Don't affect a bad guy
〜I settle your disturbing heart〜


「なんでお前がここにいるんだ…」
「……」
突然現れた来客に、カイは非難の眼差しを向けた。
仕事から帰ってきたらなぜかソファでくつろいでいた…では、来客ではなく立派な不法侵入者と言える。しかし当の本人はその事実を気にした風もなく、至極当然のようにそこへ居座っていた。
「ソル。なんのつもりだ、と聞いている」
カイの言葉など無視して黙々とたばこを吸うソルに、カイは眉間に皺を寄せる。手荷物をテーブルへと投げ出し、カイはソファに座っているソルの目の前に立って鋭く見下ろしたが、ソルはあらぬ方向を見たまま何も言い出そうとしない。
普段あれだけ「手合わせしろ」と言っても無視してどこかへ行ってしまうくせに、いきなり家に現れるとは、つくづく訳の分からない奴だとカイは内心呆れつつ、ソルの口元からたばこを取り上げた。
「理由もなく上がってきたのなら、今ここで不法侵入者として逮捕するぞ」
少し本気で腹を立てているらしいカイの顔と取られたたばこをちらっと見て、ソルは舌打ちする。
「…飯、食いに来ただけだ」
「ただで?」
「…」
即座に言葉を切り返され、ソルは一瞬黙り込んだ。
「…金払えってのか」
「そうは言ってない」
ぴしゃりとソルの言葉を否定して、カイはテーブルに投げ出していた荷物を抱え上げる。一つは書類などを詰め込んだバックだったが、そちらの方は見もせずに、もう一つの紙袋の方をカイは覗き込んだ。
「…足りるかな…?」
先程寄ってきた店で買ってきた食料が詰め込まれた紙袋の中を見て、カイは少し首を傾げる。食材を睨付けるように見ながら夕食のメニューを一生懸命に考えているカイの姿は、普段より遥かに幼く見えた。ついさっきまで「逮捕するぞ」と脅していた人物とは到底思えない。
「多少時間がかかるが…かまわないな?」
買ってきたものと家に残っているものとを合わせて考え、結局カルボナーラを作ることに決めた。
「好きにしてくれ」
カイの方を見もせずに、ソルは面倒そうに答える。
突然現れてこちらの予定を壊しておいて、よくもそんな態度がとれるものだと、呆れを通り越して感心してしまう。カイには到底真似できない。
さも当然という態度が頭にくるな…と思いながら、カイはさっき取り上げたたばこに水を掛け、ゴミ箱へ捨てた。
袖を捲って手を洗い、パスタの残量を確認したところで、カイはソルにカルボナーラでいいかどうか聞いていないことに気が付く。
好きにしろと言われたが、あとで嫌だ言われてはたまらない。
「ソル。夕食はカルボナーラにしようと思うんだが…」
そこでカイは言葉を失った。驚きに青い瞳を見開く。
血の匂いだ。どうして今まで気が付かなかったのか。
「ソル! お前、ケガしてるのか!?」
カイはソルの方へ走り寄って、擦り傷だらけの腕を取った。
筋肉が盛り上がった腕には無数の傷が刻まれていたが、どれも浅い。生臭い匂いを漂わしているのは、それではなかった。
ソファに身を預けているソルを、カイは強張った顔で見つめる。
「背中を見せろ、ソル」
「…」
ソルはどこか違うところを見つめたまま、カイを無視した。
「ソル!」
鋭く声を上げて、カイはソルの腕を力任せに引っ張る。
「…うるせぇな。早く飯作れよ」
うざったそうにソルはカイの手を振り払った。しかし思いの外、腕を掴むカイの力が強く、振り払いきれなかった。
「背中を見せろ。…早く!」
怒ったような声で、カイはソルを睨み付ける。
ちらりと背凭れに目をやると、本来クリーム色のソファが赤く染まっていた。
「早く止血しないと…」
「放っときゃ勝手に止まる」
「止まるわけないだろう! 死にたいのか!?」
ソルの片腕を両手で握りしめながらカイが叫ぶと、ソルはフッと皮肉げな笑みを浮かべた。
「死にたくても、死ねねぇよ…」
何かを諦めたような暗い瞳。
それを見て、カイはぎりっと歯を噛みしめた。
「それがどうした!! 痛いことに変わりはないんだろう!?」
「…!」
