Sweet Nightmare



「夜中に無断で外出するなと、散々言ったはずじゃがの? ソル」
「……イチイチうるせェな」
目の前で盛大に溜め息をつくクリフ=アンダーソンの方を見ようともせずに、ソルは面倒そうに吐き捨てた。
いや、実際面倒くさい。やはりこんなところへ来るべきではなかった。
聖騎士団に入れと団長のクリフにしつこく勧誘されて、渋々入団を承知したのだが、正直ここまで規則にうるさいとは思わなかった。
酒、たばこ、女……と、およそソルにとってなくてはならないものばかり、見事におあずけをくらうはめになったのだ。――とはいえ、ソルは成人しているので、自室でなら酒とたばこは許されている。
しかし問題は女だ。
面倒なことに、時の止まった体でありながら、性欲は余りに余っている。
そうしてこの欲求を満たすために、昨夜自室を抜け出したのだ。ところがパトロールの交代を言いに来た団員に、いないことがバレてしまった。
「もういいだろ、どうせ大したことじゃねぇんだ」
ごちゃごちゃ言われるのはもううんざりなので、ソルはそう言って話を打ち切ろうとした。
だが背後から、良くない意味でよく知った気配がゆっくり近付いてくるのに気付き、ソルは密やかに溜め息をつく。
「ソル! お前はまた無断外泊したのか!?」
まだ幼さを残した高い声が、案の上背中にぶつかってきたので、ソルはただでさえ陰鬱な表情を五割増しにした。またうるさいのに見つかったと、舌打ちする。
……この坊やは、無視するに限る。
「じゃあな、じいさん。もう話は終わったぜ」
ソルは自分一人で勝手にそう決め込むと、大股で前進してクリフの横を通り過ぎた。
しかし、素早く駆け寄ってきた背後の人物に法衣の端を掴まれる。
「こら、ソル! クリフ様の話もちゃんと聞かずにどこへ行くんだ!」
「……」
ソルは後ろでわめく人物を軽く無視すると、そのまま歩き出した。力は明らかにこちらが勝っているので、どうということもなく相手を引きずるようにして前へ進む。
「ソ、ソル!」
背後の人物は少し慌てたらしく、上擦った声をあげて手を放した。しかし軽くなった法衣に満足する暇もなく、今度は前に回り込まれて進行方向を塞がれる。
「ソル! 真面目に人の話を聞け!」
光を受けて輝く金の髪を流して、海のような青い瞳がこちらを睨付けてくる。女に見間違うこの青年――カイ=キスクはソルの前で仁王立ちになって、険しい顔をしていた。普段なら団員に対して随分物腰が柔らかなカイなのだが、なぜかソルに対してはすぐにつっかかってくる。しかもいつもの丁寧語はどこへやら、思い切りタメ口だ。
もう最近ではこの青年の説教にも慣れてきたので、ソルはカイの言葉を右から左へ流す。自分の生活スタイルを今後変える気は一切ないソルは、適当に話を打ち切ろうと口を開く。
「充分、じじいの小言に付き合ってやったじゃねぇか。何が不満だってんだ、坊や」
「……5秒では付き合ったことにならんぞい」
後ろで呻いているクリフの科白は無視して、ソルは続ける。
「大体、坊やが出しゃばることじゃねぇだろ」
ソルがそう言うと、カイは器用に片眉だけ跳ね上げた。腰に当てていた手を伸ばして、指先をこちらの鼻先に突き付けてくる。
「私が出しゃばるのは当然だっ! 仮にも私はお前の上司なんだぞ!? なのにお前ときたら、朝礼はいつも遅刻する、屋内では堂々とたばこを吸う、報告書は出かない書さない、無断外出・無断外泊は最早当たり前……あーもー! お前が規則の中でやってないのは団内での私闘くらいのものだぞ!」
言っているうちに余計感情が高ぶってきたのか、カイは地団駄でも踏みそうなくらいの勢いで怒りを露にしていた。その様子を見ていたソルは、頭をがしがしと掻きながら面倒臭そうに呟く。
「一個くらいは規則守ってやってんだから上等じゃねぇか」
「威張れたことか、貴様ーッ!!」
