自分を見下ろす無数の目、腕を押さえ付ける容赦のないな手、故意に足を大きく開かせて体内で蠢く熱い肉棒。
少年はそれらを驚くほど無関心な表情で見つめていた。
先程から勃起して独特の匂いを放っているものを、ひとりの男は少年の小さい口にねじ込む。だらりと力を抜いた少年のか細い手を取り、他の男が下卑た笑みを浮かべながら股間へ導いていく。醜く変形してぬめりを纏ったそれらを、少年は促されるままに擦り上げ、同時に口腔を占める肉塊に舌を這わせた。
途端、嘲りと悦楽を含む笑い声が響いた。
「すげぇイイ顔してるじゃねぇか」
「クセになっちまったんだろ。へへ……」
男達は笑いながら、少年の体を弄ぶ。
少年の下肢に突っ込んだその凶器を、ズブズブと音をさせて忙しなく出入りさせていた男は満足げに笑い、次の瞬間にはぶるりと身を震わせて粘ついた液体をその秘所に注ぎ込んだ。熱い液体が体内へ侵入してくる感触に体をびくっと跳ねさせた少年を見て、別の男が興奮した様子で細い足を手に取り、乱暴に少年を貫く。固いそれは少年の内部を突き上げ、入ったままの液体と擦れて、ぐちゅっと厭らしい音を立てた。もう何人目の肉棒をくわえたか分からないそこは、裂けて血液さえ滲ませる。
少年の体を揺さぶるそのリズミカルな動きに合わせて、少年の頭を跨いでその口に猛ったものを抜き差ししていた男は愉悦の笑みを浮かべて自身の象徴から白濁の液を吐き出した。最初は少年の口腔へ、勢い付いた残りは少年の顔へ。何度目かの蹂躙の証しが飛び散るその様に、周りを取り囲む男達が薄汚れた笑みを張り付かせ、また別の男が雫を滴らせる肉棒を少年の顔に近づける。
それらの行為に一切抵抗を見せず、暗いその一室の天井をただ見上げるだけの少年は、顔面を汚されて尚その瞳に一筋の光を宿していた。いつもの澄んだ色をなくしてくすんだその目が、男達を通り越して部屋の隅へと向けられ、その薄汚れた床で蹲っている少女の背を映す。少年より更に幼いその少女は現実から目を逸らすように小さい背で拒否し、震えていた。
それでいい、と少年は微笑む。女性がこの行為を受けて、無事に済むとは思えない。男達の精液にまみれ、精神に異常をきたさないとも言い切れない。
だから自分が受けるのだ。この堕落した汚れた行為を。
少女も少年と同様に大人達から捨てられた。だから守るのだ。それが、ちっぽけな生を受けた自分に唯一できることだから。
口に含まされた、この醜い肉棒を噛み切るのは容易い。手に握り込んだものを捩り切るのも容易い。だが、そうしたときに少女がどうなるかを想像するのも容易かった。そして少年も恐らくはこの場で、紅い体液をぶちまけることになるだろう。
だから待つのだ。一瞬でも自分が有利になる瞬間を。少しでもこの小さな命を賭けることのできる運命の時を。それに勝つか負けるかは分からない。それでもこのまま生を終わらせるのは癪だ。
無様でいい。見苦しくていい。格好付けて中身のない生き方なんか、意味がない。上手に無駄なく生きて何になる。自分で勝ち取るから、価値があるんだ。
凄惨と見えるその状況下で、少年は湖面のように静かな眼差しを宿したまま、賭の瞬間を待った。
そして、それは程なくして訪れる。
「……おい、なんか外が騒がしくねぇか?」
「ああァ? 今それどころじゃねぇ」
吐精して休んでいた一人の男が、部屋の外を気にしながらそんなことを言うのを、少年を貫いて絶頂を極めんとしていた男は無視する。爪の間に垢を溜めたその手で少年の足をしっかり固定し、男は更に叩き付ける速度を早めた。
「見ろよ…っ、このイヤラシイ顔! 最高だぜ――」
口許をだらしなく緩めて笑う男が、言葉を言い終わるか終わらぬかといったその瞬間。
部屋の壁が吹き飛んだ。
「――!?」
その瞬間、その場にいた誰もが声にならない悲鳴をあげた。
轟音とともに打ち破られた壁から姿を現したのは、異形の生物だった。背を丸めていても軽く人間の二倍以上の大きさで、そこから伸びている腕は著しく発達し、地に付くほどに長い。胴も同様に長く、逆に足はあまり発達していない、上半身に機能が偏った体型だった。
「ギ、ギアだッ――!」
引きつったような声をあげ、男は叫んだ。他の男達もそれに触発され、冷静さを失う。
少年の体内に自身を埋め込んでいた男は慌てて身を引き、少年を突き飛ばした。小さな口に猛ったものを含ませていた男も、途端に萎えたそれを引き抜き、他の男達を押し退けるように逃げ出す。
低めのテーブルに横たえられていた少年は、それらの乱暴な扱いにそこからずり落ちた。だが、それに表情を変えることもなくそのまま重力に任せて落下し、床に全身を強かに打つ。頭だけは巧みに庇い、少年はそのまま死んだように床へ四肢を投げ出していた。
まだだ。まだ、その『瞬間』ではない。