カイに一喝されるとは思ってもみなかったソルは、驚きを隠しきれず、必死の形相のカイを茫然と見つめる。
そして、いつの間にかクックッと笑い出していた。
「まさか坊やに説教されるとはな…」
「どういう意味ですか」
ムッとした様子で抗議するカイを見て、ソルは尚更含んだような笑い声をたてる。
「…いつまで笑ってるんですか。止血しますから、さっさと上着を脱いで下さい 」
「わかったわかった」
諦めたようにソルが上体を起こした。徐に向けられた背中の傷を見て、カイは思わず顔をしかめる。
ソルの広い背中には、大きな四本の爪痕が刻み込まれていた。余程鋭い爪だったのだろう。筋肉が深々と抉られており、そこから止まることなく血が溢れ続けていた。
傷つけられた面積がへたに広い分、ギアの回復力を持ってしても、完全に塞ぎきるには相当時間がかかりそうだった。
「ちょっと待っててください」
カイはそう言って立ち上がり、清潔なタオルを棚から取り出して、湯で濯いだ。そしてタオルをかたく絞ってから、しまってあった救急箱と一緒に、ソルのところへ持ってくる。
ソルはというと、カイに言われた通りジャケットとランニングを脱いでおとなしく座っていた。
「少ししみると思いますけど…我慢してくださいね」
傷口を広げてしまわないように気を付けながら、カイはソルの背中の血をタオルで拭い取る。熱いタオルはソルにとって気持ち良かったが、見る間に赤く染まってしまった。
なかなか血が止まりそうにないことに焦って、カイは素早くもう一枚タオルを持ってくる。
次から次へと溢れてくる血をそのタオルで押し留めながら、カイは救急箱を開いて包帯を取り出した。そして躊躇うことなく、ソルに抱き着くような形で包帯を巻き始める。
「…おい」
広い背中を伝って分厚いソルの胸部へ、包帯を巻くカイの手が回されたとき、ソルはその腕をやんわりと掴んだ。
「あとは自分で勝手にするから、放せ」
「…突然何を言い出すんですか。ひとりで巻けるわけないでしょう」
ソルの言葉を無視して、カイは作業を続けようとする。
「いいから放せ。ベタベタ触られたくねぇんだよ」
させまいと、カイの腕を強く掴みながらソルは言った。
「ベタベタって…! す、好きでこんなことやってるわけじゃありません!」
ソルに腕を捕られたままのせいで、ソルの背中に密着するハメになったカイが、ばたばたともがきながら叫び声を上げる。
逃れようと必死になるカイのか細い腕を掴んだままソルは軽く溜め息をついた。
「なら、触わんなって」
「…これが巻き終わったら、頼まれたって触りませんよ」
それでも強情に包帯を巻くこと主張するカイを肩越しにちらっと見て、ソルは静かにカイの腕を放した。
「やれやれだぜ…」
「やれやれは、こっちのセリフです。…見事にソファのカバーをだめにしてくれましたからね」
血で染まったソファを苦々しげに見つめてから、カイはまた包帯を巻き始める。ソルは黙っておとなしく治療を受けた。これ以上何か言うのはやぶへびだと判断した結果だ。責任をとってソファのカバーを洗ってこいと言われては面倒である 。
「……はい。できましたよ」
しばらくすると、カイが包帯を巻き終えて、無事な腕の方を軽く叩いた。
「まあまあか…」
緩みなく巻かれた包帯を撫でながら、ソルは呟く。
聖戦時は何度やったか分からないくらい当たり前の応急処置だ。手際が良く当然だろう。
「…まあまあって…。礼のひとつも言えないんですか、あなたは」
呆れたようにカイがそう言って立ち上がったとき、ふと自身の服を見下ろして、あ…と声を零した。
カイの着ていた白いシャツが、見事に赤く染まっている。ソルの背中にある傷口を塞ごうと必死になっていたので、服に血が付いていることにカイは全く気付かなかったのだ。
血色に染まったシャツを見て、ソルが溜め息をつく。
「だからやめろっつっただろ」
困ったように前髪をがしがしと掻きながら言ったソルの言葉に、カイはえ? と視線を向けた。
「さっき嫌がってたのは、そういう意味でだったんですか?」
「……さァな」
直球で聞くと、ソルはいつも答えを適当にはぐらかす。
