睨付けるように見つめた。
テリーが遠い存在になってしまうかもしれない。自分を忘れていってしまうかもしれない。そんな不安は尽きない。けれど、こうして現実から目を逸らし続けている方が、恐らく漠然とした不安が続くばかりで何の解決にもならないだろう。
知らないでいるよりは、知った方がいい。ロックはそう思い、映画館へとその足で向かった。






何事にも凡そ楽観的で鈍いテリーでも、流石にロックが自分を避けている事実には気が付いていた。ただ、理由はさっぱり分からない。理由が分からないと必然的に対処の仕様がなくなる。つまり打開策がないわけだ。
はぁ…と大きな溜め息をついて、テリーはソファに寝転がった。
あまり深く物事を考えるのが得意な方ではないが、これは少し冷静に考えてみる必要があるかもしれない。ロックがさりげなく避け始めてからここ最近、体に触れることも滅多になくなってしまった。おかげでなりを潜めているはずの欲望が、時々体中を巡る。このままいくとロックではない別の誰かにでもそれを晴らしてしまいそうだった。
操を立てるとかそんなものに別段こだわっていないが、ロックが気を悪くするだろうと思って踏み留まっている。
ともかく、避けている理由は自分にあると考えるのが妥当だろうとテリーは思った。他の人まで避けている風には見えないし、バイトも当然のように行っている。テリーをさり気なく避ける以外に変化は見られなかった。
何かしただろうか? そう思い直してみるが、特に思い当たることもなかった。
テリーのだらしない生活態度にロックはいつも文句を漏らしていたが、それはもう日常茶飯事と化しているので今更それに腹を立てるということはないだろう。
そうなると、自分はロックに嫌われてしまったということだろうか。だが、それも少し考え難い。ロックは大人しい性格のせいで感情を呑み込んでしまうきらいがあるが、嫌いな相手と平気でいられるほど神経は太くない。
ではあの態度はどういうことだろう。結局いくら考えても答えはでない。
「あー……直接聞いた方が早いのか……?」
何で怒ってるんだ。何かマズイことしたか? 俺に非があるなら謝るからさ。ここにいてくれよ。
そんな言葉を並べて縋り付けば、ロックは折れてくれるだろうか。微妙に狡い考えを巡らせつつも、そうしてまでロックの機嫌を取りたいと思う自分に、恥ずかしいやら誇らしいやら、なんとも言えない気分になったテリーは、少し笑ってそのまま目を閉じた。






巨大なスクリーンを掲げた暗い映画館の中で、ロックはその席に縛り付けられたかのように動くことができなかった。
映画はすでに終わり、漆黒の背景にスタッフロールが流れている。優しいギターの音色に合わせ、女性の涼やかな歌声がそこから流れていた。主演の恋人役だった女優の声だ。
「――」
他の客がちらほらと帰り始める中で、ロックは未だ息を詰めたままでスクリーンに視線を止めていた。動けない、というより動こうという気さえ起こらなかった。あまり上等とはいえない固いシートに背中を預けた状態で、ロックは無言のまま隣の空いた席に置いていた買い物袋を握りしめた。
カサ…ッと音を立てるそれに目を向けることもなく、ロックは一度瞼を閉じた。その形のいい眉は内心の混乱を抑えるように、苦悶の歪みを露にする。
映画の内容自体は決して悪いものではなかった。スピーディーな展開に本格的なアクションの数々、それでいて人間ドラマと争いの重さをテーマに描いており、どちらかというと大人向けな仕上がりになっていた。あまり聞いたことのない監督の作品ではあるが、これならばそこそこに当たるだろうと思わされる。
しかしそれらを悠長に受け入れられるだけの余裕が、ロックにはなかった。恋人との愛を育んでいく主役とは違い、すでに結婚して子供まで持つテリーの役は、妻役の女優と随所で濃厚なキスを交わし、二人の子供にもキスを送っていた。
そこには、一つの幸せな家庭の風景があった。優しく美しい妻に元気で明るい二人の子供。それがあまりに華やかすぎて、ロックはそれ以降のストーリーはほとんど頭に入ってこなかった。意味は理解していても心にまで染み込むことはなく、表面を滑っていく。主人公の織り成す泣ける場面も笑える場面も、ただ無表情で見つめることしかできなかった。
気が抜けた、とでも言うべきなのだろうか。幸せな家庭を持って笑うテリーの姿は、最初こそ苛立ったものの、そのうちどこか納得してしまっていた。怒ることがお門違い、そんな気がした。