ソルの不用意な言葉に怒りを爆発させたカイは、ソルの胸倉を掴み上げる。しかしカイはソルより背が低いので、意味がないと言えば意味がない。たとえ首を絞められようともカイの細い腕では大した影響もないだろうと、ソルは気のない目でカイを見下ろす。
その余裕の態度が余計に火に油を注いだのか、カイは掴んでいる制服の襟を締め上げてきた。しかしやはり力があまりないせいか、全く苦しくない。
「お前なんか戦闘能力が優れてなかったら、とっくの昔に叩き出してるところなんだぞッ!!」
大きな青い目を力一杯険しくしてカイは睨んでくるが、元の造作が愛らしい顔立ちなだけに、なぜかあまり本気で怒られている気がしなかった。こういう点ではこの見ためは不便だなと思いながら、ソルは至近距離のカイはどうでもよさそうに見る。
「俺だって好きでこんなとこにいるわけじゃねぇよ。何度言ったら分かるんだ、坊や」
「お前こそ、私を子供扱いするなと何度言ったら分かる!? それに、ここにいる以上はここのルールに従うのが当然だ! さあ、今すぐ生活態度を改めろッ!!」
「できるわけねぇだろ。坊やにゃ学習能力ってもんがねぇのか?」
「学習能力がないのはお前の方だーッ!!」
相当憤慨しているらしいカイは、叫びながらガクガクとこちらを揺さぶってくる。いちいち抵抗するのも面倒なのでそのまま体を前後に揺さぶられていると、クリフがなにやら大きな溜め息をついた。
「どうしてお前達はいつもこうなんじゃろうなぁ……。いや、まあ今はいい。それよりソル、お前さんの態度は少々目に余るもんがあるぞい」
クリフが白髪の眉毛を上げて細い目を覗かせて言うと、カイがすかさず口を挟む。
「少々どころではありませんよ、クリフ様ッ。なにしろこの男ときたら、生まれたときに良心というものを忘れてきたとしか思えないほどやることなすこと徹底してむちゃくちゃで、しかも反省の色が全くないんですから!」
「……てンめェ、言わせておけば言いたい放題言いやがって」
「ハッ! 悔しかったら生活態度を改めてみせるんだな!」
「……お前達の仲が悪いのはよーく分かったから、いい加減やめんかいっ」
たまりかねたクリフが、カイを引き剥がしながら嗜める。流石にクリフの腕は振り払えないのか、カイは鋭くこちらを睨付けたまま大人しく手を放した。
引っ張られて乱れた襟をソルが適当に直していると、クリフが間に入ってきて口を開く。
「確かにソルは何をするか分からんからのぉ。これからはしばらく二人部屋に入ってもらうぞ」
「あ?」
ソルは不満げに呻いて眉をひそめた。今でさえ色々鬱陶しいのに、まだ注文をつけるなど冗談じゃない。しかしクリフは御構いなしだった。
「ついでに言うなら、ルームメイトはカイじゃ」
「え!? ちょっと…っ、クリフ様!!?」
カイは焦ったようにクリフの方を見た。ソル一人ならともかく自分まで巻き込まれると知って、慌てているようだ。
いい気味だと言いたいところだが、二人部屋などにされて困るのは明らかにこちらの方なので、ソルは苦虫を噛み潰したような顔を作る。
「二人ともこれからしばらく、親睦を深め合うといい。互いに一つくらいは気に入るところが見つかるじゃろ」
にぃっこりと笑ってクリフが言うと、カイは顔を引きつらせた。
ソル自身はカイをどうとは思っていなかったが、カイは当初からソルを毛嫌いしていたので、よっぽど嫌なのだろう。しかしクリフを絶対視しているカイには逆らうことなどできず、端正な眉をひそめて口をへの字に曲げながら、抗議したい気持ちを抑えているようだった。
「クリフ様……この男と同室になるのはいつまでですか」
同じ部屋になることは諦めたようだが、早く離れようと考えているらしいカイは、そんなことを聞く。そういわれてクリフは特に考えていなかったのか、しばらく髭を弄りながら悩んだ。
「……そうじゃなぁ。ソルが二週間問題行動を起こさんかったら元に戻してやるわい」
クリフの発言に、ソルはぎょっとした。それはつまり最低でも二週間はカイと同じ部屋で過ごさなくてはならないということを意味しているのだ。それこそ冗談ではない。