どうせ詰問したところで無駄だとわかっているので、カイは都合のいい方に解釈することにした。
「着替えてから夕食を作りますので、もうちょっと待っててくださいね」



カイは無言で突き出された皿と、ソルの顔を交互に見つめた。
「おかわり、ですか?」
「ああ」
まだ口を動かしながら、ソルが頷く。呆れた胃袋だと思いながら、カイは横に置いてある鍋から、ソルの皿にパスタを盛った。
それを手渡しながら、カイは少し緊張した面持ちでソルに尋ねる。
「…さっきの傷」
「ん…?」
「大型ギア、ですよね? それも…処分できずに封印されるような強い部類…」
「…」
関心なさそうにパスタをつつくソルを、カイはじっと見つめた。
「聖戦終結から、ギアに目立った動きはありません。特に強大なギアは戦時中に封印されたはずです。でも…あなたにそれだけの傷を負わすギアとなると、その封印されているやつくらい…ですよね」
聞いているのかいないのか、ソルは黙々と食べている。
器用にフォークを動かすソルの手に、カイはそっと手を添えた。ソルは動きを止めて、目だけでカイを見る。
「すみません…。我々が封印の劣化に気付かなかったばかりに、あなたに傷を負わせてしまいました…」
カイは自分の不甲斐なさを責めていた。
しかしソルの表情に変化はない。
「……知らん」
ぶっきらぼうにそう言うと、徐に立ち上がる。
「ソル?」
少ない荷物と封炎剣を担ぎ上げるソルを見て、カイは慌てて腰を上げる。
「ちょ…どこへ行くんですかっ!?」
「酒、飲みに行く。どうせ坊やの家には置いてないんだろ?」
「お、お酒ですか? 確かに…ないですけど…」
「ま、そういうこった。…じゃあな」
そう言い残して、ソルは部屋を出ようとした。
が、その腕を……カイに掴まれていた。
細い手が腕に絡み付く感触に、ソルが訝しげに振り返る。
「…なんだ? 坊や」
「え…あ、いえ……すみませんっ」
ハッとなってカイは手を引っ込めた。
しかしなんだと問われても、なぜ咄嗟にソルを引き止めてしまったのか、カイ自身にもよくわかない。
ただ、なんとなく…もう少しそばにいてほしかった。
立ち入った話しをしてしまったのがたぶん気に入らなかったのだろうが、そこまで急いで帰らなくてもいいじゃないか…と思ったが、カイはなんでもないと言って、ソルから身を離した。
どうしていいのか分からず、実に複雑な表情をしているカイを見下ろし、ソルは大きな手でカイの頭を乱暴に撫でた。
「ちょっと…! 何するんですっ」
「ひとりが寂しいのか? いつまで経ってもお子様だな、坊やは」
苦笑しながら、ソルはさらさらの金髪を目一杯掻き乱す。カイは驚いてその手から逃れようと暴れた。
「ソ、ソル!」
「晩飯うまかったぜ。……また来る」
ポツリと呟いて、ソルはカイの頭から手を離して身を翻した。
「…え…?」
カイは青い瞳を瞬かせて、ソルが出ていったドアを茫然と見つめる。
あの無軌道男は、またもや突然姿を消してしまった。
「一体なんだったんだ…」
乱れた髪を整えながら、思わず呟く。そして残された夕食に視線を移した。
(やっぱり怒らせてしまったのかな…)
おかわりしてまで食べていたパスタを半分皿に残してソルが出ていってしまったことを考えると、やはり触れられたくない話題に触れてしまったということだろうか。
ソルはいつも自分のことを何も話さない。それがカイにとって一番辛いことだった。
「…私も随分変わったな」
ふとカイは苦笑する。
ソルのことをもっと知りたいと思うようになるなど、聖騎士団時代の自分には到底考えられないことだった。
でも、悪い気はしない。
「片付けるか…」
明日も仕事がある。ソルのことでいつまでも振り回されているわけにもいかなかった。
カイは食べる気の失せた夕食をとりあえず違う入れものに入れ換えて、食器を洗う。そして仕事場でこなしきれなかった書類に目を通し終えてから、風呂に入ってすぐに就寝した。
疲れていたせいか、寝つきは良かった。
だが、奇妙な夢を見た。




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