最低な人間とはいえ父親が分かっているロックとは違い、テリーは全く肉親を知らぬままに生きてきた。義弟や養父がいたことは確かだが、本当に血の絆で結ばれた人はいなかった。そんなテリーが「家族」に憧れないはずはない。ロックですら自分の息子でないとなると、余計に「自分の家庭」を持ちたいと思うはずだろう。
枷でしかないのだろうか。ロックは自分の存在の意味を思った。いつも助けられてばかりで何も返せていない。
自分にはテリーが必要だ。しかしテリーには自分が必要だろうか。テリーの愛情自体を疑っているわけではない、でもそれが必ずしも恋愛感情とは限らない。親としての愛情で、テリーは仕方なくロックを抱いているのかもしれない。
テリーの幸せを考えるなら、もう自分なんかに縛り付けていてはいけない。実父のことで負い目を感じるテリーの弱みに付け込んで我儘を通してはいけない。
「テリー……」
他の客が大方帰り、スタッフロールも終わりに差し掛かる中で、ロックは項垂れて自分の顔を両手で覆った。そろそろ覚悟を決めなければならないときが来ている。このままずるずると関係を引きずってテリーの将来を潰しながら幸せを貪るか、テリーの幸せを優先してすっぱり諦めてしまうか。拾われたときから積もりに積もったテリーへの気持ちは何よりも大きく自分の心を占めていて偽ることは容易ではないが、テリーのためを思うならば……。
顔に押し当てていた両手を握りしめ、金髪をぐしゃりと掴んだロックは、しばらくの間俯いたまま動かなかった。






しばらく眠ってみたが、ロックが帰ってこない。
年不相応なくらい遊びに行くことも寄り道をすることもないロックが遅いことに訝しみながらも、テリーは「まあそのうち帰ってくるだろう」と、いつもの楽観的な考えでそう済ましてしまい、リチャードの店へ行くことにした。飲食に関して色々と小うるさいロックがいない間に一杯引っ掛けようという魂胆だ。もちろん行っている間に帰ってくる可能性は大だったが、飲んでしまえばこちらのもの。お互いに部屋の鍵は持っているので留守番をしなければならないというわけでもない。
そうして酒を何杯か飲み、リチャードと他愛のない話をして面白おかしく時間を潰したテリーは、適当なところで切り上げて家へと帰ることにした。いつもならばリチャードに追い立てられるか、ロックに強制送還させられるまで大好きな酒を飲むテリーだったが、何分ロックに黙って飲みに来ていたので、微妙に後ろ髪を引かれるような感覚を引きずり、気分よく酔うことが出来なかったのだ。
後ろめたいまま飲んでも仕方がない、と潔く諦めてマンションに帰ったテリーは、すんなり回ったドアノブに「やっぱり」と思った。いくら遅かったとは言え、ロックが先に帰っていたようだ。
お世辞にも綺麗とは言い難い、古びた部屋に踏み入り、真っ暗な中で唯一光源放つところへ目を向けた。大きな照明はすべて落とされているにも関わらず、棚に置かれたスタンドだけが点けられていたために、自然とそちらへ視線がいってしまう。普段ならばテレビがつけられていたりする居間が暗くされていることに疑問を感じながら、テリーは首を巡らせてロックを探した。キッチンで夕飯の支度は済ませたのか、美味しそうな匂いは漂っているのだが、そちらの方に探し求めた姿は見当たらない。
しかしふと落ち着いてみると、灯台もと暗しとばかりに明るいスタンドの影になったソファに、ロックが自分の体を抱くような格好で横たわっていた。
姿を認めて安堵の吐息を漏らしたテリーは静かにロックの方へ近付いた。寝ているのだろうと思い、テリーは極力気配を消してすぐ横まで行ったのだが、ロックはそれに反応してゆるりと瞼を開いた。
「あ、悪い。起こしちまったか」
「……もともと寝てなかったから気にしなくていい」
苦笑いを浮かべ手頭を掻くテリーに、ロックは何の表情も見出だせない生気の失った顔でこちらに視線を留め、幾らか投げやりな口調で返答を寄越した。いつもの不機嫌とは少し違うその様子に違和感は覚えるものの、その原因が咄嗟に何も浮かばない。
半端に開き掛けた口を閉じ、テリーは膝を折ってロックの顔を覗き込むように目線を合わせた。
「どうしたんだ? 元気がないぞ」
「……」
聞いてみるが、ライトが一方方向からしか射さないせいでロックの表情は暗がりに沈み、変化があったのかどうか見極められなかった。だが、何かあったのは確実だろう。悩みごとがあるとき、ロックは普段に増して無口になってしまう。
これはもう、体を触れ合わせた方が何か言うかもしれない。決して邪なことをしようとかそんなことは考えてないぞ、などと胸中で呟きながら、テリーはロックの頬に手を伸ばした。
