部長×新入部員




「悪ぃ。ここ、もっかい弄る」
「え〜!? またっ? いい加減、勘弁してよ旦那ぁ〜!」
「そうですよ、明日が本番だと分かっているのですか……!?」
ペンをくわえながら、ソルが苛立たしそうに長い髪をバリバリ掻いて呟いた言葉に、アクセルとカイは非難の声をあげた。しかしそれを鮮やかに無視して、ソルは手元の譜面に視線を落としたままペンを取り、走らせていく。
「伴奏、音をもう1つ分落とす。ついでにここは下のパートを合いの手から歌詞に変更だ。ドラムはキックを無しに。できればタムも音を減らせ。ちと、うるせぇ」
了承もしていないのに、ソルはずらずらと注文を並べ立てる。途端にアクセルとカイの眉間に皺が寄った。
「あのね〜……歌を目立たせたいのは分かるけど、こんな際に変えられたら流石に間違えそうなんだけど」
「なんとかしろ。間違えたら、私刑だからな」
「えーッ!? なんだよソレ〜っ!!」
「ちょっと、ソル! 幾らなんでも強引過ぎますよッ!?」
脅迫的な命令に、アクセルとカイは猛然と反対するが、書き込み終わったソルが顔を上げて真剣な眼差しで見つめてきたので、二人は思わず口をつぐんだ。
「頼む、……なんとかしてくれ」
「……」
それを言われると、反論する言葉はない。
アクセルとカイは黙り込み、互いに顔を見合わせた。そしてどちらともなく、仕方がない、と苦笑を浮かべる。
「分かりました。もうこの際、とことん付き合いましょう」
「だ〜ね☆  旦那の横暴ぶりは前からだし? 今更だよねー」
わざと大仰に肩をすくめるカイに、ニシシと笑いながらアクセルが同意する。もうとっくに巻き込まれているのだ、今更もう少し我がままに付き合っても大して変わるまい。
「では、急いでやり直しましょう」
カイが微笑んで先を促すと、さり気に横暴と言われてムッとしていたソルが顔を上げて向き直り、カイを見つめて目を細めた。
「悪いな。代わりに、あとでたっぷり可愛がってやるよ」
「ッ!?  そういう下世話な冗談はやめてくださいって言ってるでしょっ!」
事ある毎に『美人な坊っチャン』と揶揄するソルに軽口を叩かれ、カイは頬を紅潮させて憤慨する。その顕著な反応がソルを面白がらせている要因だという自覚は、残念ながら無い。
「ハイハイ〜ご両人、始めますよ〜。持ち場についてねー」
ドラムスティックで肩を叩きながら、アクセルが笑って促すと、カイは譜面を掴んで慌てて立ち上がった。少し遅れてソルがだるそうに身を起こし、脇に立てかけた赤いエレキギターを手に取る。
キーボードに長い指を添えるカイとドラムセットの前で構えるアクセルを見やってから、ソルは肩に掛けたベルトの位置を直してスタンドマイクを乱暴に引き寄せた。
「んじゃ、行くか。……One…Two……One,Two,Three」
身の内に響く、低いハスキーボイスが左右のスピーカーを通して室内に反響する。それに答えるように、ドラムの上をスティックが踊り、鍵盤の上を指が滑った。
ソルは赤と黒のレザージャケットの胸元を無造作に大きく開け、ニヤリと口端を歪めてギターヘッドの弦に指を当てる。
獣に似た咆吼をあげながら、前奏を掻き鳴らして体でリズムを取るソルの眼が、楽しげに輝いた。



そこは、とある大学の部室。
軽音部は部長のソルと、部員のアクセルとカイの三人のみである。別に人気がないサークルというわけではなく、この大規模な大学には軽音部が複数存在するからというだけであり、だからこそ『バンド』と確立できるほどにそれぞれが個性的だった。
かくいう、この軽音部のメンバーはソルの独断で選別されている。理工学部のソル、法学部のカイ、社会学部のアクセル…と、全く共通点がなく、ソルがバンド確立のために見込みのありそうな二人を強引に引っ張り込んだに過ぎない。
アクセルとは有名アーティストの『QUEEN』で意気投合してからの付き合いで、サークルを作ろうとソルが思ったきっかけでもある。
カイは半年前に共通取得講義を一緒に受けていて、発表をする彼の声に目をつけたソルが無理矢理サークルに引っ張り込んだ。
大学史上で稀に見る好成績を残していたソルは、大学の教授を質問責めにして登校拒否に陥れたという武勇伝を持っていたため、初対面だったカイはソルに『ちょっと顔貸せ』と言われて部室に引っ張り込まれたときは本気で逃げ腰だった。ただの暴行や恐喝なら法学部のカイは対処の仕様があるが、発表内容の矛盾点を容赦なく責められたりすれば言い負かされるのは目に見えている。
しかし、戦々恐々としていたカイにソルは『何でも好きな曲を一つ歌え』と要求してきた。意味が分からないまま、好きな曲をアカペラでしぶしぶ歌ってみせたカイに、ソルは軽音部に入ることを強要したのだ。一体どういう話の展開だとおののきながらも、脅迫とも言える屁理屈の嵐に晒され、カイは首を立てに振らざるを得なかった。