薄汚れた床に仰向けで転がったまま、少年は息を潜めて時を待った。賭けに出るタイミングを間違えば一瞬で命を取られる。自分が死ぬことは即ち少女の命もなくなることを表す。賭けに負けることは自分にとってすべての終わりだ。
ギアに立ち向かう勇気もない男達は恐怖に彩られた顔で逃げ惑った。だが、その行動が逆に獲物がいるのだとギアに認識させてしまっていた。
ギアは汚濁した血のような色の目をぎょろつかせ、その剛腕を振った。
「ぎ――!」
悲鳴さえまともにあげる間もなく、二人の男の上半身が血肉と化した。飛び散った大量の血が半壊した部屋を紅く染め上げ、最初の一撃を逃れた男達の足を恐怖に竦ませた。雄をだらしなく出したままの半裸の姿で、力の抜けた足をもたもたと運ぶが、空を切った二撃目の余波で男達はニ、三メートルを軽く吹き飛び、外へともんどり打って出た。
脱げかけたズボンに足を取られて無様に転んだ一人に向かって、ギアは一足跳びに移動する。宙を舞ったその巨体は、周りの数人も巻き込んで男達の頭上に落下した。あまりの圧力に音もなく頭蓋が踏み砕かれ、地面が夥しい血で埋まり、むっとする匂いが立ち込めた。
ほとんど建物の意味をなさなくなったその部屋の残骸から、少年は村の様子を垣間見た。狂ったように火の粉をまき散らしながら赤々と燃え盛る無数の建物と、悲鳴をあげて逃げ惑う人々、そしてそれらを本能のままに蹂躙するギアの群れ。
どうやら村人達の祈りも虚しく、聖騎士団の到着を待たずしてギアの襲撃を受けてしまったようだ。
部屋というにはもう崩れすぎているその瓦礫の側で、少年はまだ動く気配を見せなかった。
まだだ。まだ、その時ではない。
裸体を晒したまま、少年は声には出さずに囁く。その近くで、何が起こったのか把握しきれていないらしい少女が、幸いにもその場から動かずに縮こまっていた。薄汚れたその姿は、むしろギアの目を胡麻化すに役立つ。
その状況を把握し、少年は虚ろな瞳を再びギアの方へと転じる。
「ひ! ひィィッッ!!」
唯一人生き残った男が、仲間の返り血を全身に浴びた体で必死に後ずさっていた。しかし途中で木の根に足を引っ掛けて尻餅をつき、男は引きつった笑み浮かべた。強張ったその顔を男がゆっくり上げると、その視界には涎を垂らすギアの口が映った。悲鳴をあげる一瞬前の、握り拳大に開いた唇のまま、男は上半身をギアに喰われる。果実を握り潰したような音が響き、ギアの黄色い牙の間から男の血が漏れ飛んだ。
今だ。少年はそう思った。
男達を追いかけて、ギアは少年の近くにいない。
少年は気怠い体を起こし、多少定まらない視線を泳がせて少女に目を向けた。目を剥いたまま硬直し、震える少女はまだ現実を現実として受け入れられていない様子だった。その蒼白になった小さな手を取り、少年は少女を立たせる。
言葉は交わさなかった。ただ視線を合わせただけで、少女は少年の言いたいことが大方分かったようだった。しかし極度の恐怖に凍り付いた体はなかなか本来の機能を果たさず、少女は歩こうとして足を縺れさせ、少年の方へと倒れ込んだ。
その拍子に、足元にあった空の酒瓶を少女は蹴飛ばす。僅かな物音に、ギアがゆるりと反応してこちらを振り返った。血濡れの紅い瞳が二つ、こちらを静かに射抜く。
その、破壊衝動を剥き出しにした鋭い視線に、少女が身を強張らせた。ガタガタと小刻みに震える小さな手の平が少年の腕を掴み、唯一の救いかのように必死でしがみつく。
それらの絶望的な状況をはっきりと認識しながらも、少年はひどく落ち着いていた。自分の手の中に守るべき者がいることは、その使命感からか恐怖を感じさせなくなる。少年は諦めるという選択が自分の中から消え去るのを認識しないまま、静かに唇を動かした。
……木になろう。
少年は柔らかく微笑む。冗談でも何でもなく本気でそう言い、少女を誘った。囁かれたその言葉に、少女は訝しげな視線を送ったりはしなかった。
まるで笑えるその戯言を、少女は無心に信じた。
木になろう。動かず、騒がず、何があろうとその場にただ立ち続ける、密やかで壮大な存在。血染めの大地からも恵みの水を吸い上げ、音もなく息をし、風の通るままに体を揺らすあの木になろう。
幼い、幼い発想。だが二人はそれを心の底から信じ、自分が木だと思い込んだ。
動かず、騒がず、密やかに息をし、ただそこに立ち尽くす。周りの様相に影響されることのない、その断絶された存在に二人はなった。
ギアの獰猛な息遣い。土を削りながら地を踏み締める巨大な爪。恐怖を与える気配がにじり寄るように近付く。
少年と少女は、ただ穏やかに目を閉じていた。少女の体に、もう震えはない。身を寄せ合ったまま、その細い足で大地を踏み締めるだけ。髪は生暖かい風に靡き、揺れる。そこにあるのは静寂のみ。
少年と少女は、ギアの存在も村が燃えている事実もすべて忘れた。
そしてギアも、動かない二人の存在に気付かぬまま横を通り過ぎた。
その後二人は、唯一の生存者として聖騎士団に保護された。