孤独をよく知る者は、人肌が恋しいもの。頬を撫でて体を抱き寄せ、柔らかいキスでも額に落としてやれば、少しは落ち着くだろう。テリー自身が幼い頃、養父のジェフによく抱っこしてもらって安心したのと同じだ。
そう思って伸ばした手だったのだが、何を思ったのか、ロックはそれを無視してテリーの首に腕を回してきた。
「……!」
突然の行動にテリーは目を見張った。なにしろ、ロックは自分からテリーに唇を重ねてきたのだ。
キスを仕掛けてくるのが珍しいというわけでは決してない。軽いものなら、内向的なロックも当たり前のようにしてくる。
しかし情欲を匂わせる激しいキスはそう滅多にない。まさに今、ロックが仕掛けてきたキスは、その稀なものだった。
こちらの首をしっかりと抱き、何度も角度を変えて唇を押し付けてくるロックの口付けは、いつになく荒々しかった。取り憑かれたように唇を啄んでくる合間に零すロックの熱い吐息が、すぐ間近で鼓膜を打つ。それに驚いてテリーが目の前の端正な顔を見つめると、碧みを帯びた金糸の前髪の間から覗く紅玉の瞳が、上気した頬と合間って潤んでいた。
やられた、と思わず呟きたくなるくらい、その表情は反則的な艶やかさを放っていた。
ロックの態度が明らかにおかしいと頭では分かっていたはずだが、テリーの体はそれに反して、その細身の体を抱き寄せて深く口付けを返していた。
「……っ」
一瞬動揺を見せたように、ロックの肩が揺れる。そういう反応はいつも通りだったので、知らず安堵したテリーだったが、ロックは次の瞬間、躊躇いなく舌を差し出して絡めてきた。
流石にこの行動には驚愕し、テリーはロックの体を引き離そうとしたのだが、手加減なしに渾身の力で縋り付いてきたので、剥がすこと叶わなかった。有無を言わせないその強引な態度に戸惑ったものの、テリーが好きなようにさせると、ロックは熱に浮されたような眼差しでこちらを見つめながら、ねぶるように舌を擦り合わせてきた。一心に行為に没頭し、熱い体を寄せて荒く息継ぎをするロックのいつにないサービスは、流石にテリーの中の劣情を煽る。
しかし突然なぜこんなことをするのか、理由を問い質さなくては答えようにも答えられない。テリーはキスを止めさせようと、咄嗟に顔を逸らせた。
「っ……、テリー…ッ…!」
――が、その行動にロックは傷ついたように顔を歪めて、押し殺したような小さな叫びをあげた。
最後に縋っていたものに見捨てられたような、絶望的な表情をされ、テリーは息を詰める。ここで尚も問い質そうとすることが如何に残酷なことか、その表情を見れば明白だった。
仕方なくテリーが自らロックに口付けて舌の根を擽ってやると、ロックは安堵と同時に放すまいとするかのようにしがみついてきた。か細い体をあやすように撫でながら、テリーはロックの不審な態度の原因について、眉根を寄せて考える。
ロックが一人で悩みごとを抱えているときはよくあるが、こんな行動に出たことは今までにない。普段の生活で口数が少なくなったりすると、何か悩みがあると判断してきたのだが、そのケースに当て嵌まらないことで、テリーにはどう対処してよいのか分からなかった。
無下に突き放すこともできずに悩んでいると、テリーの気が些か逸れた隙を突くように、ロックがソファから滑り降り、膝を折っているテリーの前に身を屈めた。その行動に気が付いて、一体何をと問う前に、ロックはテリーのジーンズに手を掛けていた。
「! 何してるんだッ、ロック!」
黙ったままジーンズのファスナーを引き下げ始めたロックにギョッとしたテリーは、目の前の細い体をどけようと慌てて手を伸ばした。――が、乱暴にこちらの手を払いのけたロックは、躍起になるようにファスナーを下げ、下着の中に手を入れてきた。
「こらッ、やめろ……!」
驚いて思わず叫んだテリーは、咄嗟に腰を退く。しかしロックはそんな声など聞こえないかのように、後ずさったテリーを押さえ付けて股間に顔を埋めた。
「……ッ!!?」
情けないことだが、その瞬間、声が出なかった。ロックはそのまま、テリーのものを引きずり出して躊躇いなく口に含んだのだ。驚くなという方が無理である。今まで、ロックが積極的にこんなことをしてきたことはもちろんない。誘ってくることはあっても、露骨な愛撫にはまだまだ羞恥が勝り、実際にするまでには至らなかった。
テリーもロックに嫌われるのが恐くて、そういった行為を強要したことはなかった。してほしいと思うことは、男の性として当然あったが、しかし……。
そんな、頼むにも躊躇っていたことをロックが自主的にやり始めた事実に、テリーは頬が熱くなるのを感じた。
「ん…ッ、ぅ」