「まったく……強引なところは変わらないですね」
これ見よがしに溜息をついて、カイは部屋の照明をつける。いつの間にか、窓の外は宵闇へと変化し始めていた。
カーテンを引いて明かり漏れを遮断していくカイの後ろ姿を赤い眼で追いながら、ソルは思うまま適当に弦を掻き鳴らす。
「だが、出来はイイ」
リズミカルに音を刻みながら、ソルは満足げに口端を上げて呟く。それを聞き、カイは振り返って、ふと柔らかく笑った。
「そう言ってもらえるなら、こちらも頑張り甲斐があります。……明日の本番も、この調子でいけるといいですね」
何度もソルにより曲のアレンジは加えられたが、最終的には良い形で落ち着いたのではないかとカイも思っていたので、ソルも同意見で嬉しい。ピアノはたしなむ程度には出来たが、さほど音楽に精通しているわけでもなかったカイにしては、随分成長したと自分でも思う。下のパートの歌も担当しているが、こちらに至っては尚のことだ。
あとは明日の、大学生活最後の学園祭で練習と変わらぬ演奏が出来ればいい。
「……だな。足引っ張んなよ、坊や」
「だから、その坊やと言うのをやめてくださいっ!」
口端をつり上げて喉の奥で笑うソルに、カイは条件反射の如く怒りを露わにする。何度訂正してもまともに名前を呼ばない男に憤りを禁じえなかったが、彼の場合は他の誰であろうと名前で呼ばない点は変わらない。
今更か、と内心諦めつつもやはり条件反射の如く噛みついてしまう自分にも呆れて、カイは溜息をつく。本当はこんなくだらない、いがみ合いをしたいわけではなかった。
明日、学園祭の演奏が終わると同時に、ソルはこの大学から去ることになっていた。彼自身の意思ではなく、周囲の意思である。
ソルは今の家に養子として引き取られており、つい最近その両親が事故で亡くなった。代々病院を経営していた家だったため、新米医師として修業中であったソルの義兄は急遽実家へ帰り、立て直しを計ったのだがそれにも限界があるらしく、ソルまで呼び戻されることになった。医師の志はないものの、頭脳の点では申し分ないので経営面を任される予定だ。
本当は、アマチュアのままでも構わないからバンドを続けていたいと3人とも望んでいる。しかし、義理とはいえ両親の死や兄の危機に、流石のソルも知らぬ顔はできない。
そうしてソルを欠くとなると、自然とバンドの存続は不可能だった。彼が部長であること以上に、音楽のノウハウや作曲能力はカイやアクセルでは持ちえず、自然と解散する流れになる。
ソル無しに、ロックバンド『ギルティギア』はあり得ない。思い切り、何もかも忘れて真っ白な頭で音を奏で、共に歌うのは明日で終わりかと思うと、胸の奥が切なく痛んだ。
けれどそうなることを承知したのはソルであり、同じく仕方がないと受け入れたのはカイとアクセルだった。今更そのことをどうこう言ったところで決定事項は変わらないのだから、せめて明るく最後を迎えようといつも通り振る舞っていたアクセルは常と変わらず、つい先程彼女とともに帰路に着いた。
練習を繰り返すソルに付き合って、カイは最後まで部室に残っていたのだが、そろそろ閉門の時間が迫っている。カイは名残おしさを振り払うようにソルへと向き直った。
「じゃあ、もう出ましょうか。警備員の方が見回りにくる時間でしょう」
カイはにこやかに笑って、ソルに手を差し出す。子供に帰りを促すようなその仕草に、ソルはしばらくの沈黙の後、ふっと口端を歪めた。
「てめぇは、何も言わねぇんだな」
「……え?」
不意に、自嘲的な笑みを浮かべてソルが呟く。言わんとする意味を計りかね、カイは手を下して目を瞬いた。
ソルは伸び放題の前髪を無骨な手で?き乱し、俯き加減に冷めた眼で地面を見つめた。
「俺がいなくなるのも、バンドが解散するのも……どうでもいいわけか」
くっと赤茶の瞳を細め、ソルは低く言葉を零す。いつものような揶揄いの態度ではなく、何も感じ取れない平坦な呟きはすべてを突き放したような物言いで、カイは驚きにゆっくりと目を見開いた。
「いきなり、何を言い出すんです……!?」
唐突な態度の変化の理由が分からず、カイは眉を顰める。しかし戸惑うカイに、ソルは頭を支えるように額に手を当てて、無表情のまま独り言のように続きを口にした。
「まあ、お前は俺が無理矢理入部させたようなもんだしな。……今まで付き合わせて悪かった」
淡々とした口調で語られる謝罪に、カイは思わず眉をひそめる。確かに半ば脅されてサークルに入ったようなものだが、そんな謝罪は今更過ぎた。何よりも、もうカイにとってはバンド活動は嫌なことではないのだから、謝られても困る。
むしろ、こうした出会いに感謝すらしていたのに。
その気持ちを否定されたようで、カイは目を眇めた。怒りを滲ませた眼差しでソルを見据える。