しかしカイの方はその言葉を良い方に取ったのか、ぱっと顔を輝かせた。
「二週間、問題がなければ良いのですね!? 少し希望が見えてきました!」
「そうかの? では、そやつのことはおぬしに任せたぞ」
「はい! 二週間でこの男を真人間にしてみせます!」
「……。」
ソルは敢えて何も言わずに、やたらと意気込むカイを見下ろして溜め息をついた。


クリフに言い渡されたその日のうちに、ソルとカイは一つの部屋に収容されてしまった。
その事実はあっと言う間に団内で広まり、様々な噂を呼んだが、当の二人はそんなことに構っていられないほど毎日が死闘だった。
そうなる原因のまず一つは、二人の生活リズムがあまりに違うせいだった。
決まった時間に寝起きし、分刻みで行動するカイに対して、すべてにおいて自分勝手に動き、およそ協調性のかけらもないソルとでは、衝突が絶えないのも至極当然のことだった。
そしてなによりも二人の性格が完全に正反対だったということも、大きな原因だった。
目に余るソルのいい加減な行動に耐えきれずにカイが注意すると、ソルは神経を逆撫でするような発言をしてカイを更に怒らせ、終わりの見えない口論へと発展してしまうのである。もはや日常茶飯事となっているこの無駄な闘争は、なぜか飽きもせず毎日繰り返されていた。
しかしソルにとってそんなことは正直どうでも良かった。口論といってもカイが一方的に説教してくるだけなので、ソルはそのうるさい小言を右から左に聞き流しておけばいいだけなのである。確かに耳元で騒がれるのは鬱陶しいが、真面目に聞く必要はないので無視しておけば困らない。
ソルにとって一番困るのは、カイに邪魔されて夜に出歩けないことだった。
二週間ソルが規則を破らなければもとの生活に戻れるとあって、カイはうるさく注意してまわり、喫煙ならまだしも無断外出や無断外泊は絶対に許さなかった。
どうしても外出したいなら許可を取ってから行けとカイは言うが、何しに行くかを正直に話せばおそらく絶対に許可などしないだろう。そもそも外出許可が出るのはよっぽどの理由があるときだけなのだから、どちらにせよ簡単に許可はおりない。
とはいえ、夜中にソルが抜け出したことなど、同室のカイ以外には滅多にバレないのだから、カイが黙ってさえいれば他の団員にはまずバレないことなのだ。しかし生真面目なカイは融通が利かず、ソルは何度も部屋から抜け出すのを邪魔をされていた。たとえ上手く抜け出せても街中まで追ってくるのだから、たまったものではない。
その結果に招くものといえば……いうまでもなく欲求不満だった。最低でも三日か四日置きには街に出て娼婦を買っていたソルは、一週間ものあいだ一度も女と寝ることが叶わず、悶々としていた。カイがほとんどの休憩時間を共同部屋で過ごしているおかげで、ソルはヌくことさえできないでいる。
「……ちっ」
いい加減溜まりすぎて病気になりそうだと思いながら、ソルは苛立たしげに短くなったたばこを灰皿に押し付けた。サイドテーブルに置かれたその灰皿から立ち上る煙が消える前に、ソルは新しいものを一本取り出して火をつける。
「……ソル、少しは喫煙を控えてくれないか?」
隣のベッドで横になっていたカイが、目敏く言った。もう寝るつもりなのか、薄着のカイはシーツを被ったままこちらを睨付けている。
しかしソルはやめるどころか、これ見よがしにたばこを肺の奥まで吸い込んでから紫煙を吐いた。自室にいるときは喫煙を許されているのだから、どうこう言われる筋合いはない。いくら共同部屋であろうと、ここはソルの部屋でもあるのだ。
ベッドの上で壁に凭れ掛かったまま、ソルは完全にカイを無視してサイドテーブルに載っているグラスにウィスキーを注いだ。そして口にくわえていたたばこを指の間に挟み、空いた口元にグラスを寄せる。
「……ソル」
カイが咎めるように不機嫌な声を出して、尚もこちらを睨付けていたが、ソルは気に止めずにウィスキーを一気にあおった。