休止状態でもそれなりの大きさを持ったそれを頬張りながら、ロックは自然に弾んだ息を合間に漏らす。柔らかな舌を這わせ、包み込むように口腔で愛撫する様は、ダイレクトに下半身を刺激し、テリーを慌てさせた。
「ま、待てッ! ちょ…っ、ロック!」
凄んでみようとしたが、見事に声がひっくり返った。そこへの奉仕をされたことが経験上ないわけではないが、相手がロックとなると話は別だ。驚きと恥ずかしさと、それに勝る言いようのない快感と満足感に体が支配されてしまう。
出来ることなら、その形の良い唇にいっぱい含ませたまま、頭を押さえ付けて何度も突きたい。そんなとんでもないことが頭をよぎったものだから、テリーは慌ててそれを打ち消し、ロックをそこから引き剥がそうと本気で力を込めた。
いくら愛する人で、恋人であっても、息子同然に育ててきたのだ。本当に敬遠されてしまいそうなことができるはずもない。最悪の場合でもしも絶縁状態となったら、テリー以外に心の依り所を知らないロックは、完全に孤独となってしまう。自分も寂しいことは確かだが、それ以上に悲しい思いをするロックの姿には耐えられない。
だから、ロックが不快に思わないように加減して行為に至ってきたのに。こんな大胆な行動に出られては、本能が暴れ出しそうなる。
しかしふと視界に入ったロックの表情は、卑猥な行為とは全く似つかわしくないほどに必死で――悲しげだった。それに気付き、テリーは酔いそうになっていた熱が吹き飛ぶのを感じた。
「ロック!」
テリーは有無を言わさぬ力でロックを自分から引き離した。本気を出せばどちらの方が力で勝るか、明白だ。勢いでロックの唇からずるりと己のものが抜ける感触に思わず呻きそうになるのを堪えてから、テリーは真剣な表情で顔を上げた。
「ロック、一体どうしたんだ」
細いが骨格のはっきりとした肩を押さえ、テリーはロックの顔を覗き込む。真面目に問うと、ロックは視線から逃れるように俯いてしまった。その伏せ目がちに瞬く瞳は情欲に濡れてはいたが、暗く苦しい色も持っていた。
ただ欲望に駆られての行為ではない、と確信した。何か思い詰めた結果、こういう行動に出てしまったのだろう。恥ずかしさではなく、何か後ろめたさから視線を逸らせたように思えた。
問い質すように、テリーはロックの両肩に手を置いた。
「いきなり何なんだ? ……こんなの、お前らしくないだろ」
「俺らしいって……なんだよ」
テリーの言葉に、ロックは反射的に鋭い目で睨み付けてくる。紅い両目が下から強い視線を投げ掛けてくる様に、いつもの小生意気な彼の姿をが見れたようで、テリーは少し安堵した。まだ子供特有の反抗的な面が出て来れば、宥め方も分からなくはない。
しかしそう思ったテリーの意表を突くように、ロックは思わぬことを口にした。
「……これが本当の俺だよ。ヤりたくてしょうがない、サカったガキだ。テリーと一日中こんなことしてたいって思う、変態だ」
「ロック……?」
「だからちゃんと俺を見ろよ。嫌いになるなら、それでもいい。今だけだから、ちゃんと見てくれよ」
ロックの口から信じられない言葉が次々と飛び出してきたことに、テリーは頭を殴られたような衝撃を受けた。ショックで一瞬頭が真っ白になったが、それからすぐ立ち直ると、次は頭の中を「嫁入り前の娘がそんな破廉恥な言葉を口にしたらダメだっ!」とか、「お前の性欲の度合いは充分正常範囲だから心配しなくていいぞ」とか、自分でも訳の分からない叫びが巡り、収拾がつかなくなってしまった。
何か言わなければいけない。それは、大真面目にとんでもないことを言ったロックの固い表情を見れば分かることだ。笑い飛ばすような調子で言いながらも、目はどこも笑っていなかった。まるで自ら首に縄をかけて締めようとしているような、危険なものを孕んでいる。
だが、ロックはテリーの言葉など欲しくないというように、こちらの唇をキスで塞いできた。何度も啄むように口付け、こちらが口を開ける間を持たないように湿った唇を重ねるロックは、苦しそうに眉根を寄せ、本当にテリーの返事を望んでいないようだった。
答えは求めない。承諾も理由もいらない。過去も未来もどうでもいい、今さえあれば構わない。
そんな刹那的な情欲で迫ってくるロック。
……本当にそれでいいのか? お前は。
勢いで押し倒してきたロックのキスを受け止めながら、テリーは視線で問うた。
だが、その意味に気付いたのか気付かなかったのか、一度は絡み合ったはずの紅い瞳はすべてを拒絶するように瞼の裏に隠れてしまう。
何もかもどうでもいい、ということだろうか? 体さえつなげていれば安心だと?
――俺は、嫌だ。そんなので満足できるはずがない!