「……そんな風に言わないでください。私もアクセルさんもこんな終わり方、納得なんてしていません。でも仕方がないから……何も言わなかっただけです。なのに、あなたは……っ!」
声を荒げそうになって、カイは寸でで口を引き結んだ。こんな風に当たるのはお門違いだ、ソルだって好き好んでこんな結末を望んだわけではない。
激昂しそうになった自分の未熟さに恥ずかしさを感じ、カイは顔を背けて俯いた。
そんなカイを見つめていたソルは、不意に鋭い眼差しを和らげ、ふっと息を抜く。やれやれ、俺もみっともねぇ真似しちまったと呟き、気まずげに頭を掻いて視線を逸らせた。
「……悪ぃ。八つ当たりだ、忘れてくれ」
二度目の謝罪の言葉は、ひどく耳に柔らかだった。どこか気弱なその一言は、悲しげに響く。
なんだかんだで常に物事を大局的に見られるソルが、我を忘れて怒りの矛先を向けたということに胸を締め付けられるような痛みを感じたカイは、顔を上げた。
「あなたが謝らないでください。私なんかより、あなたの方が遥かに……悔しいでしょうに」
歌を歌うときの、心底楽しそうなソルを知っている。時に獣のように叫び声を轟かせ、時に聞く者の腰を砕くような色気のある声で囁くソルは、マイクを握っているときが一番生き生きしていた。
だから本当は、彼から歌う機会を取り上げてほしくなんかなかった。そしてその輝く様を間近で見られるポジションを、奪われたくなんかなかった。
一生歌うことを禁じられるわけではないだろうが、それでも事態が落ち着くまではバンド活動はとても無理だろう。大学までやめなければいけないほど深刻なのだから。
……ああ、もう明日で最後なのか。ソルと会えるのは。
改めてその事実を噛み締め、カイは下唇を食む。半身を失ったような、胸に広がる空虚感がどういった感情なのか自分でもよく分からなかったが、とにかくその事実が悲しかった。
「坊や」
眉を寄せて床を見つめるカイに、ソルが不意に声を掛けた。呼ばれて視線を上げると、ソルが指先で無造作にこちらを手招く様が見える。
「最後に一曲、歌おうぜ」
「……ソル」
強面ながら驚くほど穏やかな笑みを浮かべたソルに、カイはどきりとして目を瞠った。いつものシニカルな笑いではなく緩やかな眼差しに惹かれ、カイは無意識のままソルに近づく。
そうしてカイが一段高いステージに上ると、何故かソルはエレキギターではなく、CDコンポを弄って音楽をかけ始めた。
「え……? 歌、練習するんじゃ……」
疑問を口にしかけたカイの言葉を制するように、スピーカーを通して前奏が流れ、カイは思わず口をつぐむ。しばしその曲に耳を傾けてみたが、聞き覚えのないものだったので余計に困惑の色を強めた。
明日演奏する曲でもないものを、今、何故かけるのだろうか……?
カイは戸惑いの眼差しを向けるが、ソルは黙したままでカイの腕を引いた。突然の行動に驚いている間に、くるりと向きを変えられ、後ろから腰を抱かれてしまう。
「ちょ…! えっ、何を……ッ!?」
急な接触に心臓が跳ね上がった。しかも背から伝わる体温を感じて、項にざわりと波が走る。
腰を抱く太い両腕を意識して、思わず顔を羞恥で赤く染めて硬直してしまったカイだったが、背後のソルは何も言わず、ただ曲のリズムを取るように足先でステージを軽く叩いていた。
緩やかな振動が、曲に合わせて下から響く。
『Get down make love ……』
「――ッ」
スピーカーから流れた少しキィの高い男性ボーカルの声と、カイの耳の裏に唇を当てて歌うソルの声が、綺麗に重なった。今までにない近さで囁かれたその、腰を砕くような魅惑的な歌声に、カイは肩を跳ね上げて息を詰める。
そして何よりも、『本気で愛し合おう』と語ったその歌詞に全身の力を持って行かれそうになった。
……たかが歌の歌詞。何を狼狽えているんだ、私は。すぐにそう思って口を引き結んでみるも、間を置かずに何度も同じ言葉を繰り返すソルの声と男性ボーカルの声に、カイの心臓は乱れっぱなしになる。
「Get down make love(マジで愛し合おうぜ)」
「…ぁ、…ちょ……ソル…っ?」
歌に合わせて何度も囁かれる言葉を止めてほしくて、カイは思わず意図を問い掛けるように顔を後ろにひねった。しかしわざと視界に入れないようにするためか、カイが振り返る反対の方にソルは顔を寄せて、耳元で歌を歌い続ける。
「You take my body (俺の体を好きにすればいい) I give you heat(お前には俺がアツイものをくれてやる)」
ダイレクトに腰にくる、エロティックなハスキーヴォイス。これに平静でいられる人間がいるなら、お目にかかりたいとさえ思うくらいの蟲惑な声にカイは完全に混乱する。
確かにソルの歌声には惚れているが、それで真っ赤になる様を面白がっているのだろうか? まだまだ坊やだと、子供扱いして馬鹿にするつもりなのだろうか?