「ソル、聞いているのか」
「……うるせェな」
しつこく非難してくる目差しに苛立ちながら、ソルは忌ま忌ましげに吐き捨てる。折角飲んだ酒の味までまずくなりそうだった。しかしカイはソルの心中など御構いなしに口を開く。
「吸うなとは言わないが、少しくらい量を減らしてくれ。必然的に私まで煙を吸うことになってるんだぞ」
ある意味もっともな意見に、ソルは片眉を少し上げてカイを横目で見た。
「……んなに嫌ならジジイに頼んで、部屋を変えてもらうんだな」
「こらっ、クリフ様に対してなんて呼び方をするんだ! 大体今回の件は、お前が二週間問題を起こさなければ済むことだろう!?」
一々クリフの呼び方まで注意しながら、カイは怒ったようにシーツを跳ね上げてベッドから下りた。何をするのかと見ていると、カイはこちらに大股で近づいてきて、ソルの手からたばこを取り上げる。
「……なにしやがる」
「うるさい、少しはひかえろと言ってるんだ。他の人にも迷惑だし、なによりお前の健康だって損なわれるんだぞ」
細い肩を怒らせながらカイはそう言うと、問答無用でたばこを灰皿に押し付けてしまった。そして放り出していた残りの箱も、きっちり奪い取っていく。
「……」
一瞬、取られたたばこの箱を取り戻そうかとも思ったが、ソルは新しいものを買えばいいかと考えて、それを諦めた。まだこちらを睨付けているカイを無視して、ソルがポケットの中を探って小銭を探していると、指先に何か別の物が触れる感触に気付く。
不思議に思ってそれを取り出してみたソルは、手の平に載っている小さな袋を見て、ああこれかと胸中で呟いた。確か聖騎士団に入る前に狩った賞金首が裏取引していた品物の一つだ。回収したときに、面倒臭くてポケットに突っ込んだままにしていたのをすっかり忘れていた。
その小さな袋をしばし見つめていたソルは、不意に面白いことを思い付いて、ニヤリと口端を上げて笑った。
「坊や、これが何か分かるか?」
ソルがよくない笑みを顔に張り付かせてその袋をカイの前に掲げて見せると、カイは少し顔を近付けてそれをまじまじと見つめた。しかし結局分からなかったのか、素直に首を傾げる。
「さぁ……よく分からないけど」
青い瞳を瞬かせて言うカイの目の前で、ソルは徐に封を切った。そして中から一粒のカプセルを取り出してみせる。カイはそれを見て、拍子抜けしたような顔を作った。
「なんだ、薬だったのか」
期待外れだったのか、少しつまらなさそうに呟くカイを尻目に、ソルはそのカプセルを割って中の液体を自分の口に流し込んだ。口の中を満たすそれを飲み込まないようにしながら、サイドテーブルに置かれたウィスキーを口に含んで、ソルは唐突にカイの二の腕を掴んで引き寄せる。
「え……んぅッ!?」
ソルがそのまま強引に唇を重ねてやると、カイは年相応な幼い悲鳴を喉の奥であげた。細い体のカイは咄嗟にソルを突き飛ばそうと力を込めてきたが、力ではかなうはずもなく、ソルは逆に身動きできないくらいにカイの動きを易々と封じ込んでしまう。
突然のことで混乱している様子のカイは、ただ何度も唇押し付けるだけですぐに息があがってしまっていて、そのあまりに幼い反応に内心苦笑しながらも執拗にキスを降らせ続けていると、無意識にカイの唇が薄く開いた。それに気付いたソルはそこに自分の舌を素早く割り込ませて、カイの口を大きく開けさせる。
そして口に含んでいたものをカイの口腔内に無理矢理流し込んだ。
「んぅッ! ん、ふ……ぅっ」
喉を滑る液体の感触にビクッと体を跳ねさせたカイは、更に激しく抵抗してきたが、ソルはそれを軽くいなしながら、カイが液体を飲み込むように促した。何度も深く口付けて舌を絡ませていると、不意にカイの喉がコクンッと鳴る。
それを認めて、ソルはカイから唇を放した。同時に抱き締めて動けなくしていた体も解放してやる。
「んっ――はぁッ! な、なななにを……っ!?」
「キスしただけだろ」