怒りに似た叫びを胸中で上げたと同時に、テリーは振り上げた拳でロックを殴り飛ばしていた。
「――!?」
横面にかなりの力で衝撃を受けたロックが、驚きに目を見開いたまま床に転がる。それを、テリーは憤りに満ちた目で睨みつけた。
「信じないからな! そんな、自棄になったお前のセリフなんかッ」
「……!」
「『今だけ』? 『嫌われてもいい』? そんなことで終わらせても構わないくらい、今までの年月は軽いもんか!?」
互いの欲望さえ満たされればいいなどという風に訴えるロックに、テリーはどうしようもなく悲しいものを感じた。本当にロックを愛しいと思うからこそ、軽く受け止められるのが許せなかった。
珍しく声を荒げて怒りを表したテリーに触発されるように、ロックも体を起こして叫んだ。
「違う! 終わらせなきゃいけないんだ、こんな関係……!」
きつく眉根を寄せたその表情は、怒りのためというよりは強い悲しみを表しているようにだった。ロックがテリーに呆れてしまってそう言ったのなら仕方ない、だがその表情を見る限りではそうではないように思える。何が原因か知らないが、ロックはテリーとの関係が悪いことだと思い込んでいる。
確かにテリーとロックの関係は複雑だ。幾つもの禁忌を犯しているだろう。だが、それがおかしいことだとは思わないし、後悔もしていない。
上半身を起こしてこちらを見つめるロックの頬に手を伸ばし、テリーはさっき自ら拳を振って傷付けた箇所をそっと撫でた。
「どうしてそんな風に思うんだ。……お前が俺に愛想尽かしたってんなら仕方ないけど」
自嘲気味の笑みを零して、テリーは目を細める。実際、自分が父親としてはあまり良いとは言えないものだった自覚はあった。ましてやそのうえに恋人なると、尚更だ。保護者なのか恋人なのか友達なのか師弟なのか敵同士なのか。どれもが正解であり、それゆえにどれもが半端な関係にならざるを得なかった。
それを思うと自分がひどく情けなくて、テリーは苦笑いのまま顔をくしゃりと歪めた。それを間近で見たロックは紅玉の瞳を見開き、頬に触れるテリーの手を強く掴んだ。
「そんなことない! テリーのことは好きだっ」
咄嗟に叫んだその言葉と必死な声音。吐いた息が交じり合う距離でこちらを真っ直ぐに見つめる瞳は焼き尽くされそうなほどに熱く、心臓を鷲掴んだ。いつもはきつい眼差しが、幼さを含んで純粋な愛情と懸命さを伝える。掴まれた手は眼差しと同様に熱く、心地良かった。
思わず引き寄せ、ロックを掻き抱いた。
「じゃあ、なんでなんだ」
腕を回して包み込んだ体から、ロックの体温が染み渡る。それに知らず安堵したテリーがもう一度強く抱き締めると、強張っていたロックの体から僅かに力が抜けた。
だが、緊張が解けたわけではなく、耳の横で息を呑む気配がした。
「俺がいるせいで……テリーを不幸にしてる」
充分に間を置いてから、ぽつりとロックは呟いた。思い詰めたようなその言葉とともにぎゅっと縋り付いてきたその動作は幼さがあった。筋肉の薄く張ったしっかりとした体とは少し似つかわしくない動作に違和感は感じるが、それが今の正直なロックの気持ちを表しているのだろう。
自分が傍にいてはいけない、けれど置いていかれるのも恐い。そんな複雑な気持ちの表れかもしれない。
しかし、それは全くの杞憂だ。テリーはロックの言葉にぽかんと口を開けてしまっていた。
「不幸だって……? 俺がそんな風に見えるか? むしろ幸せ太りしちまってるくらいなのに」
おいおい…と呆れた声をあげて、テリーは笑みを零す。実際、ロックのプロ級に美味しい料理のお陰で、以前より体重が増えてしまっていた。体が重くなって俊敏さには欠けたが、栄養バランスの取れたメニューは筋力をつけるのに役立ったのだから、幸せ太りもそう悪いことではなかっただろう。
朝、起こされて、テーブルに着けば旨い朝食が並んでいる。いただきますと言うと、コーヒーを差し出しながら目の前で金髪の青年が紅い瞳を細めて、どうぞと微笑む。そうした何気ない日常がどれほど大切で掛け替えのないものか、テリーはよく分かっていた。厳しい幼少時代を生き抜いただけあって、それを求める渇望は強く、謀らずも手に入れられた今は絶対に手放す気になどなれなかった。
テリーはそう思うが、ロックは違うのだろうか。すぐに諦められるほどに執着は薄いのだろうか。
肩口に顔を埋めたままのロックを覗き見るようにテリーが首を巡らすと、こちらの動く気配を察してロックはさらに顔を肩に押し付けて表情を隠してしまう。無理に顔を向けさせるわけにもいかず、テリーはあやすように背を摩って何か言い出すのを待った。しかしロックはしばらくの間、何を言うでもなくテリーのシャツに爪を立て、皺を刻んでいた。