「な、何のつも……り、ですっ」
焦って、カイはソルの腕の中で身をよじり、叫んだ。思わず最後の方は声が裏返ってしまい、余計に恥ずかしくなる。ただ抱きすくめられただけで動揺しているのだと言っているようなものだったから。
しかしまるでカイの抗議など聞こえていないように何も答えず、ソルは尚も歌い続けた。
「You say your hungry(お前が飢えてるなら) I give you meat(俺がイイもンくれてやるよ)」
「……!」
歌詞の内容に沿って、逃げようとする体にソルの手がゆっくりと這わされ、カイはビクリと体を強張らせた。一体何を、と問う間もなく、節張った大きな手が腰骨を撫でさすり、足の付け根へと滑り落ちていく。スラックス越しに柔らかい内股を擦られ、カイは息を詰めた。
「……っ!」
危うくあられもない悲鳴を上げそうになって咄嗟に下唇を噛み締めて声を殺すが、カイの苦労を嘲笑うが如くソルの太く長い指が下肢の中心をするりと撫でていき、カイは潤みを帯びた眼を限界まで見開く。スラックス越しとはいえ、そんな箇所をソルが触れてくるとは思ってもみなかったのだ。
「何をす……ふぁッ」
「I suck your mind (ヤミツキにしてやるぜ)」
意図を問う言葉は、ソルのもう片方の手の人差し指と中指が、口に差し込まれたことで潰されてしまう。思わず手を払おうと顔を背け掛けると、口を塞ぐ指はそのままに馬鹿力で顎を固定されてしまい、喉を鳴らして抗議することしかできなかった。
「ん…っく…」
「Make love …」
「! ぁ…、んッ」
吐息まじりの歌が首筋をくすぐったかと思うと、不意にソルが項へと吸いつき、音を立てて濃厚なキスを施していった。ぴりりと走った痛みと熱く濡れた感触に、カイは堪えきれずあえぎ声を漏らす。
その甘やかな声音に気づいたのか、微かにソルが笑う気配がした。それに改めて今の状態を意識してしまい、カイは途端に顔を真っ赤にする。
唇を割ってくわえ込まされる二本の指に舌や口腔を弄りまわされながら、下肢のきわどい箇所を撫でられ、首にキスマークをつけられた我が身を思うとカイはくらりと目眩を覚えた。しかし官能を煽るその行為に戸惑いはあっても、不愉快は感じない。そのことに気づいて、カイはますます動揺した。
「や……、ぅっ」
なんとか顎を押さえる手を退けようと、カイはソルの右手を両手で掴み、全力で引き剥がす。とはいえ、淫らにくすぐる指の動きに力が抜けて容易ではなかった。
ずるりと太い指が唇から抜けていく感触と、滴ってこぼれ落ちる銀の糸が視界に入って、カイは思わず身震いする。解放された唇からは、荒い吐息がひっきりなしに漏れ出ていた。
無意識ににじんだ涙で瞳を潤ませながら、カイはソルの方へと振り返り、うわずった声で叫んだ。
「ソ…ルっ! 何の…、何のつもりです!? こんな、こと……ッ」
「……分かんねぇか?」
戸惑うカイに、ソルは思いのほか静かな口調で問い返した。しかし鼻が触れ合うほどの至近距離で一対の赤茶色の瞳を見て、カイはそこにけぶる強烈な情欲に気づき、目を瞠る。
後ろで流れる歌は2番へと移っていたが、ソルは続きを歌わずに、じっと驚くカイの顔を見つめていた。そして一つくくりの長い髪を揺らし、ソルが無言で更に顔を近づける。腰を抱かれたままで逃げ道のないカイは唇が触れ合う寸前の距離で、息を詰めて見つめ返すことしかできなかった。
「分かんねぇか? ……本当に」
「…ぁ…」
熱をたぎらせて鈍く光るソルの瞳に、カイは吐息を漏らす。その眼差しの強さに恐いて、一度絡み合った視線を振り払って地面へと向けた。
そこにある情欲に気づかなかったわけではないが……自分に都合のいい解釈をしているのではないだろうかと思ったのだ。
ソルの周辺には女性が絶えない。特定の相手は定めていないようだが、その分一度きりの相手はそれこそ数えきれない。シャープで野生的な容貌に魅せられて言い寄る女も少なくなかった。
それだけに、男の自分がそういった対象に見られることには違和感がある。カイは自分が心のどこかでそう望むから、そんな風に考えてしまうのだと思った。
「えっと、私は……そういう経験があまりないので……遊びには不向きかと……」
「……はあ?」
様子をうかがいながら恐る恐る言ったカイの言葉に、ソルが盛大に顔を歪めて声をあげた。不愉快がありありと窺えるその口調に、カイは思わず言葉を飲み込む。
呆れの声が「お前は何を言い出すんだ」と物語っているように思えて、カイは自分の解釈が違ったのだと慌てた。
「あ、ごめんなさい…ッ。そういう話ではありませんでしたね…ハハハ…、―――っ!?」
誤魔化そうと引きつったまま笑っていたカイは、唐突にソルに顎を鷲掴まれた。
そして次の瞬間、視界いっぱいにソルの顔が埋まったかと思うと、薄い唇がカイの唇に触れる。
ただ重なり合うだけの接触だったが、互いの熱い吐息が混ざり合った。
「バカかお前。……そういう話だよ」
「ソ、ル…?」
「お前とヤりてぇ……そういうことだ」
今までに見たことのない真剣な面持ちで、しかし口端はニヒルに歪めたままソルが告げる。その言葉に、カイは思考を停止させた。
な……何を言って……??
