約束




荒みきったサウスタウンで活躍する飢えた狼は、闇の帝王を憎んでいる。
それを知ったとき、ロックは彼を自分と同じ『仲間』だと思った。
あの男に怒りを感じ、憎しみを抱き、叩きのめしたいと思う。理由は違えどそんな感情を共有する同志なのだと、他人でありながら近しいものを感じた。
彼ならきっと分かってくれる。そして、無力で幼い自分には成しえない願いをきっと叶えてくれる。ただ周りを威圧し、人を人とも思わない男に復讐を果たしてくれる、サウスタウンの英雄。そんな風に考えていた。
テリーが歩んできた過去、その身に背負うもの。子供だから分からなかったでは済まされない、闘い続けるテリーの気持ち。ギースに向けた拳に宿る思い、願い、すべて何もかも。つい先日までただ遠くから見ることしかなかったロックには、全く見えていなかった。
相手を力強い拳で吹き飛ばし、地に這わせ、そして爽やかな笑みを浮かべて勝利を喜ぶ。強い、だが憎めないその明るさは誰をも惹き付ける。顔に痣を作られた相手すら、負けを悪いと思わない。またやろうか、そんなことを笑いながら言って握手を交わす。
強いことで相手を捩伏せるのではなく、魅了する。そんな言葉に表すことのできるサウスタウンの英雄を、ロックはただ表面しか見ていなかった。その裏側にある葛藤を理解していなかった。
結局何も分かっていなかった。だから、あんなことを言ったのだろう。
「あの人が許せない。でも……僕は何も出来ないから……。だから、お願い。母さんの仇を取ってよ、テリー」
そのときは、必死だった。必死すぎて、自分のことしか考えてなかった。そんなことを頼まれたテリーの気持ちなど、これっぽっちも頭になかった。
それを優しいテリーは笑って受け止める。大きな手で頭を撫で、穏やかに微笑み、頷く。
「ああ……、約束する」
不自然に間のあいた返事も、少し陰の差した表情も、気に留めなかった。気に留めるべきだったのに。
それはひどく無神経な約束だったのだ。テリーがギースに拳を向ける理由を増やしてしまった。しかも、テリー本人とは関係のないロックの私怨で、その拳を重くし、後に退けなくしてしまった。思い止まり、別の方向へ歩める道を塞いでしまった。
復讐など、自分の手でやるべきことなのに。頼んでどうにかなるものではないのに。自分と同じように憎んでいると勝手に思ってテリーの立場も考えずに馬鹿なことを言った。
……そして、彼は果たしてしまった。憎む気持ちは分かっても、養子から実父に復讐を果たすよう頼まれた彼は退くことができなかった。恨みを晴らすと同時に罪を背負う道を歩かざるをえなくなった。
倒す、ということが即ち敗者の死であることを、ロックは分かっていたつもりで分かっていなかった。飢えをしのぐためのストリートファイトとは違う、命の取り合い。それを肌身で感じたのは、テリーが帰還してから告げたギースの死という結末を前にしてだった。すでに全てが終わった後で、事の重大さに気付いたのだ。
一発殴るとかそんな生温いものではない、絶対の死。確かに妻であるメアリーに手を貸しもせず死に至らしめ、サウスタウンを牛耳って人々を圧倒的な力のもとに押さえ付けて苦しめた。どこにも尊敬できるところのない、忌むべき父親。だが、それでも世界でたった一人の肉親であった。メアリー亡き後、ギースも亡くしたロックは、あんなにも願った復讐に早くも後悔した。どんなに最低な男でも、父親であることに変わりはなかったのだ。
しかもそれを、ロックはテリーに託してしまった。自分でしたことなら素直に腹を括って、一生背負っていこうと思えただろうに、テリーの手によって成されたことかと思うと、幼いロックの心境は複雑だった。
憎かったのは確か、だが死んでほしいとまで思っていなかった。たまたまギースの運が悪かった? それとも最初から二人が殺すつもりで死合っていたことを自分が理解していなかっただけ? 何にしても、自分の軽々しい発言が取り返しのつかない結果を招いたことは事実だった。
そしてその罪を被ったのはロックではなくテリーだった。その復讐が正しかったのかは分からない。しかし成し遂げた後のテリーは到底喜んでいるようには見えなかった。ロックよりも遥かにギースの死を重く受け止めていたのは、彼だった。
残酷だった約束は果たされ、消失したが、ロックの心にもテリーの心にも深い傷痕を残した。目の前で項垂れたまま動かないテリーの姿は、ロックに後悔と罪の意識を嵐のように起こさせた。
あんな約束さえしなければ。いや、そもそも自分さえ彼の前に現れなければ。彼を『人殺し』にしなくて済んだのに。ここまで焦燥させずに済んだのに。
壁を背に膝を抱えて座り込むテリーに幼いロックは手を伸ばしかけ――だが、原因を作った自分が彼を慰めたりすることは最もやってはいけないことだと思い当たり、その手で赤い帽子に触れることはなかった。
ただ、そのとき決めたことがあった。これから先、何があっても約束はしない。責任の取れない約束は良い結果を招かないのだ。
だから、約束なんて、しない。
「なあ、ついでになんかファーストフード買ってきてくれよ」
「またかよ。……まあ、気が向いたらね」
絶対の約束はしない。誰かを縛る約束も、しない。それが、まだ強くない自分にできる最大の礼儀。果たせない約束は、約束と言えないからだ。自分だけにツケが回ってくるならまだしも、人にまで迷惑は掛けられない。
ふと、ソファに寝転んでテレビを見ていたテリーが振り返る。
「お前って……いつもそうだよな」
「何が?」
「何か頼まれたりすると、なんとなく曖昧な返事するだろ」
こちらを見る青い眼は、咎めているようではなかった。けれど、鋭く静かだった。
ロックは背を向けて、苦笑を零す。
「気のせいじゃない?」
保証のない約束はしないと、決めた。
ただ一つを除いて。
「そうかぁ……?」
「そうだよ」
でも、悟られてはいけない。テリーに気付かれたら、駄目。だってどこにも保証がないから。もしも果たせなかったら、格好がつかない。
最初の約束はテリーに重荷を背負わせた。だから、それを自分の手で壊して、解き放つ。それが、最後の約束。
一生懸かっても、ギースとの血縁に決着を着けなければ、テリーと本当の意味での親子にはなれない。庇護されるばかりの子供でいてはいけない。
それが、果たすべき最後の約束。






END








いまいち何を言いたかったのか分からない産物と化しました(汗)。複雑な二人の関係をちょっと齧ってみたかったみたいです…。