「……本当は、女の人と結婚して家庭を持ちたかったんだろ……?」
「……!」
「その候補が沢山いることも知ってる……」
淡々とそう呟くロックの言葉を、テリーは驚愕を持って聞いた。来る者拒まず去る者追わずの傾向があるテリーは今までに多くの女生と付き合ったことがある。それをわざわざ隠したりもしなかったのでロックは当然知っている事実だった。ロックを恋人として扱うようになってから他の女性と深い付き合いはしていないが、そうなる前は確かに結婚を夢見た相手はいた。
それをロックがどんな思いで見つめていたのか知るよしもなかった。ロックを恋人と認識してからでも、一夜限りの関係を築いた相手は多くいたが、それを彼がどんな風に思っているか深く考えたことはなかった。成長して思慮を身につけたロックはおおっぴらにテリーの行動を批判することはなかったが、胸の奥底で疑念が少しずつ蓄積されていたのは確かだったのだろう。
自分の中でロックに対する愛情が確固たるものであることをテリー自身は分かっていても、ロックには分からない。これはロックが疑り深いとか理解力がないとかではなく、テリーがそれを伝えようとしなかったせいだ。人は人を完全に理解することはできない、だからこそ言葉がある。それが欠けていたのだと、テリーは改めて痛感した。
ロックを抱き締め、テリーは薄暗い部屋の中を凝視する。
「……まあ、考えたことがないって言ったら嘘になるんだろうな」
正直な言葉を零すと、ロックの肩がびくりと震えた。次いで、こちらのシャツを握り締めていた手の感触が、ふっと失せた。テリーの背に回されていた腕が離れたようだ。
顔を上げ、ロックは体を離そうとした。縋り付いていたものは既に失われているのだと言い利かせるような、緩慢な動きだった。
しかし、テリーは力任せにロックをもとの位置へ引き戻した。抱き締めたロックの体が、驚きに強張る。
「でも結局はお前を選んでるんだからな」
いい加減、分かれよ。
テリーはそんな一言で、緊張を解くように笑った。ロックの代わりなど、どこにもいやしない。ずっと隣にいてほしいのは、ただ一人だけだ。
その愛して止まない青年は、それでもこちらの言葉が信じられないのか、緩く首を振り、指通りのいい髪をさらりと擦り付けた。
「でも……俺のエゴでテリーを縛りつけてる気がするんだ」
弱々しく囁かれた言葉に、テリーはムゥとむくれた顔をする。まだ疑うか、と腹立たしさを感じたのだが、それはロックの愛情が深いからこそテリーの愛情が自分と同様なのか確かめようとする、裏返しの行動なのだと気付いた。
徐に眉間の皺を解いたテリーは、ぽんぽんとロックの背を優しく叩いて苦笑いを浮かべる。
「そんなこと言ったら、俺なんかもっとひどいだろ。ずっと俺だけしか見えない世界でお前を育てて、選択権なんか全然与えなかったんだから 」
本当は面と向かって言うべきでない事実を、敢えてテリーは口にした。定住して環境を整えることができなかったわけではないのに、わざわざ放浪生活を強いて外界との関わりを少なくし、テリー以外に依り所がないかのように思わせ、こちらだけを見るように仕向けた。離れることのないように、失うことのないように。つくづく狡いやり方だ。彼の父であるギースを不本意なまま殺してしまったせいか、余計に失うのが恐かったのかもしれない。雁じ絡めにしなければ気が済まなかった。
狡いと分かっていながらも手放せないと強く思うのは、ただの保護者としての愛情を逸している。だが、だからこそこの気持ちが真実であると思えた。
テリーは躊躇いなく好きだと囁き、ロックのこめかみに口付ける。ゆっくりと顔を上げたロックの額にもう一度キスを落とすと、ロックは困ったような顔で頬を染めた。
「……なに馬鹿なこと言ってんだよ。小さい頃にストリートファイトしてるテリーに出会ってから、俺はとっくにテリーを選んでる。……自分の意思で決めたんだ」
熱い吐息を零し、ロックはテリーに口付けた。しっとりと降りてきた柔らかい唇に目を閉じ、甘い感触を堪能してから、離れようとするロックを引き留めてこちらから濃厚なキスを返す。慣れているとはいえ、不意打ちでタイミングを掴み損ねたロックはテリーの深い口付けに翻弄されてすぐに息が上がってしまい、強張った肩を小刻みに震わせた。動揺で緩めんだ唇をこじ開けて舌を侵入させ、歯茎をくすぐると、骨張った長く細い指がテリーのシャツを恐る恐る掴み、思い切ったように自分から舌を絡ませてきた。