後ろから抱くソルを肩越しに見やり、カイは混乱しながらも頬を真っ赤に染める。流石にここまでされて、その意味が察せないほどに鈍感ではなかった。
だが、あのソルが自分を望む理由が分からない。
「ソルは……そういう、人なんですか……?」
「あ……?」
カイが腕の中で身をよじってソルのジャケットの端を引きながら問うと、ソルが怪訝な顔で見つめ返してきた。しかし、しばしの沈黙の後、ソルは理解したように鋭利な目を一度瞬く。
「ああ……。ゲイなのかって、ことか?」
「そ、そう」
言いたかった意味を当てられ、カイはコクコクと頷いた。肯定の言葉に少し不機嫌に眉を寄せたソルだったが、怒られるのを恐れるような、小動物のようなカイの反応に思わず苦笑をにじませる。
「男なんざ興味あるわけねぇだろ。気色悪ぃ。……でも、お前は別だ。触りてぇし、鳴かせてみてぇ……」
楽しそうな、あるいは面白がるような口調で囁くソルだが、それとは裏腹にカイの腰や胸元を這う節張った手は熱く、絡みつくように執拗だ。Yシャツをたくし上げて素肌に触れてくるそれに、カイは顔を赤く染めて身をよじった。
「ちょ、なんで…っ! やめなさい、ソルッ!」
「やめねぇよ。ずっと……ヤりたかったんだ。……明日で最後だと思ったら、我慢なんて利かねぇ」
「…え…っ?」
苦しそうな、悲しそうな声でソルがこぼした言葉に、カイは心臓を跳ね上げた。
ただの気まぐれだというならこんな行為は互いに良くないと止めるつもりだったのだが、ソルの深刻な表情にその言葉が嘘ではないと分かった。
本当に……本気、で?
「そんな……まさか」
あのソルが、自分に好意を寄せていただなんて。こういった性欲を伴う感情ではなかったにせよ、傍から見てもカイの方がソルを慕っていたのは明白だった。だからカイは、逆があるとは露ほども思っていなかったのだ。
ずっと、声だけが気に入られているのだと思っていた。音楽を中心に、自分の方だけがソルの影響を受けているのだと思っていた。ソルはカイがいようがいまいが、何も影響はないのだと……。
いつも彼は、独りで歩いているように思っていたから。
「嘘でしょう……。信じられない」
間近でこちらを覗き込む赤茶色の瞳に囚われたまま、カイは茫然と呟いた。その言葉に、ソルがクッと自嘲気味な笑みを漏らす。そこには悲しみと酷薄さが入り混じっていた。
「信じようが信じまいが、関係ねぇ。どうせ最初で最後だ……お前を犯す」
「……っ!?」
唐突で一方的な宣言に目を瞠ったカイに、ソルがお構いなしで下肢をスラックス越しに握り込んできた。驚いたカイは喉の奥で悲鳴を上げ、反射的にソルを睨みつける。その勇ましい眼差しに、ソルは暗い愉悦の笑みで返した。
もともと野性みのある精悍な顔が、獰猛な野獣の表情でカイに迫ってくる。
「! んっ……ぅ、う…ん!」
二度目のキスは、先ほどのような軽いものではなかった。唇をこじ開け、口腔をねぶり舌を絡めて吸い上げる荒々しい口付けに、皆無とは言わないがあまり経験のないカイには強烈過ぎて、腰が砕けそうになる。
押しのけようと腕を突っ張ってみるが、局部を絶妙な加減で揉みしだかれ、甘美な悲鳴と共に容易く折れてしまった。
「は、ぁッ! 待っ……ソル…!」
「待たねぇ」
未だステージの上に立ったままの態勢で愛撫に晒され続けて、カイの足には最早まともな力は入らなくなっていた。よろめきそうになったところで、ソルの手がシャツを捲くって腰を這い、背中へと上って軽く支えた。
だがそれはむしろ互いに密着することになり、カイはより一層キスを深く受ける羽目になった。歯列をなぞり舌の根をくすぐって、時折下唇を食む濃厚な口付けに身震いするカイを、ソルはやんわりと押しやり壁へと追い詰めていく。
「や…っ、はぁ……ッん」
「……カイ」
背中がどんっと防音室の壁に当たり、カイはキスから顔を背けて詰めていた息を吐く。肩を強く抑えられ、耳元で珍しく名前を呼ばれたりなどされては、もうそれだけで体の芯が熱くなってしまう。
ぶるりと身震いしたカイはソルに腰を押し付けられ、熱さと固さを主張するものに慄くが、同時に悦びを感じる自分に気付いた。男同士だということなど些細なことだと思うほどに、ソルという人間そのものに惹かれている。
再び口付けようと伸ばされたソルの手を取り、カイは強く握って濡れた眼差しを向けた。