大袈裟に動揺して目を白黒させているカイを、面白そうに見つめながらソルがさらりとそう言うと、カイは顔を真っ赤にして後退った。
「な、なんでそんなことを……!」
妖しく濡れた口元を懸命に拭いながらカイが上擦った声で聞いてくる。それを横目で見ながら、ソルは緩慢な動きでベッドから下りた。
「これからたばこを買いに行くからだ」
「……は?」
理由になっているのかいないのか甚だ疑わしいことをソルがさらりと言うと、カイは思い切り眉間に皺を寄せて聞き返してきた。疑問に思う気持ちも分からないではないが、ソルはそれ以上説明する気にはなれなかったので、呆然としているカイの横を通りすぎて部屋の扉へと向かう。
あまりのことで惚けていたカイは、ソルが視界を横切っていくのを見て、はっと我に返った。
「え……!? ちょっとっ、ソル! どこへ行くんだ!」
追いすがるようにかけられた言葉に、ソルはドアノブに手を掛けならがら肩越しに振り返った。
「だからたばこを買いに行くっつってんだろ」
「たばこ? ちょっと待て、それはダメだっ。もうとっくに消灯時間すぎてるんだから、そんな馬鹿な理由での外出は認められないぞ!」
「別に坊やの許可なんていらねぇよ」
にべもなくソルがそう言ってドアに視線を移すと、カイは行かせまいとするかのようにソルの腕を掴んだ。
「ダメだ! たばこくらいなら明日買えるだろう!? 大人しくして――」
そこまで言って、カイは唐突にその場でくずおれた。膝から下の力が抜けたように、ぺたりと床に座り込んでしまう。
「え……?」
力が入らなくなった己の体を、カイは信じられない思いで見つめる。引き止めようとして掴んでいたソルの腕に縋り付くことで、なんとか倒れ込みそうになる体を支えている状態だった。
訳が分からず体の変化に戸惑っているカイを冷静に見下ろして、ソルは意地悪く笑う。
「やっと効いてきたみてぇだな」
「…な…にが?」
体を支配し始めたらしい熱に瞳を潤ませて、カイは上目遣いで見つめてきた。見る間に赤く染まって上気していく顔を向けられ、ソルは僅かに目を細めた。
「さっきの薬がなんだったか分わからねぇか?」
「薬…さっきの…?」
カイは小さくソルの言葉を繰り返すと、荒い呼吸をしながら必死で考えを巡らせているようだった。しかしお子様のカイが幾ら考えたところで分わかりはしないだろうと思い、ソルはカイの目を覗き込んで口を開く。
「催淫剤だ」
「さ……?」
頬を染めたまま、カイは眉をひそめて疑問の声をあげた。怪訝な顔つきでこちらを見つめ返すカイの様子を見て、ソルは流石に耳慣れない言葉だったかと思い直して言い換える。
「よーするにヤりたくて仕方なくなるような薬だよ」
ソルの言葉にカイは一瞬きょとんとした。――が、突然理解したように目を見開いた。
「……な!?」
「朝までヤれる強力なやつだぜ。良かったな」
「はぁ!? ちょ、待てっ。なんで……そんな…ッ」
あまりに予想外のことだったのか、カイは混乱して声をあげながら頭を抱える。
その拍子にカイはソルの腕から手を放してしまい、唯一の支えを失って呆気なく倒れ込んんでしまった。
その様子を呆れたように見つめていたソルは、今度こそドアを開く。
「てめぇがいちいちうっせぇから、追ってこれないように飲ませただけだ。……ま、何度かヌけばすぐに直るようなもンだから、言うほど大したこともねぇんだがな」
「そ、そんなっ……!」
床に這いつくばったままで、カイは悲壮な声をあげた。
卑怯な手を使ったことへの非難なのか、はたまた置いていかれることへの嘆きなのか。いずれにせよソルには興味のないことだったので、何の躊躇いもなくカイを残して部屋を出た。
だが、助けを求めるように必死で見つめてくるカイの綺麗で艶かしいその顔が、妙に鮮やかな印象としてソルの脳裏に残った。




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