「…っは、テリー…」
キスの合間に掠れた声で名を呼び、ロックは無意識に体を擦り付けてくる。言いたいことが言えて安心したのか、ロックは正直に情欲に身を任せ、体温と心音の高まった体をひたりと合わせてテリーの膝に跨がってきた。
美しい若き野獣。けれど心は純粋で傷付きやすく。
そのしなやかな体を腕の中に包み込み、テリーはもう今はいない人物に胸中で皮肉な笑みを送った。この存在は手放せない、たとえアンタがいなければ巡り会えなかった人でも、そっちに連れて行かせはしない。誓うように、あるいは宣戦布告するように告げた。
「テリー……?」
意識が逸れたことに、ロックが不安げな声をあげる。引き戻した視線を、テリーは目の前で輝く紅玉の瞳に留めた。
ふと先程のロックの言葉を思い出し、テリーは薄く笑みを浮かべる。
初めに会ったときに、もう選んでいる――……。
俺も同じだよ、と耳元でそっと囁き、不思議そうな顔をして目を瞬かせるロックの服をテリーは優しく剥いでいった。







離れなければいけない、たとえ誰かと結婚しても笑顔で喜んであげなくてはいけない。
そう思って何度も繰り返した言葉は、心臓をヤスリで擦ったようなじくじくとした痛みをロックに与え続けた。
だが、今はそんな痛みなど全く感じなかった。それよりも全身に痺れるような熱く甘い悦びが、奔流する血の循環とともに足先まで巡っていた。
「…あ、ァ…ッ…くぅっ…!」
触れられた箇所が熱い。擦れ合う肌が動くたびに熱さを増して、ロックの鼓動を早め、まともな思考を奪っていく。半開きになった唇から零れるのは、意味を成さない悦びの声ばかり。
全身の感覚が鋭くなっているロックは、自分に楔を打ち込んでいるテリーの時折漏らす掠れた声を聞き、また吐息交じりの嬌声をあげて逞しい体に縋りつく。反射的に締まめつけてしまった中で、テリーのものがさっきより硬さを増した。
「ク…ッ…」
微かな呻きとともに、テリーが間近で苦しいような、困ったような表情を見せる。厳つい体と男らしい顔立ちは決して綺麗とは言い難いが、男の色気が漂うその表情にロックは心臓が高鳴るのを感じた。それを意識した途端にまた下肢に熱が溜まり始め、すでに一度は解放したはずのロックのものが首をもたげる。
「若いヤツは、元気でいいな」
「……ッ! テリー、だって…まだ若い…っだろ!」
腰をグラインドさせてきたテリーが耳朶に唇を当てて囁いた言葉に、ロックは顔に朱を散らして叫んだ。腹の奥深くを捏ねくり回されるような動きは、思考を剥ぎ取るだけでは飽き足らず、涙腺まで弱くする。自然と溢れた涙が格好悪くて、ロックはそれを乱暴に拭いながら、苦し紛れに思い付いたことを口に乗せた。
「でも、確かにそう…かもしれない。逆の立場に…なったら、案外テリーが先にギブアップする、かもな」
「……。」
深く考えず惰性的に声に出してしまったセリフに、ロックは自分自身でも驚いて言葉を失った。言われた当人は、言わずもがな、些かショックを受けたような顔で固まっていた。
気まずい空気に、ロックは取り繕うように苦笑いを浮かべたが、突然テリーが動き出したので悲鳴をあげてしまった。
「あァッ…!」
「面白いことを言うなー……、ロック?」
優しい笑顔を向くてくるが、目が笑っていない。流石に失言だったらしい。
思わず逃げ腰になったロックはそのまま強く押さえ付けられ、嵐のようなテリーの動きに体をガクガクと揺さぶられてしまい、声にならない悲鳴をあげた。そこに追い討ちとばかりに高まっていたロック自身も性急に扱かれ、息つく暇もなくロックはあっという間にイかされてしまっていた。
「〜〜ッ! っ…ぁ、ああ…っ…。はァ…、はァ……ッ」
思わず爪を立ててテリーの首に縋り付いていた腕を気怠く解き、ロックはピンと緊張の走っていた体を弛緩させた。飛び散ってしまった白濁液も気に留めていられないほどの脱力感に、ロックは硬い床に体を投げ出す。鬱血の痕が無数に散らばったままの胸を上下させながら、汗で張り付いた髪の間からロックは自分を一方的に頂点へ引きずりあげた相手を見上げた。
「…かなり、怒っ…てた……?」
「大人をからかうもんじゃないな」
「覚えとくよ……」
口を開くのも億劫なくらいに体力を奪われたロックが、降参とばかりにひらひらと力なく手を振ると、テリーが少し機嫌良さそうに笑った。やはり経験の差が大き過ぎて全然かなわないようだ。
悔しいなぁと思いながらも、ロックはなぜか晴れ晴れしい気持ちで笑っていた。
「でも、さ……俺はこっちの方が好きだよ」
「……え?」