「そういう、考えは……賛成できません」
「……あ?」
カイの意志の強い口調に、ソルは微かに瞠目して動きを止める。ギターよりはドラマー向きではと思わせるような太い腕に囚われながら、カイは紅潮した顔で少し高い目線のソルを見つめた。
「一時の快楽だけですべて終わらすなんて、そんなのは許しません。……私にも、告白の機会を与えてくれたっていいでしょう?」
「おい……。告白って……」
カイが潤んだエメラルドブルーの瞳で射抜くと、ソルは珍しく狼狽したように拘束の腕を緩めた。引きかけたその体を引き寄せるように、カイは腕を伸ばしてソルの首へと手を回す。
「私も、あなたが好きですよ。……もしかするとあなたとは少し違う好きかもしれませんが……こういうことに嫌悪感がないのは本当です」
「……!」
羞恥から顔を背けてしまいそうになるのを抑えながらカイが微笑むと、ソルの赤茶色の瞳が見開かれた。カイが同じ思いであることなど、露ほども考えなかったかのような反応に、それだけソルが思い詰めていたことが窺える。頭の回転が早いはずのソルが、最後で構わないからと自棄になっていた事実が、カイには少し嬉しかった。
けれど、そんな悲しい終わりは望んでいないから。
カイはソルのたくましい胸板に体を押し付けて、自ら軽く唇を押し当てた。
「だから……約束してください。これからも会ってくれると。私はこれでお別れなんて、嫌ですよ?」
「カイ……」
大学をやめなければならない程なのに、無茶な願いをしているかもしれない。けれど折角出会えたのだから、これきりは嫌だ。
照れながらも悪戯っぽい笑みを浮かべるカイに、ソルは驚きの表情を苦笑に変えて、喉の奥で笑いを漏らした。そして不意に、カイを強く抱き寄せる。
「本当にいいんだな? 仕事の合間に、嫌だっつってもテメェんとこ行くぜ?」
「望むところです。私も、病院に押しかけますからね」
精悍な顔が鼻が触れ合うほどの至近距離で、ニッと笑う。カイもまた強気に笑うと、ソルは鋭い犬歯を覗かせて笑いながら深く口付けてきた。
まるで喰らいつくような、荒々しいキスに戸惑いながらも受け止めて、カイは求めに答えようと自分も舌を絡める。遠慮もなく口腔を蹂躙されるのは、呼吸もままならずに苦しいが、同時に背筋を駆け上がる快感は身震いするほど心地よく、意識が熱で蕩けていく。
壁に押し付けられ、腰をぐいぐいと擦り上げられて刺激を与えられると、普段は性欲の薄いカイでも流石に下肢に熱が溜まっていった。
「ぁ…ふぁ…っ、ソル…! 待っ…、…ダメっ」
まるで突き上げるかのような動きで振動を与えるそれに、間違いなく興奮を覚えながらも、カイは慌てて制止した。腕を突っ張って押しのけようとするカイに、ソルは不機嫌そうに眉を寄せる。
「ぁん? 今更、待ったはねぇだろ」
カイの細い腕を両方ともまとめて捻り上げ、頭上に縫い止めてしまったソルは、唇をつり上げて笑いながらカイのスラックスを緩めていった。するりと下着の奥に滑り込んでくる熱い手に、カイはビクリと体を跳ねさせる。快楽に流されそうになる自身の身をよじり、カイは拘束を解こうと暴れた。
「やっ…待って、くださいッ! こ、こんなところで、どこまでする気ですか……っ」
「はぁ? 最後までに決まってんだろ」
「な…っ! ダメっ、ダメですッ!」
さも当然のように答えるソルに、カイは慌てて叫んだ。ここは演奏をする場所であって、そういった行為に及ぶ場所では決してない。
いや、それよりも。
「明日はライブの本番なんですよ! 万全のコンディションでなければ、いけないでしょうッ!?」
カイの決死の叫びに、ソルの悪戯な手が動きを止めた。
はたと現実に気付いたのか、ソルに迷うような表情が表れる。これがライブではなく試験などならば、ソルは迷わず行為を続けただろうが、最も愛する趣味ともなれば流石に躊躇いが生じたようだ。
少し意思が揺らいだと見たカイは、そこへ追い打ちをかけるように言い募った。
「私は逃げません。これから幾らでも会う機会はあります。……でも、明日のライブは一度きりです。万全で挑んで、成功させたいじゃないですか」
「……」
カイの言い分に、ソルは目を細めて難しい顔を作る。眉間に皺を刻んで凝視してくるソルにドキドキしながらカイが動向を窺っていると、長い沈黙の後、ソルが目を伏せて深々と息を吐いた。
「……確かに、坊やの言い分は正論だな。今ここで足腰立たねぇほど可愛がってやったら、明日の演奏に影響が出かねねぇ」
「あ…足腰立たなく…っ?」
ソルの不穏な発言に、カイは思わず顔を引きつらせる。しかし驚くカイを尻目に、ソルは「しゃあねぇか…」と呟いて拘束を解き、カイのスラックスに手を掛けてきた。
突然のことに反応できないうちに、ホックを外されて強引にカイのものが下着から引きずり出される。ソルが当然の如く自分のチャックも下げたのを見て、カイは顔を真っ赤に染め上げて悲鳴をあげた。
「な、なな何をしてるんですかッ!!」
「もう勃っちまってて収まりつかねぇから、抜くだけだ。テメェも同じ状態だろうが」
「! そ、それは……」
ソルのぶっきらぼうな物言いに、カイは否定しようとするが、先程のキスと愛撫で既に緩く首をもたげている自身が晒されているのを見て、言葉をなくす。否定しようもない自身の反応に、カイは羞恥でさらに目元を赤らめるが、俯いた視線の先にソルのたくましいモノを認めて、思わずその大きさにビクリと身を引いた。
「なっ…んですかッ、それ!」
「ぁあ? 一緒にイッた方がいいだろ」
「いや、そうじゃなくっ! なんでそんな大きい……!」
「何言ってんだ。これからまだまだデカくなるぜ?」
にやにやと笑ってソルがカイの手を取り、強引に下肢へと導く。それを全身で嫌がるが、既に壁に抑え込まれる形になっているカイには逃れようもない。無理矢理握らされたソレは熱く、芯に固さを持ってズシリと重かった。
生々しい感触に思わずこれ以上ないほどに顔を茹で上がらせたカイだったが、それが触れたことで少し大きさを増したことに気付き、ソルが本当に自分に興奮を覚えていることを知った。恐る恐る窺うようにカイが顔を上げると、ソルが欲情で輝きを増した両目で覗き込んでくる。
「一緒にイくだけなら、大して負担にはならねぇだろ?」
「それはそうですけど…ッ、ここは学校……ん、ふっ!」
カイの言葉を封じるように、ソルが噛みつくようなキスを仕掛ける。厚みのある舌が滑り込み、荒々しく口腔を掻き乱していく濡れた感触に、カイの肩が跳ねた。遅れて抵抗しようとするが、ソルの大きな手がカイの手の上から肉棒を二本とも握り込んで擦り上げてきたので、下肢から駆け上がる快感の波にさらわれ、カイは空いた手でソルの腕を掴むだけに終わった。
色も形も異なるが熱さは変わらない、その分身達の先端を弄ぶように親指の腹で擦りながら、ソルは激しいキスの合間に囁く。
「ホントはてめぇン中に、これをぶち込みてェんだけどよォ……」
「ヤ…、あぁ…っ」
耳に吐息が当たり、カイの背筋を漣が駆け上っていった。あまりの強い興奮に思わず涙目になってしまったカイは、自分でも止めてほしいのか続けてほしいのか分からなくなりながら、救いを求めるようにソルを見つめる。
糸のように細く、日の光を編んだような長い金髪の前髪の間から、大きなエメラルドブルーの瞳が涙を溜めて見つめてくる様に、ソルは無意識に喉を鳴らして笑った。
「歌ってるときの声もイイが、その甘ったるい声も腰にクるよな……」
「そっ、んなことな……んぅッ!」
からかうような口調で、しかし眼はひどく真剣なままソルがそう言うのを、カイは慌てて反論しようとするが、強く自身をこすられて口を閉じてしまう。
急速に固さを増し、肥大していく二本の肉棒は既に先走りを滲ませて濡れそぼり、ねちねちと卑猥な音を立てていた。大半の学生は帰宅してしまっている放課後の静けさに、水音はやけに大きく響き、カイの羞恥をより煽る。ただの性行為だけで心乱されるような初さはもう無いはずだが、受け身になることが初めてだったからか、あるいは好意を持つ相手との行為だったからか、カイを敏感にしていた。
体を壁に押し付けられ、吐息も唾液も混ざり合うディープキスの嵐に、カイの思考は次第に霞掛かっていく。手の中で体積を増して固くなっていく熱いものが、興奮の度合いを強く伝えてきて、抵抗しようと伸ばしたはずの腕は、いつの間にかソルの背にすがっていた。鋭い角度に反り返るそれらを擦られる感触に、細い腰が微かに揺らめき始める。
それに気付いたソルが口端で笑みを作り、あがり始めた吐息の合間に囁いた。
「腰……、揺れてンぜ?」
「あ、ひゃ、…ぅ。言わない、で…っ…」