突然呟いたその言葉の意味がよく呑み込めないと、眉をひそめるテリーに、ロックは微かに苦笑を零した。詳しく言う気も、同じ言葉を繰り返す気もないので、その反応は鮮やかに無視してしまう。
代わりに、ロックはもう一つ言葉を付け加えた。
「俺なんかでも……ちゃんとテリーを包み込んであげられるんだって思えるのが、嬉しいんだ」
ロックは何も言わせない会心の笑みを浮かべてみせる。あまりに予想外だったのか、ぽかんとしているテリーの耳元に唇を寄せ、「まあ、気持ちいいのもあるけど?」と言ってやると、テリーは途端に困ったような表情で顔を赤くした。
「……そんなことを言う子に育てた覚えはないぞ」
「子供は勝手に育つもんだよ」
知った風にそう返し、ロックはテリーの首に腕を回した。照れているのか、反応に困っているのか、口をへの字に曲げて怒った顔を作りながらも視線を泳がせて戸惑っているテリーがおかしくて、ロックは薄い唇に軽く口付けてから、埋め込まれたままのテリー自身をぎゅっと締め付けた。
不意打ちにテリーが思わず呻くのと同時に、ロックの方も硬度を保ったままのその存在を内壁でまざまざと感じ、血が沸き立つような衝撃を受け、頬が熱くなるのを感じた。
「……こら」
「ごめん……」
互いに体内の熱を持て余した状態になり、なんとなく気まずくなって顔を赤くしながら、テリーとロックは視線を合わせた。二人はしばらく無言のまま見つめ合っていたが、どちらともなく笑いを零していた。
「……ちゃんと抱いてくれよ。さっきみたいなのはナシ」
「ははは…。もちろん」
海と太陽の色の瞳を絡み合わせ、二人は体を寄せ合い、硬い床にまた身を沈めた。






「――映画のことで、最近ずっと俺を避けてたのかぁ?」
落ち着いた後に事の次第を説明したロックに、テリーはさも意外そうな声をあげた。謎が解けて気が抜けたのか、テリーは長い足を床に投げ出し、上半身はベットに横たえて天井を仰ぐ。
「馬鹿だなー…。何も不安に思うようなことなんかないってのに」
馬鹿だなぁと再び繰り返され、ロックはすねてベッドの上で体の向きを変えた。
背を向けて無視を決め込み、不機嫌な顔をシーツに押し付けると、突然テリーが上から伸し掛かってくる。
「……重い」
「むくれるなよ〜、ロック。ガキみたいだぞ」
「ガキだよ、どうせ」
無理矢理こちらの顔を覗き込んでくるテリーから意地でも顔を逸らせ、ふんっとロックは鼻を鳴らす。完全にへそを曲げたロックに、テリーは困った顔で頭を掻いた。
「映画の主旨としての俺の役は確かに家族愛とかだったけど、実際の現場ではお前が思うような甘いもんじゃなかったぜ?」
邪険にするロックをものともせずに上からぎゅ〜っと抱き締め、テリーは映画撮影のときの様子を思い出すように言った。
「なにしろ撮影本番以外だと、ガキどもは手加減なしで殴るは蹴るは……暴言吐きまくりでちっとも可愛気なかったし。妻役の女優もこれまた性格ねじくれててな〜、偉そうだわそのクセ何もしないで他人にやらすわで、とてもじゃないが本気になるような相手じゃなかったぞ?」
長い溜息とともに吐き出された言葉は本音なのか、テリーは思い出すのも気が重いとばかりの表情で切々と語る。映画を見た限りでは仲睦まじい夫婦を明るく元気な子供達が取り囲むという、まさに理想の家族の風景だったが、実際は随分と違ったようだ。サウスタウンで伝説を作った男を恐れもせずに足蹴にしたり顎で使うような人間がいたというのも、別の意味で驚愕に値する。
話しを聞いて思わず目をぱちくりとさせたロックに、テリーは微かに声を立てて笑った。
「Are you OK? これで納得したか?」
「……うん。まあ、ね」
本当に何もなかったらしいと分かり、ロックは胸を撫で下ろして笑みを浮かべてみせた。しかし、しこりがすべてなくなったわけではない。テリーには踏み込んで話さなかったが、自分の存在がやはりテリーの歩む道を大きく変えてしまっているように感じるのは否めなかった。
とはいえ、もうそれをただ後ろめたく思うことはなくなった。この想いは本物で、恥じることも気後れすることもない。堂々と胸を張って主張すればよいのだ。
結果がどうなるかは分からないが。
何にせよ、テリーとロック次第なのだろう。人生には台本などない。だからどんなときでも先は分からず、それ故に楽しみなのだ。







END




MOWの説明書でテリーのプロフ欄には「映画やボランティアなどで活躍―」とか書かれてたので、自分なりに妄想してみた結果がこんなんでした;
18禁は……まあ、ちょっとくらいはまともに書いてみようかーってなノリで(汗)。