「別に…悪いことじゃ、ねぇだろ。……俺もそろそろ…限界だ。ホントお前……予想以上に、エロイな」
「なっ…! そんな…それこそ、あなたの方が……は、ぁあ…んッ!」
シャツをたくし上げて胸を這い上るソルの手に、カイがひくりと喉を反らせる。
晒された白い首筋に、ソルは興奮を隠し切れないまま吸血鬼の如く唇を寄せて、きつく吸い上げていった。ピリリと痛みが走り、カイは一瞬顔をしかめるが、それさえもすぐに甘美な刺激と化して身を昂ぶらせていく。
追い上げるように速度を増して擦られる下肢に、カイの膝が立った姿勢を維持できずに震えた。思わず崩折れそうになったところで、素早くソルの足が膝を割って間に入り込む。
座り込んでしまうことは避けられたものの、壁に背を預けて半ば足を開き、ソルの膝に乗りかかる形になった。ぐいっと筋肉質な腿で押し上げられれば、それは新しい刺激として下肢にダイレクトに伝わる。
「ひゃ、ぁっ…あ、ぁ、あッ! んむ…、ふぁッ…ん!」
攻め立てるように下肢を揺すりながら、それとはタイミングをずらして剥き出しの肉棒をまとめて擦り上げられ、カイは強い快楽の波に涙を浮かべて、ソルにすがりつく。互いを求め合う、むしゃぶり付くようなキスの連続に、もはやどちらとも分からない唾液が滴っていった。
理性など既に崩れ去ったカイは、絶頂へと追い上げるソルの手に腰を押し付け、甘ったるい声をこぼしながら身をよじる。同じく余裕のなくなったソルが、カイの舌を吸い上げながら、突き上げるように下肢を揺さぶった。
「はっぅ…んぁッ! も、…ぁっ…ダメ…ッ!」
「くッ…、カイ…!」
追い打ちとばかりに、ぐりっと先端を指でえぐられ、カイは耐え切れずに足を突っ張って嬌声を上げる。荒い息をこぼすソルもまた、身震いして呻いた。
瞬間、互いに昇りつめて二人の手の中に吐精する。収まりきらずに溢れたものは、腹の辺りを生温かく濡らしていった。
一気に襲い来る脱力感に、カイは陶然とした表情のままズルズルとくず折れた。
流石に力が抜けたらしいソルもカイと共に膝を折り、深く息を吐いた。
「……ハッ。久しぶりにガキみてぇに、さっさとイッちまったぜ……」
「は…ぁ…っ。私も……、こんなになるなんて……思わなかった……」
お互いに女を知っているし、ましてや今のは自慰行為の延長線上のものに過ぎない。それでも止まらないくらいに気持ちいいのは、特別な相手だったからだろうか。
カイは床に座り込んだまま、覆い被さるように目の前で片膝をついているソルを見上げ、蕩けた笑みを浮かべた。
「やっぱり私は……ソルが好きみたいです」
「……っ」
カイの穏やかな告白に、ソルが目を瞠る。長い茶色の前髪を僅かに乱し、骨張った感のある端正な顔が純粋に驚きに染まった様は珍しく、カイは微笑んだまま手を伸ばした。こうして欲情したことが、決して雰囲気に流されただけなのではないと伝えたくて、カイは自らソルの唇に吸い付いた。
薄い唇を割って舌を差し入れ、擦り合せるようにソルの舌を絡め取ると、最初硬直していたソルが突然カイを強い力で床へ引き倒した。
「んぅ…っ!?」
「……おい。あんま、煽ンなよ」
口から引き剥がされると同時に、一瞬で固いステージに両腕を縫い付けられたカイは、背中の衝撃に顔をしかめながら、部屋の照明を背負って影になっているソルの顔を見上げる。赤茶の切れ長の目を獰猛に細めて、ソルは口端から犬歯を覗かせていた。
「そんな可愛らしいこと言ってっと、最後までやっちまうぜ? …いや、そうして欲しくて、わざと誘ってんのかァ?」
「な…ッ! ち、違います! 私はちゃんと答えようと……」
「ああ、応えてくれんのか。俺の欲求に」
「ち、違うーッ!!」
カイの言葉などお構いなしに、まだ剥き出しだった下肢を弄り始めたソルに、思わず悲鳴をあげる。
スラックスを剥ぎ取ろうとする手を掴んで、退けようとカイは力の限り暴れた。
「や、やらないって言ったじゃないですかっ! 離…ひゃッあ! コラ…っ、やめなさいーッッ!!」
「もう今更変わんねぇだろーが。大人しく……ッ痛! テメ…本気で蹴るんじゃねぇッ」


――そうして、終わりの無さそうな必死の攻防を続ける二人を止めたのは、後に現れる警備員さんの閉門予告だった……。




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